第三話 思い出の木
ーーポクポクポク、チーン。
清閑な部屋の中からは木魚を叩く音が聞こえてくる。それに連なり部屋のあらゆるところから聞こえるすすり泣きと独特な線香の匂いでここが死者をあの世へ送る為の場所だと嫌でも実感してしまう。
後方から二番目の列、壁際の少しカビ臭い座布団の上で群青色のハツカネズミ、リュウが正座をしてその様子を見ていた。リュウは大人達が一人ずつ立ち上がり手を合わせていくのをみながら、今朝ハツカネズミの長が言っていたことを思い出していた。
◇◇◇
「ーー皆さん。 現時点で知っての通り、先日の火災による被害が思っていた以上に大きく、遺族の方達も満足に葬式もすることが出来ません。 そこで一つ提案なのですが、同じ日にみんなで葬式を行うというのはいかがでしょうか?」
集落の民を町外れの広場に集めた長は淡々と、しかし悲しみを噛みしめたような声でそう提案する。するとあちこちから、
「確かに。皆でやるなら……」
「これで婆さんも安心してあの世へ……」
「他に方法もないしな……」
渋々ながらも賛同の声があがっていき、やがて一つの意見にまとまると、代表として次期集落長候補の若いネズミが答えた。
「全員一致で提案に賛同します」
その後もどこでやるか、いつやるかなどの意見があちこちで交わされていき、ひとまずの集会はこれで終了した。
◇◇◇
「ーーリュウ、リュウ‼ 帰るよ」
父親の声で我に返ったリュウは慌てて立ち上がろうとするが、ずっと座っていたその脚は痺れていて思ったように上手くいかない。
痺れが治まるのを待ってしばらく畳の上に脚を伸ばして座っていようとすると、リュウの父方の祖母にあたるウメが針を片手にやってきた。
「脚が痺れたのかい、リュウ? おばあちゃんがいま痛みを和らげてあげるからね」
ゆっくりと話しかけられたリュウはウメが刺した針によって脚の痺れが引いていくのを感じた。
「ありがとう、ばあちゃん」
針を抜きながらそう答えたリュウは立ち上がり、もらった針を返してその部屋を出て行った。大人達が会話している廊下を抜けながら玄関から外へ出るとそのまま歩き出す。目的地はそう、彼がいつも兄達とあそんでいた池の近くにある木。そこには彼らだけが知る秘密基地があった。
◇◇◇
式場から歩いて二十分のところに小さな魚が住む池があり、その周りは背丈が少しずつ違う木々が並んでいた。その木のうちの一つに彼らは秘密基地を作っていた。落ちていた枝や葉っぱを使った、不格好ながらもなかなか出来のいいこの秘密基地はもともと彼らのものでは無く、かつてここで遊んでいた他の子供達が作っていたものを引っ越しが理由で譲り受けたものだった。
「兄さん……」
ほんの数日前まで一緒に遊んでいた兄達の事を思いながら、どこか諦めきれない気持ちを吐き出すようにそう呟くが、当然返事は返ってこない。ここにくれば何故か彼らと会えるような気がして立ち寄ったがやはり無意味だったと思い直し、外に出ようとしたところで、ふと床に転がっている一冊の本に目が入った。
『夢の島』と書かれたその本はついこの間チュウが買ったものであり、興味を持ったリュウはページをめくろうとしてある事に思い当たる。なぜあの几帳面な兄さんが買ったばかりの本をこんな場所に置いたのだろうと。考えてもわからなかったリュウはその表紙を開いたところで今度はまた別の事に気づいた。
「この本の持ち主は、【チュウ】と【シュウ】……」
自分以外の名前しか書かれていないことに淋しさを感じたリュウは一瞬本を閉じようと思ったが、消しゴムで「次はリュウ」という文字が消されている跡に違和感を持ち、そのままページをめくった。そこには大きな文字で、『まずはお話を読んでみよう』と書いてある。一通り見て話を読み進めていったリュウは最後のページで目を留めた。
『君の名前と夢を書いて見よう』と書かれてあるその隣に汚い文字で二つの名前と夢が書かれてあった。
「おいしやさんになる ちゆう」
「ちやんぴおんになる しゆう」
考えること、話し言葉、読解力は明らかに四歳のものとは思えない三兄弟だが、書くこととなると全く別のものでどちらも子供でまだ拙いことがよくわかる。しかし流石は兄弟と言うべきか否か、とりあえずリュウは彼らの意味するところを理解した模様で今度は自分の番だと思い書き始めようとしたところで本を閉じた。
「ぼくの夢はなんだろう?」
ピューっと吹く風は彼の言葉を乗せ、彼の吐く白い息と共に雲一つない青空へ消えていった。