第二話 群青色のハツカネズミ【リュウ】
(んっ…ここは…?)
まぶたを微かに開いたリュウはここがどこか見覚えがある場所だと気づいた。意識もまだおぼろげな中、周りを身渡そうと僅かに身体を起こそうとすると、
ーーゴキっ。
「い、イテテテテテテ‼」
関節の音とともに、悲鳴じみたリュウのどこか年寄りめいた声が響きわたる。
その音を聞きつけたのか前方から少し背の高い、目の下にくまがある男が近づいてきた。
「気がついたかい、リュウ?」
太い、しかし優しげな響きがする声をリュウにかけたその男はそのままリュウが横たわるベッドの隣の木製の椅子に腰掛けた。どこか心配そうな雰囲気を醸し出すその顔と表情を見たリュウは、安堵と驚きのこもった声で、
「父さん‼」
と、今はまだ出張中で長く家を開けていたはずの父親をそう読んだ。
「何で父さんがここに? それになんで僕はここにいるの?」
さらに今度は困惑がこもった声でリュウは尋ねる。どこか困った顔でリュウの父親は答えた。
「家、というか集落が火事になったってきいて飛んできたんだよ。そしたらリュウが気絶して運ばれてるって聞いたからこの避難所へ来たわけさ。母さんは別の場所に避難してるから大丈夫だよ。あとばあちゃんもね。」
話を聞いた後、しばらくぼんやりと意味を噛みしめるように宙を見ていたリュウはある重大なことに気付く。
「そ、それより兄さん達は?」
先ほどまで明るかった父の表情が途端に暗いものへと変わっていく。嫌な予感がしたリュウはそのまま彼の返事を待った。
「それが……まだ見つからないんだ。リュウが倒れてた辺りはほとんどが燃え尽きてて、多分、いや、ハッキリ言ってまだ生きてるのかどうか…。」
そこまで聞いた途端、頭が真っ白に染まっていくリュウ。父親の話も頭に入ってこない。
「…でもリュウだけでも無事で本当に…」
「行かなきゃ」
(兄さん達が…。)
痛む身体を起こし、そのまま行こうとするリュウを彼の父親が手を出しさえぎろうとする。よく見ると、その手は大量の傷と真っ黒な炭でこの父親が一晩中木材をどかし続けていたことを物語っていた。
「駄目だ、リュウ。今はまだ安静にしてる時だ。それに外は危ない。万が一また怪我したら…」
「嫌だ。はやく兄さん達を見つけるんだ‼」
リュウはその手を振り払い外へと飛び出した。後ろから聞こえてくる声もそっちのけにどこへ向かうのかもわからずただ走り出す。
見ると、ほとんどの家は燃え尽きて柱だけだったりもはやなんだったかわからないものまであって、ここが集落だったとは思えない酷い有様だった。
あちこち走り回っているうちに、ようやく目的の場所に辿り着いたリュウだったが、そこには見るからに荒れ果てた状態でとても家だったとは思えないほど崩壊していた。あちこちの柱は焦げて黒くなったり、酷いものはなくなっていた。屋根はもちろん壁までも綺麗さっぱりなくなっていた。
かつては自分の家だったものがこの有様。
リュウは泣くことも怒ることも出来ず、ただただ立ち尽くすことしか出来なかった。
しばらくしてようやく我に返るとリュウは僅かに残っている木材を危険も承知でどかしはじめた。
「リュウ‼」
ようやく追いついてきた大人は彼を止めようと近づいたが、鼻を垂らしすすり泣きながらも木材をどかすリュウを見て、それをやめる。しかし、いつまでもやめるつもりのないリュウを見た父親は彼を抱きかかえた。
いやだ、放せとリュウは暴れるが、やめる様子を見せない父親に疲れたのかようやく諦めた。しかしその顔は未だに諦めた様子はなく、ただただ泣くことしか今のかれには出来なかった。
リュウが泣いている間に他の大人達はこの家だったものをもう一度念入りにくまなく探したが二人の身体どころか普通の家具でさえ出てはこなかった。
逃げることが出来たのでは、と淡い期待がうかんだが、柱を動かすことも出来なかった、ましてや猫のせいで体力まで奪われた子供二人では無理だと判断され、さらには追い討ちをかけるように二人の毛がしかも大量に瓦礫の下から発見された。長男チュウの黒い毛と、次男シュウの茶色の毛である。
「兄さん…。」
西暦2036年の大晦日から37年の元日まで続いたリュウにとっても集落にとっても最悪な出来事であったが、悲劇はまだ始まったばかりであった。