母にバレた!?突然の終止符
隆博は身を震わせた。博美の後ろにいたのは隆博の母、絹江である。
「お、お袋。なんでいるんだよ・・・・・。」
「なんでって、お前がちゃんと一人暮らし遅れてるか見に来ただけだよぉ。」
隆博が出勤した後、博美も外出した。その後で絹江がアパートを訪ねたため、部屋は無人だった。絹江は早速、合鍵を使ってアパートのドアを開けた。ドアを開けるなり、おかしな点に気付いた。
「あら?なんで女物の靴があるのよ。変ねぇ。」
母は居間に入ると、机の上には化粧用品が置かれていた。さらに女物の服が干されているのにも気付いた。しかし、それらは紛れもなく博美の私物である。そのようなことを絹江が知るはずはなく、今注目を浴びている女装を始めたのかと思い込んだ。
「まぁ何よあの子。いつの間に女装の趣味を持つようになったわけ!はぁ。情けないわぁ。まぁいいわ。もう帰りましょ。気味悪くなってきちゃった。お父さんに言ったらきっと悲しむでしょうねぇ。」
絹江は自分の息子が女装をしていると思い込み、悲しみに更けながらアパートを出た。道路に出るところでちょうど帰ってきた博美とすれ違ったのである。
「あらごめんね。」
「あっ、すみません。」
博美は隆博のアパートの鍵を開け、中に入った。絹江は後ろを振り返った。
(んっ?あの子、隆博の部屋に入っていかなかったかしら?)
絹江はアパートに戻り、様子を見た。確かに電気が点灯している。ドアノブを回すと鍵が開いていた。
(えっ?どういうことよ。あの子、女を住まわせてるの?ああ、もう泣けてきちゃうわぁ。)
絹江はドアを開け、再度アパートに入った。
「ちょっとあんた何者よ!」
「ええっ?」
博美は絹江の母の侵入に驚いた。
「あ、あの・・・・・。」
「勝手にうちの子のアパートに上がり込んで、何なのよ。」
「あ、私は・・・・。」
それから数時間が経って、隆博が帰ってきたのである。
(やべぇ、これはマジでやべぇ。どう言い逃れすればいいんだ俺は。)
隆博は前に歩を進められず、かといって逃げるわけにもいかず最悪な状況を予想した。しかし、絹江は怒っている様子はなく、常ににこやかだった。
「あんた、大学でこんな子と付き合ってたの?」
「え、ええっ?」
博美は以前、ショッピングセンターを歩いていた隆博が会社の同僚と会ってしまい、自分を説明する時に使った“大学の同級生”を、絹江の前でも使ったのである。
「最初来た時は女装でも始めたんじゃないかって心配したんだよ。仏前のお父さんに伝えなきゃ。じゃぁ、これで失礼するわね。」
「あ、お、お袋!」
絹江は心配事が無くなり、アパートを気分良く去って行った。
「何しに来たんだよ。あいつ。」
「あの人、お婆ちゃんだったんだ。」
「絶対、そんなこと口が裂けても言えるわけねぇよ。はぁ、ビックリしたぁ。」
隆博は、体全体の緊張が取れた。
翌日、博美はシャワーを浴びていた。その表情はどことなく暗かった。
(もうそろそろ伝えなきゃ・・・・・このままいても迷惑だし。)
シャワーを済ませた後、博美は隆博に近づき、声をかけた。
「お父さん、あのね。」
「うん?どうした博美。」
「実はね。私、もう帰ることにしたの!」
「ああ、そうか、そりゃ良かった。とっとと荷物まとめてくれ・・・・・ええっ!?博美、それ、どういうことだ。」
「だから、もう帰ることにしたの。」
隆博は思わぬ一言に耳を疑った。
「もう気が済んだのか?」
「ううん、そうじゃないの。もう夏休みも終わって、大学も始まっちゃうしね。単位落としたくないもん。」
「え?お前、大学生だったのか?」
「うん、言いそびれちゃった。」
博美は大学の休みを利用して隆博の元へ来たのである。
「だったら最初からそう言えばよかったじゃねぇか!ビックリさせんなよ。」
「へへへ・・・ごめん。」
隆博と博美の共同生活は、呆気なく幕を下ろすこととなった。
数日後、隆博は博美を車に乗せ、駅まで送った。車中は共に声を掛けることはなかった。駅のホームに特急列車が滑り込むように停車し、博美はためらうことなく乗り込んだ。
「忘れ物ないよな。」
「うん、お父さんもお母さんの墓参り、忘れないでよ。場所のメモは渡したよね。」
「ああ、また俺に会いたくなったら、今度は連絡してくれよ。いつ転勤になるか分からないからな。」
発車のベルが鳴る。
「お父さん。」
「んっどうした博美?」
博美は隆博に口付けをした。短い時間だが、長く感じた。
「お、おい。何すんだ!」
「ありがとう、お父さん。」
隆博は口をぽかんと開けた。
「発車時間過ぎております。お見送りの方は速やかに電車から離れて下さい!発車します。」
隆博が博美から離れた瞬間、ドアが閉ざされ、二人の間に隔たりができた。ゆっくりと特急列車は駅から離れてゆく。隆博は列車が見えなくなるまでホームを離れなかった。
“よっしゃ。これで終わった。”
隆博はそう思い、後ろを振り向いて立ち去ろうとした。しかし、足が動かない。それだけではなく、次第に涙が込み上げてくる。
「おい!何で動かねぇんだよ。何だよ、やめてくれよ。」
隆博は立つこともままならなくなり、ついにホームのベンチに腰掛けた。
「博美・・・・・。」
隆博はゆっくりした足取りで駅を離れ、アパートに戻った。
「ただいま・・・。」
返答がない、当然のことである。今までは同居人がいたからだ。隆博は周囲を見回すと、博美がいた時の様子を重ね合わせた。
やはり一人でもいなくなるとこうも変わってしまうものなのか。隆博は心にぽっかりと穴が開いたように感じ、ベッドに潜り込むと、そのまま夕方になるまで起きることはなかった。