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父と娘の共同生活

 翌日、隆博は仕事のため早く目覚めた。周囲を見回すと、自分のベッドの上には・・・・・。

「いるじゃねぇか・・・。まぁ、俺がシュラフで寝てるんだからなぁ。」

 隆博は悪い夢を見ているものと思っていたが、脆くも崩れた。

「俺はいつまでこいつと過ごさないといけないんだよ・・・・・。」

 隆博は頭を掻きながら台所へ向かった。

「おい!博美。起きろ。メシするぞ。」

「ううう~ん。」

 いくら呼んでも、体を揺すっても博美は目覚めなかった。

「チッ、呑気なもんだぜ。先食うからな。」

 隆博は朝食を済ませ、身なりを整えた。もう一度だけ博美を揺すった。

「いつまで寝てるつもりだ?早く起きんか!」

「うう~ん。そんなに食べれないって・・・。」

「こいつ寝ぼけてやがるな。まぁいい。構ってたら遅れるから行くか。」

 隆博は博美の分の朝食にラップを掛け、博美が外出できるようにアパートのスペアキーを置き、アパートを後にした。移動中も仕事中も博美のことを思い出し、集中が途切れそうになった。

「あー!ダメだ。なんでこううまくいかんのだ。」


 隆博は休憩時間を使い、母の絹江に電話を掛けた。

「もしもし、お袋。俺だ。オレオレ。」

「あんたの声聞けば詐欺じゃないってことぐらい分かるわよ。」

「本当に疑うことを知らんな。まぁいい。聞きたいことがあるんだけど、ここ最近で俺の居場所を聞きに来た奴はいなかったか?電話でも押し掛けでも構わん。絶対俺のことを聞いてきた奴がいるだろう。」

「あんたのことをかい?ええと・・・・・。」

 隆博の母は、心当たりがあるかのように話し出した。

「ああ、確か一カ月ぐらい前だったかなぁ。大学で一緒だったって子が同窓会の名簿作りたいって言うもんだから教えてあげたわよ。」

 隆博は深くため息をついた。

「やっぱりか・・・・・。」

「何よ、ため息なんかついちゃって。」

「どうしてあんたはそうやって勝手なことをするんだよ。」

「いいじゃない別に。彼女困ってたから助けてあげただけよ。」

「何も疑わないからいけないんだよ。あんたは!」

「何カリカリしてるんだい。いつもと違うわよ。」

「危うく詐欺に遭いそうになったんだ。大学時代の同級生とか名乗って住所を聞き出す手口が流行ってるから気を付けてくれよ。まず、大学名は聞いたのか?」

「別に聞かなかったわね。特におかしいと思わなかったから。優しい感じの声の子だったのよ。」

「それが良くないんだよ。次から気を付けてくれ。じゃあな。」

 仕事に復帰しても隆博は博美が気になり身が入らなかった。


 結局、今日は定時に片付かず、夜遅くまで続いた。恐らく、博美は先に寝てしまっているだろう。そう思いつつ、隆博はアパートの鍵をドアノブに挿し込み、開けようとした。しかし、いくら回してもカチッと音がしない。鍵の故障かと思い、ドアを引くと開いた。

(あの野郎、鍵を掛けないとは無用心な奴だな。)

 ドアを開けると、信じられない光景が広がった。

「お帰りなさぁい。」

「た、ただいま・・・。」

 目の前には博美がエプロン姿で正座して待っていた。

「お父さんが帰ってくるの待ってたんだよ。さっ、ご飯にしよっ!ほらっこっちこっち!」

「えっ?ええっ?だから力強いって!」

 隆博は博美に腕を掴まれた。向かった先にはさらに目を疑う光景が広がっていた。

「これ、お前が作ったのか?」

「そうよ、私も意外とやるでしょ?」

 テーブルの上には、肉じゃがを中心に数点置かれ、夕飯の支度が出来ていた。普段はコンビニやスーパーの惣菜だけで済ませてしまう隆博にとって、この光景は実家に帰る時以来であった。

「ほらほら、肉じゃが食べてみてよ。」

「あ、ああ・・・・・。」

 隆博は博美に勧められるままに肉じゃがを口にしようとした。

「ストップ!何かお忘れじゃない?」

「えっ、何が?口にしろって言って、なんで止めるんだよ。」

「だめだなぁお父さんたら。なってない!」

「何だよ、急に。」

「食べる前にすることあるでしょ?ね?」

 隆博は母に怒られているような気分になった。

「ああ、分かったよ。ちゃんと手を合わせて、“いただきます!”」

「はい、良くできました。」

 隆博は改めて箸を手に取り、肉じゃがを口にした。

「うまいじゃねぇか・・・。」

「よっしゃ!じゃ、私も。」

 永年一人暮らしをしてきた隆博には、二人以上の複数で食事をする方がより美味しく感じていた。

「いやぁ、食った食った。まさかこんなうまいもんが食えるなんて夢のようだ。」

「お父さんがそう言ってくれるなら、明日からも頑張っちゃおうっと!」

博美がこんなに気が利くのは、母親の影響だった。京香は仕事で家を空けることが多く、一人で何もかもできるようにしなければならなかった。それが今に活かされていた。

「私、いいお嫁さんになれるかな?」

「ば、バカ言うな!修行が足りんわい!」

「お父さん、赤くなってやんの!」

 隆博は“もしかしたらコンビニやスーパーの惣菜を買って盛り付けて済ませたのでは”と疑い、博美が寝ている時に台所を見てみた。

(「肉じゃが」ってラベルがあったら叩き起こして外に蹴飛ばしてやる・・・・・。)

 しかし、トレーを包んでいたラップに付いていたラベルの字は「豚肉」。他にも玉ねぎの皮や糸こんにゃくが入っていた袋が見つかった。

(あいつ、本当にここで作ってたんだ・・・・・。)

 隆博は冷蔵庫を開けた。

(あ、あああ・・・・・。)

 隆博は目を疑った。普段、冷蔵庫の中は空に近い状態だが、博美が買ってきたであろう食材が入っていた。

(疑った俺がバカみたいだ。)


 翌日、隆博は博美に起こされた。

「お父さん!起きてよ。」

「うう・・・あれっ?」

「ほら、起きないと。ご飯できてるよ!」

「何だ。起きてたのかよ。」

 テーブルの上には昨晩と同様、朝食の準備ができていた。

(いったい俺は、どうなっちまうんだ?)


 次の休日、隆博と博美は近所のショッピングセンターに足を運んだ。博美は隆博にべったり身を寄せている。

「お父さん、手つなごうよ。」

「ダメだ。やめろ!引っ付くな。」

「ひょっとしてお父さん。デートしたことないんだ?」

「わ、悪かったな。」

隆博にはデートの経験がない。その前に彼女ができたこともないので、どう対処するべきか分からなかった。

「私たちが親子だなんて誰も気付かないよね。ただいちゃつくカップルとしか思われてないかもね。」

「まず有り得んだろう。まあ、あったとしても、そんなことを言う奴なんかいるわけないさ。言った時点で冗談も休み休みに言えと笑われるだけだ。」

 それよりも隆博が気になっていたのは、この光景を知り合い等に見られてしまうことだった。

「お父さん、キョロキョロし過ぎだよ。なんか怪しいもん。」

「俺の関係者が来てないか気になってんだよ。これ見たらどう説明するんだよ。」

「良いじゃん!娘ですって言っちゃえば。」

「そんなこと言えるか!いいか。俺の知り合いに会っても、俺の言うことに合わせるんだぞ。空気は読んでくれ。」

「はあーい!」

 二人は再び、ショッピングセンターを歩いた。その間も隆博は周囲を見回し、知り合いに会わないことを願うしかなかった。

「うわっ!最悪だ。」

 運悪く知り合いに遭遇してしまった。相手は会社の同僚、駒越である。隆博を見るなり、近付いてきた。向こうは家族連れで来ている。しかも真っ先に気付かれてしまった。

「おお、寺垣ちゃん。ここで一緒になるなんて奇遇だね。」

「ち、ちわっす・・・。家族連れなんですね。」

「ああ、家族サービスは大事だからねえ。あれ?」

 駒越は隆博に引っ付く博美に気付いた。

「なんだ、彼女とデートの真っ最中かい?お前、女できないって嘆いてたんじゃなかったっけ?」

「ああ、こいつですか。こいつは・・・。」

 隆博は、博美を何にするか直前まで決めていなかった。仕方がないので、この際適当に思い切って言った。

「大学で一緒だったんですよ。で、最近になって近所に住むようになって、こうして付き合いを再開してるってわけなんですよ。」

「イェーイ!」

「ほぉ、こんなかわいい子がいたなんて、うらやましなぁ。イタタッ!」

「あなた。私以外の女に興味はないって言ってませんでしたか・・・・・?」

 駒越は妻に頬をつねられた。しかも妻は笑顔だった。怖い顔をするよりもっと怖かった。

「じゃあまたな。お前、あんなにつねるこたねぇだろうが・・・。」

 駒越一家は二人から離れていった。一先ず、ピンチは逃れたが、今後は博美を大学の同級生としておけば、深く追及されることはないだろう。

 博美は駒越とその家族の後ろ姿を見て、こう呟いた。

「あの人達、幸せそうだね。」

「父と母の間に子供。あれが、一般的な家族の形だ。」

 博美は暗い表情を見せた。

「もしかしたら、お母さんがちゃんと結婚して、お父さんといたら、お母さんは今も生きてたのかなぁ。」

「それは俺に聞かれても分からん。」

 二人はショッピングセンターを後にした。


 博美が隆博のアパートで共同生活するようになって数週間が経過しようとしていた。最初は自分に娘がいたことを信じられずにいた隆博も、次第に博美を受け入れられるようになっていた。その中で隆博はある考えをするようになっていた。

“いくら京香先生が勝手に妊娠して博美を産んだとしても、回避できなかった自分にも原因がある。俺にも責任があるんじゃないのか・・・・・。”

 その悩みは日に日に大きくなっていった。


 そんなある日、隆博が会社から帰宅すると、アパートのドアの奥から、女性二人の声が聞こえた。片方は博美であるのは間違いないが、もう片方の声を聞いて唖然とした。

「まさか・・・・・。」

 隆博がドアを開けると、そこに衝撃的な光景が飛び込んできた。

「お帰りなさい!早かったね。」

「マ、マジかよ・・・。」

 隆博は我が目を疑った。そこには全く予想もしなかった事態が。いや、予想もしたくなかった事態が起きていた。博美の隣に、もう一人女性が座っていた。その女性は隆博の身近な人物で、この場にいてほしくなかった。

(もう、終わりだ・・・・・。)

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