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お父さんに会いたい

 今から半年前、一人暮らしをする博美の元へ電話が掛かってきた。電話の相手は祖母の雅子である。

「えっ?お母さんが倒れた?」

 博美は急いで搬送先の病院に駆け込んだ。しかしどう急いでも片道最低三時間は掛かる。焦る気持ちを抑えて病室に入ると、京香はベッドの上で目を閉じていた。取り付けられた計器類が、京香はまだ生きていることを示していた。

「なんでこうなるのよ・・・・・。」

 博美は頭が真っ白になった。雅子の話では、台所に立っていた時に意識を失い、床に倒れ込んだとのことである。医師からは、意識が回復しても日常生活を送るのは難しいと言われたが、それでも博美は京香の回復を信じ、時間の許す限り病院に訪れては大学やアルバイト先での出来事を京香に話した。博美が得意げに話しても、京香は何も答えようとはしなかった。

「んもう、何か言ってくれてもいいでしょっ?早く起きてよっ!」

 そんなある日のこと、博美は大学やアルバイトの予定がないので病室で寝ることにした。

「今日は一緒に寝よう。明日になったら元気になってよね。お休み・・・・・。」

 一緒に寝てからどれくらい経っただろうか。博美は、京香が自分を呼ぶ声が聞こえた。

「博美・・・博美。」

 博美が眠い目をこすってベッドの方を見ると、京香が体を起こしていた。

「はっ!お、お母さん?やっと起きたぁ。心配してたんだよっ!さぁ、早く治してお出かけしようよ!」

 京香はなぜか首を横に振った。そして声を絞り出すように少しずつ話し始めた。

「えっ?」

「お母さん、もうこの世にはいられなくなっちゃったみたい。」

「な、何寝ぼけてるのよ。早く治して、お爺ちゃんとお婆ちゃんを安心させなきゃ!」

 それでも京香は首を横に振った。

「そろそろお迎えが来る頃ね。本当はあなたともっと一緒にいたかったけど、それも叶わないわ。」

「嫌よ、そんなこと神様が決めても、私が許さないんだから!」

 京香はゆっくりと博美の頭を撫でながら話し続けた。呼吸も苦しくなってきている。

「博美・・・私のわがままで産まれてきて・・・・・ごめんね。本当なら・・・お父さんと一緒に・・・いたかったでしょう?」

「ううん!私はお母さんがいればそれでいいの。だから頑張って生きてよ!」

「もう・・・だめね。最後に・・・あの人の・・・お父さんの顔でも見てから・・・死にたかった・・・。博美、お父さんを探して・・・・・。あなたの名前は、お父さんから一文字取ったのよ・・・それをヒントに・・・。」

 京香は、静かにベッドからすぅっと姿を消した。

「お母さん!・・・はっ!?」

 博美は身を起こした。どうやら夢の中の話であり、博美は一息ついた。

「なんだ夢か。驚かさないでよ本当に・・・・・。」

 その時、博美の耳に電子音が鳴り響いた。振り返ると、心電図の数値が異様に低くなっていたのである。

「まさか。お母さん!」

 異常に気付いた医師が京香の病室に入って来た。早急に心臓マッサージ等の蘇生処置を施し始め、博美は離れてその様子を見ていることしかできなかった。しばらくすると、その処置の手を止め、博美を呼んだ。

「午前五時三十分。ご臨終です・・・・・。」

 博美は、泣き崩れた。

「お母さん。私を置いてかないでぇ・・・。」

 それからしばらくして、連絡を受けた京香の両親が病室に入った。

「京香の奴、俺らを残してあの世へ先に逝きやがったな。」

「親より先に死ぬなんて、本当に親不孝もんだよぉ。」

 博美は無言で、京香の亡骸を見続けることしかできなかった。


 その日の夜、京香の通夜が営まれ、式場には親族や関係者も集まった。保健医をしていた頃の小学校の先生方も駆け付けた。

「あれっ?ひょっとして、京香先生の娘さんかな?」

「あっ、はい・・・。」

「やっぱり、顔がそっくりだ。私ね、二十年前に京香さんの勤めてた小学校で先生をしてたんだ。まさか子供がいたなんて知らなかったよ。失礼だけど今、お幾つで?」

「今年で二十歳になります。」

「へぇ、大学生なんだ・・・。」

 教師はおかしな点に気付いた。

「あれっ?確か、あなたのお母さんは、学び直したいことがあると言って辞めたはずなんだけどな。結婚したとも聞いてないしね。どうなってるの?」

 両親は教師に対し、“余計なことを聞きやがって”と渋い顔をした。しかし、博美は戸惑うことなくすんなりと答えた。

「実は、辞めた後で私の妊娠に気付いたらしいんです。だから、学ぶのも辞めたって言ってました。お母さん、付き合ってた人がいたみたいで、その人とイチャイチャしてたんです。妊娠したことを伝えたらそれ以来、連絡が取れなくなったんですって。だから私、お父さんの顔、知らないんです!」

「きょ、京香の奴、わしらに何も言わずに付き合ってるやつがおってだなぁ、妊娠までしやがったんだ!相手が出てきたらケチョンケチョンにしてやるわい!」

「あなた、もう落ち着きましょうよ。過ぎたことなんだから。どうもすみませんねぇ。」

「はぁ、そうなんだ。なるほどね。ありがとう。」

 教師は何も疑うことなくその場を退散した。“お母さんは小学生の相手をして私を妊娠した”とは、口が裂けても言えなかった。


 葬儀が終わって落ち着いた後、博美は実家で京香の遺品の整理を行った。祖父母からは好きなものを持って行っていいと言われ、選別していたら、まるで見付けてほしかったかのように、一枚の写真がストンと下に落ちた。

「うん?何これ。」

 写真は小学校の遠足の写真の一つだった。京香の姿もあり、隣の少年との間に相合い傘を描いてあった。

「やだ、お母さんたら何やってんだか本当に、しかも名前まで書いちゃって・・・えっ?」

 写真に書いた少年の名前は“隆博くん”。これを見た博美は、夢の中で京香から聞いたことを思い出した。

『あなたの名前は、お父さんから一文字取ったのよ・・・。』

相合い傘の隣の少年は、小学生の頃の隆博だった。

「この子が、私のお父さんなんだ。」

この瞬間、京香が亡くなる前に夢の中で残したあの言葉が響いた。

『博美、お父さんを探して・・・・・。』

(お父さんに会いたい!お母さんが亡くなったこと伝えなきゃ!)

 この日から博美は休みの日には父親である隆博の居場所の捜索を始めた。さすがに最初から簡単に見付かるはずは無く、捜索は困難を極める・・・かと思いきや、意外なところに手掛かりがあった。京香が持っていた卒業アルバム。それは隆博が卒業した時のもので、退職した後に送ってもらったのだろう。捲っていくと、やはり隆博が写っていた。 他に”隆博”の名前はないことから、博美は確信した。

「やっぱり、この子が私のお父さんだわ。」

 さらに巻末まで捲ると、卒業生の連絡先一覧が載っていた。今となっては個人情報保護の観点から掲載しないようになったが、隆博が卒業した時にはまだあった。当然、隆博の実家の連絡先が載っており、まずはこの電話番号に掛けることにした。二十年が経過し、繋がらないかもしれない。また、繋がったとしても、別の人が使っているかもしれない。また、家族がいるかもしれない。そう思いながらも、番号を押していく。

 呼び出し音が鳴る。番号は変わっていない。

『はい。』

 女性が出てきた。博美は続けて聞いた。

「失礼いたします。そちらは寺垣隆博さんのお宅でしょうか。」

『はい寺垣ですが、どちら様で?』

 まずは第一関門を突破した。しかし、この後も次々と越えなければならない関門は存在した。

「私、お父・・・いえ、隆博さんの通っていた大学の同級生でした稲本と申します。」

『ああ、大学の方ね。悪いけど、隆博は一人暮らししちゃっていないのよ。何か用かい?』

「あの、同窓会の名簿を作ってるんです。それで、隆博さんのお住まいの場所などにお変わりないか聞いていたところなんです。」

『ああ、そうなの。じゃあ教えてあげるわ。』

 女性は疑うことなく、隆博の居場所と連絡先を博美に伝えた。博美は最後に聞いておくことがあった。

「あの、失礼ですが、隆博さんは結婚してらっしゃいますか?」

『あの子ねぇ、結婚したがらないのよ。もう三十過ぎたのに。孫の顔はいつ見られるのかしら。』

「あっ、それで結構です。ありがとうございました。」

 博美は感謝の言葉を伝え、電話を切った。

 これで隆博と博美の距離は縮まった。結婚もせず一人暮らし。博美にとっては好都合だった。後は隆博の所へ押し掛けるだけだった。


「その電話に出た相手、誰だか分かったぞ。」

「えっ、誰なの?」

「お前の、お婆ちゃんだ!お袋の奴、疑うことを知らねえもんだから困るんだよ。本当によぉ。」

「じゃ、この出会いもお婆ちゃんのお陰だね。」

「簡単に決めつけるなバカタレが!」

 しかし、気になるのは今後である。隆博はこのまま住み着いてもらっても邪魔になるだけなので、帰ってもらうようにした。

「ほら、親父の顔が見たかったんだろ?もう見たんだから、用が済んだなら帰ってくれ。」

 博美はきょとんとした顔をしていた。

「えっ?だって、こうして離れてた親子が再会したんだよ。不思議と思わないの?」

「まあ奇跡だ。奇跡には間違いないがな、俺はお前が誕生したことを知らなかったんだ。俺には関係ねぇ!」

 博美は目を潤ませた。

「ひどい、私の言ったことが嘘だと言うの?この戸籍謄本も捏造だと言うの?本気じゃなかったら、ここまでしないわ。」

「あのな、お前の母ちゃんは俺から勝手に子種を搾り取って、勝手に妊娠して、勝手に出産して、勝手に育てたんだろ。その間、俺はお前に何もしていないのに、俺を父親呼ばわりされるつもりはないな。」

「でも、お父さんがお母さんとセックスしなかったら、私はこの世に産まれてこなかったのよ!」

「セックスって、ストレートに言うな!とにかく、俺に断りもなく産んでおいて、何がお父さんだ。俺がお父さんである確証などないだろ!本当だとしても今更、父親らしいことなど出来るはずない。ほら、分かったら引き揚げろ。」

 しかし、それでも博美が引くことはなかった。

「やっとお父さんに会えたのに。離れるなんてやだよぉ。私にもお父さんがいるって知ってから、本当は会いたかったんだもん。ここで離れたら、もう二度と会えないもん。お父さんが小学生だったとしても、私のお父さんに変わりないもん。」

 隆博は博美の頬を滴り落ちる涙に心が揺らいだ。ここまで言われて追い出すのは気まずくなっていた。事実か作り話かは別として、隆博にとっては最大の賭けであったが、意を決して博美に話した。

「博美と言ったな。お父さんがいなくて寂しかったんだろ。で、やっと俺に会えて嬉しいんだよな。」

「うん・・・。」

「父親らしいことは出来ないけど、それでいいなら気か済むまで、いていいぞ。好きにしなよ。」

「本当?ありがとう。お父さん!」

 博美は隆博に抱き着いた。

「お、おい!苦ちいんだけどな。さすが玄関からベッドに運べたことだけはあるなぁ。本当に女かよ。」

 通常、この時期の娘からすると父親はあまり近寄りがたい存在と思われることが多いが、博美には父親が特別な存在なのだから仕方がないのだろう。

 こうして、年の差が十一歳という親子の共同生活が始まった。しかし、父娘でも男と女、最初からうまく行くわけがなかった。

「お父さん、シャワー浴びるから勝手に入ってこないでよね!」

「誰もお前の裸など見たくないわい!早く済ませろ!」

 寝る時は隆博が普段使うベッドを博美に占領され、隆博は床でキャンプ用の寝袋に入って寝た。

(まあ、すんなり受け入れちまったけど、こいつ、いつまでいるつもりなんだろ。まぁ、三日で帰ってくれるだろうな。)

 父娘の運命的な対面の初日は、こうして過ぎていった。

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