京香と博美
博美は京香の私生子として育てられた。京香はシングルマザーとしての道を歩み、初めての育児に悪戦苦闘する日々が続いたが、両親にも助けられ、何も不自由はなかった。最初は嫌がっていた金四郎も、次第に博美を受け入れるようになり、良き父代わりとして接するようになっていった。
博美が小学校に進学すると、京香はアパートを借り、博美と共に移り住んだ。両親の負担を減らしたいのと、博美と二人でいる時間を増やしたいと思ったからである。ただし、実際は京香が働きに出たので一緒にいられる時間は少なかった。それでも京香は、帰宅すると博美が待っていると考えるだけでも幸せだった。時間が合えば運動会や学芸会、授業参観といった学校行事にも積極的に参加し、博美が風邪で休めば傍に付き添い看病もした。これも全て我が子のためである。
しかし、不安がないわけではない。いつの日か、なぜ自分にお父さんががいないのかを聞かれるのではないかと京香は思っていた。この時の博美に、自分の父が小学生だったと伝えても理解に苦しむのは想像できる。そう思うと、京香は、この事実をどう言えばいいか悩んだ。
やはり博美は自分に父がいないことを疑問に思わないことはなかった。博美が小学五年生の時に受けた保健の授業で、当時の隆博と同じく、新しい命の誕生の仕組みを知ったからである。
(じゃぁ、なんで私はここにいるのよ・・・・・。)
生まれた時から母しか親がいない博美にとって、父と母がいて子供が誕生するということが理解できなかった。
学校からの帰り道、友人と途中まで通学路を歩いていた。博美は、なぜ父がいないのにどうして自分が存在しているのかが気になっていた。
「博ちゃん、どうしたの?」
「えっ?ううん、何でもない!」
ちょうどその時。友人の父が現れた。
「じゃあね博ちゃん!また明日。」
「バイバーイ!」
友人は父の手をつなぎ、帰っていった。博美はその後ろ姿を、羨ましそうに眺めていた。
(私にお父さんがいたなら、どんな人なんだろう・・・・・。)
博美は仕事から帰った京香に聞いてみた。
「ねぇ、お母さん。」
「どうしたの?博美。」
「どうして、私にはお父さんがいないの?」
京香は博美の一言に動揺した。父のことをいつの日か聞かれるとは思っていたが、こうも早く聞かれるとは思いもしなかったからである。
「いきなり、何を言い出すのよ。」
「家族って最低でもお父さんとお母さんと子供の三人が基本じゃない?それなのにうちにはお父さんがいない。変だよね。」
「べ、別に家族の形はそれだけに限ったことじゃないわよ。母と子供だけでも、家族と呼べるのよ。お父さんがいなくてもこうしてやってこれたじゃないの。」
博美は負けじと続けた。
「じゃあ、私はどうやって生まれてきたの?」
「そりゃあ、お母さんから生まれてきたんだからお母さんの子供じゃないのよ。何も疑うことないわ。」
「私知ったの。お父さんとお母さんがいないと、子供は生まれてこないって。お父さんとお母さんがセックスしないと、子供は産まれてこないって。」
京香は、ついに声を荒げて言ってしまった。
「あなたは知らなくてもいいの!」
「何で隠すの?私だってお父さんがいるなら、どんな人か知りたいに決まってるじゃない。」
京香は一息付いて話した。 このまま隠したところで何も解決しないと思い、全てではないが話すことにした。
「いい?あなたにもお父さんはいたの。でも、結婚しようとは思わなかったわ。いや、結婚はできなかったのよ。」
「結婚できなかったってどう言うこと?」
「博美の妊娠に気付いた時には私はもう三十半ばだけど、彼はまだ若すぎたから、彼には彼なりの生き方をしてほしかったのよ。」
「お母さん、年下好きだったんだ。」
「何言ってるの。恋愛に上下は関係しないんだからね。お母さんはお父さんのことが大好きだったんだから。」
「そうだったんだ・・・。」
「だから、博美もお父さんと同じように、いいえ、お父さん以上に愛してるのよ。分かった?」
「うん・・・分かった!お母さんありがとう。」
京香は何とかその場を乗り切ることはできたが、いくら隆博が京香より年下とはいえ、小学生だったと言っても信じてもらえないだろうと思い、言わなかった。
博美は中学、高校を無事に卒業し、大学生になった。博美は四月から一人暮らしを始めるため、京香と一緒にいられるのもあとわずかだった。京香は博美と離れたくなかったが、博美のためと思い、了承した。
「博美、卒業おめでとう。これで大人に一歩近付いたわね。やだ、まだ制服着てるつもり?」
「だってもう着れなくなっちゃうんだからね。いいでしょ?」
「もう、しょうがないわね。寝る時までにはちゃんと脱ぐのよ。クリーニング出して綺麗にしておくから。」
「うん、あのね、お母さん・・・。」
博美はこの機会に、あの事を聞いてみることにした。
「私のお父さんって、どんな人だったの?イケメン?オタク?それとも学校の先生?」
京香は、この機会に隆博のことをすべて打ち明けることにした。
「そうよね。博美も大学生になるんだもんね。いつまでも子供じゃないもんね。いいわ、話してあげる。驚かないでね。あなたのお父さんはね、実は、小学生だったの。」
「へぇ、小学生だったんだ・・・・・はぁぁ?小学生!?」
博美は予想外の答えに混乱した。自分の父親が当時小学生だったと言われても想像できるはずもない。
「なんで小学生なんか相手したの?」
京香先生は、隆博と体を交わしたあの日のことを思い出しながら博美に話した。
「あの子ったら、いっつも怪我ばかりしては保健室に飛び込んでくるの。しょうがないから優しく手当てしてあげてたんだけど、そしたら私に甘えてくるようになっちゃってね。でも、放っておけなかったのよ。いつしか、彼を独占したいって思うようになってたの。いけないと思ってたんだけどね。」
博美は口をあんぐりと開けていた。
「ある日、仕事を終わって帰ろうとしたら、いきなりドアが開くから誰かと思ったら彼だったの。“相談したいことがある”って。だから聞いてあげたの。そしたら、“夢の中に私が出てきて裸で手招きする”だって。まぁ、笑えてきちゃったわよ。」
しかし、京香は心の奥底に熱いものが芽生えていた。結婚はもう二度としたくない。けれど、子供は欲しい。しかし、性の知識を知らない少年を相手にするのは無謀であり、倫理的にも問題がある。自分は学校医である立場上、決して許されないことである。けれども、後には引かなかった。今しかないと思い、隆博を受け入れることにした。
「こうして、私は博美というかわいい女の子を授かりましたとさ。めでたしめでたし・・・なんてね。」
「何よ、美談にしちゃって、そんな理由で私を産むなんて、サイテー。」
「でもこうして、今があるじゃないの。博美が産まれてきてくれて、お母さん幸せよ。辛いこともあったけど、それも博美がいてくれたから乗り越えられたのよ。」
「私もお父さんがどんな人か分かったから、すっきりしちゃった!」
本当はもっと聞きたいことがあった。自分の父がどんな人か。今は何処で何をしているのか。写真は残っていないのか等、聞き出したらきりがないので、今は聞かなかった。
こうして博美は親元を離れ一人暮らしを始めた。京香も実家に戻り、両親との生活を再開させた。
「へぇ、結構大変だったんだな。ところで、お母さんは元気にしてるのか?一緒に来れば良かったじゃないか。」
すると博美は下を向いた。
「今頃、元気だったらお父さんに会いたいなんて思わないわよ・・・・・。」
「おい、まさか。」
博美は首を縦に降った。隆博はここから先の展開が分かってしまった。
「何てこった!いくらなんでもこんなの、話が出来すぎだ!」
「でも、本当の話なのよ!」
博美は話を続けた。