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訪れた別れ

 その翌日、隆博が保健室の近くを通ると、保健室は閉まっていた。翌日には復帰したが、京香と隆博が顔を合わせることはなかった。隆博が久々に京香の姿を見たのは一カ月経った後の月曜日の全校集会だった。

「続いて、本日を持ちまして保健の稲本京香先生がお辞めになられます。皆さんへの最後のご挨拶です・・・。」

 その瞬間、生徒達がざわついた。いきなりのことだから仕方ないのだろう。京香は神妙な面持ちで壇上に上がり、一礼した。

「皆さん、おはようございます。こうして皆さんの前でお話しするのも、これが最後になります。いきなりのことで驚いていることと思います。ごめんなさい・・・。」

 京香は淡々と話した。話の内容は小学生には分かりにくかったが、“このままで終われない。もう一度、夢に向かって学び直したい”との事だった。

「夢を叶える最後のチャンスと思い、決めました。何かをするにも遅すぎることはありません。皆さんも夢を諦めないで下さいね。」

(京香先生の夢って、保険の先生になることだったよな?)

(ああ、仕事と結婚したって言ってたのになぁ。)

 京香は一礼すると、舞台からゆっくり降り、代わりに新しく入る保健の先生が上がった。

(うわっ、ブサイクだ!)

 朝礼が終わった後の教室は保健の先生の話で盛り上がった。

「おい、新しい保健の先生って、どう考えてもブスだよな。俺絶対に近付きたくねえよ。」

「見た瞬間に母ちゃん思い浮かべちゃってさぁ、吐き気した。」

 新しく来た保健医の評判は悪そうだった。それだけ、京香が好かれた存在だったかが分かる。

 隆博は誰とも話さず机で佇んでいた。視線も定まっていない。

「おい、どうした?」

「へっ?」

「さっきからボケェとしてよぉ。」

「な、何でもねえ。ちょっと夜更かししちまっただけだ!」

「まぁでもよ、お前、京香先生にけっこう気に入ってもらってたじゃん。寂しくないの?」

「ばぁか!そんなわけねぇよ。ただ俺が怪我する回数が多かっただけだ。」


 この日の授業には年に数回しか行わない保健が入っていた。科目は小学校高学年で扱う「新しい命の誕生」について。本来であれば京香が担当するところだったが、新しく変わった保険医が担任と共に担当した。どのようにして新しい命が誕生するのかを学ぶが、隆博はここで、あの時京香とした事が、新しい命を誕生させるために行うものであると知ることになる。

(ひょっとして、あの時京香先生としたことって・・・。)

 隆博は目の前が一瞬真っ白になった。

「おい、おい!寺垣。」

「は、はい!」

「何ボケェッとしてんだお前は。しっかりしろ!」

 隆博は周囲に笑われ、恥ずかしい思いをした。

 今日の授業が終わった後、保健室では小学校を去る京香との別れを惜しむ生徒で賑わっていた。隆博は保健室に足を向けることなく、友人と帰った。友達が持ちかけた話しも京香のことだった。

「京香先生、いなくなっちまったな。あんな美人なのに、今度はブスだぜ。ショックだよな。おい!どうした?」

「えっ?ああ、なんでもねえよ。まぁ、俺たちは来年までだから我慢すればいい。気にしないよ。」

「お前もけっこう京香先生に気に入ってもらってたもんな。最後の挨拶ぐらいすればよかったのによ。」

「別にどうでもいいさ。ただ俺がケガばかりしてよく保健室に駆け込んでたから、顔なじみみたいになってるだけだ。」

「素っ気ないなぁ。お前らしくないぞ。」

 友人と別れ、隆博は家の前まで来ていた。しかし、そこで立ち止まり、学校のある方向を向いた。

(このまま、何も言わないで別れていいのかな・・・・・今なら間に合うかも!)

 隆博は折り返し学校へ駆け出した。職員用の駐車場に行くと、引き継ぎを終えて帰ろうとする京香先生の姿があった。隆博は歩道橋を駆け上がり、呼吸を整えながら話した。

「京香先生!」

「隆博君?」

突然現れた隆博に、京香はきょとんとした顔になっていた。

「どうしたの?」

「朝礼で言った学校辞める理由。あれ、嘘ですよね・・・。」

 京香は、隆博の一言に動揺しているように見えた。

「な、何を言うのよ。私は、夢を叶える為に辞めるんだから、嘘じゃないわ。」

「先生が辞める本当の理由、僕、今日知ったんです。先生は、学びたいことがあるから辞めるんじゃないってことを!」

 京香は隆博に悟られたと思ったのか黙った。隆博は続けて話した。

「あの時、僕と先生がしたことは、新しい命を授けるためにすること。だから、辞めないといけないんですよね。」

「隆博君、もういいのよ・・・。私が決めたことなんだから。隆博君には関係ないことよ。」

「でも、先生のお腹の中には、僕と先生の赤ちゃ・・・。」

京香は隆博の口を自分の口で塞いだ。

「んっんんんっ・・・。」

「それ以上何も言わなくてもいいよ。隆博君は何も心配しなくてもいいんだからね。」

「で、でも・・・。」

「実はね、半年もすれば夢が叶うの。それにはね、君がいなかったら叶わなかったんだよ。だから、隆博君に感謝しないとね。」

「えっ?」

 隆博には、京香が話したことの意味が理解できなかった。

「またどこかで会いましょう。隆博君も、元気でね。」

 京香はその一言を告げると、手を振って車に乗り込み、学校を去っていった。翌年、隆博は小学校を卒業したが、卒業式にも京香の姿はなかった。それから二十年、隆博は大学を卒業し、社会人として働いていた。京香のことなどすっかり忘れていた。ましてや、京香を妊娠させたことなど頭の片隅にもなかった。


「・・・さん?お父さん?」

 隆博は気絶から復活した。

「へあっ?ここ・・・俺の家か。おわっ!お前、何勝手に上がり込んでんだ?」

 ベッドで寝ていた隆博の隣には、博美がいた。

「良かった。いきなり倒れるから心配しちゃったよ。」

「夢じゃなかったのかよ・・・お前、そんな体でよく俺をここまで運べたな。」

「こう見えても力はある方なの。」

 隆博はまだ、この状態を信じられずにいた。

「ここがお父さんの部屋か。男の独り暮らしって感じだね。」

「こらっ!お父さんと呼ぶな!」

「だってお父さんの家なんだから、娘が上がっても悪くないでしょ?ね?」

(こいつ・・・。)

隆博はすぐにでも追い返してやりたい気分だったが、ここは抑えた。下手に追い出して騒動を大きくするのは勘弁してほしいからだ。隆博も落ち着いて腰を据え、詳しく話を聞いたら追い返そうと思った。

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