早すぎた経験
小学五年生だった隆博は、よく怪我をしては毎度のように保健室へ駆け込んでいた。保健室には保険医である稲本京香が呆れた顔で応急処置を行っていた。
「痛いよぉ!」
「我慢するの。男の子でしょ?五年生になってベソかいてるの、あんたぐらいよ。」
「へへへ・・・。」
「もうっ!反省してないんだから。ダメよ。気を付けなきゃ。」
京香は隆博の入学と同時に転任してきた。隆博が五年生になった時点で三十代半ばを迎えていたが、未婚であった。休み時間に他の生徒に“なんで結婚しないの?”と聞かれることがあるが、京香は“仕事と結婚した”と冗談を言っていた。
隆博とは転任一年目からよく面倒を見てきた顔なじみようなものである。その仲の良さに周囲から羨ましがられていた。
そんなある日のこと、思春期を迎えた隆博は、寝ている時にある夢に魘されていた。ベッドの上に白い布を纏った女性が笑顔で寝そべっている。女性の手招きで、隆博は無意識にその女性に引き込まれていった。しかし、直近まで迫ると、下半身に違和感を感じ、目を覚ましてしまうのだった。
「うわぁっ!・・・まただ。」
いつもその夢を見た後は、必ずと言っていいほど、パンツが濡れている。
(なんでお漏らししちゃうんだよ・・・しかも何だこれ?)
但し、お漏らしと言えども小便ではなくぬるりとしており、塩素系洗剤のような匂いがしていた。周囲に見つからぬよう、コソコソとパンツを取り換えていた。
また忘れたころに現れるその夢に耐えかねた隆博は、どうすればいいのかを京香に聞くことにした。親に聞いて、“変な子”と思われるのが嫌だったからだけではない。その夢には、“ある特徴”があったからだ。下校時間になり、クラスメイトは足早に帰って行く中、隆博だけは保健室に向かっていた。
“ガラララッ!”
隆博は保健室の扉をノックするのを忘れ、扉を開けた。
「キャッ!隆博君。開ける時はノックするって扉に書いてあるでしょ?」
「す、すいません!な、悩んでることがあるんです。」
京香は帰る準備をしているところだった。再び白衣を着直すと、椅子を用意し、隆博を座らせた。
「何よ。悩んでることって?」
「実は、僕が寝てる時に見る夢のことで悩んでるんです。」
隆博は夢で見たことを包み隠さず話した。もちろん、そこでオシッコとは違うお漏らしをしてしまうことも伝えた。
「こんなの、変ですよね・・・・・。僕、病気ですか?」
京香は笑っていた。隆博はバカにされていると思い、ムッとなった。
「なんだ、そんなことで悩んでたの?そんなの今の時期には良くあることよ。」
京香は、それが夢精であり、思春期に入った男子にはよくあることを伝えた。
「だからもう心配することないのよ。ほらスッキリしたでしょ?」
「でも、それだけじゃないんです・・・・・。」
けれども隆博にはまだ気になることがあった。
「夢に出てくる女性が・・・実は・・・。」
「女性が?」
隆博は恥ずかしそうに言った。
「京香先生なんです!だから、困ってるんです!」
「え・・・。」
京香は、隆博の思わぬ一言に戸惑った。
「小一の時から怪我する度に保健室に駆け込んで、先生に迷惑ばかりかけたから、もうここには来るなって言ってるような気がして・・・僕、謝ります!ごめんなさい。」
京香は必死になって謝る隆博の姿を見て、ため息一つ付いた。
「そんな、謝ることないって。」
「で、でも・・・・・。」
京香は隆博の背後に回ると、両手で抱え込み、体を密着させてきた。隆博の背中に豊満な胸がムニュッと接触してくる。
「せ、先生?」
「別に恥ずかしがること無いじゃない。素直に話してくれて、先生は嬉しいぞっ!」
「じゃ、じゃあ、僕はどうすれば・・・・・。」
京香は笑顔でこう答えた。
「夢の続きを、ここでするのよ。」
「えっ?」
京香は立ち上がると、保健室の出入り口に鍵を掛け、窓をカーテンで覆った。
「ちょっと、目を閉じててね。」
隆博は言われるまま、目を閉じた。この後何が起こるかなど、考えられなかった。
「いいよっ!目を開けてごらん。」
隆博が目を開けると、そこには、シーツを体に巻いた京香が隆博の前に立っていた。
「夢の中の私って、こんな感じかな。」
「う、うん・・・。」
「良かった。じゃぁ。隆博君も脱いじゃおうよ。」
「えっ?ちょ、ちょっと!」
京香は隆博の服に手を掛け、脱がし始めた。隆博は突然の服を脱がされ、親以外に裸を見られて恥ずかしさが高まっていった。
「せ、先生・・・。恥ずかしいよぉ。」
「まぁ、やっぱり若い子っていいわぁ・・・。」
隆博は京香に手を引かれ、ベッドに乗った。ここまでは、隆博が夢に見てきたことと同じである。
「じゃあ、夢の続きを始めるわよ・・・・。」
ここから先は、隆博は京香の赴くままに体を弄ばれた。もちろん隆博には早すぎる経験である。何もかもが初めてのことであり。良いことか悪いことかの区別など、当時の隆博にできるはずはなかった。隆博は襲い掛かる気持ちよさに頭が真っ白になり、気が付くと、隆博は京香の横で頭を撫でられていた。
「はっ!ぼ、僕・・・。」
「気持ち良かった?」
「う、うん・・・でも、これでいいのかな。」
「さぁ、どうなるかは分からないわね。」
京香に“また悩みがあるならいつでも聞いてあげる”と言われて保健室を出た。それ以後、夢の中に京香が現れることはなくなっていた。しかし、あの日以後、気まずくなった隆博はしばらく、保健室に近付くことはできなかった。何か悪いことをしてしまったかのように思えたからだ。
そんなある日、隆博と京香は廊下で鉢合わせした。
「あっ、隆博君。」
「き、京香先生!」
隆博は京香から逃げ出そうとしたが、足が動かなかった。
「最近、保健室に来てくれないじゃない。何か心配だなぁ。」
「な、何が?べ、別にケガしてるわけじゃないから、行く用事がないだけだし・・・。」
「先生寂しいよ。隆博君がいつ来るか待ってるんだからね。」
隆博は京香がいつもと様子が違う事に怖くなった。
「またいつでも来てね・・・ううっ!」
京香は急に口を手で抑えると、トイレに駆け込んだ。吐き気を催した京香は、ゆっくりとトイレから出てきた。
「だ、大丈夫よ。気にしないで。あ、ちょっと!」
隆博は踵を返すと、一目散に走り去った。他の教師がそれを指摘する。
「こら、廊下は走るな!」
今の隆博に、その言葉は届かなかった。