墓参り 義父と対面
翌日、再び仕事に赴いた隆博に、駒越が声を掛けた。
「よぉ、寺垣ちゃん。元気ないぞ。何かあったか?」
「何もないっすよ。」
駒越は、意外な話を隆博にしてきた。
「なあ、俺、会長の秘密、聞いちまったんだよ。」
「えっ?会長?」
「ほら、正月開けに来た親会社から来てる会長だよ。」
隆博、駒越が勤める会社には、親会社から派遣されている会長がいる。親会社の役員で非常勤の為、姿を現すことは少なく、最後に姿を見たのは正月明けの年頭挨拶の時である。今年から会長が交代した。
「ああ、今年から入った会長ね。」
「そうそう、実は会長には一人娘がいるんだよ。その娘さん、バツイチの子持ちなんだとよ。」
「はあ、バツイチで子持ちなら普通ですよね?」
駒越は身を乗り出した。
「いや、まだ続きがあるんだって。」
「顔近いっすよ。」
駒越は一歩身を引いて話し続けた。
「実はその子供、最初に結婚した時の子供じゃないんだよ。かと言って、会長の娘さんは再婚しなかったんだ。じゃあその子はどこから来たって話よ。」
「あ、ああ・・・・・そんなの知るわけないじゃないですか。」
「当然だ。俺もそこまで詳しくは聞いてない。まぁ、どこかの男に騙されたんだろうな。それで妊娠してシングルマザーになったんだと思うよ。」
隆博はもしやと思った。一旦結婚したが離婚している。その後再婚はしなかったが子供を設けている。これは正に京香とほぼ同じ状況である。但し、会長の名前は覚えておらず、子供の性別も聞いていない。
(いや、単なる偶然だろう・・・・・。)
隆博は駒越の話をあまり深く考えずに聞き流した。
「あ、そうだ。今度、大学生の同級生ちゃんと一緒に飲みに行かない?俺、好みになっちゃってさぁ。」
「ああ、あいつですか?実は・・・分かれたんですよ。」
駒越は口をあんぐりと開けた。
「あ、あぁそうなの。じゃぁ、俺がもらってやるか!」
「駒越さんは奥さんいるでしょう!」
「いや、あいつは俺に鬼だから困るんだよ。離婚でもしようかと・・・・・。」
隆博は駒越の後ろを指差した。
「えっ?どうした・・・。」
駒越が後ろを向くと、凍りついた。
「お、お前。いつの間に。」
そこには清掃員の格好をした駒越の妻が笑顔で立っていた。
「あなた。こっちに行きましょうか?」
「いてて。た、助けてぇ!」
あの夫婦がどんな関係かは、誰も知らない。
明くる日、隆博の母から電話があった。
「あ、お袋。」
「あんた、もうそろそろ結婚式の日取りでも決めないといけないんじゃないの?良かったら私が決めようかねぇ。」
「な、何言ってるんだよ。まだ相手も決まってないのに、結婚する気はないよ。」
「相手?相手は探さなくてもいるでしょ?あの子にしなさいよ。」
「ああ、あいつかよ。」
「あの子をいつまでもそのままにしておくつもりかい!早く奥さんにしたらどうなのよ。」
「悪いけど、あいつは・・・別れたよ!」
「はぁ?別れたって?なんて勿体ない!」
「俺が帰ってきたら、置き手紙があって姿消しちまったんだよ。“さようなら”ってよぉ。」
「はぁ、あんたあの子に変なことしたんじゃないのかい?残念だねぇ。あたしゃいつになったら楽になるんだい!」
「勝手に楽になればいいだろ。じゃあな。」
「あ、ちょっと・・・!」
隆博は電話を切った。
数日後、隆博は博美との約束事を果たすために出掛けた。正装をし、線香と数珠、それに花を持って向かったのは墓地。博美から京香の墓参りをするように言われていたのである。
「おっ、これかな。」
隆博は京香が眠る墓を見つけた。側面には京香が亡くなった日と数え年齢が彫られていた。隆博は花を挿し、ろうそくに火を灯した。線香を供えると合掌し、久々の再会を報告した。
「京香先生、お久し振りです。こんな形で再会となってしまったのは残念です・・・この間、あなたの娘さんが私の家を訪ねてきました。先生に似てとても綺麗で、家事までこなせるいい娘さんです。一か月お世話になりました。」
隆博は合掌を解くと、次第に目頭が熱くなってきた。
「先生、どうしてあなたは過ちを犯したのですか。結婚して旦那さんがいて、それで子供を産んでさえいれば、育児に苦労されることはなかったのに。それなのに結婚もせず、シングルマザーの道を選んだんですか?俺には先生がしたことを理解できません。」
墓前からは何も答えは返ってこなかった。
「そうですよね。死人に口なしですから何も返ってこないんですよね。分かりました。安らかにお眠りください。」
隆博は墓から一歩後ろに下がり、墓に背を向け立ち去ろうとした。
「来てくれたんだね。」
隆博は声のする方を向いた。その瞬間、隆博は驚いた。
「京香・・・先生?」
隆博の目の前には亡くなったはずの京香がいるように見えた。
「もう私のこと忘れちゃったの?寂しいなぁ。」
「えっ?」
隆博は自分の目をこすってもう一度見直した。
「あっ、博美だったのか。」
「やっと気付いたの?鈍感なんだから。」
「しょうがないだろ。母ちゃんと被っちまったんだよ。それより、お前もここに来るのか?」
「当然でしょ?私のお母さんなんだもん。」
博美は京香の墓を見て言った。
「やっと家族一緒になれたね。」
「こらこら、そんなこと言うなよ・・・まぁ、間違ってないか。」
隆博と博美は京香の墓前で手を合わせた。
「はい、おしまい・・・・・あれっ。お父さんどこ見てるの?」
隆博は一息ついて話した。
隆博は、博美に向かってこう言い放った。
「お前、俺の娘じゃねぇな。」
「えっ?」
突然の告白に、博美は戸惑った。
「だって、お母さんとセックスしたのって、お父さんでしょ?そうでないと、私、産まれてこなかったのよ。」
「実はなぁ。この間、お母さんの秘密を聞いちまったんだよ。俺の前にも、何人もの男と体を交わしてたようだな。そりゃ不特定多数と体の関係を持ってりゃ妊娠するわなぁ。それで産まれた子供に、俺の名前から一文字付けてさあ、お前がそれを頼りに俺を訪ねて来たんだから、いい迷惑だったよ。」
博美は顔をに向けて話した。
「確かに、お母さんはいろんな男を抱いたと言ってたわ。」
「な?やっぱりそうじゃねえか。だからちゃんとDNA検査はしとくべきだったんだよ。まあ、これで俺はお前の親父じゃないことが分かったんだ。これで振り出しだな。お前はまたひとりぼっちだ。せいぜい本当の親父探しを頑張るんだな。俺に二度と関わるな。じゃあな!」
隆博は博美に背を向け、立ち去ろうとした。
「待って。話に続きがあるの!」
「えっ?」
隆博は再び、顔を博美に向けた。
「それは、お父さんが小学生になる前の話なの。お母さん、再婚はしたくないけど子供は欲しかったから、学校の先生をはじめにいろんな男を相手したの。でも、なかなか妊娠できなくて、三十になって、もう無理だと諦めてたの。ちょうどその時に、お父さんが通う小学校に転任が決まって、そこでお父さんと出会ったのよ。」
隆博は思わぬ話にただ、呆然とするしかなかった。
「てことはやっぱり・・・。」
「そう、お父さんが入学してから五年生になるまで、お母さんは誰ともセックスしてないの。だから、あなたが私のお父さんなのは、事実なのよ。」
隆博は、ため息をつき、うなだれた。その時見せた博美の笑顔が、隆博には憎たらしく映った。
「何でこうもうまく繋がるんだよぉ・・・。」
隆博は、何も言い返せなくなっていた。
「博美、俺は、お前を認知した方がいいのか?お前を認知して、正式な父親になればいのか?どうなんだよ?」
「えっ?今更何言ってるのよ。」
「お、俺は真剣に悩んでたんだ!お前と俺が本当に血の繋がった関係だったら、責任取らないといけないだろ。」
「私のことは気にしないでよ。どうせ私は、お母さんのわがままで産まれてきたんだもん。それにもう私も子供じゃないし、自分のことは自分で決めないとね。お母さん言ってたよ。“お父さんにはお父さんの人生を歩んでほしい”って。“お父さんはお父さんでいい相手と結婚して、子供を設けて幸せな家庭を築いてほしい”って。」
「母ちゃんはそれでもいいかと思うけど、お前はどうなんだよ?やっと父ちゃんが見つかったんだぞ。」
「でももういいの。たった一ヶ月だけだったけど、お父さんと一緒にいられて嬉しかったよ。私にもお父さんがいたことが分かっただけでも満足よ。」
「本当に、それでいいんだな?後悔するなよ。」
「うん、じゃ、帰ろうか。」
二人は墓を後にし、坂道を一緒に下った。隆博は周りが博美を気にしていたことを伝えると、博美は申し訳なさそうにした。
「ごめん、私のせいでお父さん振り回しちゃったね。」
「本当だよ。どう誤魔化すか大変だったんだからな。」
「あのね、お父さん。」
「どうした?」
博美は恥ずかしそうに話した。
「今、時間あるかな?・・・驚かないで聞いて。」
「まぁ、これから帰ろうかと思ってたけど、時間はあるよ。」
「良かった。あのね、お爺ちゃんが、お父さんに会いたがってるの。」
「えっ?義親父が?」
「“婿殿の顔を見ないで死ねるか!”ですって。会ってあげてよ。」
「こんな俺でいいのかよ。」
隆博は自分のことをどう思われるかが不安だったが、ここまで来て会わずに帰るのも惜しかった。
「実家、近いんだよな。」
「うん、もうすぐだよ。」
京香の墓から実家までは離れていなかった。実家の前に着くと、博美が先に家に入った。
「お爺ちゃん・・・お父さんが来たよ。中に入れるね。」
「やっと来たか。玄関で待ってもらいなさい。」
隆博は博美の合図で玄関に入った。隆博の鼓動は最大に達していた。隆博が玄関に入ると同時に、京香の父が奥から出てきた。隆博は京香の父の姿を見て目を見開いた。
(マ、マジかよ・・・・・。)
「どこかで、会ったことがある顔だね。」
「初めまして、いや、御無沙汰しております・・・・・会長。」
隆博に、緊張が走った・・・・・。