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幸せになる願い事

作者: chui
掲載日:2026/10/31

それは何でもない朝こと。

出勤するために駅に向かっているとき、青色の紙袋が目の端に映った。

その小ぶりな紙袋の正面には花束が描かれており、その中央にある淡い色のバラが、私の目をひいた。

気になったのは、それがゴミ捨て場に置いてあったことだ。


こんな綺麗なものが捨ててあるんだろう


ゴミを漁る趣味はないけれど、どうしようもなくそれを手に取りたくなり、気づかないうちに足が向いていた。


やっぱり綺麗だ。

汚れてないし、曲がってもいないし、もちろん破れてもいない。

そっと紙袋の入り口に手をふれて、中を覗いてみた。


当たり前のことだけれど、中には何も入ってなかった。


私は何を期待していたんだろう。

現金でも入っていると思ったのかな?

自分を笑って、駅に向かおうとしたとき、紙袋の中から何かが飛び出した。


『ボクを出してくれてありがとう』


そう言ったのはキツネザルをふっくらとしたような、ぬいぐるみだった。

しかも浮いている。


と、目が合った。


何秒、そうしていだろう。

私はおもむろに駅に向かって歩き出した。


『待って待って。君の願い事を叶えてあげるよ』


ぬいぐるみの言葉が耳に入ってきたけど、疑問がいっぱいで理解できなかった。

あれは一体何なんだろう。

新たなドローンだろうか?

それとも、夢?

酔ってる?

ネットで買ったサプリのせい?


『ほら、ちゃんと見て』


ぬいぐるみが、私の前に回り込んできた。

『これは夢でもないし幻覚でもない。ボクはここに ちゃんと存在してるんだよ』

そう言って、私のオデコに触れた。

「わぁ!」


この時になって、私はやっと驚くことができた。

この、なんとも言えない現実感。

本当にここにいるんだ。


『あのね、逃げないで、落ち着いて、聞いて。お願い』


…うん。


『ボクを出してくれて、ありがとう。お礼に、君の願い事を、叶えてあげたいんだ』


願い事…初詣などでお願い事をしたとこはあるけれど、叶えてあげると言われたのは初めてだ。


『願い事はなんでもいいよ。世界を君色に染めてもいい』


どんな事も叶えられるの?

ぬいぐるみは、コクリと頷く。

自分の喉が鳴る音が聞こえた。

だったら…


「世界の戦争や紛争を、なくして欲しい」


『お安い御用さ』


ぬいぐるみはそう言ったが、特に何をするわけでなく、私の目の前に浮き続けている。


え…と…、願い事は?


『叶ったよ?』


何も変わったようには感じないけど…目の前がグニャリと歪んで世界が変化する、みたいな事は起きないの?


『そんなこと起きないよ』


何も手応えがないから、どうにも実感が湧いてこない。

私はスマホでネットニュースを見てみたが、紛争などの終結に関係するものは表示されなかった。


そして、お昼休憩のこと。

ビルとビルの間にある、緑が自然な形で配置された景観美のよい公園がある。

そこで持ってきたお弁当を広げながらスマホを見ていたとき、あの国とあの国の戦争が終結に向かうとのニュースが流れてきた。

それだけではない。

あの国とあの国とが起こした戦争も、相手国が交渉のテーブルにつくことを表明したと告げていた。


『ね。叶ったでしょ?』


本当に…叶った。

これって本当に?

ぬいぐるみは、コクリと頷いた。


ねぇ、まだ願い事は叶うの?


ぬいぐるみは、コクリと頷いた。


まだ半信半疑の私は、次のお願い事をした。

じゃ、世界の飢饉をなくして。


『ほい、叶えたよ』


なんとも簡単なやり取り。

でも本当に叶うなら、世界の飢饉がなくなる…はず。


食料飢饉がなくなるとのニュースは夜に流れた。

なんでも、海水で育つ植物が品種改良によって誕生したらしい。

土壌についても、スポンジ状の人口土が開発され、大地への負担をかける事なく植物を育てることが可能になったとのことだった。


これ…本当に叶ってる。

でも、どうして願い事を叶える事ができるの?


『ボクは悪魔だからね』


ん…あくま……悪魔?!

息を飲んで、ぬいぐるみとの距離を取った。

確か、悪魔は、人間の願い事を叶える代わりに、魂を取るんじゃなかったっけ。


『そうだね』


血の気が引いた。

あの世なんて信じていなかったけれど、いま、この状況で、そんなモノが存在しないなんて、どうして言える?


『慌てないで。最初に言ったでしょ?ボクを出してくれたお礼だって』


あ…そうだったかも。


『ボクが君の魂を取るなんてことはない。恩人だもの』


良かった。

人の為になる事を願って自分の魂を取られたら、ちょっと悲しいからね。

これなら安心してお願い事ができる。


それからは、色々な事をお願いした。

交通事故がなくなるように。

犯罪がなくなるように。

難病がなくなるように。

皆が幸せに暮らせるよう、何を願ったか分からなくなるくらいだった。


私の願い事は、もっともらしい事象で解決されていく。

例えば、交通事故がなくなるようにだと、自動運転技術の向上といった具合だ。

ネットやテレビなどでは、それらの偉業を成し遂げた人達を讃える言葉や映像が流れ、中にはノーベル賞を取る者もいた。


みんな、嬉しそうだった。

中には特許をとり、裕福になる者もいた。

その裕福になった人達は、多額の寄付をして、更に名声を上げていく。


ぽつり…


何かが私の中に生まれた。


ぽつり…ぽつり…


一度生まれたそれは、どんどん膨らむ。

願い事を叶える度に、更に膨らんでいく。

私が、私が叶えたんだ。私が、世界を変えたんだ。私が、私が、私が……私を、敬え。


私の精神は、肥満した。

願い事は、私を無限の至福のなかに浸らせ、肥らせていった。


ありがとう。ぬいぐるみ。あなたのおかげで、私、こんなにも幸せだよ。


その様子を見て、ぬいぐるみはほくそ笑んだ。

『素敵な人間の出来上がり』

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