数千年ぶり
「ソレの攻撃のお陰で得られたものがいくつかある。まず、連中の神託に、余らはかからない。原因として考えられるのは余らが過去に死んだ存在だからじゃ。聖杯や聖剣は過去から存在するが、信託の装置は恐らく作られた時より過去のものを判別する仕組みがないのじゃろうて」
小高い丘からの絶景を眺めつつ、幼帝ミミの言葉に耳を傾けるユリエルは小難しい話に首を傾げていた。
「ようするに、奇襲が成立する上に、連中は神託に頼り切りじゃから楽に襲撃できるという話じゃよ」
「ええと、それと、ウチにここへ運ばせた理由は?」
ユリエルもまた、絶景を眺め、さらに下。巨大な城壁に囲まれた要塞を臨んだ。
背後を切り立った崖。横を流れの急な川が暴れる立地。巨大な城壁と四方を囲む見張り台。城門は強固な鋼鉄とレアメタルをふんだんに使ったもので銃弾も容易に弾く。
天然と人口が織りなした最高の要塞――
「神託連堂要塞と言うようじゃ。勇者どもが持つ要塞の中でも最高の防御力を誇る。補給線になることはもちろん、単純にここは魔王軍を討つための連絡線。カッチカチじゃのぉ」
「こんなところに来て……どうするん、ですか? ええと……」
「余はあの国の皇帝じゃない。好きに呼べい。そこまで器量は狭くないわ」
「じゃあ、ミミ、さん。あの、こっそり、通る道を探して、軍隊で攻める、とか?」
「うんや。なんのためにうぬを連れてきたと思うとる」
「……へ?」
不敵な笑みを浮かべる耳に、ユリエルは笑顔と困惑の真ん中の顔をした。
†
「ふっはっはっ、新生勇者がとうとう魔王軍を討ってくれるそうだ。これで賭けに大勝ちできそうだな」
「よく言う。勇者が敗北した時にはこの世の終わりみたいにやけ酒を食らっていたのに」
「貴様こそ、魔王軍への賄賂がバレた暁には……」
「あまり大きな声を言うな。誰が聞いてるとも知らん」
「神しか見てないさ、この、オラクルバスティオンには神の業が閉じ込められてるんだ」
「神託とやらがあればいくらでも金が稼げるというのに、まったく上は馬鹿の集まりだな」
「まったくだ。ここの配属になって暇しか――」
堕落の限りを尽くしているとはいえ、彼らは腐っても元々王国に忠誠を使った兵士。
オラクルバスティオンという難攻不落の要塞が、兵士たちの警戒心を殺していた。
殺していたが、侵入者を目視した瞬間、武器を手に持たせる程度にはまだ生きていた。
音もなく現れた、金髪の修道女。目には黒い布の目隠し。修道服は黒く染まり、背後には神ではなく、まるで死神が宿っていた。
「敵しゅ――」
叫ぶより先に、その顎下に就きつけられた銃口が、火を噴いた。
「バン」
さっきまで、馬鹿みたいで低俗な話をして笑っていた、仲間が死んだ。
その事実がより一層、兵士に物事の重大さを叩きつける。
喋るよりも先に、本能が体を動かした。訓練で染みついた動きを機械のようになぞり、ライフル銃を構え引き金を引く――
頃には、既に背後にいた修道女が頭を大型のハンドガンで撃ち抜いた。
「主のご加護があらんことを」
入口は破られた。
要塞内は謎の侵入者にいまだ気づけない。
それどころか、要塞の奥で任意の者に神託を授ける装置及び魔力を送る回路が全て、凍結されていることに誰も気づかない。
そうなればここはもう……闇に落ちた修道女、リラ・オルタノートの独壇場だった。
「主よ、我が前に立つ悪逆の民共に裁きの……鉄槌を。神罰顕現」
ハンドガンを捨てて生成したのは小型のロケットランチャー。
壁に撃ち、壁を強めにノックしつつ、不敬を詫び、速やかに兵士をハンドガンで主の元へ送る。
殺して、殺して、殺し続ける。
弾丸が尽きることはない。祈りを武器に変えて具現化する神罰顕現は魔力が尽きない限り弾薬に制限はない。さらに、主への祈りを魔力に変えることができるため死ぬまで武器を生み出せる。
武器そのものの耐久力が死ねば、また新しい物を顕現する。
ハンドガン、ランチャー。そして、最新の多連装銃。大口径の弾を断続的に吐き出す破壊の権化を両手に抱える。
祈れば、魔法が使える。
その度に肉体と精神は耐え難い痛苦を味わう。
リラは苦しみながら、人を殺し続ける。
「侵入者だ!」
「馬鹿が、ここはオラクルバスティオンだぞ!」
「それほどの自信があるってことだろうよ!」
ライフル兵が銃を構え、前衛は剣と斧を持った兵士。建物内部を守護するという前提では実に理に適っている。
リラは既に殺した兵士から拾っていたグレネードのピンを口で抜いて投げる。
「グレネード!」
すぐに前衛の兵士が展開式の盾を出して爆風からの防御態勢に入る。
リラは即座に加速。
縦を足場に跳躍し、上から後衛のライフル兵の頭を撃ち抜く。
着地と同時に長剣を生成。古めかしいデザインではあるが、斬れれば問題はない。
前衛の首を切り落とし、ふたり目を両断。
最後の一人に剣を突き刺し、そのまま後ろへ押した。
ボン――
グレネードは兵士の死体の下で爆破する。
振り向きもせず、駆けつけた援軍にハンドガンを1,2,3発撃つ。
リロードを挟まず右手の中で、今しがた投げたグレネードのイメージを固め、構築する。
実際に使ったことで構造のおおよそを把握できていた。火薬に火をつけ圧縮し、爆発させる術式が編み込まれた魔道具。
ハンドガンやランチャーも同じ。飛行機も、大体は核に魔動機が存在する。
「人というものはどこまでも愚かになれるのですね。こんな簡易的な術式で人を殺すとは。もう、殺すことに何ら躊躇もないということなのでしょうか」
長い時間をかけて、殺戮の限りを尽くした。新たな兵器を出せば、リラはそれを真似、習得し、生成する。時代が進めば、人が人を殺すことに慣れれば慣れる程、リラの魔法は力を増す。
施設内部の破壊は程ほどに、人員の殺戮の大体は完了した。
一部、施設を維持するための人員は残し、兵員は投降した者も含めて全て殺した。
たった一人。いや、厳密には魔力回路と神託装置を凍結させ、外界との連絡をシャットアウト。入口全てを氷漬けにしたユリエルとふたりで、難攻不落の要塞は落ちた。
「これで要塞か。余の城より立派ではないか。まあ、生憎と頑丈すぎて中の人員が精々収容可能人数の10パーセント程度。多くは前線かの? 人はいない上に攻められると微塵も思っていない堕落した警備。神託装置を守る気はあったのかのう」
司令室の水晶モニタの操作を一通り捕らえた王国人に教わった幼き少女、ミミ・レクスギアは不敵に笑った。
通信設備の魔力回路を回復させ、水晶モニタに映像が映し出される。
「便利になったもんじゃのう。たかだか1000年で」
「ミミさん、その、1000年、ですよ? まあまあ長いです」
「そう言ううぬは2000年じゃろ。どうじゃ、ここは、うぬのゆかりの地じゃろ?」
ミミの問いに、ユリエルは暗い表情で床を見た。手で手をぎゅっと握り、篩えている。
「どうしたんじゃ?」
「……なんでも、ない、です」
「なんでもないわけないじゃろうて。余らは一蓮托生じゃぞ」
「はっ、人には誰しも言いたくないことはあるだろうさ、幼帝閣下」




