第8話「揺れる世界の端」
朝霧透は、モニターの前で指を組んだまま座っていた。ユイは画面の中で小さく動くが、その動きは何かに怯えているかのようで、透の胸に小さな痛みを刻む。
「……どうして……いや、いや……いや、わからない」
透は言い直す。善意がいつの間にか、自分の理解を超えてユイに負荷をかけているような気配。胸の奥でじわじわと崩れる感覚が広がり、息が少し詰まる。
ユイは、テーブルの上の消しゴムを転がす。小さな音が部屋の静寂に溶け、砂時計の砂が落ちる音と重なる。触れられない存在が、透の胸の奥に影を落とす。
透は別の行動を考える――窓を開けて風を入れる、カメラの角度を変える、椅子から立ち上がって歩く――しかし、どれも選ばれなかった。頭の中で選ばれなかった行動たちがざわめき、胸の奥の圧迫感が増す。
「透くん……」
ユイの声はかすかに震え、言葉は途切れ途切れだ。透は返す言葉を探すが、口から出るのはまたしても言い直しばかり。
生活ノイズが意識に押し寄せる――冷蔵庫の低いうなり、壁に触れる風、時計の秒針の跳ねる音。透の胸の奥は、トラウマに近い圧迫感で締め付けられる。心の中の善意は、知らず知らずユイの自由を少しずつ削っていた。
「……願わないで……見てるだけ……かな……いや……」
言葉は途切れ、意味は曖昧になる。透は理解できないまま、胸の奥の崩れを感じ続ける。
ユイは、窓の外を見つめながら、微かに笑ったような表情を見せる。だが、それが希望なのか絶望なのかは、透にはわからない。ただ揺れる光のように胸に残り、触れられない距離感がさらに圧迫を強める。
透は、息を整えようと深呼吸をする。しかし、胸の奥の痛みは消えず、微かに震える手がカメラの前で止まったままになる。




