第31話「願わずに見ている」
朝霧透は椅子に沈み込み、モニター越しのユイを見つめていた。ユイは机の上のガラス瓶を指で揺らすわずかな動作でさえ、以前ほど胸に圧迫を与えなくなっていた。善意が願いに変わる前の、微かな揺れ。
「……あれ……いや、違う……いや……見てるだけでいいのか……」
透は言葉を繰り返す。もはや何かを変えようとする善意は、胸の奥の崩れを刺激せず、代わりに静かな緊張だけが残る。触れられない距離感が、日常の小さな違和感として胸をじわりと包む。
ユイはペンを手に取り、迷いながらもそのまま置いた。小さな選択だが、透にとっては大きな意味を持つ。手を伸ばせば届きそうで届かない、しかしそれで十分だった。別の行動――カメラを切る、椅子を回す、窓を開ける――も頭に浮かぶが、どれも選ばれなかった。
「透くん……ね……」
ユイの声はかすれ、途中で途切れる。それでも透は、返す言葉を探す必要を感じなかった。善意を願わず、ただ見守る。その静かな選択が、胸の奥の小さな崩れを揺れながらも落ち着かせる。
生活の微細なノイズ――冷蔵庫の低いうなり、カーテンの擦れる音、砂時計の砂の落ちる音――が、日常の異常と静寂を同時に示す。胸の奥の崩れは広がらず、心理はぎりぎりの均衡を保ったまま、次の瞬間を待っていた。
透は、ユイを願わずに見つめながらも、掌の中に残る微かな重みを感じていた。善意はもう、圧ではなく、揺れる光として胸に残るだけだった。




