第16話「微かに揺れる掌」
朝霧透は、椅子に深く沈みながら、モニター越しのユイを見つめていた。彼女は、机の上の小さなガラス瓶の水を指で揺らし、波紋が広がるたびに胸の奥に微かな圧迫感を生む。
「……あれ……いや、違う……いや……どう言えばいいんだろう」
透は言い直す。善意は、意図せずユイの自由を削り、胸の奥でじわじわと圧迫を生む。触れられない距離感が、日常の些細な違和感として胸に残る。
ユイは小さく眉をひそめ、手を止めた。指先の微かな震えは、触れられない存在としての不安を透に伝える。透は手を伸ばそうとするが、届かない。別の行動――カメラを消す、椅子を少し回す、窓を開ける――も浮かぶが、どれも選ばれなかった。
「透くん……あの……」
ユイの声はかすれ、途切れる。透は返そうとするが、言葉はもつれ、胸の奥で小さな崩れが広がる。生活ノイズがさらに意識を押しつぶす――冷蔵庫の低いうなり、カーテンの擦れる音、砂時計の砂の落ちる音。
「……願わないで……見てるだけ……かな……いや……」
言葉は揺れ、胸の奥の崩れと善意の圧が交錯する。ユイの存在は可愛らしくも、不安定さを孕み、透の胸に静かに圧をかけ続ける。
ユイは、微かに視線を動かし、どこかを見つめたまま小さく息を吐く。その微細な動きは、透にとって希望でも絶望でもなく、ただ揺れる光のように胸に残る。触れられない距離感が、じわじわと掌の中に重くのしかかる。
生活の微かなノイズが、日常に潜む異常を強調する。善意の重みは、確かに、そして静かに変化を生み、次の行動の選択肢を制限し始めていた。




