第10話「沈黙の縁」
朝霧透は、モニターの前で椅子に深く沈み込む。ユイは、窓の外を見つめながら小さく指先を動かしていた。透の胸の奥で、昨日から続く微かな痛みがじわじわと広がる。
「……見てるだけ……いや、違うかも……いや、やっぱり……」
言葉を繰り返す。善意は、意図しない形でユイの自由を少しずつ削っている気配がある。透はその感覚を消そうとしても、胸の奥の圧迫は消えず、生活ノイズがそれを際立たせる――冷蔵庫の低いうなり、カーテンの擦れる音、時計の秒針の跳ねる音。
ユイは、小さなマグカップを軽く指で触れ、水面に微かな波紋を作る。その一瞬が、透の胸に強く残る。触れられない距離感が、善意と圧迫の境界を曖昧にする。
透は、別の行動を取ろうと考える――カメラを切る、椅子から立ち上がる、雨音を聞きながら深呼吸――しかし、どれも選ばれなかった。頭の片隅で選ばれなかった行動たちがざわめき、胸の奥の痛みを強調する。
「透くん……あの……」
ユイの声はかすれ、言葉は途中で途切れる。透は返そうとするが、口はもつれ、胸の奥の圧迫感はさらに増していく。
「……お願い……しないで……見てるだけ……かな……いや……」
言葉は繰り返されるほどに曖昧になり、透は理解できず、ただ胸の奥の小さな崩れを感じるだけだった。
ユイは、一瞬だけ微かに笑ったように見える。その笑みは希望でも絶望でもなく、ただ揺れる光のように胸に残る。触れられない距離感が、透の胸に静かに圧をかけ続けた。




