第8話 王都事変 前編「晩餐会に潜む影」
翌朝、俺は城の使用人によって起こされた。
「お客様、アルフレッド陛下がお呼びです。朝食の後、執務室でお待ちとのことです」
身支度を整えて食堂に向かうと、リナリアとエリアも既に朝食を取っていた。
「おはようございます、悠真さん」
「おはよう。よく眠れたか?」
「はい。久しぶりの城での夜でした」
リナリアの表情は昨夜より明るく見える。父親との再会が、彼女にとって大きな安心をもたらしたのだろう。
朝食後、俺たちはセラフィナに案内されて国王の執務室に向かった。
「お父様は政務でお忙しい中、時間を作ってくださいました。」
セラフィナの言葉に俺たちは身を引き締める。
執務室は謁見の間とは対照的に、実用的で落ち着いた雰囲気だった。大きな机には書類が山積みになっており、アルフレッド国王が真剣な表情で文書に目を通している。
「お父様、失礼いたします」
リナリアが声をかけると、国王は顔を上げて微笑んだ。
「おはよう、リナリア。そして諸君も、よく来てくれた」
俺たちは軽くお辞儀をする。
「早速だが、この王国が直面している問題について話そう」
国王は立ち上がり、壁に掛けられた大きな王国の地図を指差す。
「まず、盗賊問題だ。特に『紅牙団』の活動が活発化している。諸君も彼らと遭遇したと聞いているが」
「はい。数度か戦闘になりました」
俺が答えると、国王は深刻な表情を見せる。
「実は、最近になって彼らの組織が急速に拡大している。単なる盗賊団を超えた規模になってきているのが懸念だ」
「何か裏があるということでしょうか?」
エリアが質問する。
「その可能性が高い。資金源や武器の調達ルートに不審な点が多い」
『旦那様、これは興味深い情報です。盗賊団の背後に何者かがいる可能性がありますね』
アイの分析に俺は内心で頷く。
「次に、魔物の異常発生だ」
国王は地図上の別の場所を指差す。
「王国各地で、これまで見たことのない魔物が出現している。特に問題なのは、その魔物たちが統率の取れた行動を見せることだ」
「統率された行動?」
リナリアが眉をひそめる。
「通常、魔物は本能的に行動するものだが、最近の魔物たちは明らかに指揮系統が存在するような動きを見せている」
これも不穏な情報だった。
そういえば以前にも盗賊に魔物が飼いならされていたことがあったな…
「そして最も深刻な問題が……」
国王は重い溜息をつく。
「エスペリア公国との外交問題だ」
リナリアの表情が曇る。
「リナリアが行方不明になったことで、既に締結していた婚約の件が宙に浮いている。エスペリア公国側はかなり不快感を示しており、このままでは両国関係に亀裂が生じる恐れがある」
「父上……申し訳ありません」
「いや、責めているわけではない。ただ、現実として向き合わなければならない問題だ」
その時、扉がノックされる。
「陛下、失礼いたします」
入ってきたのは宮廷服を着た中年の男性だった。
「ああ、ギルバート。どうした?」
「エスペリア公国の使節から、緊急の面談を求められております」
国王の表情が厳しくなる。
「分かった。午後一番で時間を作ろう」
ギルバートが去った後、国王は俺たちに向き直る。
「諸君には、これらの問題解決に協力してもらいたい。特に盗賊問題と魔物問題については、実地調査が必要だ」
「承知いたします」
俺が答えると、国王は安堵の表情を見せる。
「ありがたい。詳細については、後日セラフィナから説明させよう」
面談が終わり、俺たちは城の中庭を散歩していた。
「複雑な状況ですね……」
エリアが溜息をつく。
「ああ。特に政略結婚の問題は難しい」
リナリアは黙って歩いている。彼女の心中を察すると、俺も言葉が見つからない。
「リナリア様」
セラフィナが近づいてくる。
「お疲れさまでした。少しお休みになりませんか?」
「セラフィナ、実はお聞きしたいことが……」
リナリアが振り返る。
「エスペリア公国の使節について、詳しく教えていただけませんか?」
セラフィナの表情が少し曇る。
「そうですね……実は、使節団の中に気になる人物がいるのです」
「気になる人物?」
「表向きは外交官ですが、どうも魔術師のような気配を感じます。それも、かなり高位の」
『旦那様、これは重要な情報かもしれませんね』
俺はセラフィナをより注意深く観察する。メイドにしては、魔法に関する知識が豊富すぎる。
「セラフィナ、もしよろしければ……あなたの正体を教えていただけませんか?」
俺の質問に、セラフィナは少し驚いたような表情を見せる。
「よくお気づきになりましたね」
彼女は微笑んで答える。
「私はセラフィナ・グレイス。この王国の三賢人の一人です」
「三賢人!」
エリアが驚きの声を上げる。
「王国最強の三人の魔法使いたちのことですよね!」
「はい。私は『治療と防護』を専門としております。リナリア様の護衛という名目で、メイドとして側に仕えているのです」
これで彼女の強大な魔力と知識に納得がいく。
「他の二人の賢人は?」
「『戦闘魔法』のマクシミリアン、『研究と分析』のエヴァンジェリンです。今回の件で、全員が動員されることになるかもしれません」
状況の深刻さが伝わってくる。
一方、その頃。王都の一角にある豪華な屋敷で、密談が行われていた。
「計画の進行状況はどうだ?」
暗い部屋の中で、フードを被った人影が部下に尋ねる。
「はい。古代遺跡からの回収は完了しております。途中で王女たちが入ってきましたが、悟られずに脱出いたしました。サンプルの培養も順調に進んでいます」
「よろしい。あの愚かな王と王女には、真の恐怖を教えてやらねばならない」
人影の声には深い憎悪が込められている。
「しかし、王女が予想以上に強力な仲間を連れて帰ってきました。特にあの男……只者ではありません」
「心配は無用だ。我々の『切り札』の前では、どんな強者も無力だ」
人影は立ち上がり、部屋の奥にある実験台に近づく。そこには古代の遺物らしき容器が置かれており、中で何かが蠢いている。
「古代生物兵器『パラサイト』……千年の眠りから覚めた完璧な兵器だ」
容器の中では、微細な寄生虫のような生物が無数に蠢いている。
「この生物に寄生された者は、意識を失い、我々の完全な支配下に置かれる。そして、宿主が死ぬまで戦い続ける完璧な兵士となる」
「しかも、寄生虫を除去すれば元に戻る。つまり、王国の民を殺すことなく支配できる」
部下が補足する。
「その通りだ。血を流すことなく、この王国は我々のものになる」
人影は容器を見つめながら続ける。
「明日の夜、王城で開催される歓迎晩餐会。そこが我々の舞台だ」
「しかし、三賢人の存在が……」
「案ずるな。彼らにも対策は用意してある」
人影が振り返ると、フードの下から冷酷な笑みが覗く。
「リナリア王女……そして愚かなる父王よ。明日の夜が、貴様らの最期だ」
翌日の夕方、城では晩餐会の準備が着々と進められていた。
「今夜はエスペリア公国の使節を迎える重要な晩餐会です」
セラフィナが俺たちに説明する。
「リナリア様も出席されることになっています」
「わかりました。正装の準備をお願いします」
俺が答えると、セラフィナは頷く。
「既に用意させていただいております。ただ……」
彼女の表情が曇る。
「何か気になることが?」
「使節団の魔術師の件です。私の調査では、正体がまだ掴めません」
『旦那様、今夜は警戒が必要かもしれませんね』
アイの声に俺は身を引き締める。
「俺たちも気をつけよう」
晩餐会が始まる数時間前、俺は城の屋上で王都の景色を眺めていた。
『旦那様、何か嫌な予感がします』
「俺もだ。今夜は何かが起こる気がする」
『エスペリア公国の使節について、私も分析してみましたが、不審な点が多すぎます』
「どんな点だ?」
『まず、外交官にしては魔法の知識が豊富すぎです。そして、彼らが持参した荷物の中に、古代遺物らしきものが含まれていますね』
「古代遺物……」
俺は古代遺跡での体験を思い出す。あの遺跡には、確かに危険な力が眠っていた。
「悠真さん」
エリアが屋上に上がってくる。
「もうすぐ晩餐会ですよ」
「ああ、わかった」
俺は立ち上がる。
「エリア、今夜は何があっても俺たちから離れるなよ」
「え? 何かあるのですか?」
「わからない。でも、用心するに越したことはない」
エリアは不安そうに頷く。
晩餐会場は豪華絢爛に飾り付けられていた。大きな円卓の周りには、王室関係者、貴族たち、そしてエスペリア公国の使節団が着席している。
俺とエリアは下座に座り、リナリアは国王の隣の席に座る。そして、国王の向かい側に座っているのが、エスペリア公国の使節団だった。
使節団の中でも特に目立つのは、30代前半の男性だった。整った顔立ちだが、その目には冷たい光が宿っている。
「皆、本日はお集まりいただき、感謝する」
アルフレッド国王が立ち上がり、挨拶を始める。
「エスペリア公国との友好関係を深める、記念すべき晩餐会を開催できることを、心から嬉しく思う」
拍手が響く中、エスペリア公国の使節団長が立ち上がる。
「アルフレッド陛下、そしてルストニア王国の皆様。我々エスペリア公国も、両国の友好関係を重視しております」
しかし、その言葉には明らかに棘がある。
「ただし……」使節団長は言葉を続ける。「約束事は守っていただかないと困りますね」
場の空気が張り詰める。明らかにリナリアの行方不明について言及している。
『旦那様、使節団の魔術師から強い敵意を感じます。今すぐ戦闘準備を』
アイの警告に俺は筋肉を緊張させる。
「我が国は約束を破ったつもりはないのだが」
国王が毅然として答える。
「リナリア王女は無事に帰還した。婚約についても、改めて話し合いをしようではないか」
「話し合い?」
使節団の魔術師が初めて口を開く。その声は低く、不気味な響きがある。
「もう話し合いだけで解決する問題ではない。我々には実力行使に出させて頂く」
「実力行使とは何の意味だ?」
国王が立ち上がる。
その時、魔術師が懐から小さな容器を取り出した。
「古代の力をお見せしましょう」
容器の蓋が開かれると、微細な光る粒子が宙に舞い上がる。
「それは……!」
セラフィナが驚愕の声を上げる。
「古代生物兵器!なぜそんなものを、くっ、《バリア》!」
セラフィナが防護魔法を展開するが、粒子の一部は既に晩餐会場に散布されていた。
『素晴らしい魔法ですね。只今を解析し使用できるようになりました。これで緊急防御に頼らずに防御が可能になりますね♪』
俺はこんな緊急事態に何してるんだと心の中でツッコミを入れる。
「遅いですね」
魔術師が嘲笑う。
その瞬間、粒子に触れた貴族たちの様子が変わり始める。目の焦点が合わなくなり、まるで操り人形のような動きを見せ始めた。
「皆さん、避難を!」
国王が叫ぶが、既に感染した貴族たちが他の者たちに襲いかかり始める。
「これは……ゾンビ化する寄生虫か!」
俺は立ち上がり、〈身体能力強化〉を発動する。
「エリア、リナリア!俺のそばに!」
混乱の中、俺たちは身を寄せ合う。
「セラフィナ!これを止める方法は?」
「寄生虫を除去すれば元に戻ります!でも、この数では……」
感染者たちは次々と他の人々に襲いかかり、被害が拡大していく。
「《ファイアウォール》!」
エリアが炎の壁を作り、感染者たちの進路を遮る。
「リナリア、お前は陛下を守れ!」
「わかりました!」
リナリアは剣を抜き、国王の前に立つ。
『旦那様、この状況を打開するには、元凶である魔術師を倒すしかありません』
「わかっている!」
俺は魔術師に向かって突進する。しかし、彼の周りには既に感染した衛兵たちが立ちはだかる。
「無駄ですよ。我々の勝利は既に確定しています」
魔術師が高笑いする。
「このパラサイトに感染した者たちは、完全に我々の支配下にある。そして、感染は止まることなく拡大し続ける」
「そうはさせるか!」
俺はナイフに魔法を付与し、感染した衛兵に向かって攻撃する。魔法付与されたナイフは、衛兵を傷つけずに寄生虫にダメージを与えることができた。
攻撃を受けた衛兵は一瞬で正気を取り戻す。
「これだ!魔法攻撃なら寄生虫を駆除できる!」
『旦那様、その通りです!魔力を込めた攻撃なら、宿主を傷つけることなく寄生虫だけを除去できます』
俺の発見に、セラフィナとエリアも魔法攻撃に切り替える。
「《ライトニング》!」
「《ホーリーライト》!」
魔法攻撃を受けた感染者たちが次々と正気を取り戻していく。
「馬鹿な……古代最強の生物兵器が、こんな簡単に……」
魔術師の表情が焦りに変わる。
「お前の計画は失敗だ!」
俺は魔術師に向かって突進するが、彼は煙幕を張って姿を消した。
「逃がしたか……」
晩餐会場は混乱状態だったが、感染者たちは全員正気を取り戻していた。幸い、死者は出ていない。
「皆様、ご無事ですか?」
国王が安否を確認している。
「お父様、お怪我は?」
リナリアが駆け寄る。
「大丈夫だ。しかし、これは宣戦布告と見なさざるを得ない」
国王の表情は厳しい。
「セラフィナ、他の三賢人たちにも連絡を」
「既に呼び出しています。まもなく到着するでしょう」
その時、晩餐会場の扉が開き、二人の人物が入ってきた。
一人は筋骨隆々とした中年男性、もう一人は知的な雰囲気の女性だった。
「遅くなって申し訳ありません」
女性が謝罪する。
「私がエヴァンジェリン、こちらがマクシミリアンです」
三賢人が揃った。これで、真の戦いが始まる。
「皆の者」
国王が全員を見回す。
「これは単なる外交問題ではない。王国の存亡をかけた戦いが始まった」
俺は拳を握り締める。平和な王都での生活は、もう終わりだった。
古代の生物兵器を使った恐るべき陰謀。その背後にいる黒幕の正体は未だ不明だが、確実に言えることが一つある。
俺たちは、これまでで最も危険な敵と戦うことになる。
『旦那様、いよいよ本格的な戦いの始まりですね』
アイの声に俺は頷く。
「ああ。でも、俺たちには仲間がいる。きっと勝てる」
窓の外では、王都の夜が静寂に包まれている。しかし、その静けさは嵐の前の静けさに過ぎない。
これからの戦いは、王国の命運をかけた戦いになるだろう…
今回のエピソードでは、王国を巡る表と裏の問題が一気に表面化しました。
晩餐会という華やかな舞台が、一瞬にして恐怖と混乱の場へと変わる展開は、まさに嵐の前触れ。
そして、これまで姿を隠していた「三賢人」がついに揃い、いよいよ本格的な戦いが始まります。
敵が用いた「古代生物兵器パラサイト」は、ただの怪物ではなく、民を操ることで王国そのものを内部から崩壊させようとする恐るべき存在。
次回からは、この脅威にどう立ち向かうのか、そして黒幕の正体に迫っていくことになります。
――次の幕開けにご期待ください。
暁の裏




