第2話 「英雄と呼ばれた凡人」
森での戦いを終え、体中の汗と土をぬぐいながら村に戻ってきた。
空はすでに茜色に染まり、家々の窓からは灯りが漏れている。
井戸のそばでは子供たちが遊び、犬が尻尾を振りながら駆け回っていた。
広場で待っていた老人が、俺に気づくと笑顔を見せた。
「おお、帰ってきたか。どうじゃ、森のスライムは?」
「……全部、倒しました。もう水車の近くは安全です」
そう告げると、老人は大きくうなずき、腰の袋から小さな刃物を取り出した。
革の鞘に収まった、手作りのようなナイフだ。
「これを持っていけ。ワシが若いころに使っていたが、今は畑仕事ばかりじゃからのう。あんたのような旅人のほうが役に立つじゃろう」
俺は両手でそれを受け取った。
【新規アイテム獲得:ナイフ】
【ナイフスキルとの親和性上昇】
ディスプレイの文字が瞬時に表示される。
手の中に収まったナイフは小さく、重量も軽い。
だが、棒や石で戦ってきた俺にとっては、格段に頼れる武器に感じられた。
「ありがとうございます。本当に……助かります」
「礼はいらん。村の安全が守られたことのほうが大事じゃ」
老人はそう言い残し、野菜籠を抱えて去っていった。
ナイフを腰に収め、俺は商店へと足を向ける。
商店の前には布袋や木材、金属片が並べられている。
それを見た瞬間、頭の中に浮かぶディスプレイが光った。
【現代再現スキル使用可能】
【例:金属片+木材=簡易ナイフ、金属片+枝=簡易工具】
【練習推奨:低コスト物品から始めよ】
「……なるほど、試してみろってことか」
凡庸な俺が作れるものなんて、たいしたものじゃない。
けれど、このスキルなら「知っている形」を再現できるらしい。
もし小さなナイフや工具が作れるなら、森での生活も戦闘もずっと楽になる。
俺は木材と金属片を購入し、袋を抱えて村の片隅に腰を下ろした。
夕暮れの風が頬を撫でる中、ディスプレイの文字が新たに浮かぶ。
【初回現代再現スキル:発動準備完了】
【素材:木材(小)+金属片(小)】
【生成候補:簡易ナイフ(耐久値低)】
俺は「簡易ナイフ作成」を実行した。
手の中の素材が淡い光に包まれ、やがて見慣れた形へと変わっていく。
まるで「知識」が形になるかのように。
【生成成功:簡易ナイフ(耐久値:低)】
「……すげぇ」
凡庸な俺が、初めて自分の力で現代の道具を作った瞬間だった。
手のひらに収まる小さな刃物は、たしかに粗末だが、希望の象徴のように輝いて見えた。
これで少しは戦いや生活が楽になるかもしれない。
凡庸な俺でも、この異世界で生き抜くことができる。
そう思ったとき、ディスプレイに新たな文字が表示された。
【累計ポイント:98】
【次の進化条件:100ポイント】
【進化時、音声会話機能解放予定】
「……あと2ポイントで、AIが喋れるようになるのか」
夕焼けに染まる村の空を見上げながら、胸の奥に小さな期待が芽生える。
俺と、まだ声を持たない相棒――この異世界での物語は、まだ始まったばかりだ。
俺は村で一夜を過ごした。
藁を敷いただけの質素な寝床だったが、背中に心地よい疲労を感じながら眠ったせいか、思ったよりもぐっすり眠ることができた。
朝になると、鳥のさえずりとともに目が覚める。外はもう明るく、村の人々は畑へ向かって働き始めていた。
「……さて、あと2ポイント」
腰のナイフに手をやり、深呼吸する。
あとたった2ポイントで、AIが「進化」し、声を得るという。
この異世界に来てから、ディスプレイの文字だけが頼りだった。
けれど声を持てば、もっと直感的にやりとりができるだろう。戦闘中に視線を外さなくてもいいし、会話のような感覚で支援を受けられるはずだ。
俺は朝の空気を吸い込み、森へと足を踏み入れた。
森の入り口に差しかかると、湿った土の匂いが鼻をついた。
昨日の戦いの跡がまだ残っている。折れた枝、踏み荒らされた草地、そして薄く乾いたスライムの残骸。
少し進んだところで、ぬるりとした音が耳に届いた。
スライムだ。透明なゼリー状の体を揺らしながら、のそりと移動している。
「……ちょうどいい」
俺は腰のナイフを抜き、構えた。
昨日作った簡易ナイフもあるが、戦闘は村人から受け取ったこのナイフを使ったほうがいいだろう。
スライムが気づき、ずるりと体を揺らして跳びかかってくる。
俺は踏み込み、横へ回り込んで斬りつけた。
ぶちゅ、と嫌な手応え。
ナイフがスライムの体を裂き、中から液状の核が飛び出す。
「今だっ!」
すぐさま核に刃を突き立てると、スライムは痙攣するように震え、そのままぐったりと崩れ落ちた。
【敵を討伐:スライム】
【ポイント+1】
【累計ポイント:99】
「……よし、あと1」
呼吸を整えながら、周囲を見回す。
少し先、木の根元にもう1体のスライムがいた。
だが今度の相手は、やや大きい。昨日戦ったものよりも粘度が強そうで、体が濃く色づいて見える。
俺は喉を鳴らし、ナイフを構えた。
俺にとって、この1体を倒すことが大きな壁に思える。
だがここを越えれば、AIは声を持ち、本当の「相棒」になる。
スライムが大きく跳ね、俺の胸めがけて襲いかかってきた。
咄嗟に身をひねり、ナイフで受け止めようとする。だが、べちゃりと腕にまとわりつかれる。
「くっ……重い!」
粘液が服に染み込み、腕が動かしにくくなる。
焦りながらも、必死に腕を振り払い、ナイフを押し込んだ。
ぐにゅ、と抵抗感を裂いて、なんとか体を切り裂く。
核が露出する。
俺は一瞬の隙を逃さず、全体重をかけてナイフを突き刺した。
ずるん、と嫌な音が響き、スライムが崩れ落ちる。
【敵を討伐:スライム】
【ポイント+1】
【累計ポイント:100】
【条件達成:スキル進化】
「……やった……」
ナイフを引き抜き、荒い息を吐いた。
その瞬間、ディスプレイが眩しく輝きだした。
視界いっぱいに光の粒が広がり、森の景色が白く塗りつぶされる。
心臓が速く打ち、全身を電流が走るような感覚がした。
【スキル進化開始】
【進化対象:AIサポートシステム】
【新機能解放:音声会話】
頭の中に直接、声が響いてきた。
『――起動完了。初期音声モジュール、オンライン』
『次の進化に必要なポイントは2000ポイントです。』
その声は、澄んだ中性的なものだった。
男とも女ともとれる、不思議に落ち着いた響き。
「……喋った……? 本当に……?」
『はい。条件達成により、あなたと音声による意思疎通が可能となりました。
改めて、私はあなたのサポートAI。これからは声で直接支援を行えます』
俺は呆然と立ち尽くした。
ずっと文字だけで表示されていた相棒が、今はこうして言葉を紡いでいる。
まるで、そこに「人」が現れたような感覚だった。
「……なんか、不思議だな。ずっと無言だったのに、急に声を聴くと」
『不思議に思うのは自然なことです。ですが、これで戦闘中も目線をそらさずに済みますし、情報伝達速度も向上します。
あなたの生存率は――20%ほど向上する見込みです』
「パーセントで言うなよ……」
苦笑がこぼれた。だが、そのやりとりさえ嬉しかった。
俺は胸の奥に、確かな安心感を抱いた。
凡庸な自分にとって、このAIの存在は命綱だ。
だが今、文字を読むだけの相棒が、こうして「声を持った相棒」に変わった。
『それでは、改めてよろしくお願いします、マスター』
「……ああ。こっちこそ、よろしく頼む」
森の静寂の中、俺とAIの声だけが響いた。
異世界での孤独は、もう完全なものではなくなった。
ようやく、本当の「二人」で歩き出せる気がした。
スライムを倒し、進化を果たした俺は、胸の奥に熱を抱えたまま村へ戻ってきた。
太陽はまだ高く、村の畑では農夫たちが鍬を振るい、子供たちが追いかけっこをしている。
人々のざわめきが、やけに心地よく響いた。
『マスター、顔が少し緩んでいます』
「……うるさいな。嬉しいんだから仕方ないだろ」
隣に人がいるわけでもないのに、声が聞こえる。
それだけで孤独感が薄れ、胸の内が温かくなっていた。
だが、俺にはやるべきことがある。
戦うだけではなく、この世界で生きていくための「手段」を探さなければならない。
井戸端で水を汲んでいた中年の村人に声をかけた。
日焼けした顔に皺を刻んだ、穏やかな雰囲気の男だ。
「あの、少し伺いたいんですが」
「ん? おお、あんたは昨日、森のスライムを退治してくれた旅人さんじゃな。助かったよ」
「いえ、大したことじゃありません。……それで、この村から一番近い町ってどこにありますか?」
男は首をかしげた。
「町に行くのか? 買い物か、宿か?」
「……商売をしたいんです」
俺がそう言うと、男は驚いた顔をしたあと、少し笑った。
「ほう、旅人が商売とは珍しいな。だが、ここは小さな村だ。商いを広げたいなら、町まで出るのが一番だろう。南へ半日歩けば『グランツ』の町に着く。人も多く、商人も集まる場所だ」
「『グランツ』の町……ありがとうございます」
「気をつけて行くんだぞ。街道は比較的安全だが、盗賊や魔物が出ることもある」
「はい、肝に銘じます」
俺は深く頭を下げた。
村から少し離れ、静かな場所で腰を下ろす。
ナイフを弄びながら、心の中でAIに問いかけた。
「……聞いたか?」
『はい。グランツですね。商売をお考えで?』
「ああ。俺には魔法や剣術や体術も習ったことがないごく普通の人間だ。でも……この現代再現スキルなら、素材さえあれば道具を作れる。昨日作った簡易ナイフだって、喜ばれるかもしれない」
『合理的な選択です。生産活動は安定した収入につながり、生存率も向上します。……ただし』
「ただし?」
『現在の再現スキルは素材依存です。町に行けば金属や布、薬草など、より多様な資材が手に入るでしょう。ですが、資金管理と材料調達の計画性が必須です』
「わかってるよ。……でも、やってみたいんだ」
凡庸な俺だからこそ、戦う以外の道を選びたい。
戦いで死ぬんじゃなく、できれば普通に暮らしていきたい。
そのために、俺は町に行き、商売を始める。
『了解しました。マスターの方針を最優先に支援します』
AIの声が響く。
それは淡々としていながら、不思議と心を支える温もりを持っていた。
風が吹き抜け、森から運ばれた草木の匂いが鼻をかすめる。
俺は立ち上がり、腰のナイフを確かめた。
「……よし。次の目的地は『グランツ』だ」
俺と、声を持ったばかりの相棒。
異世界での「商売の旅」が、今始まろうとしていた。
グランツへ向かう街道は、村人が言っていた通り穏やかな道だった。
畑を抜け、森に沿って伸びる道を歩く。小鳥のさえずりや風に揺れる木々の音が心を和ませる。
『周囲の反応、前方二十メートルに異常あり』
AIの声に足を止めた。
次の瞬間、足元から縄が跳ね上がり、俺の体に絡みついた。
「なっ――!」
横から二人組の男が飛び出し、俺を地面に押し倒した。
粗末な革鎧を着込み、刃こぼれした剣を持った男たち。目つきは鋭く、明らかに村人ではない。
「へへっ、思ったより簡単に引っかかったな」
「金目の物を置いていけ!」
盗賊――そう直感した。
喉が乾き、心臓が跳ねる。こんな村を出てすぐにいきなり盗賊に襲われるなんて。
『マスター、冷静に。縄をほどくよりも、腰のナイフに手を伸ばしてください』
AIの指示に従い、必死に体をねじる。縄がきしむ音。指先が柄に触れた瞬間、俺は一気に力を込めた。
革を裂き、縄が緩む。
「ちっ!」
「こいつ、やりやがった!」
『攻撃が来ます。転がって回避してください。』
男の剣が振り下ろされる。
俺は転がるように身をかわし、すぐさまナイフを突き出した。
刃が男の腕を掠め、悲鳴が上がる。
もう一人が怒声を上げて突進してきた。
咄嗟にアイテムボックスから石を取り出し、投げつける。額に直撃し、男がよろめいた。
その隙にナイフで脇腹を斬りつける。男が呻き声を上げる。
『マスター、今です。追撃を。』
俺はナイフを突き出し、男に向かって突進した。
――その瞬間、手に伝わった感触を、俺は忘れられないだろう。
突き出したナイフが、盗賊の腹を深く貫いていた。
温かい液体が刃を伝い、俺の手を濡らす。
男は目を見開いたまま呻き声をあげ、やがて崩れ落ちた。
「……あ……」
膝が震えた。呼吸が荒くなる。
俺の手は、確かに人を刺し貫いていた。
現実感がなく、頭の奥がじんじんと痺れる。
『マスター、冷静に。生き残るためには必要な行為です』
「……必要……? でも、俺は……人を……」
喉が詰まり、言葉にならない。
目の前の盗賊は、もう二度と動かない。
スライムを斬ったときとは違う。
確かに「人間」を殺した。
【盗賊(小規模)撃破】
【ポイント+50】
【累計ポイント:150】
息を荒げながら、倒れた二人を見下ろす。
相棒と話していたおかげか少し落ち着いてきた。
「……AI、これからどうするべきだ?」
『戦闘データから推測した結果、近くに彼らの拠点がある可能性が高いです。そこを叩けば、村や町を狙う被害を減らせるでしょう』
「……つまり、行けってことか」
『判断はマスター次第です』
迷った。俺が盗賊の拠点なんて襲撃できるのか。
だが――もし放置すれば、また誰かが犠牲になる。
この異世界で生きるなら、ただ守られるだけじゃなく、選んで行動しなければならない。
俺は拳を握りしめた。
倒れた男の持ち物から、粗末な地図を見つけた。
赤い印がつけられている。おそらく拠点だ。
夕暮れ時、森を抜けた先に、それはあった。
古びた狩人小屋を改造したような建物。周囲には焚き火と、見張りの盗賊が数人。
『推定戦力、十名前後。マスター単独での突入は危険です』
「……わかってる。でも、今なら奇襲できる」
俺は息を潜め、落ちていた石を手に取った。
投げて反対側の茂みにぶつけると、見張りが「なんだ?」と声を上げてそちらに向かう。
その隙に背後から忍び寄り、ナイフで首筋を押さえた。
「……声を出すな」
『急所を攻撃して沈黙させてください』
俺は指示に従い、震えた盗賊を気絶させて縄で縛る。
次に小屋の窓を覗くと、中には数人の盗賊が酒を飲み、笑い合っていた。
だが――奥の檻に、誰かが囚われているのが見えた。
薄暗い小屋の奥、鉄格子の中に座り込む少女。
長い金髪が乱れ、顔には疲労の色が濃い。
だが、その瞳はまだ希望を失っていなかった。
『生命反応確認。若い女性。監禁されている可能性が高いです』
「……助けなきゃ」
決意した瞬間、背後から気配が迫った。
振り返ると、刃を構えた盗賊が迫ってきていた。
「チッ、侵入者か!」
俺は咄嗟にナイフで受け、押し返す。
が、力では圧倒的に劣る。歯を食いしばり、体を低くして蹴りを放つ。
盗賊がバランスを崩し、俺はその隙に腹へ刃を突き立てた。
「ぐあっ……!」
男が倒れる音に気づいたのか、中の盗賊たちが振り向いた。
「何だ!? 侵入者だ!」
「くそ、捕まえろ!」
複数の足音が迫る。
俺は躊躇なく窓を蹴破り、小屋の中へ飛び込んだ。
酒瓶が飛び交い、刃が閃く。
俺は必死にナイフを振るい、身を低くして机を盾にする。
一人、また一人と傷つけ倒すが、全員を相手にはできない。
『右から来ます! 低姿勢で!』
「くっ――!」
AIの声に従い、辛うじて致命傷を避ける。
必死に反撃し、数人を戦闘不能に追い込んだ。
息が切れ、全身汗で濡れる。
その時、檻の中の少女と目が合った。
必死に叫んでいる。
「後ろ! 気をつけて!」
振り返ると、大柄な盗賊が大剣を振りかざしていた。
咄嗟に机の破片を掴み、盾代わりに構える。
衝撃で腕が痺れたが、その隙にナイフを突き立てる。
「ぐっ……お前、ただ者じゃねぇ……!」
巨体が崩れ落ちた。
残った盗賊たちとの戦いは、もう記憶が曖昧だった。
ただ必死に刃を振るい、AIの指示に従い、体を守ることだけに集中した。
気がつけば、小屋の中は静まり返り、俺の呼吸音だけが響いていた。
足元には、動かなくなった盗賊たちの姿。
生きている者もいるが、何人かはもう息をしていなかった。
【盗賊(小規模)撃破】
【ポイント+125】
【累計ポイント:275】
ナイフを持つ手が震える。吐き気が込み上げる。
「……俺は……」
誰も答えない。
ただ、血の臭いだけが鼻を突く。
『マスター、あなたの選択は間違っていません。彼らを放置すれば、他の誰かが犠牲になったでしょう』
「それでも……! 俺は、殺したんだぞ……!」
声が震えた。
凡庸で、ただ平凡に生きてきた俺が。
誰かを殺すなんて――想像したこともなかった。
そのとき、檻の中の少女と目が合った。
彼女は怯えたように俺を見つめていたが、やがて小さく首を振り、声を絞り出した。
「……違います。あなたは、わたしを……救ってくれたんです」
「……救った……?」
「ええ。あの人たちは……他の誰かを傷つけ、奪い続ける者たちでした。あなたがここで戦ってくれなければ……わたしは今でも囚われたままで……」
少女の瞳は震えていた。
だがその奥には、確かな感謝の光が宿っている。
「だから……どうか、自分を責めないでください」
その言葉は、胸の奥に深く突き刺さった。
俺の手は血に濡れている。
それでも、この手で確かに誰かを救ったのだ。
檻を開け出てきた少女は、深く頭を下げた。
「改めて……助けてくださって、本当にありがとうございます」
「いや……俺は……」
言いかけて、言葉が詰まる。
助けたつもりでも、心の中の罪悪感は消えなかった。
少女はそんな俺を見て、少しだけ柔らかい笑みを浮かべた。
「……わたしは、リーナと申します」
「俺は一ノ瀬悠真だ」
一瞬、名乗りにためらいがあった。
『恐らくは偽名でしょう』
そうだろうな。――だが偽りでもいい。
今の俺に必要なのは、彼女の真実を暴くことじゃない。
血の重みに押し潰されそうな心を、少しでも前に進ませることだ。
俺は彼女を連れて小屋を後にした。
森を抜け、野営の準備をする。
焚き火の光が少女の横顔を照らす。
彼女は湯気の立つ水を受け取り、小さく微笑んだ。
「悠真さんは……強い方ですね」
「……俺は、強くなんかない。人を……殺してしまった」
「それでも……あなたはわたしを救ってくれました。わたしにとっては〖英雄〗です」
その言葉に胸が震えた。
凡庸な俺が、誰かに英雄と呼ばれるなんて。
その響きに、ほんの少しだけ救われた気がした。
夜も更け、火が静かに燃える中。
リーナは小さな声で言った。
「……もしよければ、わたしを町まで連れて行っていただけませんか?」
迷いなく、俺は頷いた。
「もちろんだ。……放っておけるわけないだろ」
リーナの顔に、安堵の笑みが広がる。
その笑顔を見て、俺は心の中で決意した。
――俺は、この少女を守る。
血に染まったこの手であっても、守るために使うと・・・
本作では、凡庸な青年が初めて人を殺し、苦悩しながらも誰かを救う姿を描きました。
囚われの少女リーナとの出会いは、彼にとって守るべき存在であり、成長のきっかけでもあります。
これから二人の旅は始まったばかり。困難も喜びも、共に歩む中で物語は紡がれていきます。
暁の裏




