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クーカイ×クーカイ  作者: 青山 高峰
第二章

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5 報い

外に出ると()みきった青空(あおぞら)が広がっている。


気持ちのいい五月晴(さつきば)れの空なのに。すごい違和感(いわかん)がある。気持ちのいい空気の中、(わけ)の分からない視線(しせん)を感じる。家を出た瞬間(しゅんかん)からだ。近所(きんじょ)のおばさんや()きずりのサラリーマン、散歩(さんぽ)の犬までもが見ているような気がする。


ここまでくると、もう空気(くうき)にまで見られているようで落ち着かない。視線(しせん)の数は学校に近づくほどあからさまに()えていった。しかも決まってこちらを見ながらヒソヒソと話をしている。しかし、教室に入ると、みんなが一斉(いっせい)に話を()めた。席に()くまで、みんな呼吸(こきゅう)(わす)れたようにじっとこっちを見ている。ランドセルから教科書(きょうかしょ)とノートを()り出している間も(するど)視線(しせん)(ささ)さるようだ。


まるで針山(はりやま)の上にいるみたい……。


視線(しせん)()さる”という言葉を文字通(もじどお)(はだ)(かん)じる。


その時、前の席に(すわ)亮太君(りょうたくん)筆箱(ふでばこ)を落した。反射的(はんしゃてき)(ひろ)おうと()()ばすと、亮太君(りょうたくん)怒鳴(どな)った。


(さわ)んなよ、(のろ)われるだろ」

(のろ)われる? (のろ)われるってどういうこと」

 亮太君(りょうたくん)無言(むごん)筆箱(ふでばこ)(ひろ)い上げると、前を向いた。


(のろ)われる、のろわれる、ノロワレル――。


頭の中で何度(なんど)かみ(くだ)いて考えても、分からない。


海人(かいと)のせいらしいぜ」


 ふいに岡君(おかくん)の声が耳に飛びこんできた。

小早川(こばやかわ)のジイサンと隼人(はやと)(のろ)いをかけたの、海人なんだって」


 (きゅう)心臓(しんぞう)(なぐ)られた気がした。“(のろ)い”という言葉(ことば)と自分の名前とが()ざりあって勝手(かって)()(まわ)っている。


(ちが)う。ぼくは(のろ)いなんてかけてない――。

(さけ)ぼうとしたが、声が出てこない。(むね)(くる)しくなって(なみだ)がこみ上げてきた。


 その日は授業(じゅぎょう)で何を聞いたのか、給食(きゅうしょく)に何が出たのか、まるで分からなかった。ただ授業(じゅぎょう)が終わると、教室(きょうしつ)()び出した。


今日(きょう)くらい(つら)いと思った日はない。今日ほど一日を長いと(かん)じた日もない。

逃げるように廊下(ろうか)を走り、階段(かいだん)()け下りる。下駄箱(げたばこ)が見えたところで、


何度(なんど)()んでるのに、どうして()ってくれないのよ、海人」

 ()り返ると若菜(わかな)ちゃんが口をとがらせている。


相変(あいか)わらず元気(げんき)で少し自分勝手(じぶんかって)で、それでいて……すごくかわいい。若菜ちゃんだけは昨日(きのう)とちっとも(かわ)ってない。それがうれしかった。


「海人どうしたの? どうして()いてるの?」

 若菜ちゃんの後ろにクラスの女子たちの姿(すがた)が見えた。


「ここじゃ話せない」

 若菜ちゃんがいきなり手首(てくび)をつかんで、走り出した。(かぜ)(みみ)でうなり(ごえ)を上げている。


ああ、このままどこか(とお)くに行ってしまいたい。


しかし体育館(たいいくかん)裏手(うらて)まで来ると、若菜ちゃんが立ち止まった。

「ここなら大丈夫(だいじょうぶ)よ」

 確かにここは旧校舎(きゅうこうしゃ)へと続く道だから、(だれ)かが来る心配(しんぱい)はない。しかし、気のせいか冷気(れいき)を感じる。


「海人、何があったの?」

 若菜ちゃんの(こえ)はやけに(やさ)しい。また(なみだ)があふれてきて、止まらなくなった。


「みんなが……“海人に(かか)わると(のろ)われる”……って……」

「なんだウワサのことか」


「若菜……ちゃんも……知っていたの……知っていて……話しかけたの」

「だって海人は(のろ)いなんてかけるわけないから。絶対(ぜったい)にかかけないって(しん)じてるから」

 また(あら)たな(なみだ)がこみ上げてきた。

 ふいに若菜ちゃんのためなら何でもしてあげたい気になった。



 外は相変(あいか)わらず清々(すがすが)しいほどの青空(あおぞら)が広がっているのに、旧校舎(きゅうこうしゃ)の中は()(くら)で、また暗さが()したような気がした。


「海人、人に()えないものが()えるって霊感(れいかん)のことよ。わたしにも霊感(れいかん)があるから(わわ)かるの。でも海人がどうして霊感(れいかん)が強くなったのかコックリさんに聞こう」

 と言われた(とき)(ことわ)りきれずにここまで()てしまったのは失敗(しっぱい)だった。足元(あしもと)では(ゆか)が何かの()(もの)みたいに()いている。


「若菜ちゃん、ぼくのことはもういいからさ。(かえ)ろう」

「ダメよ。ね、これで最後(さいご)だから」

 言い出すと若菜ちゃんは止められない。その頑固(がんこ)さに(おも)わずため(いき)が出た。


 保健室(ほけんしつ)まで来ると、若菜ちゃんはいつものように(かみ)を広げ十円玉を取り出した。

「コックリさん、コックリさん。お出()でください」


まただ。


十円玉の中に(なに)かが()びこんできた。

指先(ゆびさき)脈動(みゃくどう)(かん)じながら、自然(しぜん)と体が強張(こわば)った。


後ろの(とびら)だ!


部屋(へや)の外に(なに)かが()た。(あら)(いき)をさせ、こちらを見ている。こないだと同じだ。それに今日(きょう)(かん)じたどの視線(しせん)よりも(つよ)くて(するど)い。そして――。


くさい。


()とケモノの(にお)いがする。(いき)をつめた。若菜ちゃんが(くち)(ひら)いた。


「どうして楠海人(くすのきかいと)霊感(れいかん)(つよ)くなったのですか」

 十円玉が(おど)るように(かみ)(うえ)(うご)く。


「く…す…の……“楠海人(くすのきかいと)(のろ)われているから”」

 ビックリして(かお)を上げると若菜ちゃんも(おどろ)いたように目を見開(みひら)いている。


「どうしたらいいか聞いてみよう」

 若菜ちゃんの声が(ふる)えている。瞬間(しゅんかん)、ゾクリと背中(せなか)(いや)なものを(かん)じた。


「もういいよ、()めよう若菜ちゃん」

 かまわず、若菜ちゃんが(つづ)けた。


「どうしたら楠海人(くすのきかいと)(のろ)いが()けますか」

 十円玉がまた(うご)きだした。


「や…ま…ね……“山根若菜(やまねわかな)がいなくなれば”」

 (いき)がつまった。


 山根若菜(やまねわかな)がいなくなればだって? そんなの冗談(じょうだん)じゃない。(のろ)いは()きたいけど、若菜ちゃんがいなくなるなんて(のぞ)んじゃいない。


 その時だった。


 ドンッ。


 後ろの(とびら)が音を立てた。心臓(しんぞう)()まりかかる。(そと)にいる何かが体当(たいあ)たりしているんだ。とっさに若菜ちゃんを見た。でもこの(おと)に気づかないのか、若菜ちゃんはぼう(ぜん)として十円玉を見つめている。


 まずい。このままここに入られたら、(おそ)らく若菜ちゃんもぼくも……。


 (ころ)される。


 (おそ)ろしい感覚(かんかく)全身(ぜんしん)(つらぬ)き、(おも)わず(さけ)んだ。

「若菜ちゃん、さっさと()わらせよう」

 (われ)(かえ)ったように若菜ちゃんはすぐさまうなずいた。

「コックリさん、コックリさん、お帰りください」


 十円玉が“いいえ”を(かこ)った。


「どうして帰ってくれないの」

「若菜ちゃん、もう一回」

「うっ、うん。コックリさん、コックリさん、お帰りください」


 “いいえ”


 若菜ちゃんが青ざめ、また口を開いた。十円玉があざ(わら)うかのように動く。何度(なんど)何度(なんど)も、“いいえ”“いいえ”“いいえ”……、(かたく)なな答えを()り返す。(くちびる)(ふる)え、(のど)がからからになってきた。どうしよう、どうしたらいい?


 ガタガタガタッ


 大きな(おと)眩暈(めまい)がしそうになった。背後(はいご)(とびら)(だれ)かがこじ()けようとしているんだ。その音が徐々(じょじょ)に大きくなっていく。(おそ)(おそ)()り返ると、ここに(はい)ってきた(とき)(くら)べて木製(もくせい)(とびら)が少しゆがんだみたい。ああ、あの(ふる)びた(とびら)はどのくらいもつだろう。


 この十円玉の中に(はい)った“(なに)か”が()えれば、外から体当(たいあ)たりしている別の“何か”も()えるはずだ。この(あいだ)がそうだった。


 さっさと“はい”を(かこ)って(かえ)って……(いの)るような気持(きも)ちで十円玉を見つめた。その(とき)


 “バシッ”


 (とびら)蝶番(ちょうつがい)がポップコーンのように()()んだ。


 ()る!


 次の体当(たいあ)たりで確実(かくじつ)(とびら)(ひら)き何かが突入(とつにゅう)してくる。そう思った瞬間(しゅんかん)、ものすごい(いきお)いで(とびら)(ひら)いた。


「きゃああああ」

 悲鳴(ひめい)を上げた。若菜ちゃんも絶叫(ぜっきょう)している。


「そんなところで何をしている」

 大地(だいち)(ふる)わすような声が(とどろ)いた。


「いつまで(さけ)んでいるんだ。お(まえ)たち、こんなところで何をしている」

 連城(れんじょう)先生(せんせい)()をギョロつかせて、にらんでいる。


「なんだ先生か、(おどろ)かさないでくださいよ」

 若菜ちゃんがほっと(いき)をついている。


 (ちが)う。


 とっさにそう(おも)った。さっきまで体当(たいあ)たりしていたのは連城(れんじょう)先生じゃない。(おそ)らく……。


動物(どうぶつ)だったはず」


 (おも)わず(はっ)した言葉(ことば)連城(れんじょう)先生の眼球(がんきゅう)がギョロリと(うご)いた。信じられないとでもいうように(くび)をかすかに()っている。


「なんでだ。どうしてこんなところに(はい)った」

 つぶやくように()うと、(かな)しげな()でじっと見つめてきた。(そば)にいる若菜ちゃんが紙を素早(すばや)くポケットに()()んでいるのに見向(みむ)きもしない。


 連城(れんじょう)先生はどうしてそんな()をするんだろう……。


 (かな)しみとも(あわ)れみともつかない()で見つめられると、なんだか自分が()(かえ)しのつかないようなことをした気になる。


肝試(きもだめ)しのためです」

 若菜ちゃんが()まして(こた)える。すると連城(れんじょう)先生は大きな()(はじ)めて若菜ちゃんに向けた。


「先生こそ、こんなところで何をしているんですか」

「そんなことは関係(かんけい)ないだろう。くだらないことしてないでさっさと(かえ)りなさい」


 機械的(きかいてき)にランドセルを(かた)にひっかけ、部屋(へや)()たところで()(かえ)った。


 どうしてあんなに(かな)しそうな()をするんだろう。連城(れんじょう)先生は大きな(かた)をガックリと()とし、()()くしていた。


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