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クーカイ×クーカイ  作者: 青山 高峰
第二章

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4 異変

その(ばん)も、またあの(ゆめ)を見た。


暗闇(くらやみ)の中を(なが)()ちる(しろ)(すな)。その(しろ)(すな)だけど()ていると、不思議(ふしぎ)気持(きも)ちが()()く。(くろ)(おそ)ろしいだけの世界(せかい)(なか)唯一(ゆいつ)安心(あんしん)できるものだ。その(とき)だった。


(だれ)かいる。

 

(ひと)気配(けはい)(かん)じ、まわりを()まわした。しかし()(くら)(だれ)がいるのか()からない。いつもなら、(やみ)にすくみ()るはずなのに不思議(ふしぎ)(こわ)くはなかった。それどころか、(みょう)にうれしい()がする。


(だれ)(そば)にいるのか(たし)かめたい。(おも)いきって前後(ぜんご)左右(さゆう)()()ばしてみた。すると()(まえ)()ちる(しろ)(すな)にさえ()(とど)かないことに()づいた。あの(すな)まではずいぶん距離(きょり)があるらしい。


もう(すこ)し、もう(すこ)し。


めいいっぱい()()ばすと、ふいにその()(つか)まれた。でも、(すこ)しも(こわ)くはない。ただただうれしかった。それは(おお)きな()をだった。(あたた)かい(ゆび)だった。(やさ)しい(にぎ)(かた)だった。


この(ひと)がいれば、(なに)(ひと)(こわ)いことはない。(だれ)だか(わか)らないが、(つよ)くそう(おも)った。


その(とき)


「クーカイ、クーカイ」


その(こえ)全身(ぜんしん)細胞(さいぼう)反応(はんのう)した。


そうか、クーカイってぼくのことだったんだ。


そう(わか)かった途端(とたん)(なつ)かしさがこみ()げてきた。


「よく(おぼ)えておきなさい、クーカイ。(きよ)めには(ふた)つの方法(ほうほう)がある。お(しお)(きよ)める方法(ほうほう)(かお)りで(きよ)める方法(ほうほう)だよ」

 ふいに()(はな)された。その(ひと)(とお)ざかって()くのを(はだ)(かん)じる。


()って、()かないで。()いてかないで! ()って!」

 ()()きると、いつのまに()たのだろう、お(とう)さんの心配(しんぱい)そうな(かお)()(まえ)にあった。


「どうした、(おお)きな(こえ)(さけ)んで。(こわ)(ゆめ)でも()たのか」

「ううん、(ちが)う」

「じゃあどうして()いているんだ?」


 ビックリして(かお)(さわ)ると、(あたた)かい(なみだ)()れている。()づかないうちに()いていたらしい。お(とう)さんはベッドの(わき)(すわ)ると、(あたま)をなでてくれた。(おお)きな()だけど、(ゆめ)(なか)()とは(ちが)う。なんとなくがっかりしていると


(なに)かあるのか? お(とう)さんには(なに)(かく)すことはないんだぞ」

 お(とう)さんが心配(しんぱい)そうに(ひたい)にしわを()せている。


(じつ)はね、お(とう)さん。不思議(ふしぎ)(ゆめ)()たの。(おとこ)(ひと)(こえ)だけが()こえてくる(ゆめ)。ぼくのことをクーカイ、クーカイって()んで(はな)しかけてくるんだ。でも(かお)()えなくて」

 お(とう)さんの顔色(かおいろ)()わった。


「まだ朝早(あさはや)い。(ゆめ)のことは(わす)れて、もう(すこ)()てなさい」

 お(とう)さんは布団(ふとん)をかけ(なお)すと、部屋(へや)()()った。


 今日(きょう)(きり)のような(あめ)()っている。カラスの()(ごえ)がしないから、こういう()(つづ)くのも(わる)くない。でも(なが)ぐつの(なか)(みず)(はい)るのは(いや)だ。下駄箱(げたばこ)上履(うわば)きに()()えながら、つま(さき)()れて変色(へんしょく)した靴下(くつした)()つめた。こうなると一日中(いちにちじゅう)気持(きも)(わる)い。


 教室(きょうしつ)自分(じぶん)(せき)()くと、たまらず上履(うわば)きを()いだ。すると(りん)ちゃんが(わら)った。


「そうやるの、わたしだけかと(おも)ってた」


 ()ると、(りん)ちゃんも上履(うわば)きを()ぎ、その(うえ)(しろ)いレースの靴下(くつした)()いた(あし)()せている。(りん)ちゃんの(きん)(ふち)どられた(しろ)(ひかり)相変(あいか)わらず(うつく)しい。ボーッとなりながらその(ひかり)()つめていると、(りん)ちゃんのすぐ(うし)ろにおじいさんが()っているのに()づいた。


幸福(こうふく)(およ)いでくるぞ。(りん)(もと)幸福(こうふく)(およ)いでくるぞ。たい()きと(おな)じだぞ……」

 (あか)るい(こえ)でささやいている。(おも)わず()()した。


「どうしたの、楠木君(くすのきくん)

「だって、(りん)ちゃんの(うし)ろにいるおじいさんが面白(おもしろ)いんだもん」

 (りん)ちゃんが(おどろ)いて()(かえ)った。


「おじいさんなんていないじゃない」

 (りん)ちゃんの(こえ)教室中(きょうしつじゅう)のみんなの視線(しせん)(あつ)まった。


「そんなことないよ。白髪(はくはつ)で、四角(しかく)黒縁(くろぶち)眼鏡(めがね)をかけたおじいさんがそこに()っているじゃない。『(りん)(もと)幸福(こうふく)(およ)いでくるぞ。たい()きと(おな)じだぞ』ってさっきから()ってるよ」


「どうしてうちのおじいちゃんの口癖(くちぐせ)()っているの?」

 教室中(きょうしつじゅう)がざわめいた。


その(とき)(とびら)(ひら)き、先生(せんせい)(あわ)てた様子(ようす)(はい)って()た。

小早川(こばやかわ)さん、ちょっといい」


 (りん)ちゃんが先生(せんせい)()れだって廊下(ろうか)()()くと、廊下(ろうか)から先生(せんせい)(こえ)が、かすかに()こえてきた。


「たった(いま)、おじいさんが()くなられたわ。すぐにご両親(りょうしん)(むか)えに()るから」

 (りん)ちゃんはその()、そのまま早退(そうたい)した。



 午前中(ごぜんちゅう)は、大好(だいす)きな国語(こくご)理科(りか)授業(じゅぎょう)だったせいか、あっと()()()ぎた。しかし、ここからが問題(もんだい)だ。


 給食(きゅうしょく)時間(じかん)――。


 教室(きょうしつ)前方(ぜんぽう)割烹着(かっぽうぎ)()けた給食当番(きゅうしょくとうばん)たちが、バタバタと準備(じゅんび)(はじ)めた。この光景(こうけい)()るたびに(ゆう)うつになる。(なべ)からムワッと(にお)いが()(のぼ)った。今日(きょう)春雨(はるさめ)スープか……春雨(はるさめ)だけか野菜(やさい)だけならいいのに、ハムが春雨(はるさめ)にまとわりつき、野菜(やさい)にくっつき、スープに(にお)いを(のこ)す。それがたまらなく(いや)だ。(れつ)(なら)びながら、ため(いき)()た。トレイの(うえ)に、春雨(はるさめ)スープの茶碗(ちゃわん)がドンと()っかる。()げパンがその(わき)(すわ)る。そして、みかんがスルリと(ころ)()ちそうになった。


 あっと(おも)った(とき)(まえ)から日焼(ひやけ)した隼人君(はやとくん)()()びた。素早(すばや)くみかんをキャッチするとトレイの(うえ)(もど)してくれた。


()りぃ、()せが(あま)かった」

「ううん、だいじょう……」

 ぶ、と()いかけてビックリした。隼人君(はやとくん)(かお)()()()()がっている。隼人君(はやとくん)はサッカークラブだから日焼(ひやけ)しているのは()たり(まえ)だけど、日焼(ひやけ)(あか)さなんていうレベルじゃない。病的(びょうてき)(あか)()()がっている。


隼人君(はやとくん)大丈夫(だいじょうぶ)? 具合(ぐあい)(わる)いんじゃないの」

「なんだよ。ちゃんとみかん(おと)さなかったんだからいいだろ」


「みかんのことじゃないよ。(かお)()()だよ。当番(とうばん)()わるから保健室(ほけんしつ)()ったほうがいいんじゃない?」

何言(なにい)ってんだよ、ムカつくな。邪魔(じゃま)だからサッサと()けよ」


 隼人君(はやとくん)(おこ)りながら次々(つぎつぎ)とみかんをトレイに()せている。不思議(ふしぎ)とみかんを()けとるみんなも平然(へいぜん)としている。


みんな、どうして(へん)(おも)わないんだろう……。


“いただきます”という大合唱(だいがっしょう)(うわ)(そら)()きながら、機械的(きかいてき)()げパンを(くち)にほおりこんだ。

そういえば、さっきもそうだ。(だれ)(りん)ちゃんの(うしろ)ろに()つおじいさんに()づいていないみたいだった。

ボソボソとした()げパンを牛乳(ぎゅうにゅう)(なが)()む。


もしかしてみんなでぼくをからかっているのかな……。いや、(ちが)う。(りん)ちゃんは本当(ほんとう)(おどろ)いた(かお)をしていた。からかわれているんじゃないとしたら……実際(じっさい)みんなに()えてないんだとしたら……。


ぼくだけに()えている。


それはゾッとするような結論(けつろん)だった。トレイの(うえ)のスープがさっきから蛍光灯(けいこうとう)(ひかり)反射(はんしゃ)(あや)しい()(もの)みたいに(ひか)っている。突然(とつぜん)自分(じぶん)()ている世界(せかい)がガラリと()わった。


ああ、(もと)(もど)れるなら(もど)りたい。


その(とき)後方(こうほう)から悲鳴(ひめい)()がった。ビックリして()()くと、隼人君(はやとくん)(たお)れているのが()えた。()()(かお)()らして(くる)しそうにもがいている。先生(せんせい)がすっ()んできて(さけ)んだ。


(だれ)保健(ほけん)先生(せんせい)()んできて」


 ものすごい(すご)いで亮太君(りょうたくん)教室(きょうしつ)()()して()った。そして隼人君(はやとくん)救急車(きゅうきゅうしゃ)(はこ)ばれた。



 その(よる)もあの(ゆめ)をみた。


誕生日(たんじょうび)にしかみない(ゆめ)も、もう四日連続(よっかれんぞく)だ。こうなってくると、ある種異常(しゅいじょう)だ。


今日(きょう)のは昨日(きのう)(おな)展開(てんかい)で、(まった)(おな)じところで()()めた。目覚(めざ)めたら、やっぱり(なみだ)でほほが()れている。あの(おとこ)(ひと)はいったい(だれ)なんだろう。


(きよ)めには(ふた)つの方法(ほうほう)がある。お(しお)(きよ)める方法(ほうほう)(かお)りで(きよ)める方法(ほうほう)だよ――。


その言葉(ことば)強烈(きょうれつ)(きざ)()まれた。お(しお)っていうくらいだから、(くろ)世界(せかい)()ってくるのは、(すな)ではなくて、お(しお)なのかもしれない。そして、(おとこ)(ひと)はお(しお)使(つか)(きよ)めの方法(ほうほう)(おし)えてくれているのかもしれない。そう(かんが)えると、ただ(こわ)いだけで(なん)意味(いみ)もないと(おも)っていた(ゆめ)にもちゃんと意味(いみ)があることになる……。


ここまで(かんが)えると、(きゅう)(あたま)がズキズキし(はじ)めた。


いい加減(かげん)(かんが)えすぎ。(ゆめ)(ゆめ)。お(とう)さんだって、“(ゆめ)のことは(わす)れろ”って()っていたじゃないか。それに、こんなことばかり(かんが)えて、寝不足(ねぶそく)だから(ほか)()()えないものまで()えるようになるんだ。

梅雨寒(つゆざむ)(なか)、ブルッと(ふる)え、布団(ふとん)(なか)寝返(ねがえ)りを()った。

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