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クーカイ×クーカイ  作者: 青山 高峰
第十一章(第四部)

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33 亮太と飛鳥

 (みずうみ)の中で()れる手がしきりに誘惑(ゆうわく)する。(みずうみ)(そこ)(くら)く、その()だけが確実(かくじつ)なもののように見えた。(くる)しい(いき)(なか)()()ばそうとした刹那(せつな)、目の前に一筋(ひとすじ)の白い(せん)(あらわ)れた。砂時計(すなどけい)(すな)のように(なが)()ちる白い粒子(りゅうし)は、きらめきながら、まるで(やみ)()二つ(ぷたつ)()いていくようだ。


「よく(おぼ)えておきなさい、クーカイ。(きよ)めには二つ(ふたつ)方法(ほうほう)がある。お(しお)(きよ)める方法(ほうほう)(かお)りで(きよ)める方法(ほうほう)だよ」


 (なつ)かしい(こえ)が言う。あの10歳まで毎年(まいとし)誕生日(たんじょうび)見続(みつづ)けていた(ゆめ)の中の(こえ)連城(れんじょう)亮太(りょうた)! お父さんの声だ。その時、(ほが)らかに(わら)(こえ)(ちか)くで()こえた。


亮太(りょうた)ったら、()(はや)いんだから」


 この(こえ)! ()(おぼ)えがある! 連城(れんじょう)飛鳥(あすか)、お母さんの声だ! ああ、あの(ゆめ)には(つづ)きがあったんだ。お母さんが自分(じぶん)のお(なか)を、ぼくをなでている。お母さんの(しあわ)せな気持(きも)ちと(やさ)しい(ぬく)もりを(かん)じる。お母さんがまた(わら)った。


「まだ妊娠(にんしん)2か月なのに」


「でもお(なか)にいる時から、(こえ)()こえるっていうだろ」


 お父さんがお母さんのお(なか)を、ぼくをなでた。その大きな手の(ぬく)もりを(かん)じる。その(ぬく)もりが段々(だんだん)(あつ)くなってきた。


飛鳥(あすか)、この子は(あきら)めて、治療(ちりょう)してくれ。そうして、また子どもをつくればいいじゃないか」

 お父さんが()いている。


(いや)よ! (あきら)めるなんてできない。わたしは絶対(ぜったい)にこの子を()む。何があっても」

 お母さんが()(さけ)んだ。


「このままじゃ、この子は()まれてこれない可能性(かのうせい)だってある。すぐ()んでしまうことだって……」


(かり)にもそんなことを言わないで!」


飛鳥(あすか)治療(ちりょう)しなければ、お前が()んでしまうだろ。飛鳥(あすか)が、いなくなるなんて俺は()えられない」

 お父さんとお母さんの(かな)しみの(なみだ)(いき)()まる。


 いっ、(いき)が、本当に(いき)ができない。(うす)れゆく意識(いしき)の中、救急車(きゅうきゅうしゃ)のサイレンと何人(なんにん)もの足音(あしおと)()いた()がした。


「赤ちゃんは無事(ぶじ)です」

 その(こえ)()いた途端(とたん)意識(いしき)(もど)った。


青白(あおじろ)(かお)のお母さんの(かお)が見えた。満足(まんぞく)そうにかすかに微笑(ほほえ)んでいる。しかし目の下は()(くろ)だ。(のろ)いがかけられている。一瞥(いちべつ)して()かった。


お父さんに(つた)えなきゃ。このままじゃ危険(きけん)だって。ベッドの(かたわ)らにいるお父さんに()かって懸命(けんめい)(さけ)んだ。でも、「ふんぎゃあふんぎゃあ」

という言葉(ことば)しか出ない。お母さんが(あら)(いき)をしながら、お父さんに()()()べた。お父さんがその白く細い手を(にぎ)る。


亮太(りょうた)、お(ねが)い。この子に(つた)え……(あい)していると」

 ()()くようなか(ぼそ)(こえ)で言って目を()じた。


飛鳥(あすか)!」

 お父さんが()(さけ)んだ。


医者(いしゃ)看護師(かんごし)さんが()()せて、お父さんを()(はな)すようにして、お母さんのベッドを(かこ)んだ。心臓(しんぞう)マッサージと電気(でんき)ショックを()(かえ)している。でもお母さんの()(ひら)くことは二度(にど)となかった。お父さんが慟哭(どうこく)している。(はげ)しい悲しみがぼくの全身(ぜんしん)(つらぬ)く。


 また(やみ)(ひろ)がった。(やみ)の中から、連城(れんじょう)先生の(うな)(ごえ)()こえてきた。


悪霊(あくりょう)(たましい)を売った黒羽(くろは)(もと)に行くなど自殺行為(じさつこうい)だ」


「俺はただ飛鳥(あすか)を、飛鳥(あすか)遺体(いたい)()(かえ)しに行くだけです。なにも(たたか)いを(いど)もうってわけじゃない」

 お父さんの(こえ)決然(けつぜん)としている。


 連城(れんじょう)先生が()()てるように言った。

「なんと(なま)ぬるい。話して()かる相手(あいて)ではないだろう。飛鳥(あすか)のことは可哀(かわい)そうだが(あきら)めろ」


(あきら)めるなんてできない。飛鳥(あすか)をきちんと(とむら)ってやらなくちゃ。(かなら)飛鳥(あすか)()れて(もど)ってきます。それまで連城(れんじょう)和尚(おしょう)、いえ、お父さん、あの子を、海人(かいと)(たの)みます」


 お父さんが背中(せなか)を向けた。その大きな背中(せなか)がどんどん(とお)ざかっていく。(きり)が立った。


「お父さん」

 (きり)の中を思いっきり(さけ)んだ。


 すると、お父さんの(こえ)(ふたた)()こえてきた。

「俺にできるのは、(きよ)めの方法(ほうほう)(おし)えることだけ――よく(おぼ)えておきなさい、クーカイ。(きよ)めには二つの方法(ほうほう)がある。お(しお)(きよ)める方法(ほうほう)(かお)りで(きよ)める方法(ほうほう)だよ。クーカイ――海人(かいと)(わす)れないでいてくれ。飛鳥(あすか)と俺はお前を心の(そこ)から(あい)している。今までもこれからもずっと。(あい)している」



 (きゅう)意識(いしき)鮮明(せんめい)になった。目の前に()らめく漆黒(しっこく)の手を(はら)いのけた。(ふたた)水草(みずくさ)全身(ぜんしん)にからみついてきた。右手(みぎて)金剛杵(こんごうしょう)(にぎ)りしめ、左手(ひだりて)(いん)(むす)ぶ。すると身体(からだ)をがんじがらめにしていた水草(みずくさ)(いと)くずのように()れた。上を目指(めざ)して、水をかいた。懸命(けんめい)にかいて、かいて、水をかいて、湖面(こめん)に顔を出した。(はい)新鮮(しんせん)な空気を求めて(あえ)ぐ。



「お前は本当(ほんとう)に、亮太(りょうた)にそっくりだよ。飛鳥(あすか)の子どもでもあるはずなのに。(おそ)ろしいほど、飛鳥(あすか)()(かん)じない。これっぽっちもだ。飛鳥(あすか)()ているところがあれば、(いのち)くらいは(たす)けてやっても()かったが。まったく()ているところがない。皆無(かいむ)だ。そうやって()(いぬ)のように()れそぼっているところなんざ、まさにお前の父親(ちちおや)亮太(りょうた)そっくりだ」


「お父さんのことを(わる)く言うな」


()ね」


 瞬間(しゅんかん)()()ばされ、(みずうみ)のヘリ、階段(かいだん)一番下(いちばんした)激突(げきとつ)した。衝撃(しょうげき)で、また(いき)()まりかかる。強烈(きょうれつ)背中(せなか)(いた)みを()()かせようと(いき)をする。く、(くる)しい。うまく(いき)ができない。(いき)()うと、ゼエゼエという(いや)雑音(ざつおん)()ざる。背中(せなか)から(むね)にかけての(いた)みに(うめ)いた。(みずうみ)の中であれほど(もと)めた空気(くうき)も、今は(いき)をするだけで(いた)い。まるで全身(ぜんしん)(ほね)がバラバラになるようだ。


冷静(れいせい)になれ、次の攻撃(こうげき)(そな)えろ、(そな)えるんだ」そう(うった)えかける理性(りせい)にしがみつくようにして、右手(みぎて)(にぎ)った金剛杵(こんごうしょう)に力を()める。その途端(とたん)()()が引いた。(ちから)が入らない。見ると、右腕(みぎうで)から大量(たいりょう)()(なが)れ出ている。めまいをおこしかけたところに(うな)(ごえ)()こえ、(かお)を上げた。()(にお)いに引き()せられるように、6匹の黒狐(くろぎつね)がよだれを()らしながら、じりじりと近づいてきている。


海人(かいと)!」

 クリスが(そば)()()ってきた。


まるでたった今、悪夢(あくむ)から()めたように、顔色(かおいろ)(わる)い。それでもクリスは素早(すばや)革帯(かわおび)の一番下のボタンを開けると、(むち)を取り出した。(かた)(いき)をしながら、黒狐(くろぎつね)(はら)うように()り回す。黒狐(くろぎつね)は少しでも(むち)に当たると、(さけ)(ごえ)を上げ()えていく。


素晴(すば)らしい!」

 黒羽(くろは)称賛(しょうさん)するように手を(たた)いた。


海人(かいと)、クリストファー、なかなかだよ、お前たち。よく成長(せいちょう)したものだ。本当に素晴(すば)らしいと()めてやろう。褒美(ほうび)として、お前たち仲良(なかよ)し2人組にこれから、特別(とくべつ)なショーを、(りん)と私が一体(いったい)となるところを見せてあげよう」


 何を言ったのか、一瞬(いっしゅん)わからなかった。一体(いったい)になる? 口の中で反芻(はんすう)し、おぞましさに()()がする。


 クリスが(たけ)(くる)った。

「なっ、何考えてんだ、この変態野郎(へんたいやろう)め!」


「口を(つつし)め、クリストファー。この世界の偉大(いだい)なる覇者(はしゃ)に対する口のきき方ではない」

 黒羽(くろは)片手(かたて)()げた。


瞬間(しゅんかん)竜巻(たつまき)地面(じめん)から()()こり、クリスと(とも)にいきなり階段(かいだん)の一番上まで、()()ばされた。そしてそのまま地面(じめん)落下(らっか)した。ぐしゃっという奇妙(きみょう)な音がした。口の中に()(あふ)れ、ペッと()き出すと鮮血(せんけつ)地面(じめん)()()った。その先にクリスが横たわっている。動かない。


「クリス」

 クリスに()っていこうとして、見えない手に(あたま)をつかまれ、

「今、見るべきなのはクリストファーじゃない。こっちだ」

 強引(ごういん)祭壇(さいだん)の方を向かされた。


祭壇(さいだん)(じょう)のベッドで、(りん)ちゃんが(おだ)やかな表情(ひょうじょう)で目を閉じている。(おそ)ろしさに(ふる)()がった。


右手(みぎて)(にぎ)った金剛杵(こんごうしょう)左手(ひだりて)()え、(いん)を頭の中で(むす)びながら()()がった。


瞬間(しゅんかん)、目の中に火花(ひばな)()った。心臓(しんぞう)限界(げんかい)まで鼓動(こどう)し、熱い血液(けつえき)血管(けっかん)を通って全身(ぜんしん)をかけめぐる。途端(とたん)全細胞(ぜんさいぼう)爆発(ばくはつ)するようにその力を拡張(かくちょう)させはじめた。空気がまるで(つぶ)のように見え、祭壇(さいだん)までの距離(きょり)が急に短くなった。一足飛(いっそくと)びに祭壇(さいだん)()()った。()った瞬間(しゅんかん)口中(こうちゅう)に血があふれ、思わず()いた。


黒羽(くろは)が目を見張(みは)っている。

極限(きょくげん)まで自分の力を高めたな。その体で生涯(しょうがい)に2度しか使えない禁断(きんだん)人体拡張術じんたいかくちょうじゅつを使うとは。なかなかのものだ」


 きかない右手(みぎて)強引(ごういん)金剛杵(こんごうしょう)(かま)え、そのまま黒羽(くろは)()()んだ。


黒羽(くろは)の胸に金剛杵(こんごうしょう)を押し当てようとした途端(とたん)黒羽(くろは)()が赤く光り、次の瞬間(しゅんかん)には、松明(たいまつ)(かか)げた円柱(えんちゅう)まで()()ばされた。円柱(えんちゅう)から(はな)れようとした時、黒い(やり)がまっすぐに()んできて、(ひだり)わき(ばら)()(つらぬ)き、(やり)穂先(ほさき)がそのまま円柱(えんちゅう)深々(ふかぶか)()さった。激痛(げきつう)(はし)り、絶叫(ぜっきょう)した。


(やり)(つか)(つか)んで、()こうとするが、()れるだけで気絶(きぜつ)しそうだ。目の前がかすみ始めた時、黒羽(くろは)標本(ひょうほん)にした昆虫(こんちゅう)でも見るような()をむけてきた。気持ちが悪いほど(さわ)やかで、そして楽しげだ。


敬意(けいい)(ひょう)して、その特等席(とくとうせき)で見せてやる」

 幻聴(げんちょう)のように黒羽(くろは)の声が(ひび)いた。


 まるで舞台俳優(ぶたいはいゆう)のように大きな動作(どうさ)(りん)ちゃんの(ねむ)るベッドに近づいていく。


(りん)ちゃん、起きてくれ。起きて、逃げてくれ」

 懸命(けんめい)に声を()り上げる。でもかすれたような小さな声しか出ない。()ややかに(わら)黒羽(くろは)の顔が見える。


儀式(ぎしき)()わったら、亮太(りょうた)の元に行かせてやる。それまで大人(おとな)しく見ていろ」

 何か見えない手で口が(ふさ)がれた。


(りん)ちゃん、()げてくれ“

 絶叫(ぜっきょう)が体の中でこだまする。


ぼくは、(りん)ちゃんを、(りん)ちゃんだけは(うしな)いたくない。なのに……。


(りん)ちゃん!


祭壇(さいだん)の上の(りん)ちゃんは(おだ)やかに(ひとみ)()じ、ピクリとも動かない。

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