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クーカイ×クーカイ  作者: 青山 高峰
第十一章(第四部)

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32/35

32 祭壇

「もういいから、()ろして。自分(じぶん)(はし)れる」


 クリスがそっと(ゆか)()ろしてくれた。


川の(なが)れる(おと)()()なく空間(くうかん)()めている。それ以外(いがい)(おと)は何もない。ぼくとクリス以外(いがい)息遣(いきづか)いがない。悪霊(あくりょう)()(もの)も、もちろん連城(れんじょう)先生の息遣(いきづか)いも……。(なみだ)(こぼ)()ちた。連城(れんじょう)先生はぼくが小4の時に引き取ってくれて以来(いらい)、この6年間、ずっと一緒(いっしょ)にいてくれた。修行(しゅうぎょう)ではいつも(きび)しいけど、反面(はんめん)どこまでも(やさ)しかった。


「わたしはお前を生かすために生きている」そう言って(はばか)らず、自分の生活(せいかつ)(すべ)てを(そそ)ぎ、持てる知識(ちしき)の全てを(おし)えてくれた。なのに、連城(れんじょう)先生に何のお(かえ)しもできないなんて。お(れい)も、何も(つた)えられないなんて……それだけじゃない。連城(れんじょう)先生を「おじいちゃん」と()ぶことさえかなわなかった。連城(れんじょう)先生はぼくと()のつながったたった一人(ひとり)家族(かぞく)だったのに……(なみだ)があふれて()まらない。


「いつまで()いている」

 クリスの(つめ)たい(こえ)(ひび)いた。


冷徹(れいてつ)(きわ)まりない(ひとみ)唖然(あぜん)とした。()いで(はら)()った。あの(とき)一緒(いっしょ)(たたか)っていれば、先生はあんなところで(いのち)()とさずに()んだかもしれないのに。そう思うと(くや)しくて(なみだ)()まらない。


気持(きも)ちは()かる。しかし()いている(ひま)は……」


()かるもんか! 自分(じぶん)大切(たいせつ)な人を()くす気持(きも)ちなんて、絶対(ぜったい)()かるわけがないんだ」

 瞬間(しゅんかん)、クリスに胸倉(むなぐら)(つか)まれ、(なぐ)られた。


「その気持(きも)ちを2度と(あじ)わいたくなかったら、これ以上(いじょう)大切(たいせつ)な人を()くさないようにしろ」

 クリスの青い(ひとみ)が悲しみに()えている。


(みずうみ)(そこ)のような目は(ふか)(かな)しみの(いろ)をたたえ、(かぞ)えきれないほどの(なみだ)(なが)してきたことを物語(ものがた)っている。今、(なみだ)(なが)しているわけじゃないのに、全身(ぜんしん)嗚咽(おえつ)しているようだ。大切(たいせつ)な人を()くした気持(きも)ちを、クリスは骨身(ほねみ)にまで()()くしているんだ。


海人(かいと)(なぐ)って(わる)かった」

 クリスが()()べた()をつかんだ。力強(ちからづよ)()()()られながら、

「クリスの言うとおりだ。(さき)(いそ)ごう」

 (なみだ)(ぬぐ)って、足を(はや)めた。


☆☆☆☆☆


 前方(ぜんぽう)四角(しかく)い入り口が見えた。あそこが連城(れんじょう)先生の言っていた地下神殿(ちかしんでん)(ちが)いない。


(ほの)かな(あか)りが()れ、突風(とっぷう)のような(つよ)(かぜ)()きつけてくる。そのせいで(きゅう)にあたりの温度(おんど)が下がった気がする。(こお)るような(かぜ)の中を(さか)らうように、しゃにむに(はし)った。(いきお)いよく入り口に()()もうとして、ぐいっとクリスに首元(くびもと)(つか)まれ、()(もど)された。見ると、急階段(きゅうかいだん)が下に()びている。(あや)うく(ころ)がり()ちるところだった。(あせ)って下を(のぞ)いて、そのまま(いき)が止まりかけた。


コロシアムのような、すり鉢状(ばちじょう)階段(かいだん)の下、そこに(みずうみ)があった。(みずうみ)中央(ちゅうおう)にせり上がるように円形(えんけい)祭壇(さいだん)がある。


祭壇(さいだん)四か所(よんかしょ)には古代神殿(こだいしんでん)を思わせる円柱(えんちゅう)がまっすぐに()び、その上に大きな松明(たいまつ)(ほのお)(あや)しく()らめいている。その(おど)()がるような(ほのお)()りなす()かりの中、円形(えんけい)祭壇(さいだん)の中央には黒い石のベッドが()えられ、(りん)ちゃんが()かされている。


一瞬(いっしゅん)(りん)ちゃんが何も身に着けていないように見えた。胸元(むなもと)足元(あしもと)が大きく(ひら)いた白いノースリーブのドレスは体に()()き、(はだか)よりもなまめかしく、(はだ)の白さを際立(きわだ)たせている。その(りん)ちゃんは手を(ゆた)かな(むね)の上で()み、王子様(おうじさま)が来るのを待ちわびる白雪姫(しらゆきひめ)のような姿(すがた)(ねむ)っている。泥臭(どろくさ)地下(ちか)(くら)空間(くうかん)にあって、沼地(ぬまち)()(きよ)らかな白い(はす)の花のように美しく、そこだけが異様(いよう)に、際立(きわだ)って(かがや)いている。


(りん)ちゃん」

 階段(かいだん)一気(いっき)()()りた。(みずうみ)に足を()()もうとした途端(とたん)


「待て!」

 クリスに(かた)(つか)まれた。


「何かおかしい。伊吹(いぶき)がいないなんて(へん)だ。(わな)かもしれない」


「でも、ぼくは二度と大切(たいせつ)な人を(うしな)いたくないんだ」

 クリスの()(ちから)いっぱい(はら)いのけ、(みずうみ)(あし)()()んだ。


その途端(とたん)(ほね)まで()るような(つめ)たさと、内臓(ないぞう)をえぐりとるような悪霊(あくりょう)の気に(おそ)われ、()き気と頭痛(ずつう)で目の前が白くなった。(たお)れそうになり、とっさに下唇(したくちびる)を思いっきり()む。しょっぱい()(あじ)(いた)みが気付(きつ)(ぐすり)()わりになった。


ここで(たお)れて気を(うしな)ったら最後(さいご)悪霊(あくりょう)の気にひっぱられ溺死(できし)させられかねない。そうなったら二度と(りん)ちゃんを(たす)けられない! 


ガチガチ言う()()いしばり、大きな波紋(はもん)水音(すいおん)をたてながら必死(ひっし)(はし)る。(はし)るというより、(あし)(すす)めるごとに全身(ぜんしん)(おも)くなっていくせいで、ほとんど(ある)いているのと()わらなくなった。それでも、(なまり)のような(からだ)を前へ前へと()(すす)める。


中央(ちゅうおう)祭壇(さいだん)まであと(すこ)し! もう(すこ)し。あとちょっとで(りん)ちゃんを(たす)けられる。やっと祭壇(さいだん)にたどり()いた。(のぼ)ろうと()()ばしたその時、頭上(ずじょう)を大きな(かげ)(おお)った。はっとして見上(みあ)げると、祭壇(さいだん)の上から黒羽(くろは)伊吹(いぶき)がぼくを見下(みお)ろしている。


()っていたよ」

 奇妙(きみょう)(やさ)しい(こえ)(ひび)いた。


大きくて()(なが)(ひとみ)(とお)った鼻筋(はなすじ)()()まった(くちびる)も、不思議(ふしぎ)なくらい美しい。その美しい顔がぼくからクリス、入り口へと順々(じゅんじゅん)()いていく。綺麗(きれい)(ひとみ)(たの)しそうな(ひかり)がまたたいた。(かたち)のよい(くちびる)片側(かたがわ)(うれ)しそうに()がる。


連城和尚(れんじょうおしょう)がいないところを見ると、私の家来(けらい)たちと十分(じゅうぶん)に楽しんでもらえたようだな」


「ふっ、ふざけるな!」

 怒鳴(どな)り上げた。

「どうして連城(れんじょう)先生を(ころ)させたんだ! 連城(れんじょう)先生はお前の(そだ)ての(おや)じゃないか」


(ころ)させた? それはむしろお前だろ?」

 黒羽(くろは)(むし)けらでも見るようにぼくを見下(みお)ろした。


見殺(みごろ)しにしてここまで()たんだろ?」


 心臓(しんぞう)をぶん(なぐ)られたような気がした。()だらけになって()(もの)()()める連城(れんじょう)先生の姿(すがた)鮮明(せんめい)によみがえってきた。先生を()なせた。強烈(きょうれつ)罪悪感(ざいあくかん)心臓(しんぞう)悲鳴(ひめい)を上げる。(むね)(いた)くて、(いき)(くる)しい。できることなら時を(もど)して、強引(ごういん)にでも先生の(そば)にいたい。(そば)(たたか)いたい。黒羽(くろは)魅力的(みりょくてき)()みを()かべた。


本当(ほんとう)(おろ)かしいことだ。お前たちがここへ()るより、あの()いぼれ一人が()た方が、俺を()められたかもしれないというのに。いつだってあの()いぼれは選択(せんたく)間違(まちが)える」

 黒羽(くろは)大声(おおごえ)(わら)い出した。


その時、突然(とつぜん)黒羽(くろは)が大きく上に()んだ。クリスの魔法陣(まほうじん)黒羽(くろは)殺到(さっとう)したためだ。


間違(まちが)っているのはお前の方だ。必ずお前の野望(やぼう)()(くだ)く。この日本に残されている結界(けっかい)だけは必ず(まも)る」


「リー一族(いちぞく)の悪い(くせ)だな。表現(ひょうげん)がいつも大袈裟(おおげさ)でいけない」

 黒羽(くろは)魔法陣(まほうじん)()け、奇妙(きみょう)な形で(いん)(さか)(いん)?)を(むす)んだ。すると、クリスの作り出した魔法陣(まほうじん)が黒い(すみ)のようになり、ボロボロと(ゆか)()ちた。


「しかしお前がここまで来るとは意外(いがい)だよ、クリストファー。恋人(こいびと)(ころ)されただけでは()()らないらしいな」


 クリスの()凶暴(きょうぼう)な色が()かんだ。指揮棒(しきぼう)(にぎ)りしめ、弾丸(だんがん)のように黒羽(くろは)めがけて跳躍(ちょうやく)する。黒羽(くろは)不敵(ふてき)()みを()かべ、()(よこ)(うご)かした。途端(とたん)空気(くうき)(ゆが)みが(しょう)じ、そこから黒い(やり)(あらわ)れ、(かぜ)()るようにしてクリスめがけて一斉(いっせい)(はな)たれた。


「クリス」


 (さけ)んだ瞬間(しゅんかん)、クリスの体が空中(くうちゅう)(やり)(つらぬ)かれた。何本(なんぼん)もの(やり)がしたたかに()()さっている。と思ったのもつかの()(やり)がさしていたのはクリスの残像(ざんぞう)で、(やり)はクリスの体でとどめてもらえず、むなしく地面(じめん)落下(らっか)した。


黒羽(くろは)()(おどろ)きで大きく見開(みひら)かれた、その見開(みひら)かれた目がクリスの存在(そんざい)(とら)えた時には、クリスが黒羽(くろは)のすぐ(ちか)くにいた。足元(あしもと)にいくつもの魔法陣(まほうじん)を作って空中(くうちゅう)()び、黒羽(くろは)めがけて指揮棒(しきぼう)()()げている。


「これで終わりだ」

 大量(たいりょう)金色(きんいろ)魔法陣(まほうじん)指揮棒(しきぼう)先端(せんたん)から(あらわ)れ、黒羽(くろは)めがけて一斉(いっせい)()んだ。あたりにいくつもの閃光(せんこう)(はし)り、光の魔法陣(まほうじん)黒羽(くろは)の体を()()くす直前(ちょくぜん)黒羽(くろは)()不気味(ぶきみ)(あか)(ひか)った。途端(とたん)光輝(ひかりかがや)金色(きんいろ)魔法陣(まほうじん)が、一瞬(いっしゅん)(すべ)て真っ黒な(きつね)に変わった。黒狐(くろぎつね)は向きを変え、クリスに(おそ)()かろうと、(きば)()いた。


まずい! あんな至近距離(しきんきょり)じゃ()けられない。


連城(れんじょう)先生の金剛杵(こんごうしょう)(かか)げた。


「オンアボキャベイロシャノウマカボダラマニハンドラジンバラハラハリタヤウン」


光の玉が金剛杵(こんごうしょう)両端(りょうたん)から(あらわ)れ、火花(ひばな)()らしながらクリスの(もと)素早(すばや)()んだ。黒狐(くろぎつね)(おそ)われる寸前(すんぜん)黄金(おうごん)(ひかり)がクリスを(つつ)()んだ。その(ひかり)黒狐(くろぎつね)たちが()(かえ)されていく。


やった!


「クーカイ」


 (やわ)らかい(こえ)(こお)りついた。黒羽(くろは)が、ぼくのすぐ右横(みぎよこ)(いき)()れんばかりのところに立っている。


 そんな、いつの間にこんな(ちか)くに? (ちか)づいてくる気配(けはい)(まった)(かん)じないなんて!


「お前に最後(さいご)のチャンスをやろう」


 かっ、体が(うご)かない。


「俺に(つか)えろ。そうすればもう苦しい修行(しゅぎょう)もしなくてすむ」


 神経(しんけい)(むしば)むような(あま)(こえ)――ふいに意識(いしき)()んだ。次の瞬間(しゅんかん)真夏(まなつ)のじりじりとした太陽(たいよう)頭上(ずじょう)(あらわ)れた。(せみ)しぐれの中、()()かれるようにして山道(さんどう)(ある)いている。


足が(いた)い、身体(からだ)が重い、身に()けている物を全ておろしてしまいたい。ふらふらになって歩いていると、太陽(たいよう)(ひかり)がまぶしく反射(はんしゃ)した。途端(とたん)に木の()に足をとられ、山道(さんどう)(すべ)()ちた。地面(じめん)背中(せなか)(はげ)しく()ち、強烈(きょうれつ)(いた)みが(はし)る。(いた)みに(うめ)いた。(ころ)げた場所(ばしょ)には()ざしを(さえぎ)るものがない。太陽(たいよう)()がされそうだ。水を()もうと手を()ばして血の気が引いた。(ころ)がり落ちた拍子(ひょうし)水筒(すいとう)()んでしまったらしい。(のど)が、(くちびる)までカラカラに(かわ)いていく。(ふる)える手で、なんとか法衣(ほうい)(あせ)(しぼ)って口に(はこ)び、(かわ)きを(しの)ぐ。


「こんなことをして何になる?」

 どこからか黒羽(くろは)(すず)やかな(こえ)が聞こえてきた。身体中(からだじゅう)(いた)みと強烈(きょうれつ)(かわ)きに(うめ)(ごえ)しか出ない。


「何のためになる?」

 その言葉(ことば)(かわ)いた(こころ)(あたま)(はげ)しく()さぶった。


 そうだ、ぼくは一体なんのためにこんな(くる)しい思いをしているんだ? 自分が生きるため? 周囲(まわり)の人を、みんなを(まも)るため?


「なるほど、他人(たにん)のためとはご立派(りっぱ)なことだな」


 黒羽(くろは)(こえ)で、(あつ)太陽(たいよう)山道(さんどう)()え、目の前に(にぎ)やかな(まち)景色(けしき)(あらわ)れた。高校生(こうこうせい)くらいのカップルもいれば、家族連(かぞくずづ)れもいる。みな楽しそうに歩いていて、どの顔も(かがや)いて見える。いつか見た光景(こうけい)だ。


「見ろ、世間(せけん)連中(れんちゅう)はお前の苦労(くろう)苦痛(くつう)苦悩(くのう)とは何の(かか)わりもない。お前が世間(せけん)連中(れんちゅう)のため、そんなにも大変(たいへん)なことをしているなど()りもしない。もっとも、みんなを(まも)るために苦行(くぎょう)をしていると()ったところで、世間(せけん)連中(れんちゅう)は『(たの)んだ(おぼ)えはない。お前が勝手(かって)にやっているだけだ』と言うだけだ。それから……」


 ()こうからお義父(とう)さんとお義母(かあ)さんが詩織(しおり)の手を()いて(ある)いてくる。(たの)しそうに(わら)いあいながら。


「お前が彼らを(たす)けるのは当然(とうぜん)でも、彼らはお前を(たす)けてくれるか? (たす)けてはくれないだろ? 絶対(ぜったい)に」

 伊吹(いぶき)(こえ)呼応(こおう)するように、頭上(ずじょう)(いきお)いよく(なが)()ちる(たき)(あらわ)れた。(ほね)()るような(つめ)たさに、(いき)が止まりかける。刃物(はもの)のような(つめ)たい水温(すいおん)全身(ぜんしん)が、心臓(しんぞう)までもが(こお)りついてしまいそうだ。


何故(なぜ)自分(じぶん)ばかりがこんな(つら)(おも)いをしなくてはいけないのか。自分(じぶん)(なん)のために()まれてきたのか。どうして()きているのかさえ()からなくなるだろ」


 伊吹(いぶき)(こえ)足元(あしもと)がぐらついた。お(なか)(ちから)を入れ、(たお)れないよう、なんとか足を()()らせる。


(おし)えてやろう。その(くる)しみの原因(げんいん)は、お前が(のぞ)まれて()まれてきた子どもではないからだ。(けがわ)らわしくも亮太(りょうた)同情(どうじょう)から飛鳥(あすか)()いた。それ(ゆえ)亮太(りょうた)はお前を()ろすことを望んだ。飛鳥(あすか)だってそうだ。飛鳥(あすか)が、お前の母親(ははおや)(あい)していたのはこの(おれ)だけだ。しかし(すで)()ろせないところまできていた。だから嫌々(いやいや)ながら、亮太(りょうた)との子を()んだ。お前など所詮(しょせん)偶然(ぐうぜん)産物(さんぶつ)(だれ)からもその誕生(たんじょう)(のぞ)まれていなかったんだ」


 足から(ちから)()けた。今まで自分(じぶん)(ささ)えていた、(ささ)(つづ)けていた(ちから)(すべ)()けるように(みずうみ)の中に(たお)れこんだ。


 ごぼごぼという水音(すいおん)()きながら、(くら)(みずうみ)の中を、(そこ)(そこ)へと(しず)んでいく。(きたな)水槽(すいそう)のような、コケとも(さかな)死骸(しがい)ともつかない生臭(なまぐさ)(にお)いに(われ)(かえ)った。悪霊(あくりょう)の気を()びた水が(はな)や耳に侵入(しんにゅう)しようとするのを、両手をバタつかせて(はら)う。


その時、水草(みずくさ)(から)みつかれた。(くる)しさにもがいた。しかし、もがけばもがくほどからみつく。(いき)が、(くる)しい。このままぼくは()んでしまうの? ふいに強烈(きょうれつ)恐怖(きょうふ)(おそ)われた。このままだと(みずうみ)(そこ)(ねむ)悪霊(あくりょう)たちと(とも)にここから永遠(えいえん)()けられなくなるんだ! (おそ)ろしさに(ふる)えあがった。その時、目の前に力強(ちからづよ)い白い()(あらわ)れた。


「お前の(つら)さ、俺なら()かる。よく()かる。()かるのは俺だけだ。さあこの()をとれ」

 ()がゆらりと(さか)(いん)(むす)んだ瞬間(しゅんかん)水草(みずくさ)がぼくの身体(からだ)(はな)した。まるで(めい)じられた看守(かんしゅ)のように。


「俺に(つか)えれば、もうお前を(ねら)うことも(おそ)うこともしない。お前の(まわ)りの人間もだ。どうだ? こんなに素晴(すば)らしいことはないだろ。そう(ふか)く考えるな。簡単(かんたん)なことだ。この()(つか)めばいいだけだ。さあ(はや)(らく)になれ」

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