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クーカイ×クーカイ  作者: 青山 高峰
第十章(第四部)

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29 手がかり

(りん)ちゃん」

 (さけ)び声が夕暮(ゆうぐ)れの空に(むな)しくこだました。


東の空は地平線(ちへいせん)から群青(ぐんじょう)、青、(あい)と変わり、星がまたたき始めており、西の空では、太陽が今日最後(さいご)の光を()げかけている。(おだ)やかな日没(にちぼつ)だった。(うで)の中の若菜(わかな)ちゃんは(ねむ)っているようにぐったりとしている。ただクリスが(つか)み上げている楠木(くすのき)詩織(しおり)だけが手足(てあし)をバタつかせ「(はな)して、キンキンを生き(かえ)らせるんだから」と(さけ)んでいる。


 顔を上げ、東屋(あずまや)をもう一度見やった。目の錯覚(さっかく)で見えているはずのものが見えていないだけであってほしい。しかし、東屋(あずまや)ではイズルが地面(じめん)()びているだけで、黒羽(くろは)伊吹(いぶき)姿(すがた)(りん)ちゃんの姿(すがた)もない。


あのバラの()(にわ)で、(りん)ちゃんのことを(まも)るって約束(やくそく)したのに、絶対(ぜったい)(まも)るって約束(やくそく)したのに。なのに! (りん)ちゃんを黒羽(くろは)()()られてしまうなんて、それもぼくの目の前で!


 2人が消えた後、漆黒(しっこく)魔法陣(まほうじん)()かれていた(あと)から、邪気(じゃき)黒煙(こくえん)のように()(のぼ)り、風に()かれている。途端(とたん)黒羽(くろは)の『日記(にっき)』のページが記憶(きおく)の中に(よみがえ)り、黒羽(くろは)のどす(ぐろ)感情(かんじょう)が頭の中にどっとあふれた。


黒羽(くろは)(りん)ちゃんをどうするつもりなのか。黒羽(くろは)の『日記(にっき)』を読まされたというよりほぼ疑似体験(ぎじたいけん)させられた後ならはっきりと分かる。悪霊(あくりょう)黒狐(くろぎつね)(えさ)にするなんて生ぬるいことはしない。


自分の野望(やぼう)()たすための犠牲(ぎせい)にするつもりなんだ。あの(きよ)らかで美しい(たましい)()われてしまう。そして無残(むざん)にも(りん)ちゃんは(ころ)される。そう思った途端(とたん)、頭の中が()(しろ)になり、何も考えられなくなった。


「なんて顔してんだ」

 クリスがあきれ顔で言った。


「だって(りん)ちゃんが、このままじゃ(りん)ちゃんが……」


「だからって絶望(ぜつぼう)をするな。(むね)()れ。最後(さいご)まで希望(きぼう)()てるな」


「でもどうやって! (りん)ちゃんを一刻(いっこく)も早く見つけださないと危険(きけん)なんだ。どこへ()えたかも分からないのに!」


「少しは()()け。あの子はあれで、かなり強い力で(まも)られている。黒羽(くろは)といえど、簡単(かんたん)には手を出せないはずだ」


「どうして、そんなことが分かるんだ」


「リー一族(いちぞく)(ちから)だ。あの(りん)ちゃんって子は、かつて空海(くうかい)秘儀(ひぎ)(さず)けた恵果阿闍梨(けいかあじゃり)系譜(けいふ)だ。俺は、黒羽(くろは)の『日記(にっき)』の世界(せかい)()()むために、いい加減(かげん)(いや)になるほど(おお)くの魔法陣(まほうじん)を使ったが、あの子はお前への(おも)いだけで()()んできた。それだけの(ちから)()めているんだ」


「でも、(りん)ちゃんは(まも)ってあげないと……」


 ふいに(りん)ちゃん家の庭で、カモノハシの悪霊(あくりょう)手枷(てかせ)首枷(くびかせ)をはめられ、歩かされている姿(すがた)()かんだ。すると何故(なぜ)かクリスの顔がパッと赤くなった。


「お前って真面目(まじめ)そうな顔して、意外(いがい)とやらしいな」


「どういう意味(いみ)だ」


「俺、心の中を()んだり(のぞ)いたりできるんだが、お前が、想像(そうぞう)とはいえ、(りん)()()けの恰好(かっこう)をさせるなんてな。しかもかなりのディテールで……」


「ちっ、(ちが)う。想像(そうぞう)したんじゃなくて、本当にあったことを思い出していただけだ。一昨日(おととい)(りん)ちゃん、(おそ)われたから」


「何! 一昨日(おととい)(りん)(おそ)われていたのか」


「ああ、(ねら)われていたんだ。以前(いぜん)から新興宗教(しんこうしゅうきょう)の……」


 “教祖(きょうそ)に”と言いかけた瞬間(しゅんかん)、あっとなった。そうだ。それがイズルだったんだ。若菜(わかな)ちゃんの除霊(じょれい)必死(ひっし)になりすぎて、イズルが「教祖(きょうそ)として」とか「除霊(じょれい)ができる」とか言うのを(ふか)(とら)えていなかった。イズルこそが、あの木村さんも信奉(しんぽう)していた宗教(しゅうきょう)教祖(きょうそ)だったんだ。そして、その背後(はいご)にいたのが黒羽(くろは)伊吹(いぶき)!! クリスが(ふか)(うなず)いた。どうやら心の中を()んだらしい。


「しかし、一体なぜ? どうしてそんな手の()んだことをする? なんで(りん)にこだわる? 恵果阿闍梨(けいかあじゃり)系譜(けいふ)だから? 過去(かこ)(うら)みって言ったって1700年も前のことだし、いい加減(かげん)しつこすぎるだろ」

 クリスが(あご)(ゆび)をからませ、(かんが)()むようにした。


視線(しせん)彷徨(さまよ)わせていたクリスが(きゅう)にハッとした顔になった。

「まさか!」


 その時だった……


「クーカイ」

 朗々(ろうろう)とした2つの声が(ひび)いた。


夕空(ゆうぞら)背景(はいけい)に二つの(かげ)。二人とも()が高く、大柄(おおがら)。一人は(つえ)をついている。ぼくとクリスは同時(どうじ)(さけ)(ごえ)()げた。


連城(れんじょう)先生」


「モンセニョール」


 連城(れんじょう)先生と、黒いローブをまとった神父(しんぷ)さまが歩いてくる。神父(しんぷ)さまはぼくに静かに歩みよると、

「マドモアゼルとあそこに(たお)れているムッシュは病院(びょういん)(はこ)びます。心配(しんぱい)ありません。救急車(きゅうきゅうしゃ)()びましたから」

 と微笑(ほほえ)んだ。


海人(かいと)、エドモンド神父(しんぷ)悪魔祓(あくまばら)いやメンタルケアが得意(とくい)でおられる。その子を(あず)けなさい」

 連城(れんじょう)先生が言うより(はや)く、神父(しんぷ)さまは若菜(わかな)ちゃんを、ぼくの手から地面(じめん)にそっと(よこ)たえさせた。


「モンセニョール」

 クリスが、野兎(のうさぎ)のように手足(てあし)をバタつかせている詩織(しおり)をエドモンド神父(しんぷ)の方へぐいっと()()した。


「この子も病院(びょういん)(はこ)びますか」


「いいえ、クリス。その子はケガはしていませんのでその必要(ひつよう)はないでしょう。それより、その子を地面(じめん)()ろして()()げなさい。その子は()リスではないのですよ」


クリスがしぶしぶ地面(じめん)詩織(しおり)()ろした。地面(じめん)に足がついた途端(とたん)、すぐに()げ出そうとした詩織(しおり)両肩(りょうかた)をクリスが(おさ)えつける。エドモンド神父(しんぷ)詩織(しおり)()(たか)さまで(こし)()ると微笑(びしょう)した。


「私はエドモンド・ルクレール。フランスのロワール地方(ちく)にある教区(きょうく)神父(しんぷ)をしています。お(じょう)さん、イブキ・クロハの居場所(いばしょ)(おし)えていただけませんか」


「知らない」


「知っていることだけでもいいのです。(おし)えていただけませんか」


「知らない!」


「人の(いのち)がかかっているのですよ」


「知らないって言っているでしょ!!」

 詩織(しおり)はプイっと顔を(そむ)けた。詩織(しおり)黒羽(くろは)(した)()に“伊吹(いぶき)”って()んでいた。もしかして本当(ほんとう)は何か知っているかもしれない。


詩織(しおり)、もし知っているなら(おし)えてほしい」

 ぼくは(はじ)めて義妹(いもうと)に話しかけた。すると詩織(しおり)がびっくりしたようにこちらを()いた。


「お義兄(にい)ちゃんなんて(きら)い! (だい)(きら)い!」

 詩織(しおり)()(なみだ)()()がっている。


初対面(しょたいめん)義妹(いもうと)からここまで(きら)われるなんて、ちょっと(いやかなり)ショックだ。詩織(しおり)()から(なみだ)がこぼれ()ちた。


「お義兄(にい)ちゃん、詩織(しおり)のかわいいキンキンを(ころ)すなんて、ひどいよ。()まれてからずっと一緒(いっしょ)だったのに」


「あれは悪霊(あくりょう)だ。詩織(しおり)一緒(いっしょ)にいれば、いずれ詩織(しおり)()いつくす」


()いつくす?」


詩織(しおり)()べちゃうってことだ。あいつは詩織(しおり)十分(じゅうぶん)成長(せいちょう)し、食べごろになったら食べる気でいたはずだ。最近(さいきん)(にく)だけじゃ()りないって言っていたのだってその兆候(ちょうこう)だ」


 詩織(しおり)がちょっと(ふる)えた。

(うそ)だ。キンキンはお義兄(にい)ちゃんよりお(にい)ちゃんみたいだったんだから。詩織(しおり)()べるはずがない。それなのに詩織(しおり)からキンキンをとるなんて」


「だから、とったんじゃなくて」


 詩織(しおり)大声(おおごえ)をあげて()(はじ)めた。


海人(かいと)女性(じょせい)(あつか)いが()れていないな」

 クリスが詩織(しおり)を自分の方に()かせた。しゃがみこむと、()(とお)るような青い(ひとみ)(ねつ)っぽくきらめかせ

「マドモアゼル、かわいい顔は泣くと何倍(なんばい)可愛(かわい)いって言うけど、本当(ほんとう)にその(とお)りだね」


 うわっ、6歳児(さいじ)に言うことか? ぼくは()()になりながらクリスを(にら)んだ。


「さあ、かわいらしいマドモアゼル。俺に黒羽(くろは)居所(いどころ)を……」


「おじさん、気持ち悪い」

 詩織(しおり)の声が(つめ)たく(ひび)いた。クリスの()(あお)(ほのお)()()がる。


「このガキ、頭かち()って、脳髄(のうずい)ん中(のぞ)くぞ」


「いっ、義妹(いもうと)になんてこと言うんだ」

 ぼくは(あわ)てて、クリスの()から詩織(しおり)(うば)った。


 詩織(しおり)の顔に(おどろ)きが(はし)り、やがてぽろぽろと大きな(なみだ)(なが)(はじ)めた。詩織(しおり)(やさ)しくあやすように()きしめる。

「大丈夫だよ、詩織(しおり)、何も(こわ)いことないから。あのお(にい)ちゃんには手出(てだ)しさせないから」


 すると詩織(しおり)がさっきよりも(はげ)しくぎゃんぎゃん()きはじめた。


「分かったよ、詩織(しおり)黒羽(くろは)居所(いどころ)は知らないんだよね。分かったから。もう()かないで」


()()まんか!」

 連城(れんじょう)先生の一喝(いっかつ)で、その場が(しず)まり(かえ)った。


「ここでこんな(ふう)に時間を使っている(ひま)はない。エドモンド神父(しんぷ)、この子のことも(たの)みます」

 エドモンド神父(しんぷ)詩織(しおり)に手を()ばし、ぼくの(むね)から引き(はな)すようにした。


「さあ、連城(れんじょう)さんたちはもう行ってください」


 連城(れんじょう)先生とクリス、ぼくは()()がり、公園(こうえん)出口(でぐち)()かって歩き出そうとすると、

()って」

 詩織(しおり)が口を(ひら)いた。


地下水殿(ちかすいでん)って、以前(いぜん)言っていた」


 びっくりして()(かえ)る。


地下水殿(ちかすいでん)? 地下水殿(ちかすいでん)って、一体どこにあるんだ?」


地下水殿(ちかすいでん)は、この国の……あれ……言えない」

 詩織(しおり)戸惑(とまど)ったように手で口を(おさ)さえた。


「言ってくれ、詩織(しおり)。この国のどこなんだ?」

 詩織(しおり)言葉(ことば)ではなく、ゲロを()いた。


「これ以上(いじょう)(こく)だ」

 クリスが(くび)(よこ)()った。詩織(しおり)はエドモンド神父(しんぷ)背中(せなか)をさすられている。


「あの子の(こころ)にはロックがかけられている。もやがかかっていて俺にも何も()えなかった」


(こころ)の中を(のぞ)いたのか」


(すで)にね。もしロックをかけているのが本人(ほんにん)なら、上手(うま)く聞き出しさえすれば、ロックが(はず)れて、見えると思ったんだ。けど、(ちが)った」


「つまり、それって」


黒羽(くろは)によって記憶(きおく)にロックがかけられているってことだ。あの子にこれ以上(いじょう)()くのは無理(むり)だ」

 ぼくは口元(くちもと)をぬぐっている詩織(しおり)をもう一度()きしめた。


「ありがとう、詩織(しおり)(おし)えてくれて」


 詩織(しおり)(うで)()()り、ぼくを(とお)ざけるようにした。


「これでお義兄(にい)ちゃんが()んだら、詩織(しおり)(ゆる)さないから!」

 詩織(しおり)()(あら)たな(なみだ)()かんだ。


「お母さんとお父さんをこれ以上(いじょう)()かせたら(ゆる)さないんだから!!」


「え?」


「お義兄(にい)ちゃんのせいで、お母さんとお父さん、(よる)によく()いているんだから。『海人(かいと)はきっと大丈夫(だいじょうぶ)』『(うち)(かえ)ってこないのは頑張(がんば)っている証拠(しょうこ)だ』とか言いあって。それで最後(さいご)()まって『海人(かいと)が、詩織(しおり)のお義兄(にい)ちゃんが今日も一日健康(けんこう)ですごせますように」って2人で(いの)っている。もしもお義兄(にい)ちゃんが()んだら、お母さんとお父さんはずっと()(つづ)けると(おも)う」


 心が(ふる)えた。ああ、お義母(かあ)さんもお義父(とう)さんもぼくのことを(わす)れてなんかいなかったんだ。6年前のあの日、()きしめてくれた(ぬく)もりが身内(みうち)(よみがえ)ってきて、()きそうになる。(なみだ)がこぼれないよう、(くちびる)(ふる)()さないよう注意(ちゅうい)して口を(ひら)く。


詩織(しおり)、お義母(かあ)さんとお義父(とう)さんを(たの)んだよ」

 さっと立ち上がって、背を向けた。


絶対(ぜったい)(かえ)ってきてよ。お義兄(にい)ちゃん。そしたら詩織(しおり)、キンキンのこと(ゆる)してあげるから」


 ()(かえ)らなかった。()(かえ)ったら号泣(ごうきゅう)してしまいそうだ。クリスが、無言(むごん)でぼくの(かた)()をかけた。連城(れんじょう)先生も何も言わない。


 ぼくは大きく(いき)()い、一度(いちど)()きだしてから、

「行きましょう、(りん)ちゃんを(たす)けに」

 と言った。

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