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クーカイ×クーカイ  作者: 青山 高峰
第九章(第三部)

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26 卒業前夜

 卒業(そつぎょう)までの数か月(すうかげつ)――。


 俺への(うわさ)急速(きゅうそく)(おさ)まっていった。反面(はんめん)飛鳥(あすか)(ひど)(うわさ)にさらされていた。


修学旅行(しゅうがくりょこう)の夜に、男と夜の(まち)()えた」とか「修学旅行(しゅうがくりょこう)()病院(びょういん)に行ったのはアフターピルを出してもらうためだ」とか()()もない(うわさ)にさらされた。飛鳥(あすか)元々(もともと)(うわさ)を気にするタイプではなかったが、あの(よる)以来(いらい)、その笑顔(えがお)にどこか(さび)しそうな(かげ)りがさすようになった。


 あの時、ちゃんと「(すこ)しは人を(うたが)え!」と「(しん)じすぎるな」と言えばよかった。


☆☆☆☆☆


卒業式(そつぎょうしき)前日(ぜんじつ)、俺は飛鳥(あすか)()びだされた。


「わたしね、ここを(はな)れて、東京の大学(だいがく)に行くことになったの。明日(あした)()()すんだ。伊吹(いぶき)は? 伊吹(いぶき)卒業後(そつぎょうご)どうするの」


大学(だいがく)へは行かないつもりだったけど、後期試験(こうきしけん)地元(じもと)にある公立大学(こうりつだいがく)()かったからそこに行く」


「そっか……わたしたち別々(べつべつ)になっちゃうんだね」


 飛鳥(あすか)(さび)しそうに(そら)見上(みあ)げた。


「あの(とき)(うみ)(いろ)みたい。もう一回(いっかい)、3人で(うみ)を見に行きたかったな」


 飛鳥(あすか)()(なみだ)()かんだ。


「行けるよ。いつだって行けるじゃないか」


「でもあの(ころ)(おな)じじゃない」


 その言葉(ことば)(むね)をつかれた。あの夜、あの部屋(へや)で何をされたのか、飛鳥(あすか)は何も言わなかった。病院(びょういん)検査(けんさ)でも異常(いじょう)なしだったとしか言わなかった。本当(ほんとう)は何があったのだろう。


「わたしね……ずっと言えなかったんだけど。本当(ほんとう)伊吹(いぶき)のこと、ずっと、ずっと好きだったの」


 (しん)じられなかった。


 飛鳥(あすか)が俺を見つめている。俺だけを見つめている。飛鳥(あすか)がいれば、何もいらない。あんなに(のぞ)んでいた(てら)()ぐことも、秘伝(ひでん)も何もかもいらない。


 飛鳥(あすか)さえいれば! 


 なのに(のど)()まって、言葉(ことば)が出てこない。


 ―それからあの少女(しょうじょ)は、飛鳥(あすか)はお前のものにはならない、永遠(えいえん)に―


 赤いドレスの女の言葉(ことば)(あたま)の中に(ひび)いた。(みだ)れたベッドに(よこ)たわる飛鳥(あすか)姿(すがた)がちらついた。()げ出された足、はだけた着衣(ちゃくい)……あのどこまでも純粋(じゅんすい)でまっすぐだった飛鳥(あすか)が……


「ごめん」


 (くち)をついて出たのはそれだけだった。


 飛鳥(あすか)()から(なみだ)がこぼれ落ちた。()きながら(はし)って行ってしまった。


(しん)じられない」飛鳥(あすか)()がそう(かた)っていた。(はし)()った姿(すがた)(むね)()かれ、身体中(からだじゅう)(ふる)えが()た。俺は一体(いったい)なんてことをしてしまったんだ。飛鳥(あすか)は、俺がどんなにひどい(うわさ)にさらされても関係(かんけい)なく(せっ)してくれていたのに。飛鳥(あすか)(うわさ)にさらされたら、俺は(まも)ろうともせず、むしろ自分への(うわさ)()んでほっとしていた。それだけじゃない。あの(うわさ)(ひろ)めている連中(れんちゅう)(おな)じような()()てしまった!


見損(みそこ)なわないで! わたし、(おや)を見て、友達(ともだち)になるわけじゃないから。それにいい(こと)があるから一緒(いっしょ)にいるとか、そんなんじゃないから」

 飛鳥(あすか)はいつも、いつだってまっすぐに俺を(しん)じてくれた。なのに俺は何を気にしていたんだ。飛鳥(あすか)(あやま)らなくては! (はげ)しい熱情(ねつじょう)()られ、(はし)り出した。俺も好きだって(つた)えなきゃ!


☆☆☆☆☆ 


 教室(きょうしつ)から飛鳥(あすか)のすすり()(こえ)()こえた。その()(ごえ)はあまりに痛々(いたいた)しい。(きず)つけて()かせたのは俺じゃないか。教室(きょうしつ)に入ろうと(とびら)()をかけた(とき)


「そんな(ふう)自分(じぶん)()めるのは止せ」


 亮太(りょうた)(こえ)


「でも、わたし何も(おぼ)えてないの。あの(よる)宿舎(しゅくしゃ)着替(きが)えようとしたら、制服(せいふく)のポケットから名刺(めいし)(すべ)り落ちて、何だろうって思って、それを(ひろ)い上げたの。そこまでは(おぼ)えてる。(あと)は何にも。()がついたら病院(びょういん)だった。3時間も何していたんだか……(まった)記憶(きおく)がないなんて。何にも(おも)()せないなんて。やっぱりみんなが言うように、わたし……」


()めろ」


「だって、(からだ)()けるような(いた)みだけが(のこ)ってたんだよ。わたしきっと(けが)されて……」


()せ」


「でも。伊吹(いぶき)だってそう思っているのよ。わたしをあんな()で……もう()えられない。()きていけない」


()めろって言ってんだろ」


 亮太(りょうた)飛鳥(あすか)を抱きしめた。


「止めて! 亮太(りょうた)(けが)れちゃう。わたしのせいで(けが)れちゃう」


「そんな(ふう)自分(じぶん)(きず)つけるようなことを言うな」


 亮太(りょうた)(こえ)(なみだ)でくぐもった。


「俺は自分(じぶん)がどれだけ(きず)ついても(かま)わない。自分(じぶん)(いた)みなら()えられる。でも飛鳥(あすか)、お(まえ)(きず)つくのは()えられない。()えられるほど(つよ)くない」


亮太(りょうた)……」


「俺は(むかし)からずっと飛鳥(あすか)のことが好きだった。飛鳥(あすか)さえいれば何もいらない。だから()きていけないなんて言うな」


 飛鳥(あすか)の腕が亮太(りょうた)の大きな背中(せなか)(まわ)り、その(ほそ)(ゆび)()()んだ。


 その瞬間(しゅんかん)、俺の(こころ)の中で何かが(こわ)れた(おと)がした。


☆☆☆☆☆


 (まち)彷徨(さまよ)(ある)いた。(ある)きながら、飛鳥(あすか)()(もど)し、(てら)()方法(ほうほう)をひねり出そうとしていた。()(しず)み、(よる)になり、(やみ)(おとず)れた。その(しず)かな(よる)空気(くうき)が、(やみ)(こころ)(おく)平穏(へいおん)をもたらし、(あたま)()えてくるのを(かん)じた。すると一つの(かんが)えがまとまった。


(てら)から亮太(りょうた)()()そう”


そうすれば飛鳥(あすか)(おの)ずと()(はい)る――大丈夫(だいじょうぶ)、俺の頭脳(ずのう)をもってすれば、それに連城和尚(れんじょうおしょう)は俺に全幅(ぜんぷく)信頼(しんらい)()いてくれている。その日、俺はしばらく(よる)(まち)(ある)(つづ)けた。


☆☆☆☆☆


 本堂(ほんどう)空気(くうき)(つめ)たかった。


 (はな)したいことがあると()ったのは俺の方なのに連城和尚(れんじょうおしょう)(すで)()っていてくれた。


「先生、亮太(りょうた)のことなんですが」


 連城和尚(れんじょうおしょう)がぎろりと(にら)んだ。何もかも見透(みす)かすような()。その()()けないように、わざと視線(しせん)()とす。


修学旅行(しゅうがくりょこう)(ばん)に、幼馴染(おさななじみ)前島(まえじま)飛鳥(あすか)無理(むり)やり()いたんです」


「それだけか」


 一瞬(いっしゅん)何を言われたのか()からなかった。


「言いたいのはそれだけかと()いている」


「それだけって、あいつ、いえ亮太(りょうた)(いや)がる飛鳥(あすか)強引(ごういん)()いて、(きず)つけたんですよ。純粋(じゅんすい)だった飛鳥(あすか)(こころ)(からだ)()みにじった。そんな人間(にんげん)はもう僧侶(そうりょ)になる資格(しかく)なんてない!」


 連城和尚(れんじょうおしょう)が大きくため(いき)をついた。


資格(しかく)がないのはお(まえ)(ほう)だ」


「なっ、なんで、そんなことを……」


「なぜそんな(うそ)をつく」


(うそ)じゃありません。あいつは強引(ごういん)飛鳥(あすか)自分(じぶん)のものに……」


「お(まえ)(かえ)ってくる(まえ)亮太(りょうた)前島(まえじま)飛鳥(あすか)さんが()結婚(けっこん)をしたいと言ってきたよ。もし修行中(しゅぎょうちゅう)だから(ゆる)されないというのであれば、(てら)伊吹(いぶき)()がせてくれと。自分(じぶん)僧侶(そうりょ)()めて、(てら)()るとまで言ってな」


「そんな、まさか」


「あの二人は本気(ほんき)だった」


「それで、それでどうしたんです」


「もちろん許可(きょか)した。飛鳥(あすか)さんのご両親(りょうしん)賛成(さんせい)()られれば、すぐにでも(てら)飛鳥(あすか)さんを亮太(りょうた)(よめ)として(むか)()れるつもりだ」


 二人がここで結婚(けっこん)する? 俺の()(まえ)で!


反対(はんたい)です。俺は、とてもじゃないけど二人と一緒(いっしょ)になんていられない」


「ならばお前がここを()ていくことだな。そもそもお前は、坊主(ぼうず)には()かないようだ」


「なんでそうなるんですか」


(あさ)山行(さんこう)(※(やま)(ある)修行(しゅぎょう))の(さい)(やま)(けもの)(ころ)しているな」


「だっ、(だれ)がそんなことを言ったんですか? 亮太(りょうた)ですか?」


伊吹(いぶき)(かく)しても無駄(むだ)だ」


 はっとした。


(はじ)めてお(まえ)がイノシシを(ころ)して(かえ)ってきた(とき)、お(まえ)(まなこ)残忍(ざんにん)(ひかり)()て、私は内心(ないしん)(おそ)れおののいた。しかししばらくは問題(もんだい)なかったようだが、修学旅行(しゅうがくりょこう)から(もど)って()てから、お(まえ)(まなこ)にまたあの残忍(ざんにん)(ひかり)宿(やど)るようになった。そして本堂(ほんどう)での朝行(あさぎょう)(さい)血臭(ちしゅう)()ぐようになった」


「それは亮太(りょうた)だ。血臭(ちしゅう)亮太(りょうた)だ。俺を(おとし)めるためにやったんだ」


「まだごまかすか! 私はこの()()()っているんだ」


(なん)だって!」


「ある(あさ)、お(まえ)たち二人をつけた。お(まえ)たちは、()いつけ(どお)り、別々(べつべつ)のルートを(ある)いていた。ところがお(まえ)(けもの)(ころ)すと、亮太(りょうた)がやってきて、(けもの)(とむら)った。(なみだ)(なが)しながら(きょう)(とな)え、(とむら)っていたんだよ。(たし)かにあいつはお(まえ)(くら)べればバカで、物覚(ものおぼ)えも(わる)い。でも心根(こころね)だけは(だれ)よりも(やさ)しい」


(おや)だからだ。(じつ)(おや)だからそんな(ふう)(あま)いんだ」


伊吹(いぶき)、お(まえ)だって私の()だ。でもだからこそお(まえ)には秘伝(ひでん)(おし)えられない。それにこの(てら)()がせるわけにもいかない。(ほか)(てら)推薦状(すいせんじょう)()くこともできない。だが、この(てら)にいたければいつまでもいて(かま)わないが、私がしてやれることはそれだけだ」


 愕然(がくぜん)とした。


「やはり(じつ)()じゃないからですね」


(なに)を言っている。お(まえ)だって私の()だと言っただろ。それより自分(じぶん)のしてきたことをちゃんと()(かえ)れ。お(まえ)には(てら)()資格(しかく)も、秘伝(ひでん)()()資格(しかく)もない」


「そうですか……わかりました。ここを()ていきます」


 (あたま)をきっかり()げた。


「そしていつの日か、和尚(おしょう)。俺を()()したことを、後悔(こうかい)させてやります。(かなら)ず、秘伝(ひでん)以上(いじょう)のものを()につけ、あなたの大切(たいせつ)なものを一つひとつ(うば)います。そして俺が()にすべき(すべ)てを(うば)()えしてみせます。俺はそのためなら、(なん)でもする。この(たましい)()っても(かなら)目的(もくてき)()たしてみせます」


「なんと(おそ)ろしいことを」


 ()()がった瞬間(しゅんかん)地面(じめん)()()した。

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