24 修学旅行
「伊吹の父親って殺人犯らしいよ。それで今、裁判中なんだって」
(学校でそんな噂が流れた。修学旅行へ行く前のことだった。あんなにチヤホヤしていた女子達はみんな口をつぐみ。周りから消えた。当然、修学旅行の班決めでは、俺と組んでくれる人は誰もいなかった。みんなどこかよそよそしく、腫れ物に触るようだった。しかし飛鳥だけは違った。)
「みんなも一緒に回らない?」
さすがに校内1モテる美少女が声をかけても、俺が一緒となれば頷く者は一人もいなかった。
担任の田島康太先生が、ため息をつきながら俺達を見、
「そこ、三人以上の班になれないなら、私と回るように」
と言った時だった。
「はい、は~い。一緒に回る、回る」
廊下から楽しそうに亮太が手を挙げて入ってきた。
「亮太、あんた隣のクラスでしょ」
「いいじゃん飛鳥、細かいこと言うなよ。俺達三人で一緒に回った方が楽しいに決まってる」
「おい連城、まだHR中だ。勝手に入ってくるんじゃない」
「俺達三人組めば、田島先生だってお前たちから解放される。そういう自由な時間が先生にも必要なんだよね、田島先生」
「連城、お前なあ。先生ってのは24時間365日、先生なんだ。解放なんてあり得ない」
「そお? うちの蓮見萌絵先生は自由時間があったら田島先生と行きたいとこあるみたいでしたけど」
亮太が田島先生に片目を閉じた。すると田島先生の顔がパッと赤くなり、クラス中からヤジが飛んだ。しかし俺が教室を見回すと、みんなが視線を反らし静かになった。
田島先生は真っ赤な顔で興奮気味に言った。
「それで蓮見先生は何て言っているんだ」
「えっと、グラバー園は絶対みたいです。あと夜景は稲佐山で……」
「そうじゃなくて、連城がうちのクラスの班に入ることを認めてるのか?」
「ああ、なんだそっちか『連城くんがそういう理由で、他のクラスの生徒と回りたいなら例外的に認めます。話は学年主任の先生に通します』って」
田島先生が胸をなでおろした。
「なら私に異論はない。あとは自分たちで決めなさい」
教卓に向かっていく田島先生を見送りながら、飛鳥が腰に手をあてた。
「そういうことなら、仕方ないな、入れてあげますか」
「飛鳥ちゃん、そうこなくっちゃ」
「でも抹茶白玉カステラパフェの店は絶対外さないからね」
「よし、交渉成立」
亮太と飛鳥が握手を交わした。
「伊吹も手出して」
飛鳥が俺の手を掴んで、二人の手の上に乗せた。
「一生に一度の修学旅行、思いっきり楽しもう、ね」
飛鳥がにっこり笑った。それだけで一気に花が満開になったような明るさだった。ふいに本当に三人で長崎を周るのも悪くない気がした。
☆☆☆☆☆
修学旅行が終われば、いよいよ高校生活もあと少しで終わる。そしてあの寺を出ていく日がくる。そう思うと、修学旅行を楽しむことなんてできないだろうと思っていた。しかし長崎に来ると、一瞬一瞬を楽しんでいた。
グラバースカイロードに大浦天主堂、グラバー園も、全てがキラキラと輝いて見える。ただひたすら修行に打ち込んできた18年間ではじめて知った外界の光だった。ただ他の班や学校の連中と会うと、決まって俺達を避け、こそこそと話をしながらいなくなる。それだけがラジオに入る雑音のように不快だった。
「気にすることないよ」
飛鳥が微笑んだ。
「みんなあることないこと言ってるだけだから」
飛鳥の優しさが堪えた。グラバー邸の周囲をぐるりと歩き始めた。
「もうっ、ここにも亮太いないし。どこ行ったんだろう」
肩を怒らせる飛鳥につぶやくように言った。
「本当だよ」
「えっ?」
「親父は母親を殺した殺人犯。そして俺はその子ども」
飛鳥の黒々とした瞳が瞬きもせず俺を見つめる。
「ふむ」
「ふむって何だよ。驚かないのか」
「知ってたよ」
「えっ!」
「知ってたよ、それ」
「飛鳥知ってたのに、『みんなあることないこと言ってる』って、なんでそんな風に言ってたんだよ」
「だって伊吹は伊吹だから。お父さんがどうであれ、伊吹はお父さんとは違うから。お母さんとも違う。伊吹は伊吹」
心臓がドキッとした。秋の陽ざしを受けた飛鳥の眼は吸い込まれそうなほど艶やかだ。
「なのに、みんな血筋だとか、血は争えないなんて勝手すぎる。伊吹のこと何も知らないくせにね」
「いや、俺には人殺しの血が流れているんだ。親がそんなんじゃ、飛鳥だって友達止めた方がいいだろ。お前が俺と一緒にいていい事なんか何一つ……」
飛鳥が俺の頬を叩いた。
「見損なわないで! わたし、親を見て、友達になるわけじゃないから。それにいい事があるから一緒にいるとか、そんなんじゃないから」
「ごめん……」
涙がこぼれ落ちた。止めどなくこぼれ落ちた。
「わかればよろしい。わたしの前で、二度とその話しないでよね。今度したら、平手打ちじゃすまないんだから」
飛鳥が笑った。
その眼が涙で潤んでいる。ああ、なんて、なんていじらしいんだろう。自然と腕を伸ばした。飛鳥を胸に抱きしめたくて、たまらない。その時、ふいにその腕が掴まれた。
「おいおい、二人でどこ行ったのかと思っただろ」
亮太だ。肩を上下させながら、
「勝手な行動してんなよ」
「そっ、それはこっちの台詞でしょ!」
飛鳥が真っ赤になって叫んだ。
「おやつ買いに行くとか言って急にいなくなるんだもん。それでおやつは?」
亮太が手をぶらぶらさせながら、
「混んでて、買えなかった」
「もうっ、何のためにいなくなったのよ!」
飛鳥が怒って、亮太の腕を叩いた。
☆☆☆☆☆
長崎港に船がついていた。
飛鳥も亮太も大型客船を前に走り出した。亮太は船の写真を撮りまくっている。飛鳥はこっちを振り返った。
「海っていいね、わたし大好き。ねえねえ伊吹、この船をバックに写真撮って」
スマホを構える。太陽の下、はじける笑顔がまぶしい。青い海と空を射止めるように見つめ、
「いつか、またこうして三人で海を見にこない? それでこういう船に乗って世界中を旅するの」
楽しそうに笑う。
純粋な笑顔に胸がぎゅっとする。この圧倒的に大きい船で青い海に乗り出す。どこまでも一緒に飛鳥と旅ができたら、どんなに素敵だろう……。スマホで写真を撮影していると、飛鳥に向かって、黒いワンピースを着た背の高い金髪の外国人の女の人が近づいてきた。
「あら可愛らしい。さっきから同じ服を着た子を見かけるんだけど、あなた達、中学生?」
片言めいた日本語に飛鳥が赤くなる。
「いえ、あの高校3年生です。修学旅行で来てるんです」
聞かれてもいないのに、個人情報をペラペラと話すなんて! 焦って飛鳥の側に駆け寄った。
「すいません、俺達急ぐんで」
飛鳥の手を取って歩きだそうとした時、
「飛鳥、伊吹、何してんの? こっちにも客船きてんぞ」
亮太が手を振って走ってくる。
あのバカ、なまえを呼ぶなってんだ!
「へえ、飛鳥に伊吹か。素敵な名前ね」
女の人が、飛鳥のもう一方の手を握った。
「ありがとうございます。わたしも、飛鳥っていう名前気に入っているんです」
名乗る飛鳥にギョッとした。女の人が飛鳥の肩に手を回した。
「OK飛鳥。わたし、この船で旅をしているの。今日はこの港に停泊だし、今夜パーティーがあるから。よかったら遊びに来ない?」
「パーティーなんて、わたし出たことない」
「飛鳥! 何言ってんだ」
思わず咎めるような口調になった。
「OH伊吹、怖いね」
「あなた先ほど修学旅行だって、聞きましたよね? 夜の外出は禁じられてますので。お断りします」
女の人が笑った。
「伊吹は、目に剣があるね。このままだと人を傷つける人間になりかねない。そうそう私、占いができるの。飛鳥がもしパーティーに来てくれたら、占ってあげる。伊吹のことも、もっと詳しく占ってあげるから。君も来たら?」
「あの~俺のこと、忘れてません?」
いつの間にか亮太が側に来ていた。
「まあ、もっとも俺は占いにもパーティーにも興味ないですけど」
亮太は微笑みながら、飛鳥を掴む女の人の手をするりとほどいた。
「それじゃあ、失礼します」
俺に目配せすると、亮太は飛鳥の手を握って歩き出した。
「もうっ、何なのよ、2人とも」
飛鳥が恨めしそうに振り返っている。
「あっ、あの人、まだこっち見てる」
「無視だ、無視! 第一、パーティーなんて行ったら、先生に怒られるだろ」
「ええ、亮太がそれを言う? いつも先生に怒られても気にしないくせに」
「あんな奴の言葉を信用して、船なんかにノコノコ行ったら何されるか分からない。あんなのはスルーするのが一番だ」
「伊吹まで……あの人、悪い人には見えなかったけどな」
(少しは人を疑え! と言いたくなったが、人の言うことを全部信じ、信用してしまうところが飛鳥の良いところだ。だから言わずにおいた。しかし俺はこの判断を後々まで悔いることになるとは、その時はみじんも思わなかった)




