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クーカイ×クーカイ  作者: 青山 高峰
第八章(第三部)

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23/35

23 秘伝

 退院(たいいん)して一か月(いっかげつ)(ちか)くの(たき)へと()かけた。滝行(たきぎょう)だ。


夏の滝行(たきぎょう)(あつ)いからまだいいが、冬の滝行(たきぎょう)()()(つめ)たさだ。(さむ)いというレベルじゃない。(いた)いのだ。(つめ)たさは本物(ほんもの)武器(ぶき)だ。氷河期(ひょうがき)()て、恐竜(きょうりゅう)絶滅(ぜつめつ)したのも()かる気がする。


しかしひとたび、(たき)()たれ(はじ)めると(なに)(かんが)えられなくなる。水の(なが)れが(からだ)表面(ひょうめん)だけでなく、(からだ)の中にも入ってくるのを(かん)じるせいだ。そうなるともう息苦(いきぐる)しさ、全身(ぜんしん)()つような(いた)|みも、(つめ)たさも(なに)もかも(かん)じない。ただ水の振動(しんどう)自分(じぶん)一体いったいになっていく。


一体いったいになると思った瞬間(しゅんかん)、ふと飛鳥(あすか)(かお)()かんだ。入院中(にゅういんちゅう)見舞(みま)いに()られてから、どうも(むね)のあたりがおかしい。(いま)だって、(たき)()たれながら、あのコロコロと()わる飛鳥(あすか)表情(ひょうじょう)()かんでくる。今までこんなことなかったはずなのに。胸元(むなもと)()んでいる(いん)心臓(しんぞう)鼓動(こどう)(つた)わる。


(こんな(ふう)滝行(たきぎょう)(さい)に女のことを(かんが)えるなんて、これじゃまるで出来損(できそこ)ないの亮太(りょうた)みたいじゃないか)


(となり)(たき)()たれている亮太(りょうた)を見やった。そこにはいつになく真剣(しんけん)(かお)がある。飛鳥(あすか)自分(じぶん)一緒(いっしょ)(とき)には見せない(かお)だ。(たき)(いきお)いの中にあって背筋(せすじ)()ばし、一心不乱(いっしんふらん)(きょう)(とな)えている。(すさ)まじい気迫(きはく)だ。亮太(りょうた)(あたま)の中には女のことなんてないんだ。それどころじゃない修行中(しゅぎょうちゅう)無心(むしん)なんだ。


()になること。それが究極(きゅうきょく)だ」


連城和尚(れんじょうおしょう)言葉(ことば)を、こいつはいつの()にか体得(たいとく)している。


全身(ぜんしん)(ふる)えが()た。劣等生(れっとうせい)亮太(りょうた)が、いつ? 修行(しゅぎょう)だって()()いていたんじゃないのか? 自分(じぶん)(ほう)真面目(まじめ)()()んでいるんだ。ふと(たき)の中でよろめいた。足元(あしもと)(すべ)り、(ころ)びそうになった。その()連城和尚(れんじょうおしょう)()()いた。そして()(こお)るような一瞥(いちべつ)をくれた。集中力(しゅうちゅうりょく)()りない、そう()われている()がした。しかしその(あと)滝行(たきぎょう)本当(ほんとう)集中(しゅうちゅう)できなかった。

 


☆☆☆☆☆

 


 その()和尚(おしょう)本堂(ほんどう)()ばれた。自分(じぶん)だけかと思ったら、亮太(りょうた)(あらわ)れた。


「もしかしれ(おれ)()()ちしてた?」


 無視(むし)して、本堂(ほんどう)に入ると、()()えとする空気(くうき)(なか)和尚(おしょう)本尊(ほんぞん)(まえ)()していた。


二人(ふたり)に話さなくてはいけないことがある」

 重々(おもおも)しい口を(ひら)き、こちらに()(なお)った。


「この(てら)には、(ふる)くから(つた)わる秘伝(ひでん)がある。一子相伝(いっしそうでん)のそれも口伝(くでん)(つた)えなくてはいけないものだ」


一子相伝(いっしそうでん)口伝(くでん)とは(なん)ですか?」


 連城和尚(れんじょうおしょう)亮太(りょうた)(にら)んだ。


一子相伝(いっしそうでん)とは、一人(ひとり)にしか(おし)えてはいけないこと。口伝(くでん)とは書物(しょもつ)ではなく、(くち)から(くち)口頭(こうとう)(つた)えることだ。つまり秘伝(ひでん)はお前たちのうちのどちらかに口頭(こうとう)(おし)える」


「それはどんな秘伝(ひでん)ですか」

 (ひざ)(すす)めると、連城和尚(れんじょうおしょう)(かお)()わった。


()()(もの)にのみ(おし)える。どちらが秘伝(ひでん)()()ぐかをお前たちが高校(こうこう)卒業(そつぎょう)するまでに()める。なお、秘伝(ひでん)()いだ(もの)がこの(てら)()ぐこととする。よいな。以上(いじょう)だ」


連城和尚(れんじょうおしょう)(おれ)にもチャンスをくれた。そう(おも)うと(よろこ)びが爆発(ばくはつ)した。秘伝(ひでん)()うのは、(てら)()口実(こうじつ)かもしれない。実子(じっし)()がせないもっともらしい理由(りゆう)だ。ああ、確実(かくじつ)秘伝(ひでん)(さず)けられるのは(おれ)だ。栄光(えいこう)日々(ひび)(つづ)いていく!)



☆☆☆☆☆


 それから、真冬(まふゆ)になった。(つめ)たい(ゆき)法衣(ほうい)()れそぼり容赦(ようしゃ)なく体温(たいおん)(うば)っていく。それでも(きょう)(とな)え、山を(ある)(つづ)けた。


そして(おだ)やかな(はる)がきて、燦燦(さんさん)たる太陽(たいよう)()りつける真夏(まなつ)になった。()りつく太陽(たいよう)()かれるようにして山肌(やまはだ)を、(きょう)(とな)えながら(ある)いた。草木(くさき)(あし)(きず)つき、()(うで)もいつの()にか(あざ)だらけだ。


(あき)の日が(おだ)やかに山間(やまあい)()め、また(きび)しい(ふゆ)がくる。それでも(ある)(つづ)けた。

(ただ一心(いっしん)にあの(てら)秘伝(ひでん)()ぐため。それだけだった。滝行(たきぎょう)座禅(ざぜん)読経(どきょう)(すべ)てはそれだけのためにあった。それだけでどんな苦痛(くつう)にも()えられた)


そうして高校(こうこう)三年生の初夏(しょか)――


(やま)(ある)いていると大地(だいち)(はし)(おと)()こえ()()まった。イノシシがこちらに()かって突進(とっしん)してきた。()けようとして()()につまずいた。


まずい!


そう(おも)って()()じた。


シャン!


錫杖(しゃくじょう)(おと)()った。


太陽(たいよう)自分(じぶん)、いやイノシシと自分(じぶん)(あいだ)何者(なにもの)かが()っている? 


びっくりして()()け、そのままあんぐりと(くち)()けた。亮太(りょうた)だった。錫杖(しゃくじょう)()亮太(りょうた)がイノシシの(まえ)()っている。


「いきなり(おどろ)かせて(わる)かったね」

 亮太(りょうた)(おだ)やかな口調(くちょう)()った。


本当(ほんとう)に、なんだよいきなり(おどろ)かせやがって」

 亮太(りょうた)がなぜ都合(つごう)よく(あらわ)れたのかは()らないが、とりあえず()なずに()みそうだ。


「ここを(とお)してほしいんだ。お(ねが)いだ」


 その言葉(ことば)にギョッとした。こいつ、イノシシに(はな)しかけてるんだ! (けもの)が人の言葉(ことば)など理解(りかい)できるはずないのに。こいつは本物(ほんもの)のバカだ。


 ところが、イノシシが(うご)きを()めた。つぶらな(ひとみ)亮太(りょうた)を見つめている。偶然(ぐうぜん)なのか、それとも言葉(ことば)(つう)じたのか。そんなはずはない。


()()いきれねえ」


 錫杖(しゃくじょう)(ささ)えに()()がると、亮太(りょうた)(まえ)()た。


瞬間(しゅんかん)、イノシシが大地(だいち)()って(おれ)()かって()()んできた。(おれ)(あたま)(かば)うのと、亮太(りょうた)(なが)(ほそ)(あし)でイノシシの(はら)強烈(きょうれつ)()りを入れるのとが同時(どうじ)だった。


 イノシシが(たお)れた。(くる)しそうに(うめ)いている。


「ごめんね」

 亮太(りょうた)がイノシシに(あたま)()げた。


(おれ)よりイノシシの心配(しんぱい)かよ。(いか)りに(まか)せて、イノシシに錫杖(しゃくじょう)()()げた。


()せ!」


「こいつは人を(おそ)ったんだ。(ころ)すべきだ」


「しかし山は、人だけのものじゃない。この子達(こたち)住処(すみか)でもあるんだ。ただ伊吹(いぶき)鉢合(はちあ)わせて(おどろ)いただけで、もうこの()(おそ)ってこないよ。だからさ、もう()こう」


()きたきゃ、お(まえ)一人(ひとり)()け。(おれ)()()いは(きら)いだ」


「どうしていつまでもそうなんだよ、いい加減(かげん)協力(きょうりょく)して……」


(おれ)とお(まえ)が? 劣等生(れっとうせい)のお(まえ)優等生(ゆうとうせい)(おれ)が? (わら)わせるな。(おれ)はあの(てら)()ぐ。()ていくのはお(まえ)だ、亮太(りょうた)連城和尚(れんじょうおしょう)だって、そのつもりだ。その証拠(しょうこ)養子(ようし)(おれ)(てら)()がせたくて、ありもしない秘伝(ひでん)(はなし)なんかを()()したんだ」 


 亮太(りょうた)困惑(こんわく)している。やがて(かな)しそうな()でポツリと言った。


伊吹(いぶき)秘伝(ひでん)の話を(うそ)だと思っているんだね」


 どうゆうことだ! 


こいつはまさか秘伝(ひでん)中身(なかみ)()っている? あの時、連城和尚(れんじょうおしょう)秘伝(ひでん)がどんなものかさえ言わなかったのに……まさか亮太(りょうた)だけに話したんじゃ……


 亮太(りょうた)(あわ)れむような(かお)をすると、(ある)()した。(しろ)(うし)姿(すがた)がどんどん(とお)ざかっていく。


 まさかそんなはず……


でもあの亮太(りょうた)表情(ひょうじょう)が全てを物語(ものがた)っている。あれは、(すで)秘伝(ひでん)(てら)(おのれ)()ぐことが分かっている(かお)だ。なのにそれをただ一人(ひとり)()らずに必死(ひっし)修行(しゅぎょう)をしている(おれ)(あわ)れんでいるんだ。(いか)りが(こころ)(おく)(ほのお)のように()()がった。


その時、(よこ)たわっていたイノシシがのっそり()()がろうと(くさ)()んだ。その(はら)錫杖(しゃくじょう)(さき)()()した。()がほとばしった。瞬間(しゅんかん)(いま)まで(かん)じたことのない激烈(げきれつ)快感(かいかん)全身(ぜんしん)(つらぬ)いた。



☆☆☆☆☆


 ()だらけの法衣(ほうい)に、

殺生(せっしょう)(そう)(みち)にあらず」

連城和尚(れんじょうおしょう)怒鳴(どな)った。


「あのイノシシを()かしておいて、(まち)()りて()て人が(おそ)われればどうなります? その殺生(せっしょう)()めるためにあえて(ころ)したのです」


無益(むえき)なことを」

 連城和尚(れんじょうおしょう)()(あわ)れむような(いろ)()かんだ。


 ああ、この()! 亮太(りょうた)(おな)()! 今まであんなに頑張(がんば)ってきたのに、その努力(どりょく)無益(むえき)だと言いたいんだ! (ふる)える(くちびる)(ひら)いた。


連城和尚(れんじょうおしょう)秘伝(ひでん)について(おし)えてください」


突然(とつぜん)(なに)を言いだすのだ。それより(はや)身体(からだ)(きよ)めてきなさい」


亮太(りょうた)には秘伝(ひでん)(おし)えたじゃないですか」


「バカなことを言っていないで、さっさと……」


「こんなのは不公平(ふこうへい)だ。やはり和尚(おしょう)(おれ)を出て行かせるつもりなんですね」


一体(いったい)(なに)を言っているんだ」


亮太(りょうた)にだけ秘伝(ひでん)(おし)えて、(おれ)(おし)えないのは、(おれ)連城和尚(れんじょうおしょう)本当(ほんとう)の子どもではないからですか」


 連城和尚(れんじょうおしょう)()(おどろ)きで見開(みひら)かれた。その()(なか)(くら)(かげ)()した。


「やっぱりそうなんですね。亮太(りょうた)秘伝(ひでん)もこの(てら)()がせるんですね」


「それはお(まえ)()めることではない。公平(こうへい)にみて判断(はんだん)することだ」

 連城和尚(れんじょうおしょう)(こえ)非情(ひじょう)だった。


 和尚(おしょう)はくるりと()()けると母屋(おもや)(はい)って()ってしまった。()()いしばって(なみだ)をぐっと(こら)える。


「そうですよね、よく()かりました」

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