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クーカイ×クーカイ  作者: 青山 高峰
第七章(第二部)

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21 罠

 悪霊(あくりょう)と人の魂(たましい)が同化(どうか)するなんてこと本当(ほんとう)にあるんだろうか。


 ぼくだってこの6年間、連城(れんじょう)先生からいろんなことを教(おし)えてもらった。けど、そんな話(はなし)は聞(き)いたことがない。でも、もしぼくが知(し)らないだけだったら? 本当(ほんとう)に魂(たましい)が同化(どうか)していたら? こいつの言(い)う通(とお)り、若菜(わかな)ちゃんまで……


「それよりこの娘(むすめ)を抱(だ)きしめてやれよ。いっつも母親(ははおや)から役立(やくた)たずって言(い)われ続(つづ)け、父親(ちちおや)にも見捨(みす)てられて。自分(じぶん)を心底(しんそこ)、価値(かち)のない人間(にんげん)だと思(おも)っているんだから」


「違(ちが)う! 若菜(わかな)ちゃんはそんな子じゃない」


「ふんっ、お前に何が分(わ)かる? この娘(むすめ)のことなど何も知(し)らないだろ。苦(くる)しみも何もかも。たとえ、ひと時(とき)でも自分(じぶん)を抱(だ)きしめてくれる手(て)があれば、それにすがって生(い)きるしかなかった6年間を」


 瞬間(しゅんかん)、脳裏(のうり)に映像(えいぞう)が流(なが)れ込(こ)んできた……憎(にく)しみに満(み)ちた顔(かお)。この顔(かお)は若菜(わかな)ちゃんのお母さんだ!


「この子は本当(ほんとう)に何の役(やく)にも立(た)たないんだから」

 お母さんにお腹(なか)を蹴(け)られ、小さい若菜(わかな)ちゃんが吹(ふ)っ飛(と)んだ。

「ごめんなさい、もっと役(やく)に立(た)つようになるから。だからお願(ねが)い、許(ゆる)して」

 地面(じめん)を舐(な)めるように頭(あたま)を下(さ)げ、若菜(わかな)ちゃんがお母さんの足元(あしもと)まではいつくばる。


「役(やく)に立つようになるから」

 ツインテールを揺(ゆ)らし、ぐちゃぐちゃに泣(な)きじゃくっている……。


「わたしね、人の役(やく)に立(た)ちたいの」


確(たし)か若菜(わかな)ちゃんがスピリチュアルカウンセラーになりたい理由(りゆう)がそれだった。

それはいつもお母さんに「役(やく)に立(た)たない」と言われていたからなのか? いじめられているぼくにいつも若菜(わかな)ちゃんが優(やさ)しかったのは、「困(こま)っている人や弱(よわ)っている人の力(ちから)になりたい」って言っていたのは、それは全部(ぜんぶ)、自分(じぶん)が一番困(いちばんこま)っていて、弱(よわ)っていたからなんじゃないのか? 


ああ、どうしてぼくはあの頃(ころ)、気(き)づいてあげられなかったんだろう。


お母さんの足元(あしもと)に取(と)りすがり、弱々(よわよわ)しく泣(な)きじゃくる若菜(わかな)ちゃん。痛々(いたいた)しくて、とても見ていられない。


その時、若菜(わかな)ちゃんのツインテールがほどけ、髪(かみ)の毛(け)が目(め)の前(まえ)に広(ひろ)がった。


すると今度(こんど)は暗(くら)い部屋(へや)の映像(えいぞう)に変(か)わった。真(ま)っ暗(くら)い部屋(へや)の扉(とびら)が開(ひら)いた。明(あ)かりを背景(はいけい)に小柄(こがら)な男(おとこ)の影(かげ)が立(た)った。


「お養父(とう)さん?」

 戸惑(とまど)ったような若菜(わかな)ちゃんの声(こえ)がすぐ近(ちか)くに聞(き)こえた。見(み)るとベッドに若菜(わかな)ちゃんが横(よこ)たわっている。


「若菜(わかな)、最近(さいきん)眠(ねむ)れないって言っていただろ? でも大丈夫(だいじょうぶ)。今夜(こんや)はお母さんが出(で)かけているから、お養父(とう)さんが眠(ねむ)らせてあげようね」

 乾(かわ)いた声(こえ)と共(とも)に、ドアの鍵(かぎ)が閉(し)まる音(おと)が響(ひび)いた。


若菜(わかな)ちゃんの恐怖(きょうふ)と苦痛(くつう)が闇(やみ)の中に溶(と)けだしていく――やがてその闇(やみ)が夜(よる)の形(かたち)をなし、街(まち)の灯(あか)りを浮(う)かび上がらせた。若菜(わかな)ちゃんが泣(な)きながら歩(ある)いている。一歩(いっぽ)、夜(よる)の街(まち)にふみだすたびに化粧(けしょう)が濃(こ)くなり、服(ふく)が派手(はで)になっていく――。その露出(ろしゅつ)の多(おお)い服(ふく)を身(み)に着(つ)けた若菜(わかな)ちゃんの身体(からだ)に幾人(いくにん)もの男(おとこ)の手(て)が伸(の)びる。


「止(や)めろ」

 大声(おおごえ)で叫(さけ)んだ。


こんなの若菜(わかな)ちゃんじゃない。若菜(わかな)ちゃんであってはいけない。


「若菜(わかな)ちゃんの身体(からだ)から出ていけ」

 経(きょう)を唱(とな)えた。大声(おおごえ)で唱(とな)えた。


「これ以上(いじょう)苦(くる)しませるのは止(や)めろ。抱(だ)いてやれよ。お前に抱(だ)かれればこの娘(むすめ)だって、嬉(うれ)しいはずだ。この娘(むすめ)は心(こころ)の奥(おく)にある大切(たいせつ)な存在(そんざい)のためだけに生(い)きているんだから」


 ドキッとした。


「海人(かいと)」


 憑(つ)き物(もの)の声(こえ)に若菜(わかな)ちゃんの声(こえ)が混(ま)じる。若菜(わかな)ちゃんがぼくの左手(ひだり)をとり、札(ふだ)を握(にぎ)りしめているぼくの指(ゆび)を、やさしく開(ひら)いた。札(ふだ)がひらひらと空(くう)を舞(ま)う中、


「海人(かいと)となら、わたし……」

 言いながら、ぼくの左手(ひだりて)を自分(じぶん)の太(ふと)ももの上に導(みちび)いた。


 やっぱり、これは若菜(わかな)ちゃんじゃない!

 

 ぼくは、右手(みぎて)に持った金剛杵(こんごうしょう)を横一文字(よこいちもんじ)にして若菜(わかな)ちゃんの目の前に突(つ)きつけた。


「オンアボキャベイロシャノウマカボダラマニハンドラジンバラハラハリタヤウン」


 瞬間(しゅんかん)、全身(ぜんしん)の力が足元(あしもと)から昇(のぼ)ってきて、指先(ゆびさき)から金剛杵(こんごうしょう)に伝(つた)わる。金剛杵(こんごうしょう)の左右(さゆう)の先端(せんたん)から光(ひかり)の球(たま)が現(あらわ)れた。光(ひかり)は握(にぎ)りこぶしほどの大きさになったかと思うと、若菜(わかな)ちゃんの胸(むね)に刺(さ)さった。断末魔(だんまつま)の叫(さけ)び声(ごえ)が上がり、ヘドロが若菜(わかな)ちゃんの胸(むね)から飛(と)び出してきた。


若菜(わかな)ちゃんのキャミソールの肩紐(かたひも)を掴(つか)み、服(ふく)を一気(いっき)に下げた。胸(むね)の谷間(たにま)に、あの石が挟(はさ)まれている。新(あら)たな札(ふだ)を取(と)り出(だ)すと、札(ふだ)ごと石(いし)を摘(つ)まみ上げた。そしてその札(ふだ)を石(いし)に巻(ま)き付(つ)け、


「オンアボキャベイロシャノウマカボダラマニハンドラジンバラハラハリタヤウン」

 七回唱(とな)え、小川(おがわ)に投(な)げ込(こ)んだ。


 小川(おがわ)のせせらぎに清(きよ)められながら、石(いし)が流(なが)されていく。石(いし)に憑(と)りついた霊(れい)も一緒(いっしょ)に流(なが)され清(きよ)められていくのを感(かん)じる。


「海人(かいと)」

 若菜(わかな)ちゃんが起(お)き上がった。


「わたし、一体(いったい)今までなにをして……」

 若菜(わかな)ちゃんがはっとしたように、腰(こし)までずり落(お)ちたキャミソールを直(なお)した。


 その時(とき)、

「お前(まえ)たち一体(いったい)なにをやってるんだ」

 声(こえ)に振(ふ)り返(かえ)り、若菜(わかな)ちゃんが青(あお)ざめた。イズルが真(ま)っ赤(か)な顔(かお)で立(た)っている。


「除霊(じょれい)って、そう言うことだったのか。だから俺(おれ)が側(そば)にいちゃいけなかったのか。だから動画(どうが)を撮(と)るのもダメだったのか」

 イズルが怒鳴(どな)り上(あ)げた。


「ぼくは除霊以外(じょれいいがい)なにもしていません」


「そうだよ。イズル様。わたしたちイズル様が思うようなこと、なにもしてない。ただの幼馴染(おさななじみ)なんだから」


「もう聞きたくないね。俺(おれ)への裏切(うらぎ)りは神(かみ)への裏切(うらぎ)りと一緒(いっしょ)だ」


「嘘(うそ)でしょ、なに言ってるの」


「しかも坊主(ぼうず)が相手(あいて)だとは、本当(ほんとう)、お前って見境(みさかい)がないな。俺が除霊(じょれい)をしてやるようになってからは、少(すこ)しはマシになったと思ってたけど。結局(けっきょく)なにも変(か)わっていない。獣(けもの)と同(おな)じだな」


 獣(けもの)と同(おな)じという言葉(ことば)にカチンときた。


「若菜(わかな)ちゃんにそんな言(い)い方(かた)、ひどいじゃないですか」


 しかしイズルの耳(みみ)にも若菜(わかな)ちゃんの耳(みみ)にも届(とど)いていない。


「若菜(わかな)、もうお前とは暮(く)らせないし、除霊(じょれい)もしてやれない」


「ねえそんなこと言わないで。お願(ねが)い、許(ゆる)してよ。待(ま)って、お願(ねが)い。見捨(みす)てないで」

 若菜(わかな)ちゃんはイズルに縋(すが)りついた。


「イズル様のためなら、なんでもする。今まで以上(いじょう)に働(はたら)いて、いっぱいお金(かね)を稼(かせ)ぐから。全部(ぜんぶ)、イズル様に捧(ささ)げる。だからそんなこと言わないで」

 悲痛(ひつう)な叫(さけ)びだった。


稼(かせ)いだお金(かね)を全部(ぜんぶ)あげる? というのは、つまり貢(みつ)いでいるってこと? まだ16歳の女の子が、どっかの宗教(しゅうきょう)の教祖(きょうそ)だという男(おとこ)に? 若菜(わかな)ちゃんの言葉(ことば)に心(こころ)が暗(くら)くなった。


「イズル様に見捨(みす)てられたら、あたしどうしたらいいの」


「知(し)るか」

 イズルは冷酷(れいこく)な眼(め)で若菜(わかな)ちゃんを見ると背(せ)を向(む)けて歩(ある)きだした。


「イズル様」

 若菜(わかな)ちゃんは泣(な)き叫(さけ)んで、追(お)おうとした。


「行(い)っちゃダメだ」

 暴(あば)れる若菜(わかな)ちゃんの腕(うで)を掴(つか)み、目を覗(のぞ)きこむようにした。


「若菜(わかな)ちゃん、若菜(わかな)ちゃんはこんな子じゃないだろ」


「海人(かいと)」


「正義感(せいぎかん)が強(つよ)くて、優(やさ)しくて。戦隊(せんたい)もののヒーローみたいで。ぼくはそんな若菜(わかな)ちゃんにずっと憧(あこが)れてたんだ。10歳の時、スピリチュアルカウンセラーになりたいって言った時、すごくきらきらしていた。今(いま)からでも遅(おそ)くない。あの頃(ころ)みたいに……」


「海人(かいと)……ありがとう」

 若菜(わかな)ちゃんが抱(だ)きついてきた。腕(うで)を背中(せなか)にまわし、力強(ちからづよ)くしがみついてくる。


「若菜(わかな)ちゃん、いけない」


 重(おも)たい手(て)をほどこうとした瞬間(しゅんかん)、背中(せなか)から電流(でんりゅう)が走(はし)り全身(ぜんしん)を駆(か)け巡(めぐ)った。背中(せなか)に貼(は)られた何(なに)かから、蜘蛛(くも)の足(あし)のようなものが無数(むすう)に出(で)て、縄(なわ)のように体(からあだ)に巻(ま)きついている。


「こっ、これは」


「上出来(じょうでき)だよ、若菜(わかな)それにイズルも」


 涼(すず)やかな声(こえ)にはっとした。この声(こえ)、誰(だれ)? 


 若菜(わかな)ちゃんはにっこりと微笑(ほほえ)み、そっとぼくから離(はな)れた。身体(からだ)が全(まった)く動(うご)かない。辛(かろう)うじて動(うご)く眼球(がんきゅう)を右(みぎ)に動(うご)かし、そのまま心臓(しんぞう)が止(と)まりかけた。


 背(せ)の高(たか)い、知(し)らない男(おとこ)が立(た)っている。傍(かたわ)らにイズルを従(したが)え、腕(うで)の中にはぐったりとした凜(りん)ちゃんを抱(だ)いている。


「凜(りん)ちゃん!」


「可愛(かわい)そうに、この娘(むすめ)、お前のことを好きらしい」


「凜(りん)ちゃんに何(なに)をした」

 男(おとこ)が凜(りん)ちゃんの頬(ほほ)をなで上(あ)げた。総毛(そうけ)だった。


「止(や)めろ」


「お前たちのラブシーンを見(み)て、泣(な)いてこちらに走(はし)ってきた。だから捕(つか)まえた。故(ゆえ)に、もう俺のものなんだよ、クーカイ」


「どうしてその名前(なまえ)を……まさかお前、黒羽伊吹(くろはいぶき)」


「そう、そのまさかだ」


 身体中(からだじゅう)に電流(でんりゅう)が走(はし)った。目(め)の前(まえ)に黒羽(くろは)がいる。とても信(しん)じられない。黒羽(くろは)は微笑(ほほえ)み、蠱惑的(こわくてき)な目(め)を向(む)けた。


「久(ひさ)しぶりだな、クーカイ。今世(こんせい)ではたった16年だが、魂(たましい)の話(はなし)で言(い)えば1700年ぶりか」

 黒羽(くろは)は凜(りん)ちゃんの顎(あご)を摘(つ)まみ上げた。


「凜(りん)ちゃんを放(はな)せ」


「黙(だま)って見(み)ていろ、クーカイ」

 黒羽(くろは)が凜(りん)ちゃんの顔(かお)に自分(じぶん)の顔(かお)を近(ちか)づける。


「凜(りん)ちゃん、起(お)きろ、起(お)きてくれ」


 せめて指(ゆび)さえ使(つか)えれば、金剛印(こんごういん)を結(むす)べるのに! 凜(りん)ちゃんの唇(くちびる)に黒羽(くろは)の唇(くちびる)が触(ふ)れそうになった瞬間(しゅんかん)、凜(りん)ちゃんの身体(からだ)を包(つつ)む白(しろ)いオーラが光(ひか)りだした。


「な、に?」

 鮮烈(せんれつ)な光(ひかり)で背中(せなか)に貼(は)られた何(なに)かが外(はず)れた、その途端(とたん)、金縛(かなしば)りのような体(からだ)の呪縛(じゅばく)が取(と)れ、金剛杵(こんごうしょう)を構(かま)えると、黒羽(くろは)に突(つ)っ込(こ)んだ。


「オンアボキャベイロシャノウマカボダラマニハンドラジンバラハラハリタヤウン」


 金剛杵(こんごうしょう)がまばゆい光(ひかり)を放(はな)ち、黒羽(くろは)の悲鳴(ひめい)が上がった。空中(くうちゅう)に放(ほお)りだされた凜(りん)ちゃんを走(はし)って抱(だ)きとめる。


「凜(りん)ちゃん、しっかりして。お願(ねが)いだ。目(め)を開(あ)けてくれ」


 凜(りん)ちゃんの瞼(まぶた)がゆっくりと開(ひら)いた。


 よかった。


 そう思ったのも束(つか)の間(ま)、凜(りん)ちゃんの目がそのまま恐怖(きょうふ)に見開(みひら)かれた。


顔(かお)を上げて、息(いき)が止(と)まりかけた。黒羽(くろは)が立(た)っている。いつの間(ま)に手(て)にしたのか、凜(りん)ちゃん家(ち)にあった呪物(じゅぶつ)、あの本(ほん)を握(にぎ)っている。


本(ほん)に貼(は)った札(ふだ)は無残(むざん)にも外(はず)され、表紙(ひょうし)からどす黒(ぐろ)い気(き)を放(はな)っている。とっさに金剛杵(こんごうしょう)を構(かま)えようとした。その時、黒羽(くろは)の眼(め)が紅(あか)く光(ひか)った。強(つよ)い風(かぜ)が起(お)き、どこからか太(ふと)い枝(えだ)が飛(と)んできて、金剛杵(こんごうしょう)を跳(は)ね飛(と)ばした。


しまった。


地面(じめん)に転(ころ)がっていく金剛杵(こんごうしょう)に手を伸(の)ばした時(とき)、本(ほん)の表紙(ひょうし)が開(ひら)いた。パラパラとページがめくれ上がり、目(め)の前(まえ)でどんどんどんどん大きくなっていく。強(つよ)い竜巻(たつまき)のような風(かぜ)が本(ほん)から起(お)こり、巻(ま)き込(こ)まれるようにして、その本(ほん)の中(なか)に飲(の)み込(こ)まれた。


(第二部完 第三部に続く)

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