13 白いお家
凜ちゃんの家は郊外の広大な敷地の中にあった。門から家までの間、車窓から見た庭園は美しく整えられている。
今のところ変なものは感じない。車を降りると、家の大きさに圧倒された。
白亜の豪邸とはまさにこのことだ。円柱も、飾りのついた窓も西洋のお城のようで、見上げるだけで首が痛くなる。
知らなかったけど、凜ちゃんって大金持ちのお嬢様だったんだ。
車寄せに車が停まると、中からエプロン姿の中年の女性が出て来た。
「お帰りなさいませ」
丁寧に頭を下げる女性に、凜ちゃんのお母さんが鞄を渡した。
「木村さん、お茶の準備は整っている?」
「もちろんでございます奥様」
木村さんと呼ばれた女性が頭を下げた。
「ありがとう木村さん。さあ海人さん、少しお疲れになられたでしょう。すぐ名刺を取ってまいりますので、ゆっくりなさっていてください」
「いえ、ぼくは悪い霊が溜まっている場所を見つけ出して……」
「そうおっしゃらないで、少しくらいゆっくりなさってらして。木村さんご案内してさしあげて」
通された応接間は30畳ほどの広いところで、重厚なワインレッドの絨毯と、高い天井から下がるシャンデリア、その下の大理石のテーブルと、まるで城にでも来たようだ。小さくなりながら座っていると、木村さんがお茶とお菓子を持って入ってきた。
「あのっ、申し訳ございません。ケーキは食べられなくて……」
「甘いものはお嫌いでしたか」
「修行中の身ですので」
木村さんは憐れむような目で紅茶だけ置いた。
「何かありましたらお申し付けください。ではごゆっくり」
「あの、この家を案内してもらえませんか」
「でも、ゆっくりしていただくようにと奥様から申し付かっておりますので」
「名刺を探していただいている間に、この家に悪霊や悪い気が溜まっている所を見つけて祓いたいんです。名刺をいただいたらすぐ失礼できるように」
お手伝いの木村さんと一緒に台所、洗濯場、お手洗い、書斎、納戸などを見て回った。
特段悪霊や悪い気が溜まっているところはない。とはいえ、やはり水回りは気になる。水は淀めば濁る。濁れば悪い気や悪霊を呼ぶ。
台所、洗濯場、お手洗いに持参した札を貼った。そして念のため玄関にも貼った。そうだ、来るときに通ったあの門にも貼っておこう。
家の外を出ると、香しいバラの香りが鼻をかすめた。広大な庭に咲きかけのバラがある。
午後の陽光を受けた花びらがきらめき、吹く風にくすぐったそうに揺れている。
良い香り。
この香りでこの土地が清められているんだ。なるほど、どおりで車で通った時、変な気や邪悪なものを感じなかったわけだ。
「ありがとう。君たちがここを護ってくれているんだね」
バラの花びらに触れた途端、ピリッと電流のようなものが指先に走った。瞬間、月明かりを浴びる白いワンピース姿の凜ちゃんの映像が頭の中に浮かんだ。
この映像は一体……。
「あの……」
木村さんの声に振り返ると、申し訳なさそうに、
「大変申し上げにくいのですが。ご案内はここまでで、よろしいでしょうか?」
「えっ、あっ、はい」
木村さんの表情がぱっと明るくなった。
「実は買い物にでる時間なので、恐れ入りますが、こちらで失礼いたします」
そう言って、足早に行ってしまった。
それにしても、さっきの月夜の映像が過去なのか、未来なのか分からない。
でもバラが凜ちゃんの悪夢について何かを知らせようとしてくれたのは間違いない。名刺をもらって帰ってくるだけだと思っていたけど、いろいろと気を付けた方がよさそうだ。巨大な門の裏側に札を貼りながらそう思った。
少しでも気になるところには全て札を貼った。あとは凜ちゃんの部屋と凜ちゃんのお母さんとお父さんの部屋だけだ。
とはいえ、案内もなしに勝手に家の中をうろつくわけにいかない。
仕方なく最初に通された応接間に戻り、木村さんを待つことにした。と
ところが、2時間経っても時間経っても戻ってこない。凜ちゃんのお母さんも現れない。名刺を取りにいっただけなのに、さすがに時間がかかりすぎている。
もしかして呪物を探している間に何かあったのかもしれない。そう思って腰を浮かせたところに、凜ちゃんのお母さんが現れた。
「海人さん、お待たせしてしまってごめんなさいね。でも名刺がどこを探しても見つからなくて」
明らかに憔悴しきった目を向けた。
「ちゃんと化粧台のところに置いておいたはずなのよ。でもどこを探してもないの」
「化粧台? あのっ、よろしければ、その化粧台を見せていただけませんか?」
凜ちゃんのお母さんが怪訝な顔をした。
「もし凜ちゃんへの呪いがかけられているのであれば、名刺は呪物と化しているはずです。そうなれば恐らく気配で分かると思うんです」
凜ちゃんのお母さんとお父さんの部屋は2階の南側にあった。陽当たりがよく風通しもいい。
ドア口に立った瞬間に、「ここにはない」と直感した。
悪霊がいたり、悪い気があったりすれば、部屋の入り口で既に分かるものだ。でもそれを感じない。となると名刺はこの部屋にはない。
「海人さん、どうぞ中へお入りください」
凜ちゃんのお母さんが、入り口の前で立ち止まったぼくをいぶかし気に見ている。
「名刺は、ここにはありません」
「えっ、でも気配で分かると……」
「その気配がないのです。恐らくこの部屋にはないでしょう」
「そんな……名刺は、ちゃんと化粧台の上に置いておいたんですよ」
「では、よろしければ化粧台を祓わせていただけませんか」
「えっ、ええ」
白い化粧台はベッドのわきに、鏡がむき出しの状態で置かれている。なるほど、かすかだけど、悪霊の残り香を感じる。確かにここにあったんだ。
胸元から札を取り出すと、鏡の裏に貼った。
「ところで、この化粧台は以前からここに?」
「いえ3か月前にアンティークショップで購入し、買い替えたものです」
「その頃から、不眠が続いていませんか」
「どうしてそれを……」
「鏡は使わないときはカバーか何か、布でもいいので、かけておいてください。そうすれば不眠に悩まされることはなくなるはずです。それから、おっしゃる通り、ここに名刺があった。でも今は動いてしまった」
「まさか名刺が勝手に動くなんて」
「確かに普通はそう思うでしょう。でも名刺が呪物で、その呪物に悪霊がついていれば可能です。人を使って、自分、つまり名刺の場所を変えさせる」
「悪霊!」
凜ちゃんのお母さんが震えあがった。
「ねえ海人さん、もしここから移動したのだとしたら、その悪霊つきの名刺は今どこにあるのかしら?」
「恐らく……」




