表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/21

1 誕生日にみる夢

気づくと(やみ)の中にいた。


黒く()りつぶしたような空間は、広いのか、(せま)いのか……いや、そもそも空間なんてあるのだろうか。


一歩()み出した途端(とたん)(がけ)からまっさかさまに落ちるってこともある。楠木海人(くすのきかいと)は震えあがった。


(やみ)はまるで(なぎ)のように、ただただ(だま)っていた。夜の暗さなんて(くら)べ物にならない。(さけ)び出したい気分だった。

しかしそれも怖くてできない。その時、暗闇(くらやみ)の中に、一筋(ひとすじ)の細い線が見え始めた。光を放つまばゆい線……


海人は()ね起きた。


とっさに自分の体を(さわ)った。細い(うで)が、ストライプのパジャマ()しに()れる。はっきりとパジャマの青い線が見える。もうあの黒い空間じゃない。


机の上のカレンダーに目をやった。6月16日という数字とその下に“たんじょう日”と書かれた字がやたら大きく感じる。


深いため息がもれた。物心(ものごころ)ついた時から、誕生日には決まって同じ夢をみる。9歳になった去年も8歳になった一昨年(おととし)も、全く同じ夢をみた。


恐らく10歳になる今日もみるだろうと、覚悟(かくご)していたのに、恐怖(きょうふ)は相変わらずだ。(やみ)(こわ)い……


朝の光に飛びつくように、水色のカーテンを開けた。(まど)一面に、どんよりとした雲が()れ下がっている。


こういう日はお日様が見たいけど、梅雨だけにそうもいかない。それにしてもあの暗闇の中の白い線、どうして光もないのに輝いて見えるのだろう。水面に太陽が反射するのに似ている……。


目覚まし時計がけたたましい音を立てて現実に引き戻された。窓辺(まどべ)から(はな)れると、(まど)ガラスにちっぽけな自分の姿(すがた)(うつ)っているのが見えた。


「海人って女の子より女の子みたい」


幼馴染(おさななじみ)山根若菜(やまねわかな)ちゃんによく言われるけど、確かに一瞬(いっしゅん)自分でもそう見えてしまった。


でも女の子っぽく見えるのは、この顔のせいばかりじゃない。やせていて、背が低いし……それに怖がりだからだ。


(かべ)()ってある戦隊(せんたい)もののポスターに目がいった。別にヒーローになりたいわけじゃない。せめて(こわ)がらなくてすむようになりたい。


階下(かいか)()りると、お母さんの声が飛びこんできた。

「今日で海人も10歳になるのよ」


「だからこそ、今日くらい海人の(きら)いな物、作ることないんじゃないのか」

 あきれたようなお父さんの声に、急いでダイニングの(とびら)を開けた。途端(とたん)に、肉の(にお)いにめまいがした。


「海人、お誕生日(たんじょうび)おめでとう」

 お母さんがほほ笑んで、イスを引いてくれた。


「お母さん、いっぱいごちそう作ったのよ」

 料理(りょうり)好きのお母さんらしい。


テーブルの上には、ソースのたっぷりかかったハンバーグや、きつね色のから()げ、ドーム(がた)のチャーハンが湯気(ゆげ)を立てて(なら)んでいる。小学生の好きな献立(こんだて)ベスト5というのがあれば必ず上位(じょうい)にきそうなものばかりだ。


「海人、無理(むり)して食べる必要(ひつよう)ないからな。お父さんが代わりにみーんな食べてあげるから」


お父さんがから()げに手を伸ばそうとすると、お母さんが素早(すばや)くお皿を取り上げた。

「あなたは血圧(けつあつ)高めなんだから、(ひか)えてください。さあ、海人」

 ぐいっと目の前にお皿が差し出された。


「このから()げね、今回のは、おからとお野菜(やさい)を混ぜて作っているから、きっと食べられるわよ。お母さんが味見(あじみ)したらね、もうほとんど豆腐(とうふ)よ」


思いきって手を伸ばした。口の中で熱々(あつあつ)のから()げが踊り、豆腐(とうふ)や野菜の間からじゅわりと肉汁(にくじゅう)()み出てきた。


うわっ

お肉が“ちゃんとここにいるよ”、そう主張(しゅちょう)している。


「どお、海人。今度のは大丈夫でしょ」

あいまいにうなずくと、お父さんがコップを差し出してくれた。一気に水を飲みほすと、肉片が(のど)の奥へと通過(つうか)していく。


「海人がかわいそうだぞ」

「そんな、わたしは海人のためを思って。ただ、元気で大きくなってほしいだけよ。あなたには分からないのよ、わたしの気持」


お母さんの眼がうるみはじめた。お父さんが、しかたないなあという風に首を()っている。ダイニングに流れ始めた嫌な空気から逃げるように、朝食を流し込むと家を出た。


小学校まで続くこのなだらかな坂道には、様々な植物が植えられている。春には桜、続いて咲くつつじ。


今はちょうど紫陽花(あじさい)が咲きはじめている。この花びらも徐々(じょじょ)赤紫(あかむらさき)に変わっていく。それにしても、これが解熱剤(げねつざい)治療薬(ちりょうやく)に使われるなんて不思議(ふしぎ)だ。色が変わるのと、何か関係があるのだろうか。


その時、反射的(はんしゃてき)に体がこわばった。(なな)め前の木の下に大嫌(だいきら)いなカラスがいる。あの夢をみた今日は特に気味が悪い。恐る恐る足を踏み出そうとすると、

「カア」

 カラスが飛び()ね羽根を広げた。この道は通さないぞ、とでも言っているようだ。


どうしよう、学校に行けない。

その時、後ろから岡君と田無(たなし)君の話し声が聞こえてきた。


もう少しだけ待って、あの二人の後から行こう。希望(きぼう)を持って二人を見つめていると、岡君が大げさに眼を見開いた。


「海人、そんなとこで何やってんのお~。まさかカラスが(こわ)いのお~」

「岡君、そんな分りきったこと聞いちゃ、かわいそうだよ」

 田無君が笑いながら、いきなりカラスに向かって走り出した。途端(とたん)、バサバサと羽根(はね)を広げカラスが飛び上がった。


「きゃあ」

 思わず両手で頭を(かか)えた。バカにした笑い声が大きく響く。

「ちょっと止めなさいよ!」

 遠くから声がしたかと思うと、長い(かみ)をツインテールにした山根若菜ちゃんがすごい勢いで走って来た。


「ヤマンバだ、ヤマンバが来たぞ」

 岡君も田無君もあっという間に走り去って行った。

「海人、もう大丈夫よ」


ありがとうと言おうとした時、熱いものが(のど)の奥から上って来た。さっき食べた肉が元の動物の姿になって消化されまいと、あばれているみたいだ。

「海人」

 若菜ちゃんの声を合図(あいず)に口元を押さえ走り出した。

「どうしたの海人。待ってよ」

 

声が追いかけて来るが、待てるものじゃない。早く学校のトイレで()きたい。門をくぐり、校舎に飛びこむ。下駄箱(げたばこ)(くつ)()ぎ捨てたところで、後ろから強く(かた)(つか)まれた。


「急に走りだすことないでしょ、何が気に入らないの」

 がまんできない……()がひっくり返ったような気持ち悪さと共に全ての物が逆流(ぎゃくりゅう)して来た。

周りから悲鳴(ひめい)が上がった。(きたな)いものを見るいくつもの目。いたたまれなくなって(なみだ)が出た――。


結局(けっきょく)、その日は授業(じゅぎょう)に出ず、下校時間(げこうじかん)にそっと保健室(ほけんしつ)を出た。

 

見上げると、どんよりとした雲が空を(おお)っている。今の気分みたい。最悪(さいあく)誕生日(たんじょうび)だ。自然にため(いき)が出た。ランドセルがやけに重たく感じる。校庭に出ると、若菜ちゃんが近寄って来た。


「海人、気分はもういいの」

「うん、もう大丈夫」

「そう……あのさ海人……」

 若菜ちゃんの(ほほ)が赤くなり、はにかんだように笑った。みんなと一緒にいる時にはあまり見せない表情(ひょうじょう)だけど、こんな時の若菜ちゃんはやけにかわいい。


「付き合ってほしいんだけど」

「えっ」

誤解(ごかい)しないでよ、変な意味じゃないから」

「変な意味って?」

「海人に言っても分かんないか……」

「何それ」


「じゃあはっきり言うね。一緒に旧校舎(きゅうこうしゃ)まで付き合ってほしいんだけど」

 一瞬(いっしゅん)何を言われたのか分からなかった。

「旧校舎」

 口に出した途端(とたん)、全身の細胞(さいぼう)が一斉に震えはじめた。しかし若菜ちゃんは満面(まんめん)の笑みを浮かべ、

「海人にしか頼めないの、ね、お願い」

 しっかりと手を(つか)んできた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ