戦国の嵐、そして迫る初陣
1555年、初夏。
降り注ぐ陽光が、新緑の木々をきらめかせ、土佐の山々には爽やかな風が吹き抜ける。鳥たちのさえずりが、のどかな初夏の風景を彩っている。
だが、そんな穏やかな景色とは裏腹に、一条家は絶えず戦の渦中にあった。西園寺攻めで大きな成果を上げた鉄砲隊の話は、吉良氏や本山氏にも瞬く間に伝わっていたようだ。しかし、彼らが有効な対策を練るには、あまりにも時間がなさすぎた。
まず動いたのは吉良氏だった。彼らはわずか三週間で降伏してきたのだ。親父は、現当主の隠居と人質の差し出し、そして領土の変更を条件にそれを認めた。そして、現地に警備兵という名の七百人もの戦乱に巻き込んでしまった農民たちを、新天地としてそこに置いた。彼らは、希望に満ちた顔で新たな土地へと足を踏み入れ、未来を耕すべく鍬を握る。その背中には、初夏の太陽が眩しく降り注いでいた。
親父は、休む間もなく本山氏攻めを続行する。無論、西園寺氏と吉良氏の将兵は、一番過酷な最前線に配備された。彼らは、これまでの戦で受けた屈辱を晴らすかのように、損傷度外視で迅速な攻めを展開する。山々を駆け巡る兵たちの足音は、まるで地響きのように響き渡り、本山氏の領地を蝕んでいく。
そして、俺がどうしても手に入れたかった土佐郡は、名目上、俺の土地となった。俺は、西園寺十五将や一条殿衆の若い跡継ぎたちを率いて、その領地経営に勤しんでいる。彼らは皆、目を輝かせながら俺の指示に耳を傾け、新しい領地をより豊かにすることに情熱を燃やしている。城下の町並みは、活気を取り戻しつつあり、行き交う人々の顔には、わずかながらも安堵の色が浮かんでいた。
雇い入れた山師たちは、大川村っぽい所で白滝鉱山を探し回っている。彼らは汗を流しながら山を掘り進めるが、なかなか目的の鉱脈にたどり着けないようだ。
まだ若い俺の直臣たちは、その苛立ちを隠せないでいる。彼らの顔には、焦燥の色が浮かんでいた。
「気長に待とうぜ?」俺はそう言って、彼らを宥める。焦って良いことは何もない。いつか必ず、この山が我々に富をもたらしてくれるはずだ。
そんな日常の中、俺の脳裏には、ある戦のことが常にちらついている。それは、厳島の戦いだ。
毛利方が4000人、陶側が30000人。この数字の差は、俺の胸に重くのしかかる。
「俺が今回率いて行く兵の数は、僅か600人だし……」
思わず、独り言が漏れる。この圧倒的な兵力差を前に、俺は生きて帰れるのだろうか。一条家側の総大将が、本当に俺で良いのだろうか。
しかも、俺はまだ、こんな若造だぜ?自信が……いや、しかし、これが俺の初陣なのだ。少しばかり、ナイーブになってしまっている。きっと、緊張し過ぎているのだろう。
そう、史実通りに進めば、俺が味方する毛利側は、約八倍もの兵力差を、地形を利用した完璧な嵌め手で倒すのだ。大丈夫、きっと上手くいく。
それに、あの毛呂智舟がある。あれは滅茶苦茶堅い。この時代、滅多なことでは大破しないはずだ。海風が吹き抜ける甲板に立ち、波の彼方に目を凝らす。水平線はどこまでも広がり、その先には、まだ見ぬ戦場が待っている。
それに、村上通康とも書状を交換している。何かあれば、彼を頼れば良い。水軍を率いる村上水軍は、瀬戸内海の覇者だ。彼らが味方してくれれば、これほど心強いことはない。うん。それでいい。大丈夫だ。自分に言い聞かせるように、俺は何度も頷いた。
季節は移り変わり、秋になった。黄金色の稲穂が頭を垂れ、収穫の喜びと、どこか物寂しさを感じさせる。
未来を知っている俺ならば分かるが、毛利元就の、「ミスって厳島にへっぽこ城を築城しちまったぜ」発言は、凄まじい煽りっぷりだ。
こんな挑発に乗らないわけがない。さすが、毛利元就。三本の矢を束ね合わせたところで乗り越えっこない、高く大きく聳え立つ壁だな。まさに謀略の神様だ。
今、何となく思ってしまったのだが、北は毛利元就が率いる毛利家の最盛期、東も三好長慶率いる三好家の最盛期時代。
え?何この状況。後、5年遅く生まれて来たらよかったのだろうか?思わず苦笑が漏れる。こんな強大な勢力に挟まれて、一条家は果たして生き残れるのか。
親父の代で何とか三好家に対抗しうる領土と国力を付けたいな。毛利?逆らう気有りませんよ。豊臣秀吉が攻めてくるまで待機ですね。
一方、本山氏攻めは順調に進んでいた。本山氏の当主死亡とその後の内部対立に漬け込んだ我ら一条家は、尋常ではないスピードで城を次々と落としていった。
まるで、収穫期の稲を刈り取るように、次々と領地を広げていく。とは言え、本山氏は土佐で一番の勢力を誇る大名。完全に征服させるには、まだ時間がかかりそうだ。焦らず、確実に、彼らの領地を奪っていく。
戦地にいる親父にも、毛利元就の厳島煽り作戦は聞き及んでいるらしく、俺の陰陽道の精度が高過ぎるとのお褒めの言葉と共に、俺を毛利の援軍として送ることを正式に許可したという書状が届いた。その書状を握りしめ、俺は力強く拳を握りしめた。
「良しっ!皆の者!」
喜多郡の辺りにある肱川。この川は非常に長くて大きい。瀬戸内海にも繋がっている。地球規模で考えると、たった400年で地形はそう簡単には変わらないとは思ったが、念の為、事前に調べておいたから問題ない。川面には、秋の澄んだ空が映り込み、その流れは、俺たちの行く末を暗示しているかのようだ。
「戦支度じゃッッ!!」
「「「ハッッッ!!!!」」」
家臣たちの力強い返事が、秋の空に響き渡る。彼らの顔には、決意と高揚が入り混じっていた。
義の創出、そしていざ出陣へ!
という訳で、戦支度をしたわけだが、いきなり攻め込むためには、どうしても必要な「義」がない。そこで、俺は無理矢理それを作り出すことにした。
「公高」
「はっ」
俺の呼びかけに、一人の青年が淀みなく返事をした。彼の名は、西園寺公高。西園寺充実の嗣子である。俺が策した西園寺・宇都宮攻めが成功したため、史実とは異なって生き延びた武士だ。
史実では、西園寺氏と宇都宮氏が領土を巡って争い、城代から報を受けた公高は、急遽狩猟の場から駆けつけ、飛鳥城に来襲した豊綱の軍と得意の槍を持って奮戦するも、敵の矢を受け19歳で討死している。血筋の良い名門西園寺の優秀な子で、槍働きもできるというクオリティ。俺は、まさにそんな人材が欲しかったのだ。
「朝廷に御挨拶に伺う用意をせよ。柚子の香りがする高級石鹸などを毛呂智舟の積荷に追加せよ」
俺の指示に、公高はきびきびと返事をした。
「はっ!」
「丁重に扱えよ。完璧な贈り物に仕上げよ。さすれば、そなたに50の兵を預けてやる」
「有難くッッ!!」
公高の顔は、喜びと興奮で紅潮していた。彼はちょうど槍働きとかしたい血気盛んな時期だから、見事に釣れたな。彼を良いように扱ったとは言え、これで完璧に大義を得られた。朝廷への献上品という名目で、毛利への援軍を正当化できる。
城下の道には、既に毛呂智舟に積み込む荷が運び出されていた。積み荷と弾丸・火薬の再確認をしたら、いよいよ出陣だ。港からは、潮の香りがかすかに漂ってくる。
初陣だ。張り切っていこう。この一条鎌房、初めての戦場で、歴史にその名を刻んでやる。秋風が、俺の頬を優しく撫でていった。
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