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評定デビューと海への野望


天文十九年二月、1550年。

遠く京の都では三好家が七国を跨る大大名になったという報せも届いていたが、それよりも、俺の爺ちゃんにあたる大友義鑑が殺された身内の問題の方が我が一条家を騒がした。親父の母、つまり俺の祖母の父が殺されたのだ。血縁者だからといって、それほど感情移入はしないが、家としては重要な出来事だ。


俺の「謹慎」もこの急報により強制終了させられ、評定の間に呼ばれたのだ。


中村御所の評定の間は、重厚な木造建築だ。高い天井は太い梁が何本も渡され、まるで巨大な船の骨格のよう。壁は土壁だが、一部には格子の障子が嵌め込まれており、そこから差し込む冬の光が、室内に漂う埃をキラキラと照らしている。畳は新調されたばかりなのか、まだ真新しい藺草いぐさの匂いが微かに漂い、室内の樟脳の匂いと混じり合って、独特の、しかしどこか落ち着く香りを生み出していた。


広々とした空間の中央には、親父の座る上座があり、そこから左右に重臣たちの座が等間隔に並べられている。普段は厳かな空気が漂うだけの場所だが、今日はいつになく重苦しい雰囲気が充満していた。

親父の隣に、普段は並ぶことのない重臣たちがずらりと居並ぶ。彼らの顔は一様に硬く、真剣な眼差しをこちらに向けていた。その視線の先にいる、まだ幼い俺。だが、俺は末席とはいえ、その中に加わることになった。


更に、この機会にと八歳であるにも関わらず、特例として正式な評定衆に選ばれた。うん、俺も出世したな。評定衆に名を連ねるということは、一条家の中枢に食い込んだということだ。まだ幼い身ではあるが、これで正式に発言権を得たことになる。


領民の皆さん、親父から土地を無理矢理渡されたんで、飾りのお偉いさんやってます。以後よしなに、よろしゅうな。まあ、飾りとは言いつつ、実質的なブレーンは俺なんだけどな。


「今回も若様の占術は的中ですか……」


一条家の四家老の内の一人、為松さんが感嘆の声を漏らした。その視線は、尊敬と畏怖が入り混じっていた。普段は冷静沈着な彼も、俺の言葉が現実となったことに動揺を隠せないようだ。だが、その言葉に、土井さんがすぐさま訂正を入れる。


「為松殿、陰陽道ですよ」


土井さんは俺の意図を汲み取ってくれたのか、はたまた、本気で陰陽道と信じているのか。その顔は至って真剣だ。


「これは大変失礼致しました」


別にそこ、そんなに訂正する所じゃないんだが。為松さんも真面目な人だ。俺が口にした親父の自害の予言が、まさに大友義鑑の死という形で現実に起こったとでも思っているのだろうか。確かに、俺は京の一条家が親父を狙うと忠告した。その京の一条家からの刺客が、まさか大友義鑑を狙うとは。偶然? それとも俺の知識が引き起こした「収束」というやつか? 俺自身の予言が、別の形で現実になるというのは、なんとも皮肉なものだ。


因みに、大友義鑑は殺されたが、親父である一条房基は生きている。史実を覆したのだ。その事実に、評定衆の誰もが安堵の表情を浮かべていた。特に土井さんは、安堵と共に、誇らしげな視線を俺に向けているのが分かった。


やはり、突如として自殺したのでは無く、武力を用いて攻撃的に、正しく時代に順応していく戦国大名的な親父の言動に、何故かムカついた京の一条家からの暗殺だったらしい。いやいや、環境に適応していかないと生きていけんよ。こんなに有能な親父を殺そうなんて、やめてクレメンス。京の一条家、マジで勘弁してほしい。


にしても、史実では、突然の自殺と扱われていたが、実際は、俗説の暗殺説だったとは。案外、俗説も舐めちゃいかんね。歴史書なんて、結局は勝者の手によって都合よく書き換えられるものだし。俺が歴史を変えたことで、その俗説が真実になったとも言える。


で、その暗殺者は、依岡さんが登用してきた忍者たちの監視の網に引っ掛かり、親父を狙った暗殺者は捕まったのだ。依岡、仕事が早いな。褒めてつかわす。その報告があった時、評定衆の間には、どよめきと安堵の空気が入り混じった。誰もが、一条家の未来を案じていたのだろう。


俺は盛大に吐き出したり、狂乱しながらも、直接、俺の手でその暗殺者の首を刎ね落とし、死体をバラバラにして処理し、京に居る一条家に生首を始めとする死体……いや、メッセージを送った。俺に刃向かえばどうなるか、思い知らせてやる。


親父や土居宗珊にすら内緒で行ったのに、親父に呼び出された。その時は、親父の顔が青ざめていたのを覚えている。俺は今でも、あの時、怒られたのか、褒められたのか良く分からない。ただ、一条本家から書状が来たんだと確信しただけだ。きっと、これ以上ちょっかいを出すな、という警告だろう。だが、これで一条本家も、土佐の一条家を舐めてはかからなくなるはずだ。


「父上、発言の許可を」


俺は静かに、しかしはっきりと口を開いた。評定衆の視線が一斉に俺に集まる。その中には、驚きと期待が入り混じっていた。普段は子供らしく振る舞っている俺が、評定の場で発言するのは初めてのことだ。


「うむ、良かろう。申してみろ」


親父は腕を組んで顎をしゃくり、いちいち偉そぶって許可を出した。その顔には、先ほどの出来事の動揺は消え、当主としての威厳と、どこか俺への信頼が見て取れる。

仕方ねぇ、こっちも馬鹿丁寧に返してやんよ。


「恐れながら、ケッチ船という物を造って頂きとう御座います」


俺の言葉に、家臣一同、なんだそりゃという顔に一瞬なったが、すぐに顔を見合わせて頷き始めた。その中には、「また若様の発明か」と納得したような声も聞こえる。


いや、まだ何も説明してないのに勝手に賛同すんなし。俺は発明家じゃなくて転生者だ! しかし、彼らの信頼を逆手にとるのも悪くない。


「なんじゃそれは?」


流石、親父。ニヤニヤしながら俺の説明を促してくる。その顔には、「また面白いことを言い出したな」という好奇心が滲み出ている。


俺はえへんと、咳払いしてから一気に喋り通した。


「ケッチは帆船の一種で、戦時は軍艦として、平時は交易船として用いようと思っております。この日ノ本だけで無く、明や東亜にも行く事も想定しております故、全長は十間(約18メートル)から二十間(約36メートル)で大きく、喫水も深いです。大まかな構造としては、二本のマストと呼ばれる大きな柱を取り付けた船で、より大きい柱をメインマストと呼び、その後方に少し低い柱、ミズンマストを持ちます。その両方に縦帆を張ります。ケッチは、バランスが良く、これでも他の南蛮船に比べ、小さい為、操作も簡単で、更に、長距離の航海が可能です。また、風上に向かえるだけでなく、舵を使用せず帆だけでの操船も可能です。更に、その船の左右と前方に、先日開発致しました棒火矢ぼうひやを大量に設置すれば、まさに鬼に金棒で御座います。南蛮のガレオン船は、三本マストを搭載し、船体は五百から六百トンほどで大きいですが、この船は性能よりも派手さを意識していたので、船の性能は悪くスピードもあまり出ません。故に私の発明の方が偉大で、合理的且つ実用的なのです。QEDッッ!!!(証明終わり!)」


俺の熱弁に、評定衆は皆、目を丸くしていた。その表情には、驚嘆、困惑、そしてかすかな恐怖が入り混じっていた。特に、「風上に向かえる」という点には驚いていたようだ。この時代の船は、基本的に追い風でしか進めないからな。そして、棒火矢の搭載。これは、まさに戦国時代の海戦を塗り替える発想だ。彼らは、俺がただの子供ではないことを改めて認識しただろう。


「あいわかった。土井と相談してその某船を造るが良い」


親父の返事、即答っつうか、滅茶食い気味ィィィ。俺が何言っているのか分からないから土井さんに押し付けただろと、評定衆一同そう思いながら、親父の決断に平伏した。内心では、彼らもこの「若様の発明」が一条家にもたらすであろう影響を測りかねているようだった。


よっしゃ! これで、サツマイモとジャガイモとトウモロコシを東南アジアから取ってこれるぜ! これらはやせ地でも育ち、飢饉に強い作物だ。人口増加と兵糧の確保に革命をもたらす。


来年には、大友宗麟の所にフランシスコ・ザビエルが居るはずだから、そのコネで南蛮貿易するか。キリスト教布教の邪魔にならない程度に、貿易利権だけはしっかり確保する。


丁度、今年から椎茸の採取が可能な時期だからそれで造船のための資金調達をしよう。俺はキノコ嫌いだから食べないけど、儲かるのはいいな。椎茸は乾燥させれば保存も効くし、高級品として他国にも売れる。

次は醤油とか作ってみるか。日本食の基本だ。これがあれば、食料の味付けだけでなく、保存性も高まる。やることは山ほどあるな。戦国の世、俺の知力チートで天下を取ってやる。


御高覧頂き誠に有難う御座いました。

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