迫る運命と新たな発明
「どれだけ人生を美的に享楽しても、それは即ち絶望に過ぎないって、キルケゴールさんも言ってるし、俺だって何がなんでも生きろとは言わないけど、せめて元服するまでは待って欲しいなぁ」
1549年の正月は、先日、盛大に祝い終えてしまった。豪勢な料理と酒、家臣たちの笑い声に包まれた祝宴は、束の間、俺が背負う未来の重みを忘れさせてくれた。だが、そんな感傷も長くは続かない。
いつ起きるのかは分からないが、今年は、親父が自害した年である。
その事実を何がなんでも伝えなければならない。
史実の兼定は、この後、七歳で家督を継ぐことになる。それはつまり、俺が当主になるということを意味する。親父に死なれてたまるか。
取り敢えず、鎌を掛けてみた。「親父、最近、なんか悩んでることとかない?」とか、「なんか不吉な夢を見たんだよな、親父にまつわる夢なんだけど」とか、それとなく探りを入れてみたのだが、親父は「兼定、お前も物騒なことを言うようになったな、はっはっは!」と、豪快に笑い飛ばすばかりで、何の事か全く分かってなさそうだ。
親父は、ああと首を捻りながら言った。呆れたような、それでいてどこか優しい表情だ。その顔を見て、俺は決意した。直接言うしかない。
刹那、俺は吼える。
「親父ッッ!!! 心して聞いて欲しい。実は、正月に今年の運勢を占ったら……親父、あんたが自害するって出たんだよ………」
いきなり、親父と怒鳴った時にビクッとなり、自害する事も伝えると、更にビクッとなった。親父の顔から、一瞬にして笑顔が消え、呆然とした表情に変わる。その瞳には、恐怖と困惑が入り混じっていた。
だが、親父の顔に「バレた」、とか、そういった表情は見受けられない。これはもしかして? 親父自身、自分の死を予期していない……あるいは、覚悟していないということか? それならば、史実を変える余地は十分にある。
「だから、俺は親父にお願い事が有るんだ。京に居る一条の本家と仲良くして欲しいんだ。そして、暗殺されないように気を付けて欲しい」
京の一条家、つまり公家一条家だ。彼らは朝廷との繋がりが深く、公卿としての権威を持っている。土佐一条家は、その分家とはいえ、遠く離れた土佐で武家として独立している。親父が自害したとされる理由の一つに、京の本家との確執が挙げられることもある。その繋がりが、彼の命を脅かす可能性を少しでも減らしたい。
唖然とする親父を部屋に残し、俺は、
「新年早々、不吉な話をして申し訳ございません!」
と、一礼して出て行った。部屋の障子の向こうで、親父が唸っている声が聞こえた。きっと頭を抱えていることだろう。
その後、依岡さんが連れてきたばかりの忍者には、親父の警護と、暗殺者の排除を頼んだ。まだ幼い俺の言葉だが、依岡は真剣な顔で頷いてくれた。
そして土井さんには、
「暫くの間、謹慎しますと、御父上にお伝え下さい」
とだけ言い、自室でゴロゴロする日々を過ごした。
別に本当に謹慎するわけじゃない。ただ、親父に考える時間を与えるのと、俺が水面下でごそごそ動くための時間稼ぎだ。俺の部屋の畳は凄いんだぜ。
昔、ってか、転生前だけど、どっかのお城に行った時に、凄まじい密度で編まれた畳を自室の畳として採用している城主が居たんだ。その畳を使う理由として、凄まじい密度の畳はイザという時にパカッと外して盾に出来るからだそうだ。俺はこれを「畳盾戦法」と名付けた。
無論、俺の部屋だけでなく、親父の部屋の畳と、評定をする所の畳も全部それに変えた。襲われた時の生存率を上げるためには、多少金が掛かろうが安いもんだろ。いざという時の避難経路の確保と合わせて、これで安全は確保できるはずだ。
さてさて。それでだな、俺は謹慎中に「紡績機作る!」なんて、息巻いて言い出したが、今は石鹸作りに励んでいる。
紡績機? 後からやるよ。なんせ、一年もあるんだからな。急ぐ必要はない。まずは足元を固めることだ。石鹸は、この時代に普及させれば、病気の予防に繋がり、民衆の健康状態を飛躍的に向上させられる。医療知識チートを使う前に、できることをやる。
俺TUEEEE系や、中世ヨーロッパっぽい冒険者ギルド直行系、スライムとか骸骨とかなっちゃった系のラノベだけでなく、歴史物のIF小説も息を吸うが如く読み漁ったので、石鹸と黒色火薬、千歯こきなどの農具の作り方は暗記してある。
無論、【智力】補正が働いており、W◯K◯PEDIA様で調べた配合率や、炭鉱の場所まで事細かに覚えているがな。転生ボーナス神ですわ。この膨大な知識があるからこそ、この戦国時代を生き抜ける。
まぁ、そのおかげで、紡績機なんていう大口叩いていられる訳でして。
もちろん、紡績機についての記憶もあるゾぃ。ええと、まずは、ジョン・ケイさんが飛び杼を開発して綿糸が不足するんだよな。
で、綿糸を早く紡ぐ為に、ハーグリーヴスが多軸紡績機、いわゆるジェニー紡績機を開発した。
その後、アークライトさんが**水力紡績機を開発したから、綿糸余っちゃって、
織物機械の改良が望まれたから、カートライトさんが力織機**を作ったんだよな。
世界史の資料集に大体バクっと理解出来る絵が載っていたので、何となくそれを思い出しながら設計図を書いた。沢山の鍛冶師の為に同じ絵を何回も描くのは怠いな。
あっ、そうだ。印刷機作ろう。
まずは、活版印刷。
次に、平版印刷。
これの技術を応用し、輪転印刷機の詳細まで思い出す。
輪転印刷機とは、円筒型の版胴と圧胴の間に、巻取紙を挟んで連続的に印刷する機械である。
でも、これを作った所で、この時代、紙は高いし、しかも和紙だからな。土佐は檀紙が有名だけど。あれ、現存する和紙の中で最古なんだよね。確か。知らんけど。しかも、インクじゃなくて墨だし。西洋の紙とインクが手に入れば、革命的な技術になるんだが。
取り敢えず、俺が付けている日記にだけは物凄く詳細に書いておこう。後世の人に期待だな。俺は人類の知の伝承に貢献しているぞ。
【一条房基視点】
「で、奴は今、自主的に謹慎して居るのか」
あの後、儂は土井からの報告を受けた。兼定があのような事を口にしてから、儂の心は穏やかではなかった。自害……だと? 馬鹿な。ありえん。しかし、兼定がそこまで真剣な顔で訴えるのは初めてのこと。ただの子供の戯言とは片付けられなかった。
「はっ! 紡績機と力織機とやらの開発に取り組むそうです。それと、此方を渡せと」
儂は、土井が懐から出した手紙を受け取り、読み上げる。兼定の字は、六歳とは思えないほど整っている。
「えぇ……『御父上様、恐らく水車の歯の消耗度合いについて御悩みになられるかも知れませぬので、職人に歯の数は素数の方が良いとお伝え下さい。素数は、一とその数以外には約数を持たないもので、恋人の数で御座います。具体的には十一や三十七、千二十三等ですね……』じゃとよ。恋人の数だと? ふざけたことを。彼奴の謹慎はただ開発について考える時間が欲しいだけでは無いのか?」
儂はわざと眉をひそめてみせたが、内心では、その発想に驚きを隠せない。水車の歯の消耗など、考えたこともなかった。素数など、算術師でもなければ知らぬ者も多いだろうに、それをあのような形で示すとは。
「恐らくそうでありましょう……若様の為に、房基様も少しはお怒りになっておられる様に装って頂き……」
土井が、苦笑いを浮かべながら、儂の意図を察してくれた。良い家臣を持ったものだ。
「分かっておる。彼奴が一年も考え抜いた農具は余程凄いものに違いない。儂が協力するのは当たり前じゃろう」
「はっ」
土井も安堵した顔じゃ。全く、あの兼定に振り回されて大変じゃのう。だが、それもまた、一条家の未来のためと思えば苦ではない。
まぁ、良い。ボーセキッキィ等と云う農具の開発の邪魔をせぬよう、家臣共に言い聞かせておくとするか。水車の歯の数まで気を遣うとは、並々ならぬ執念だ。
「ん?……これは、確か、ピィエスと読むんじゃったな。『ピィエス、紡績機と力織機は農具じゃないですよ。結構大型の機械なので木材の用意をお願いしますね……』じゃとぉ?」
フンッ。良く分からん物を作りおって。農具ではないと? では一体、何を作るつもりだというのだ。
儂はもう知らんぞ。いや、知らぬでは済まされぬか。
「土井! 木材を何とかせい! それと、その『ピィエス』とやらの設計図を詳しく聞かせよ!」
「……はぁ」
この日から土井さんは忙殺された様だ。だが、その顔はどこか嬉しそうだったのは、儂の気のせいではあるまい。
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