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混迷の渦中

1564年。


一条家で巻き起こった騒動の報は、日本の二人の天才軍師、通称「両兵衛」の耳にも届き、彼らは共に愕然とした。しかし、その衝撃から導き出された結論は、まるで異なるものだった。



播磨にて:黒田官兵衛の困惑


播磨の空は、どこまでも澄み渡っていた。しかし、黒田官兵衛の心は、その青空とは裏腹に、深い霧に包まれていた。御父上、黒田職隆の娘と室津の浦上清宗との婚姻の日。その慶事を、敵対する赤松政秀の襲撃が血塗られた惨劇へと変えた。清宗が命を落とした報を聞いた時、官兵衛の脳裏に浮かんだのは、ある人物の顔だった。


「清宗殿が殺された……それを、見事に予言された一条鎌房様か……」


官兵衛は、口元で小さく呟いた。一条鎌房。桶狭間で今川義元を討ち取って以来、凄まじい勢いで勢力を拡大している織田家と、一条家の間で、水面下で対立が起きていることは、播磨の地にも伝わっていた。そして、先日の一条家における騒動が、その隠された対立に、ついに波紋を広げたのだ。


四国から淡路を経由し、畿内へと上陸した一条本隊は、摂津、河内、和泉を次々と制圧し、今や上洛を目指して山城国へと快進撃を続けているという。

一方、鎌房率いる別働隊は、阿波国から直接紀伊国へと上陸するという奇襲を敢行。鎌房独自の軍隊と兵器を最大限に活用し、紀伊国を平定したと聞く。

その後、北畠具教と共に大和国へと攻め入っている……はずだった。


「鎌房殿の思い描いた通りに事が進んでいれば、既に伊賀国の国人衆は調略され、近頃、急速に接近している京極氏を介して、近江国の浅井家を攻め滅ぼしていただろうに……」


官兵衛は、腕を組み、眉間に深い皺を刻んだ。


「何故、狂った……?」


自他ともに認める、今張良、一条鎌房の謀略は、青臭い己如きでは到底計り知れるものではない。官兵衛は、その深すぎる策の綻びに直面し、思考を放棄するしかなかった。彼は、ただただ、遠い京の空を仰ぎ見ていた。



美濃にて:竹中半兵衛の深謀


美濃の国は、山々の緑が目に眩しい季節を迎えていた。しかし、稲葉山城の守りを固める竹中半兵衛の眼差しは、その美しい風景とは対照的に、一点の曇りもなく、遥か遠くを見据えていた。


「以前から、わざわざ朝鮮や琉球から仕入れた清酒などの強い酒を下さり、製造法を必死に御教授される一条鎌房殿……」


半兵衛は、手元の杯を静かに回した。琥珀色の液体が、光を反射してきらめく。鎌房は、半兵衛が兵法について尋ねるたび、決まって酒と城、そして十七の兵に結びつけて語ったものだ。


「あの頃は、何故そのようなことを説かれるのかと、不思議で仕方がなかったが……舅である安藤守就と共に稲葉山城を守っている今ならば、よく分かる」


半兵衛は、静かに目を閉じた。今張良の名を冠する鎌房の謀略は、まさに化け物としか言いようがない。だからこそ、半兵衛の思考は、さらなる深みへと沈んでいく。


「今回の阿喜多騒動も……二十年近く前から仕組まれていた罠ではないのだろうか……」


今孔明の名をほしいままにし、その早死が惜しまれる竹中半兵衛は、阿喜多騒動に対して、鎌房本人ですら予測し得ないほどの、超絶的な深読みをしていた。彼の脳裏では、無数の可能性が複雑に絡み合い、一つの巨大な謀略図を形成しようとしていた。




両兵衛は、共に事件の中心である北畠家とは、物理的にも心理的にも距離があった。ゆえに、彼らはある種の傍観者的立場から、事の顛末を予想する視聴者でいられた。

しかし、この三人——北畠具教、浅井賢政、そして織田信長は、その渦中にいた。





俺は、北畠を刺激しないように紀伊国に引き籠ると決めていた。今回の阿喜多騒動について、頭の中では様々な思惑が駆け巡っている。


まず、この騒動の渦中にある北畠家前当主、具教殿だ。彼は、家督を譲った直後にこのような暴挙に出るとは夢にも思っていなかっただろう。一条家には叛意がないことを必死に説いているに違いない。


「この構図、清洲同盟を疑われて息子を殺した徳川家康に似てるわ……アカンで……」


俺は、思わず額に手を当てた。あれは、人質時代の竹千代から松平元康を経て、徳川家康にまでなった彼の壮絶な生き様と、織田と徳川がどちらか滅びる時には共に滅びるという強固な関係性、さらに自ら主君に恨まれる台詞を吐き出す勇気と信頼関係を築き上げていた酒井忠次の存在があってこそ成り立ったものだ。


「確かに、鳥屋尾殿ならば、その役が務められるだろう」


北畠家の重臣、鳥屋尾満栄のことだ。彼ならば、忠次の役割を果たせるかもしれない。さらに、英主と名高い晴具殿の息子である具教殿は聡い。だからこそ、断腸の思いで具房殿を斬り、徳松丸か亀松丸を嫡男とするだろう。


「ん? 1560年に親成が産まれているから、そちらを立てるのか」


具藤は、長野家の乗っ取りのために北畠姓を捨てているから、親成が後継者となるだろう。具教殿に何人も息子がいて良かったと、俺は内心で安堵した。しかし、そんなことをして、北畠家は我ら一条家に味方したいと思ってくれるのだろうか?


一応、保険として、内部対立の中心的人物になりそうな木造具政は、対浅井戦で既に殺している。史実では、信長に内通する危険人物だからな。具教殿と対立する時に、具房殿の背後に着きそうな人物といえば……


「……アレ? 具政しかいなくね?」


具教殿ならば、実力行使されても、まるで物語の主人公のように叫ぶだろう。


「クハハ、甘いぞ、甘い! 喰らえ、一の太刀!」


そして、50人くらいは斬り伏せそうだ。それならば、まだ家中が割れることはないか。具房殿も、あんな父ちゃんを持ったら大変だろうな。


「ん? ブーメラン?」


いや、なっていない。俺の息子はまだ若い、というか2歳だ。そもそも、まだ自我すら芽生えていないため、俺に反乱なんて起こせない。家臣団もまとまっているし、俺自身も21歳とまだ若造だが、親父が近畿を平定するまでは逆らわないと決めている。



次に、浅井賢政。美濃攻めで散々痛めつけられた仕返しとばかりに、朝倉家と連合して北畠の治める伊勢を攻めようとしている模様だ。

一条家としても、将来的に織田の防壁となる北畠家が崩壊すると、とんでもなく困る。だから、京極氏に圧力をかけて対抗しているが、実力行使されたら、もう手に負えない。


ただでさえ、親父が快進撃を続けるものだから、摂津、河内、和泉の統治に兵を割かなければならない。なのに、親父は山城国へ行ってしまっている。

俺自身も、北畠家との関係が微妙になって、紀伊国に軍勢を置いておくことしかできない。これ以上、戦線を拡大されちゃ、近江に派遣できる兵士がいないのだ。

だから、賢政には史実よりも早く退場してほしいと願っている。


「ああ、もちろん、浅井姉妹は産んでね」


賢政の似顔絵を見たことがあるが、陶晴賢並にイケメンだった。その遺伝子と、戦国一の美女と謳われるお市との完璧な配合だ。そりゃ、さぞかし御美しいだろう。囲いたい。俺の息子の側室として……。


「なんか、俺のわがままのせいで、俺の息子が後世で散々に言われそうだな。この破廉恥め!」


某無双ゲームで「破廉恥です!」と叫んでいたのは、弓を持った稲姫だったな。あれは真田の奥さんだったはずだから、手は出せない。


「あっ、甲斐姫! あの子も欲しい」


しかし、俺が生きている間に関東まで勢力を拡大できるのだろうか? そもそも、北条家は豊臣秀吉ですら手を焼き、中国の毛利、九州の島津、東北の伊達を抑えた、日本統一の本当の最後の最後に敵対した勢力だ。そう簡単に攻められそうにない。ゲームでは北条家は不遇だが、この世界では普通に強い。


信玄の死と長篠の戦いで武田が滅び、謙信が死んで内部分裂して上杉が弱体化しているのに、北条家は堅固に守り抜いている。早雲から始まり、氏康、そして氏政へと続き、武田や上杉、佐竹などに囲まれながらも順調に勢力を拡大しているし、風魔小太郎もいる。北条家は本当に強い。



最後に信長。1561年と1563年に美濃攻めを行っているが、竹中半兵衛の戦術が凄すぎて、斎藤勢に敗れている。1564年、竹中半兵衛が稲葉山城の乗っ取りを行うことで、稲葉山城の防御が減少した。今は負けているが、そろそろ奪えそうな時期だろう。史実ならば、竹中半兵衛は7月中は持ちこたえるが、8月には龍興に奪われるはずだ。その後、秀吉に会う前に竹中半兵衛を手に入れたい。


信長が稲葉山城を奪った後、上洛を目指して美濃から伊勢に攻め入るのかはまだ分からない。攻められたら阻止するが、平和的に通してくれと懇願するならば、一条家の下の者として扱い、上洛を許してもいいかなとは思う。そこをどうするかは、信長次第というわけだ。尾張国も伊勢国に陸続きではあるが、今、北畠を攻めるのだろうか? 竹中半兵衛がそれを許すだろうか?


「…………竹中半兵衛か」


俺の脳裏に、半兵衛の知的な顔が浮かんだ。彼奴ならば、信長を……。


「……あっ!ヤバい!」


織田信長は、過去に同じようなことをしている! 三間槍といい、鉄砲といい、城下町といい……。斎藤道三の真似ばかりしているではないか! これはマズい。


「宗通師匠ッッ!!!」


俺は自室を飛び出し、城内を駆け回った。まるで嵐のような勢いで、俺は剣豪・愛洲宗通を見つけ出した。


「お探しですかな?」


宗通師匠は、いつものように穏やかな声で尋ねた。


「今すぐ北畠具教殿の所へ行かねばならない! 護衛として来てくれ!」


俺は、一条家に仕えるわずかながらも、選りすぐりの剣豪たち6名と共に伊勢へ向かった。

同時に、西園寺公高に毛呂智舟を率いさせた。俺の胸には、拭い去れない嫌な予感が渦巻いていた。信長の模倣癖が、今度はどんな波乱を巻き起こすのか。俺は、その未来を予見しようと、伊勢の空を睨みつけた。


御高覧頂き誠に有難う御座いました。

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