ポリコレ修正版
1559年、秋。
京都の御所を吹き抜ける風は、すっかり秋の気配を帯びていた。去年の夏のような湿度を含んだ生温かさはなく、肌を撫でる風は、どこかひんやりとして心地よい。庭の桔梗は花期を終え、その細い茎が、名残惜しそうに風に揺れていた。
俺は、手元の書状に視線を落としながら、その内容に再び驚愕する。
「えっ、マじ……誠か?」
俺の隣に、気配もなく控える影丸が、いつもと変わらぬ冷静な声で答えた。
「はっ!」
その短い返答が、静かな部屋に響く。まさか、あの三好氏が、こんな形で矛を収めるとは。俺が戦略的に誘導しすぎたせいか、本願寺勢力が勝手に単独で三好氏と停戦協定を結んでしまった。それを切っ掛けに、続々と他家が戦線離脱し、足利将軍家もやむを得ない形で停戦に応じたのだ。義輝の顔には、安堵と、どこか不満げな表情が入り混じっていたのを、俺は見逃さなかった。
この事により、我ら一条家の四国統一は公式のものとなり、三好勢力は摂津を拠点に活動する小大名と化した。
畿内を席巻した巨大な勢力が、わずか一年足らずで、ここまで追い詰められるとは。俺の戦略が、予想以上の効果を上げた証拠だ。
今は上洛すべき時ではないと、親父に説いた俺は、内政に重点を置くことにした。中村城の天守閣から見下ろす領地は、秋の夕陽に照らされ、黄金色に輝いている。常備軍を設置し、四国内の全ての関所を撤廃し、御遍路以外の道も整備に掛かった。道は幅広く、頑丈に舗装され、どこまでも続く。これは、物資の輸送だけでなく、人の流れも活性化させる。
同時に、河という川に製糸場を建設し、空き地にはトウモロコシやジャガイモ、サツマイモや桑の木を植えていく。畑の畝は、まるで碁盤の目のように整然と並び、その向こうには、新設された製糸場の白い壁が見える。
別子銅山の発掘も進み、そこから出る銅で莫大な建設費を賄っている。都市部では学校を設立し、識字率上昇に貢献している。子供たちの元気な声が、校庭から聞こえてくる。
そして、時は来た。1560年5月。雨の日の桶狭間で今川義元討死。この報は、別の形で一条家に影響を与えた。駿府からの早馬がもたらした報せは、瞬く間に土佐一条家中に広まった。
「若様は未来が見える」
そんな根も葉もない噂が飛び交ったのだ。勿論、歴史を知っており、織田氏の情勢がさほど変わっていないから断言出来たのだが。
この件について、俺は一切口を開いていない。だが、俺が発した何気ない一言や、先手を打った策の数々が、周囲の人間には予知能力のように映ったのだろう。
それでも、嬉しいものだ。嫁さんからの尊敬の眼差しを浴びるのは。彼女の瞳は、まるで星を宿したように輝いていた。
「だって、いつも奇異の目線ばかり浴びるもん」
俺の言葉や行動は、この時代の人々には理解不能なことが多い。だから、彼女の眼差しは、俺にとって何よりも心地よかった。無論、三好とは停戦中なので俺も親父も中村屋敷にいる。屋敷の縁側に座り、秋風に吹かれながら、穏やかな時間を過ごす。
17歳になった俺は、漸く、嫁さんと夜も共に過ごすようになった。令和的思想では、俺と嫁さんの年齢的にまだまだ早いと感じるかもしれないが、周囲からの期待と圧力が凄まじく、俺も嫁さんも、もはや抗いきれないと感じたのだ。親父や傅役の宗珊からの無言の圧力が、日増しに強まっていったのを、肌で感じていた。
俺の妻は、この時代では平均身長が低い中、すらりとした体躯を持つ。
俺は転生前と変わらず175cm位である為、この時代では、巨人扱いされる事もしばしば。戦闘や交渉事に置いては役立つ体躯だが、家庭内では怖がらせてしまっている節がある。中々に辛い。
北の方の視点
「御父様は本家から圧力を掛けられたからと、私を土佐へ送り出しました」
京を離れる日、私は不安と期待が入り混じった気持ちで、輿に揺られていた。土佐一条家と云えば、応仁の乱後に土着した摂関家の庶流の御家。
当然、摂関家の分家の又分家の三条西家とは家格が釣り合わないので、一時はどうなるかと思いました。嫁ぐ前は、かなり身構えていた。
「何故なら、家格はあちらが上で、旦那様はこの婚姻の元凶である関白左大臣様と面識があり、実家も余り強くは言えませんから」
だが、その予想は大きく裏切られました。色んな意味でです。
例えば、初夜。旦那様は私に、「ケッコンユヴィア」と云う、金銀珠玉が散りばめられた、見たことのない美しい輪っかを下さいました。
その輝きは、部屋の灯りに照らされて、まるで夜空の星のようでした。旦那様も同じものを嵌め、「私が戦場やあの世に行っていても、俺は此処に宿ってずっと姫ちゃんを見守っているから安心してくれ」と、仰いました。
そして、ギュッと私を抱き締めた後に、「二年くらい純潔を守ってくれないか?」と、言ってさっさと寝てしまわれました。大切にして下さっているのか、歳上の私の事がお嫌いなのか、よく分かりません。私の心の中は、期待と困惑が入り混じり、嵐のようでした。
その後も、「ギタア」と云う見たことのない楽器で、「ヴォオカロイド」とやらや、「ゲンソキゴオ」の歌を歌っていらっしゃったり、「ダンス」と云われる奇妙な舞踊をされたり、本当に変な方でした。
初めて聞く音色、初めて見る奇妙な動きに、私はただ呆然とするばかりでした。しかし、「立花」に似ているが、少し異なる「イケバナ」はとても綺麗で、魅せられました。花々が、まるでそこに命があるかのように活けられている。それは、まさに芸術でした。茶室で練習したのは秘密です。
旦那様の傅役で在られます土井宗珊様は、私をとてもよく気遣って下さり、旦那様が居るのにも関わらず、「若は変な方ですから」と、仰って私を安心させようとして下さいました。宗珊様の顔には、困惑と、しかし深い忠誠心が読み取れました。
旦那様も怒る事無く、私に、「天才と変人は紙一重なのだ」と、偉そうに仰いました。その言葉に、私は堪えきれずに笑って仕舞いましたが、旦那様は、「良い笑顔だ」とはにかんでおられました。本当に変な方です。
旦那様は重ね重ね変な方ですが、凄い方だと私は知っております。笙や和歌の腕前は達人並なのは、たまにこちらにいらっしゃった時に知りました。その音色は、私の心に深く染み渡り、和歌の言葉は、まるで絵画のように情景を鮮やかに描き出しました。
それ以外の事は、旦那様に聞いても笑って、はぐらかし、何も仰いませんので、土井宗珊様にお聞きしますと、熱弁を奮って下さいました。彼の話は、あまりにも現実離れしていて、少し怖かったぐらいです。
何でも、京で流れた噂話は全て正しく、旦那様は、四つの頃から兵法書を読み、素晴らしく画期的な米や農具、機織り機や塩田を次々と開発し、鉱山を位置や人の死期も得意の陰陽道で当ててしまうのだと、云うのです。にわかには信じがたい話ばかりでした。
幼い頃から読み解いた兵法書を糧に編み出された自分の戦法・戦術が有るらしく、戦は大変御上手で、兵の士気は何時も高く、又、鉄砲や大砲を日ノ本で逸早く使い出した方だそうです。
何でも、自分に飛んで来る鉄砲の弾まで斬り捨てる程、剣術にも優れているだとか。その噂が立つ位、前線で指揮を執る事も珍しいものではなく、奥様からも「下がるように言って下さい」と言われてしまいました。宗珊様の顔には、心配の色が深く刻まれていました。
私からは余り強く言えませんので、義妹様方に告げ口しておきます。流石、傅役。よく見ておられます。
未だに、よく分からない詞や突拍子もない発言をするけれども、良い主だと締めくくっておられました。
ジャーン……ビーン……
夕方、仕事が終わったから嫁さんの様子を見に、嫁さんの部屋に入ろうとした。襖の向こうから、奇妙な音が聞こえてくる。襖の隙間からそっと覗くと、嫁さんが、興味津々で、ギターの弦を摘んだり、弾いたりしてる姿が目に入った。その仕草が、あまりにも愛らしく、俺はしばらくの間、動けずにずっと眺めることにした。光が差し込む部屋の中で、彼女の横顔は、まるで絵画のように美しかった。
何時もは素っ気なく、「何それ?」みたいな感じでギターを見てたのに、俺が居ない間はこんな事してるのか。そのギャップが、また俺の心を掴む。
ビーン……ビーン……
ギターからちょっと距離を置いた所に座り、前屈みな姿勢で上体だけギターに近づいている。その集中した横顔は、どこか幼げで、守ってやりたくなる。
着物ってヤバいな。身につけている着物の曲線美に、俺の視線は釘付けになる。
因みに、この時代の公卿様方は貧乏なので、五摂家の全ての本家様と、嫁さんの家とそこの本家にむっちゃ寄付した。金に困っていた彼らの顔が、歓喜に歪んだのを覚えている。
独断で土佐一条家の金庫を殆どスッカラカンにしたから、親父や重臣から死ぬ程怒られたが、その日中に別子銅山が見つかったので何とかなった。
あの時の親父の雷鳴のような怒声は、今でも耳に残っている。だが、その後の奇跡が、すべてを帳消しにした。
次の日には、「有り得ない位、銅が取れます!これで一条家も天下一の金持ちに成れます!」との、報告がきた時は、親父や重臣達にざまあと言ってやったぜ。
彼らの驚愕と、そして渋々ながらも納得する表情は、最高の気分だった。直後、庭に吊るされましたが。身体中が軋むような痛みだったが、後悔はない。
ビヨヨヨョョォン……バチン……バチン……
ヤバい、嫁さん、ギターを壊しにかかってる。その鈍い音に、俺の心臓がヒュッと縮む。
筝を弾くための爪で、ギターに触らないで!それ、ピックとなんか違うと思うよ。
ガガガガガガ……ガガガ……ガガガ……
嫁さん、俺が弾いてる時のを真似して、ギターを抱え込みました。コードとかそういうの知らないもんね。左手がめっちゃ適当に動いてるんだけど。ってか、音!いつも、俺はそんなヤバい音立ててないがな。
「はい、ストップ。それ以上やっちゃ壊れるからね」
襖を大きく開けてズカズカと部屋に入ると、嫁さんの後ろに回り込んで思いっ切り抱き締める。彼女の華奢な体が、俺の腕の中にすっぽり収まる。
相変わらず、良い御香焚いてるな。御香って高いんだよ?まあ、良い匂いだし、愛らしいから許す。是非とも使ってくれ。ん?嫁さん、なんか呟いた。その小さな声は、風に溶けそうだった。
「ん?なんて?」
「……見てたんですか」
顔を赤らめて愛らしい。その頬の色は、夕陽に照らされて、より一層鮮やかだ。
「摘んで弾いてる所らへんから。ギターのコードとか教えようか?」
無言で首を横に振る嫁さん。その仕草は、まるで小さな子供のようだ。
そんな恥じる事じゃねえと思うんだけどな。まあまあ堂になってたと思うよ?(嫁さん補正)
その後、ギターを放り出して、嫁さんを庭先まで運んで一緒に夕陽を眺めた。彼女の体が、まるで羽のように軽い。夕陽が沈む空は、燃えるようなオレンジ色に染まり、二人の影を長く伸ばす。
「今晩はね、牛丼」
「?」
ヤバい。キョトンとした顔を夕陽が照らして芸術的過ぎる。写真記憶、頑張って!この瞬間を、永遠に脳裏に焼き付けたい。
「牛の肉。美味いんだぜ?」
牛の肉と聞いた途端、慌てふためく嫁さん。その瞳は、まるで怯えた小動物のようだ。
この時代、仏教の影響で、鳥と魚以外の肉に対しては、多少の忌避感があるからな。因みに、兎は食肉として扱いたいためか、「羽」と数えることで鳥類と見なす慣習があったらしい。全く、都合の良い解釈だ。
「俺が本願寺焼いた知ってるだろ?天罰が下るとか散々騒がれたけど、全く影響を受けてないじゃん?あんなの坊主が喚いてるだけで、心広い仏様は、寺焼いたり、牛の肉食った位で命なんか取らねえよ」
「で、ですが……」
少し困った顔で、半泣きになりそうな嫁さんが可愛らしい。その震える声は、まるで子猫の鳴き声のようだ。愛らしい人は、笑顔も困り顔も等しく魅力的だなと頷ける。
「美味いぜ。兵士達もしょっちゅう食ってるが大丈夫だ」
「流石に仏様でも御寺を焼いたら怒りますよ!」
嫁さんが、身体をプルプルさせながら小さく叫んだ。その怒鳴り方まで品がある。いやぁ、本当に貴族様って躾がされてるな。
「そっち?」
無言で頷く嫁さん。その真っ赤な顔が、夕陽に照らされて、さらに赤みを増す。
「んじゃあ、牛丼は食えるな」
と、俺が呟くと、ハッとした顔で狼狽える嫁さん。可愛い!その純真な反応に、俺の胸は締め付けられる。
数分後。
「美味いだろ?」
俺の質問に、嫁さんは素っ気ない顔で無言で頷くが、めっさ手と口が動いてます。反動形成か!良し良し。明日は、サーロインステーキだな。
「卵入りってのが最高だよな。スプーン使った方が食いやすいぞ」
本家様にお願いして、俺は左近衛中将になれました。お陰で、こうやって嫁さんにタメ語で話せてます。
最近、嫁さんは「ヤバい」と「マジ」を覚えました。でも、流行り言葉のように連発しません。お淑やかで恥じらいのある、もう日本では絶滅危惧種と化した素晴らしい大和撫子です。
神です。完璧な嫁さんを抱きながら、今夜も楽しく過ごします。もう筆が止まりません。この日記も暫くの間は惚気で埋まるでしょう…………
と、思ったんですが、早速無理でしたね。
翌朝。
庭先に、朝露に濡れた草を踏みしめる音が聞こえる。嫌な予感がして、そっと障子を開けると、そこに立っていたのは、あの上泉信綱殿だった。彼の顔には、どこか悪戯っぽい笑みが浮かんでいる。
「これこれは鎌房殿。戦場では味方に向かう鉄砲の弾を皆、一度に斬り捨てて仕舞われたとか。是非とも御手合わせお願いしたいものですなぁ」
史実であれば、1558年に義輝の前で兵法を披露する筈でしたが、俺が土佐に呼んだので、俺の剣術指南をしてくれている。たまにふらっとどっかに行ってる事もあるけど、まさかこんな形で俺の前に現れるとは。
「あはは……それは土井が流した噂話に過ぎません」
額に冷や汗が流れるのを感じながら、俺は懸命に弁明する。だが、上泉信綱殿は、その言葉を軽くいなした。
「いやいや、御謙遜を。火の無い所に煙は立たぬと言いますからな。北の方様から色々お聞きしましたぞ」
えっ……嫁さんが俺の武功を話してしまったのか……。その事実に、俺は背筋が凍るような思いがした。
嫁さんが純粋な気持ちで話したことだと理解しつつも、この剣聖の前では、そんな事情は通用しない。背を向け全力疾走したが、いつの間にか肩を掴まれていた。その手は、まるで鉄のようだった。
……ニヤリッ…………ニタァァァ……
そんな音無き嗤いをする上泉信綱殿。その顔は、まるで悪鬼のようだ。
あっ、これ死んだわ。
朝からハードモードなので日記が血と涙に染まるでしょう。全然、見切れないからね。俺の【見切り】スキルが、全く機能しない。
鉄砲の弾より速くて何も感じさせず軌道も変わる。それが剣聖の抜刀術。全く歯が立たずフルボッコにされますよ。陰陽とか占術使わなくても分かる。彼の木刀は、風を切る音もなく、俺の急所へと吸い込まれていく。
「姫ちゃん……」
朝食の時間になっても、旦那様は部屋に戻って来ない。心配で様子を見に行くと、庭の片隅で、ぐったりと座り込んでいる旦那様の姿があった。旦那様の身体、傷だらけです。着物の隙間から、青痣や擦り傷が覗いている。一体どうなさったのでしょうか。
「はい」
私が心配して近づくと、旦那様は弱々しい声でそう答えた。
「痛いです」
分かりますが、何も出来ません。こういう時、妻として何をすれば良いのでしょう。私の心は、不安でいっぱいになった。
「上泉殿に、私が旦那様の武勇伝をお話ししてしまったの?」
旦那様の問いに、私は純粋な気持ちで答えた。
「はい!旦那様の御活躍振りを……」
私が言い切る前に、旦那様は物凄く怖い顔をされて、天井を刀で突かれました。その刀が、まるで生き物のように天井板を貫く。すると、全身黒ずくめの男が、まるで袋でも転がるように天井から転がり落ちたと思いきや、すぐに旦那様に平伏しました。
「お前さあ?何で止めへんかったん?何の為に此処に居るんか分かっとる?」
旦那様の声は、普段からは想像もできないほど低い。男の顔は、冷や汗でぐっしょり濡れている。
「申し訳御座いません!」
「後で俺の部屋来いよ。ええな?」
「はっ!」
そして、鬼の形相の旦那様は、黒ずくめの男に目で部屋の外に出て行かせると、次は庭に行き、桜の大木を蹴破り、何故かそこから出てきた男と似た様なやり取りをされました。その足元には、蹴り飛ばされた桜の幹が、砕け散って転がっていますり
その後、あからさまな作り笑いで、私の隣に座った後、少し強引に私を引き寄せて抱き締めながら、
「今度から俺の武功について、剣豪達に言っちゃいかんよ」
と、耳元で囁かれたのでした。
御高覧頂き誠に有難う御座いました。
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