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金を失う木


1559年。


 京都の夏は、去年と変わらず、どこか湿度を含んだ生温かい風が吹いている。御所の白壁に沿って植えられた桔梗の花が、しっとりとした空気の中で、その紫色の花弁を控えめに揺らしていた。

静寂に包まれた庭園の一角、俺は手に持った書状を、指の腹で何度もなぞる。墨の匂いと、微かに残る和紙のざらつきが、現実感を際立たせた。


「えっ、マじ……誠か?」

 思わず、間抜けな声が漏れた。書状の内容を脳裏で反芻する。信じられない。

だが、紛れもない事実がそこにあった。目の前に控える影丸は、普段と寸分違わぬ、まるで彫刻のように精悍な顔立ちで、静かに頷く。その切れ長の瞳には、一片の感情も読み取れない。


「はっ!」


 その短い返答が、俺の耳に強く響いた。

まさか、この時代に、こんな奇妙な連合が生まれるとは。足利義輝を総大将とし、摂津の巨大な権威である本願寺、そして、我らが土佐の一条家が、三つの異なる思惑を抱えながらも、共通の敵である三好氏に立ち向かう「対三好連合」が組まれたのだ。


 土佐一条家が僅か一年という驚異的な速さで四国から三好勢力を追い出したという報せは、京都だけでなく、畿内、そして西国一帯に瞬く間に広まったらしい。

その噂は、まるで野火のように人心を動かした。河内・紀伊の守護であり、かつて室町幕府の三管領の一つに数えられた名家、畠山氏の畠山高政はたけやまたかまさ

そして南近江の雄、六角義賢ろっかくよしかたなども、この機に乗じて、冬眠から目覚めた獣のように動き出したのだ。彼らは、淡路島まで撤退し、徹底抗戦を続ける土佐一条家に対し、続々と援軍を送ると表明した。その報を聞いた時、俺は思わず、口の端が吊り上がった。さらに、以前から一条家と密接な関係を築いている北畠家も、満を持して挙兵したと、興奮気味の報告が次々と飛び込んでくる。


 「昨年、調子に乗って摂津に入ったのは良いものの、地の利が無さ過ぎて危うく全軍壊滅しかけた。俺は直ちに戦術的撤退を命じた」


 昨年の摂津での戦いは、今思い出しても冷や汗が止まらない。平野が広がり、見通しの良い地形は、騎馬隊を擁する三好勢には有利すぎた。

いくら未来の知識があっても、現場の地理的な不利は覆しがたい。俺の陣営は、まるで嵐の海に放り出された小舟のように揺れ動いた。三好勢の反撃は熾烈を極め、土煙と悲鳴が入り混じる中で、あと一歩間違えれば、俺の命すら危うい状況だった。

だが、その痛い経験が、俺に更なる冷静さと、深謀遠慮の重要性を刻み込んだのも事実だ。


 俺はタダでは転ばない。撤退する兵士たちの背後から、予め海岸線に密かに設置しておいた大砲の嵐を叩き込んだ。水平線の彼方から響く轟音は、まるで雷鳴のようだった。砲弾が飛来し、地面が揺れ、土砂と兵士の肉体が宙を舞う。その光景は、まさに地獄絵図だったろう。三好勢の兵士たちが、砲弾の雨に晒され、次々と吹き飛ばされていく光景は、彼らの心に深い恐怖を刻み込んだはずだ。

海岸線に沿って設置された巨大な砲門が、火を噴く度に、三好軍の陣形が崩れていくのが手に取るように分かった。結果として両者痛み分け。引き分けに持ち込んだのは、俺の計算通りの勝利だった。


 「だが、時が経てば経る程、土佐国や、親父の居る阿波国からの援軍が集結し、我々が優位となった」


 土佐からの兵糧と兵の補給は、まるで尽きることのない泉のように、滞りなく行われた。街道は整備され、伝令は馬を飛ばし、物資は船で運ばれてくる。日に日に、俺たちの戦力は増強され、兵力差は歴然となっていく。三好勢の兵士たちの顔には、疲労と焦りが色濃く浮かぶようになっていた。


 「その状態で更に援軍とは、有り難すぎる。来年には近畿地方に勢力拡大か?一条家の野望だな」


 近畿地方への足がかりを得る。それは、天下統一という壮大な夢への、紛れもない大きな一歩となる。俺の瞳は、遠く畿内の平野の先に広がる未来を捉えていた。


 野望と言えば織田信長だが、あいつは漸くの間、尾張統一を目標ってな所だろう。いまだ尾張一国に汲々としているようでは、まだ畿内には手を出せないだろうな。


 「近畿が落ち着けば合戦かね?砲弾が飛び交う近代戦になりそうだな」


 信長もいずれは火力を重視するようになるだろう。そうなれば、互いに大砲を撃ち合う、まさに未来の戦のようになるはずだ。その時、俺の技術力が、どれほどの差を生み出すか。想像するだけで、武者震いがする。


 ん?ちょっと待てよ。義輝ってマトモな将軍だったか?義昭並に無能だった気がする。彼の顔を思い浮かべる度に、どうも頼りない印象が拭えない。その表情は、どこか現実離れしている。


 「剣の腕しか立たない操り人形だし、折角、出奔大好き親父が気を利かせて若い内に将軍にさせて貰ったのにな」


 俺は、義輝の剣の腕前は認める。だが、政治的な手腕は皆無に等しいと考えている。将軍としての威厳も、民衆からの支持も薄い。


 「絶対友達居ないだろ……じゃなくて、絶対民心無いだろ。俺も支持する気になれない。駄目だな。三好討伐終えたら直ぐに足利討伐せねば。幕府開こう」


 義輝を傀儡として利用し、三好討伐後には、彼を排除して自らが幕府を開く。それが、俺の次なる、そして最も重要な野望だ。その野望は、俺の心の中で、静かに、しかし確実に形を成していく。


 と、予定していても中々三好は強い訳でして。三好長慶の采配は、やはり一流だ。彼の築き上げた三好政権は、まさに盤石と言える。


 「各個撃破してくるんですよね。まあ、それくらい分かるんで将軍を煽てて囮にしているんですが」


 三好長慶の狙いは、連合軍の各個撃破だろう。だが、その狙いを逆手に取り、義輝には、将軍の威光と、彼の剣の腕を存分に発揮してもらおう。囮としては、十分すぎる。彼のプライドをくすぐる言葉を並べ、危険な前線へと送り出す。心の中で、冷たい笑みを浮かべる。


 「後、宗教関連で一揆とか面倒な爆弾を抱え込みたくないので本願寺にも盾になって貰おう」


 本願寺の門徒衆の力は侮れない。彼らを前面に押し出すことで、一条家の犠牲を最小限に抑えることができる。彼らは、熱狂的な信仰心を持つ、まさに命知らずの集団だ。


 土佐一条家の宗教?四国なんで、佐伯真魚さえきのまお様ですよ。ええ、弘法大師空海様の事ですよ。


 「四国統一して少し落ち着いたら直ぐに御遍路の整備をガチらせましたわ」


 四国遍路の道は、俺の指示で、かつてないほど整備が進められている。鬱蒼とした山道は切り開かれ、岩だらけの道は石畳に変わり、老朽化した橋は、最新の技術で架け替えられた。宿場も新設され、旅人たちが安心して滞在できるようになっている。


 「寺社勢力からの心象も良くなるだけでなく、部隊や情報、兵糧等の伝達・運搬速度が上がりますからね。正に一石五鳥だ」


 遍路道は、物資の輸送路としても機能する。情報の伝達も格段に早くなった。まさに、至れり尽くせりだ。一条家としては真言宗を強く信仰していると、大々的に宣伝している事にもなる。しかし、他の宗教がとやかく五月蝿いのは困るので、ある程度自由に認めている。それが、安定した領地運営の秘訣だ。


 「伴天連だけは駄目。ジャガイモやトウモロコシが軌道に乗ったから、もうヨーロッパと関わる必要が無くなったし、俺の発明した技術が奪われては困るので、領内には外国船撃ち払い令を出しておりますが何か?」


 宣教師たちの布教は、領内を混乱させる火種になりかねない。彼らの信仰は、この国の秩序を乱す可能性を秘めている。そして、何よりも、俺の持つ未来の知識から生まれた技術が、安易に海外に流出することは避けたい。港には、常に警戒の目が光っている。沖合に不審な影を見つければ、容赦なく砲撃を加える。それが、一条家の鉄則だ。


 「こちらの大砲の方が性能良いんですよ。飛距離、威力、連発数、全てに置いて格上。まあ、そりゃそうだわな。歴史を知っているから」


 俺が設計させた大砲は、この時代の常識を遥かに凌駕する。その威力は、文字通り桁違いだ。砲弾は、まるで雷鳴のように轟き、敵の城壁を粉砕する。


 「早々と後込めに変わり、水を使って冷やすシステムも導入。日本が無闇矢鱈と戦艦を造り続けてくれていたお陰で、巨砲にするメリットがよく分かる」


 砲身から立ち上る熱気を、大量の水で冷却する。これにより、連射性能が格段に向上した。一発撃つごとに、水蒸気がもうもうと立ち上り、砲兵たちの顔は、汗と煤で汚れている。だが、その労苦は、圧倒的な戦果となって報われるのだ。


 「ただ、余りにも重過ぎて完全に待ちゲーと化す。持ち運べないし、一度に消費する鉄の量が馬鹿に出来ない。斉射してご覧なさい。凄まじい轟音と共に大量の金貨が、海の底にジャラジャラ落ちて行く音が聞こえる。本当に、戦争って金掛かるなって思ったよ」


 大砲の轟音は、まさに金の音だ。その一発一発が、どれほどの財力を必要とするか。俺は、そのことを肌で感じている。だが、この金を使ってでも、俺は天下を獲る。それが、俺の使命なのだ。


 秋風が、再び俺の頬を撫でる。その風は、遠く三好の陣営へと吹き荒れ、新たな戦の到来を、予感させているようだった。空には、薄い雲が流れ、まるでこれから始まる嵐の前の静けさのように、不気味なほど穏やかだった。


御高覧頂き誠に有難う御座いました。

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