天下への道
1558年。
秋風が京の御所を吹き抜け、枯れ葉が舞い散る。だが、俺の胸中には、新たな戦への熱い予感が渦巻いていた。
まず、逆賊陶晴賢討伐連合軍の総大将としての役割も無事に果たせたし、村上海賊の調略も成功したので一先ず背後は安心だ。瀬戸内海の波は穏やかで、その向こうには、新たな領土が待っている。
北畠具教殿を始めとする剣豪達に揉まれつつ、友好を築けたので東側からのヘイトは抜けたと思う。伊勢での稽古の日々は、肉体的な鍛錬だけでなく、精神的な成長をもたらしてくれた。彼の厳しい指導と、俺の持ちうる知識と技術をぶつけ合う中で、互いの間に確かな信頼関係が築かれた。
京都の御公家衆や、嫁さん相手に和歌を詠んだり、舞を舞ったりしたから、京とのパイプも確保したし、今のところ、最善は尽くせている感がする。御所での雅な日々は、時に退屈に感じられたが、それが俺の、そして一条家の権威を確立する上で不可欠な要素だった。嫁さんの優美な舞姿を思い出し、ふと頬が緩む。
とはいえ、俺は正面から馬鹿正直に攻めない。それが俺の流儀だ。
先ず、準備だ。
今は亡き毛利元就が、「策多ければ勝つ」って言ってから死ぬ筈だったもんな。この世界じゃ誰も聞かなかったから死語になっちゃったけど、俺が引き継いでやんよ。敵だがな!彼の言葉は、皮肉にも俺の戦略の指針となっている。
親父に七民三公と、伊予〜土佐国の関所の全撤廃を提案し、前者は、トウモロコシやジャガイモの半端じゃない生産量を振り翳して、後者は、流下式塩田と枝条架式濃縮装置の組合せにより激増した塩と、力織機と紡績機の組み合わせにより激増した綿製品を振り翳して認可させた。
親父は、最初は難色を示したが、具体的な数字と、それに伴う財政の潤沢さを示せば、納得しないわけがない。彼の目の色が、欲に光るのを俺は見逃さなかった。
忍者達にも阿波国と讃岐国の農民の三男以下の者達を呼び込む様にと、命じていたので、その偽の口コミが広がり、役所前には移住者による長蛇の列ができていた。その列は、まるで生きた蛇のようにうねり、土佐への期待でざわめいている。
「『今日からお前が長男だ』と、云うキャッチコピーで領内からもドンドン人を呼び込む」
彼らは、貧しさから逃れるために、そして、新たな生活を求めて、土佐へと押し寄せる。彼らの瞳は、希望に満ちていた。
「彼らは体力や筋力、器用さを見て、鉱山や紡績工場、一条家の荘園に送られ、発明だけしていて小規模でしか行われなかった産業が彼らの手によって行われる」
彼らは、一条家の生産力を爆発的に向上させる原動力となる。その汗と労力は、すべて一条家の富となるのだ。
「是非とも、一条家の国力上昇の為、精一杯働いてくれ。で、その金を遊郭で落としてくれよ。わざわざ孤児を集めて作らせたんだからな」
孤児を集めて遊郭を作らせた、という事実。その背後には、冷徹な計算がある。消費を促し、経済を活性化させる。それが、この時代の経済政策だ。
「相手に気付かれ無い様に、搾取出来るギリギリまで奪い取る。金も兵糧も貯まる。敵国の兵士と成りうる人材を減らせたし、常備軍として雇い入れる人材も確保出来、良い事づくめだな」
俺は人為的に囲い込みを行ったが、英国は偶然、都市部に労働力が集まったのだろうか?それとも……。いや、これは女王陛下のみぞ知るだな。歴史の授業で習ったことを思い出し、遠い異国の地へと想像を巡らせる。
薬に関しては、阿片窟と阿片戦争が、如何に国力低下に繋がるかという事を教えてくれているので手を出さない。あの悲劇を繰り返すわけにはいかない。
「林則徐という英雄と、光栄あるイギリスのプライドと良心の呵責が出て来ない限り、あれは闇だ。深淵だよ。覗かない方が良い。後ろから蹴り落とされない様に近付く事すら辞めた方が良いな」
日記には、「麻酔になるけど怖い」とだけ記しておく。確か、日本人が世界で一番初めに麻酔を作ったんだよな?よし、後世に期待だ。この時代の医療技術は、まだまだ未発達だ。だが、未来の知識があれば、それを大きく進化させることができるはずだ。
準備が整った。次は戦場での策だ。卑怯有るのみですよ。
かのナポレオン・ボナパルトの如く、城を含め、城下町を砲弾で穴だらけにし、「籠城出来ないだろ?降参しろよ」と、降伏を促す。その圧倒的な破壊力は、敵の戦意を根こそぎ奪い取るだろう。
「迫撃砲、造って良かった。本当は沿岸部に対外国船用に設置する積もりだったんだけど、思ったより小型しか造れなくて、どうせなら車輪付けて馬に轢かせりゃ良いじゃんと、量産したんだ」
これは過去最高に先駆的だ。馬に機関銃を轢かせたのは、秋山好古が日露戦争の時に行ったものだ。これで俺も、日本騎兵の父と呼ばれるかな?彼の偉業に、俺の功績が並ぶ日が来るかもしれない。
因みに、秋山好古は、バルチック艦隊を破った丁字戦法を実行した秋山真之の兄だ。兄弟揃って天才だな。俺はそれを真似るだけ。
まあ、猿真似にも独創性と何かがあるって坂口安吾が言ってたからな。問題無かろう。
最高司令官である俺は、静かで安全な場所で優秀な秘書官に囲まれる事無く、戦場にいる。兵士たちの鬨の声が、俺の耳に直接届く。
まだ、戦争に煌めきと魔術的な美がある時代だからな。刀剣が陽光を反射し、甲冑が鈍く光る。だが、その美しさは、死と隣り合わせだ。
この前は、俺に鉄砲の弾が飛んで来て滅茶苦茶危なかったぜ。【危険感知】【見切り】【抜刀術】スキルのお陰で、感覚的に抜刀したら弾を真っ二つにぶった斬ったから良かったんだけどな。その瞬間、世界がスローモーションに見えた。弾丸が俺の眼前で二つに割れる。冷や汗が背中を伝う。
後日、弾斬り抜刀斎とかいう変な二つ名が付いていたので全力で揉み消した。北畠具教殿に聞かれたら、フルボッコにされるだろうが!彼の剣術の猛稽古を思い出し、ぞっとする。
圧倒的な破壊力の前に、讃岐の豪族達は次々と降伏し、最後まで抵抗して来た十河一存を討ち取って、この戦争は集結した。城壁は砲弾によって大きく損なわれ、城下町には煙がくすぶっていた。
史実なら1561年に松永久秀に暗殺されるから、3年早く死んじゃったな。彼の最後の抵抗は、勇ましかったが、無意味だった。
思ったより、作戦が完璧過ぎて親父の終戦までに時間が余っているので、我が軍の永遠の副将、土井宗珊に捕虜や従属して来た者達の処罰や戦後処理を丸投げし、俺は淡路島に攻め入った。宗珊は、呆れ顔で「またですか、若様」と呟いたが、その表情の裏には、俺への信頼が滲んでいた。
安宅冬康は降伏したが、降伏条件を反故して彼ら一族を斬首。他の武断派の武将も次々と隠居させ、自宅謹慎とした。
淡路島の夕日は、血の色に染まっていた。土井宗珊が居ない為、かなり無理矢理、力で押し込める扱い方だが、讃岐国では土井宗珊の扱い方と比較され、頗る従順になったらしい。
「鎌房ならば問答無用で殺されるが、宗珊は話せば分かってくれる」
と、評判らしい。
俺は魔王様だ、クハハと、思い込み、淡路島平定一ヶ月後には、摂津に乗り込んだ。
三好を向かい討つッッ!!冬の海を渡る船上から、遠く摂津の平野を望む。その視線の先には、畿内の覇者、三好家が立ちはだかっていた。
御高覧頂き誠に有難う御座いました。
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