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嵐の到来、そして伊勢での邂逅


1557年、秋。

 京を離れ、土佐に戻った俺の前に広がるのは、収穫の終わったばかりの田畑と、どこまでも広がる秋の空だった。風が、稲刈り後の乾いた藁を揺らし、どこからか遠くの山の鳥の声が聞こえる。手元の書状に目を落とし、詠まれた辞世の句に、俺は思わず唇を歪めた。


「誘ふとて 何か恨みん 時来ては 嵐の他に 花こそ散れ……か。無常観。いや、本当に?史実を知る俺からしたら愚直な歌だなとしか思えねぇな」


 この歌は、嵐が花を散らすことを恨むことはない、時が来れば花は自ずと散るものだ、という意味合いだろう。だが、未来を知る俺からすれば、この歌はどこか現実から目を背けているように感じられた。


 「にしても、俺は嵐を呼ぶ男か?良いじゃねぇか。なぁ、影丸?」


 問いかけると、普段と変わらず、いつの間にか俺の隣に影のように跪居ききょしている影丸がいた。彼の存在は、まるで最初からそこにいたかのように自然で、本当に気配を感じさせない。まるで、風に溶け込んでいるかのような、不思議な感覚だ。


「はっ!若様は素晴らし……」


 いつもの持ち上げようとする言葉を遮って、俺は本題を切り出した。


「じゃなくて、父上に大友晴英自刃の報は送っているのか?」

「勿論で御座います。現在、陶鶴寿丸の捜索をしております故、其方にこの報が届けば直ぐに河野氏に攻め入って欲しいと、記しております」


 影丸の報告に、俺は満足げに頷く。これで親父は、伊予侵攻の大義名分を得て、躊躇なく動くだろう。

 俺は、完璧だと、影丸を褒めながら、村上海賊について考えた。彼らは瀬戸内海を牛耳る水軍だ。彼らをどう扱うか。


 攻め滅ぼすか、金で買うか。金で買うならば、船はどうするのか?小早船のままでいくのか?それとも、毛呂智舟を使わせるか?


 俺の調略次第だ。彼らを「寝返って欲しい」と願うのではない。彼らが「犬死にしたくなければ寝返らなければならない」という状況を作り出すのだ。

それは、彼らの損得勘定を徹底的に刺激し、一条家に従うことが、最も賢明な選択だと彼らに思い込ませることに他ならない。瀬戸内海の荒波が、彼らの運命をどう転がすか。それは、俺の掌の上にある。


 影丸から、親父が河野氏を攻めているという報告を受けると、俺は宴会から抜け出し、河野氏より早く伊予国の松山城へ向かった。城下町は、夕暮れの明かりが灯り始め、人々は家路を急いでいる。だが、俺たちの足取りは、誰よりも早かった。


 瀬戸内海側から素早く攻め落とすのだ。既に村上海賊もこちら側に寝返っているので、時間稼ぎは彼らがしてくれるだろう。海からの風は、どこか塩辛く、俺の頬を撫でていく。


 伊予国を駆け回り三ヶ月、親父と連携した為か、効率的に河野氏を従属させる事に成功し、他の豪族や国人達も恭順を示している。伊予国と土佐国の二つの国を完全に手中に入れた一条家は、俺の計画通り、対三好戦の準備に取り掛かった。城は無傷で手に入り、民衆も疲弊していない。これは、今後の戦に大きなアドバンテージとなるだろう。



 中村城の評定の間。厳かな空気が漂う中、俺は親父の前に立つ。畳の冷たさが、足の裏から伝わってくる。

「父上。来年(1558)、三好長慶が上洛し、十三代将軍足利義輝を推戴すいたいします」


 親父は、これも陰陽道かと、感嘆の声をもらす。彼の表情には、俺への信頼と、そして、どこか畏敬の念が混じっていた。


「で、如何する?」


 親父の問いに、俺は淀みなく答える。


「これを機会に停戦条約を破棄し、四国から三好勢力を追い出します。その為に、今、松永久秀まつながひさひでを調略しております。同時に、讃岐国を守る十河一存そごうかずまさの暗殺を遂行中であります。讃岐は私が担当します。父上は、帝から賜った阿波権守あわのごんのかみを大義に阿波国に攻め入れば宜しいかと」


 俺の鶴の一声で評定は終わった。家臣たちは皆、俺の言葉に耳を傾け、その指示に従う。この圧倒的な支配力は、俺が持つ未来の知識と、それを裏付ける実績の賜物だ。


 その晩、俺を私室に呼び出した親父は、腕を組み、近畿の三好勢力はどうするつもりかと聞いてきた。彼の顔には、一日の疲れと、そして、今後の戦への懸念が浮かんでいる。


「阿喜多を北畠具房きたばたけともふさ殿に嫁がせるのが得策かと。しかし、条件としてこれより十五年前以内に近畿に我ら一条家の勢力を置き、その三年後には、美濃からの侵略に対して北畠家の盾となり得る土地に幾つかの城や砦を築き、我ら一条家の中でもとりわけ屈強な兵を入れる事。そして、北畠具教殿の弟である未来の逆賊、具政ともまさを排除する事を求めます」


 阿喜多。俺の妹だ。可憐な容姿と、聡明な心を持つ。彼女を政略結婚の道具にするのは、やはり心が痛む。だが、これも一条家の未来のためだ。北畠家との婚姻は、三好家との戦において、重要な布石となる。


 本当は俺が雪姫ちゃんをめとりたかったんだが、年齢がよく分からないんだ。


北畠具教の四女で、1569年に9歳の織田信雄の妻となり、1576年の三瀬の変で死んじゃったけど、蘇って1585年に織田信雄の娘、小姫ちゃんを産んで、1591年に小姫ちゃんが僅か6歳で死んじゃうと悲嘆に暮れて、翌年の1592年に再び死ぬんだよね。


 雪姫伝説と云って、三瀬の変の時、桜の木に縛られた雪姫を、どこからか現れた白い狐が縄を噛み切り、逃がすというものがあるが。


ああ、兎も角、これで雪姫ちゃんは二度と蘇る事はないのだが、この蘇り癖は娘の小姫ちゃんに受け継がれる。


 『寛政重修諸家譜』によると、佐々一義と再婚して1641年に再びお墓へGOするのだ。

 うん、謎の母娘。歴史好きしては、魅力的過ぎません?


 でも、北畠具教は、1547年に嫡男の北畠具房を、1552年に次男の長野具藤を、1554年に三男の東獄を、1560年に四男の北畠親成を産んでいる。尚、三男の東獄は側室のまつが産んだ子なので、親成を三男として見る事が出来る。さすれば、雪姫ちゃんは四女なので少なくとも60年以後の誕生となる。


 うん、今の俺と年齢が釣り合わねぇ……クソッタレめ!でも、1528年生まれの信長の最愛の嫁、吉乃ちゃんは、1556年に起こった明智城の戦いで夫の土田秀久を失い、若造の信長と結婚してるよね。運命とは、時に残酷だ。


 え?俺の話はこれ以上要らない?いやいや、ちょっと待て。俺の嫁自慢をさせてくれよ。


 俺の妻は、三条西実枝さんじょうにしさねきの娘さんだ。え?どっちのって?そりゃ、年齢的に考えて、史実ならば、高倉永孝たかくらながたかに嫁ぐ方の姫様だ。


 今は、北の方と呼ばれている。俺の屋敷の北側の部屋で生活しているからな。北の方の部屋からは、庭の美しい紅葉が見える。彼女のしとやかな立ち居振る舞いは、まるで絵画のようだ。


 俺よりちょいと年上でめっちゃ綺麗だぜ。令和日本なら100人の内300人が振り返る程だ。惚気補正?入ってるかもな。彼女の透き通るような肌、長い黒髪、そして優雅な物腰は、まさに京の姫君だ。


 あんまり俺の言ってる事を理解してくれないけど、元からそこは期待してないし良いんだ。ちょっと寂しいけどな。彼女は、俺の突飛な発想や、未来の知識から来る言葉に、いつも不思議そうな顔をする。だが、それでも、俺の言葉に耳を傾けてくれる優しさがある。


 でも、ちゃんと俺のギターでの弾き語りも笙の演奏もボカロの熱唱も聞いてくれるし、和歌を詠みあったり、舞ったりしてるんだぜ?


 転生前にモテたいからと花屋でバイトしていた俺は、江戸時代を先行して生け花を教えた次の日には、茶室に花が生けられてたんだ。神だろ?彼女の感性には、本当に驚かされる。


 転生させた女神をさっさと神の玉座から引き摺り下ろして、うちの嫁さんに座らせてやりたいよ。


 まあ、惚気はこのくらいにして、その前にこんな良縁を紹介して下さった方々について記さねばならないよな。


 天才的な(歴史を知っているだけ)俺様は、1550年の時点で、親父の名義で二条尹房にじょうただふさ様に来年には絶対に大寧寺には行かないようにと繰り返し書状を送っていた。彼が送ったのは、大寧寺の変で命を落とす運命にあることを示唆する、まるで予言のような内容だ。


 怪しんだ彼だが、陰陽師の事を永遠と書き綴られ、式板に表れた劣悪な結果の意味が分かったのか、1551年の大寧寺の変に巻き込まれずに済んだ。その後、彼らは大友晴英を頼って落ち延びたんだ。


 そこを、逆賊陶晴賢連合軍を動かしている時、一条家の軍勢が関白左大臣二条尹房様、良豊様親子、更に、三条公頼さんじょうきんより様も救出したんだよ。


 いきなり出てきた三条公頼様についてだが、史実では、二条様親子と同じく彼も大寧寺の変で巻き込まれて死んでいる。ええ、ちゃんと彼にも書状を送りましたとも。


 そして、彼らに4年間も待たせてしまった事を謝罪し、毛呂智舟で日本人の精神こと超絶丁寧なおもてなしをして、戦の途中でも京都に連れて帰りました。船上では、京の雅な文化を再現したかのような、茶会や管弦の宴が催された。


 丁度その頃、俺も出来るだけ陶晴賢との戦いを長引かせたかったから、コレ幸いという感じですよ。

 そこを勝手に勘違いして下さった関白左大臣様は、一条本家に俺の素晴らしさについて色々言ってくれ、内基君や奥方様がそれに便乗。


 更に、西園寺公高様が京都の西園寺本家に「一条鎌房様は素晴らしい」という内容の書状がジャストタイミングで送られてきた為、京都では、「土佐一条家の跡取りは凄く公家にも部下にも優しい良い子」という噂がたったのだ。


 お陰で、伊予西園寺家は攻めて従属させたのにも関わらず、西園寺本家の方々からの印象は悪化しなくて済んだ。公高君の手紙?50人の部下を率いる為の条件の一つですよ。二条様を救い出した後に、影丸に言われて書かせました。影丸、ナイスアイディア!


 特に俺の陰陽道のお陰で助かったと思い込んでいる転法輪三条家当主、三条公頼様は、1554年、つまり、陶の軍勢から必死に逃げていた四年間の中で、京都で養子の三条実教様を亡くしておられる。

三条公頼様自身も実子が居ないので、本当に形見であった筈。前世で公家関係をそこまで詳しくは調べておらず、知らなかった俺は、俺のせいで最期の時に会わせられなかった事を本当に申し訳無いと謝っていた。

 

だが、公頼様は大人だった。俺は悪くないと言って下さり、逆に、俺を息子の様に扱って下さった。その目は、慈愛に満ちていた。そして、俺が数え年で15歳なのに嫁が居ない事を嘆き、良い年頃の女の子が居ないか探して下さった。


 で、丁度居たんだわ。転法輪三条家の分家である正親町三条家おおぎまちさんじょうけのそのまた分家の三条西家さんじょうにしけの三条西実枝に!

 

因みに、三条西家は大臣家。五摂家、清華家に次ぐ公家の家格上位層だ。五摂家は文字通り5家、清華家は7家あるから、嫁さんの実家は13番目に偉い家なんよね。

土佐一条家って、応仁の乱後に土着した庶家だから、若干此方の方が家格は上なんだけど、何の官位も無い俺にとっては嫁様、ははぁ!って感じだわ。


 それに、嫁さんの母上様は北畠家。

俺が、


「どうせ嫁さん貰うなら北畠家と繋がりがある方が良いです」


と、公頼様に頼んだ甲斐があったぜ。これで雪姫ちゃんも助けられるな。複雑な縁の糸が、一本に結びついたような感覚だ。




 俺はこの婚姻を切っ掛けに、北畠具教きたばたけとものり殿と交流を深めた。伊勢の北畠館は、京の雅と武の厳しさが同居する独特の雰囲気を持つ。庭には、手入れの行き届いた枯山水があり、その奥には、武具が並んだ道場が見える。


 【和歌知識】や【笙歌知識】、【茶器知識】は兎も角、まさか【剣技】【剣術】スキルが外交の道具となるとはな。剣の腕前で相手を惹きつけるとは、予想外の展開だ。


 確かに、北畠具教殿は剣聖塚原卜伝つかはらぼくでん剣聖上泉信綱かみいずみのぶつなから直接、剣を学んだ剣豪だ。上泉信綱に柳生宗厳やぎゅうむねよし宝蔵院胤栄ほうぞういんいんえいを紹介したのも彼だ。実際に手合わせさせて頂いたが完敗だった。彼の剣は、まさに水が流れるように淀みがなく、それでいて雷のように鋭い。


 そりゃ、俺のスキルは、【剣技】【剣術】【抜刀術】【短剣術】だけ。


恐らく、剣聖達は、

 【剣技】【剣術】【抜刀術】【短剣術】に、【精神統一】【締緩術】【足捌術】【歩行術】【調息術】【納刀術】【気魄】等を会得しているんだろう。

 

この人生がレベル制じゃないのがまだ助けだな。ステータスでは多分、俺が勝っているんだろうけど、スキルの種類と経験値の差だな。取り得る選択肢の幅が違うんだろうな。


「具教様、木鶏の如く……怖過ぎです。やはり、白刃一閃身首処を異にする……ですか。堅忍不抜の精神は隠居してから養います」


 俺は、額に滲む汗を拭いながら、冗談めかして言った。具教様は、フッと笑い、手にした木刀を構え直した。


「いやいや、鎌房殿もまだ若いのに良う頑張ったと思いますぞ。それ、もう一本」

「はっ!有難く胸をお借りします」


 そんな会話が伊勢で行われたものだ。剣を交わすことで、言葉以上の信頼関係が築かれていく。


 で、かなり逸れた話を戻そう。戻して早々に残念なお知らせ。


 評定の終わった後の夕方、影丸から報告を受けたのだ。松永久秀は史実通り、北白川の戦いに行ってしまうそうです。クソッタレめ!


 十河一存の首を手土産に一条家に寝返ってくれれば楽だったのに。まあ、松永久秀は三好長慶の覇気がある時期は絶対に歯向かわなかったし、それ所か滅茶苦茶忠臣で長慶の事を尊敬してたんだじゃねーの?って云う感じだもんな。


彼の忠誠心は、まさに鉄壁だ。

 

仕方無い。嫁さんに抱き着いて慰めて貰った俺は、正々堂々と讃岐攻めをすると決めた。彼女の温かい抱擁は、俺の心を癒やしてくれる。


 親父と共に先ずは阿波に入り、その後、別れて讃岐に入る陸ルートと、毛呂智舟二隻を筆頭に村上海賊の面々から構成される海ルートで攻める。


 陸ルートは虎丸城や十河城を、海ルートは天露城を目標に進軍するのだ。因みに、親父の軍勢と共に行くのは、物量攻めをしてくるかもしれないと思って降伏してくれるかもと、いう希望が有るからだ。秋風が、遠く讃岐の地へと吹き抜けていく。


 どちみち四国は一条家のものとなるのだから、出来るだけ無傷のまま城も土地も手に入れたい。それが、俺の理想だ。


御高覧頂き誠に有難う御座いました。

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