厳島の夜、そして京への道
1555年10月、厳島の海は、秋の夕焼けに染まり、波間にきらめく光が、不吉な予感を孕んでいた。水平線の彼方には、もうすぐ日が沈もうとしている。
俺は、手元の大切な望遠鏡をそっと仕舞い込むと、全身の神経を研ぎ澄ませ、叫んだ。
「陶晴賢の軍勢が見えたぞ!警戒を怠るなッッ!!」
その声は、潮風に乗って、毛呂智舟の甲板に響き渡る。西園寺公高をはじめ、従軍してきた武士たちは、皆まだ若く、その士気は凄まじく高い。彼らの瞳は、燃え盛る炎のように輝き、戦への熱気に満ちている。俺の言葉に、彼らは即座に、
「オオォッッ!!」
と、轟くような合唱を返した。その声は、瀬戸内海の夜空に吸い込まれていくかのようだ。
「にしても、若様の発明されたヴォーウェンキョーは凄いですね」
いつの間にか、俺の隣に影のように立っていたのは影丸だ。彼の声は、まるで風の囁きのように静かで、俺の【危険感知】スキルでは、俺自身の身に及ぶ「危険」しか感知できないためか、武力ステータスが100もあるにもかかわらず、全く気配を感じさせない。改めて思う。
忍者って、絶対、【隠密】とか、【暗視】、【暗殺術】のスキル持ってるよな。【気配察知】スキルを取るか、同業者の忍者を雇わない限り、いつか暗殺されてしまいそうだ。背筋に冷たいものが走る。
「正しい発音は、望遠鏡だ」
俺は冷静を装って訂正する。ケイ酸塩ガラスの歴史は四千数百年と長いが、望遠鏡の誕生は、史実では1608年。オランダのリッペルスハイ氏が特許申請したという記録が最古で、ガラスに比べるとかなり新しい技術だ。
約50年間、望遠鏡技術を独占できる俺は、その期間、敵から物理的に見つかる心配をせずとも、敵情を調べられる。まさに諜報にうってつけのアイテムなのだ。
……あっ、実際に諜報するのは忍者の影丸たちじゃん。もしかして、今、影丸が話し掛けたのって、これ欲しいアピールなのか?
「これはまだ一つしか作成できていないし、この合戦で扱うのは実験も兼ねているのだ。幸い、たった今、その成果を認める事ができたから、忍者衆が功を立てれば……否、既に充分働いてくれているな。影丸、コレをやろう。これからも俺の目となり、耳となり、俺を支えてくれ」
俺はそう言って、さりげなく影丸の手を取り、望遠鏡を握らせる。彼の指は、想像以上にしなやかで、それでいて力強い。忍者ってこんなに優秀なのに、なんで不遇な扱いを受けているのだろうか。
「っ!……いえ、若様。我々はまだ武功を立てておりませぬ。それに……」
影丸は、わずかに震える声で反論しようとする。彼の表情は、暗闇に隠れてはいるが、きっと驚きと困惑に満ちているのだろう。
「十二分にも立てているぞ。そなたらが城の見取り図や周囲の地形、兵や武器の種類をしっかりと調べてくれているから、俺も父上に今は攻め時だと進言できるのだ。受け取ってくれるな?」
俺は転生者で、能力主義の人間だ。この時代の常識に囚われずに、使える者には厚遇する。当たり前だろ?……えっ?
「……ぅぅ……はっ!有難くッ!この影丸、命に変えましても若様に目と耳に成りましょうぞ!」
影丸の声は咽び泣いていた。ちょ、たかが望遠鏡あげるだけで、そんなに泣くか?やっぱこの時代、主君から物品を賜るってのは、そんなに重きを置くようなことなのだろうか。今回は影丸で、しかも、忍者の能力向上アイテムだったから良かったけど、今度からは自重しよう。
「おいおい、涙なんか流してちゃしっかり見れねぇだろ」
俺は、からかうように言った。
「はっ、申し訳御座いません……ぅぅ」
影丸を見ていると、俺の【和歌知識】スキルが自動発動した。光源氏が泣いた時、なんかそれが雅な事だと称えられたっつうか、女の子がキャーキャーなったんだって。100%顔だろ。あと、身分。
平安時代に転生することがあったら、教養系スキルガチガチに固めて、ステータスは智力と魅力に極振りだな。そんなどうでもいいことを考えていたら、棒火矢の射程範囲内に陶晴賢側の水軍を収めたと報告を受けた。
よし、切り替えだ。気を引き締めて、戦いの火蓋を切ってやるぜ。
厳島の海は、月明かりに照らされ、漆黒の闇に包まれていた。波の音だけが響く静寂の中、俺は咆哮した。
「皆の者ッッ!!!陛下への贈り物を守るのだ!逆賊、陶晴賢を討つべしッッ!!」
「「「おおぉぉッッ!!」」」
若武者たちの雄叫びが、夜の海に木霊する。
「棒火矢隊、撃てぇ!」
この時代の日本ではあり得ない巨大さを誇る毛呂智舟は、その巨体から小早船を圧倒的な高低差から狙い撃ちし、次々と海の藻屑にしていく。夜空に火花が散り、爆音が響き渡るたびに、敵船は炎に包まれ、沈んでいく。
「船上弩弓隊、放てッッ!!!心に刻んだ夢を未来さえもおーきーざーりにしぃて!」
バリスタ弾を撃ち終えた兵士の顔がポカンとなっている。すまん、調子乗った。
船上弩弓は、棒火矢だけでは火薬の消費量が半端なく、コスパが悪いので、船の左右に二つずつ取り付けた機械仕掛けの超大型の弓だ。バネに適した、高炭素鋼、合金鋼、ステンレス鋼を使っているので、飛距離もまぁまぁある。
因みに、フランス語で弾性不変、日本語で恒弾性合金、弾性不変鋼という別称で呼ばれるエリンバーの作成にも成功しているため、我ら一条家の領内では、寸法等の単位を正確に定められている。後、ギターも作れた。偶に、ボカロ曲を熱唱しながら弾いている。
「俺の前に立つな!我が道を開けろ!さぁ、ドンドン撃ち込め!」
俺TUEEEEが、科学文明のお陰で体験できている。毛呂智舟、マジ無双。多分、この時代の日本の船で毛呂智舟を沈められる物は無いだろう。俺は、総大将らしくどっしりと構える事だけに専念しよう。
夜が明け、厳島の戦いは熾烈を極めていた。毛利軍の陣営では、伝令の兵が息を切らし、泥だらけの顔で毛利元就の前に跪いた。
「殿っ!一大事で御座います!」
元就は、その鋭い眼光で兵を見据える。
「どうした?」
「とてつもなく大きな化け物が次々と陶側の小早船を沈めてゆきます。水兵達は、海の荒神様が我らに味方してくれていると騒いでおります」
海の荒神?化け物だと?何を血迷ったことをこの兵は言っておるのだ。元就は眉間に皺を寄せ、苛立ちを隠せない。今はそれより、狭く大軍を一度に叩きつけれないような場所に陶晴賢を引き込むことが大切なのだ。
「殿っ!一条氏の使者がお見えです」
何?一条だと。河野氏とは手を結んでいるとは言え、本山氏や三好が居るはず。何故、この時期にここに居るのだ。
「忙しい、追い出せ」
「それが、一条鎌房殿御本人であられます」
「何故、跡継ぎが居るのだ!……仕方無い、会おう」
「はっ!」
毛利元就は部下に案内され、一条鎌房に会った。報告によれば僅か12歳。元服したてで今回が謎の初陣のはずだ。どうせ小童、そう舐め掛かって席に着いた。
元就の目の前には、確かに幼い面影を残す少年が座っていた。その瞳は、しかし、どこか大人びていて、底知れぬ深さがあった。
途端に、一条鎌房が声を荒らげてこう言い放った。
「お初にお目にかかる、一条鎌房でおじゃる。麿らは、陛下と本家に献上する品を持って上洛せんとした時、陶晴賢と名乗る逆賊に船を襲われてしもうたのでおじゃる。これはあまりにも無礼極まりないでおじゃろう?一条家の、否、陛下を筆頭とする朝廷の名誉の為、そなたらにも出兵を願いたいでおじゃる。麿らに義有りでおじゃるよ。既に、河野の村上通康は手勢を連れて麿らと共に攻める意思を表示しているのでおじゃる。毛利殿も朝敵となりたくなければ、今すぐ麿らと共に戦場で肩を並べた方が良さそうでおじゃるの。小早川隆景殿にも一刻も馳せ参じるように伝えるが良かでおじゃる。これは喩え病に伏せていたとしても戦うのが日ノ本の民としての義務でおじゃる。麿らは急いでおるので以上でおじゃる」
毛利元就は呆気に取られ、何も言えぬまま、いそいそと陣から出て行く一条鎌房の背中を眺めることしかできなかった。
その幼い背中には、恐ろしいほどの威圧感と、何か言い知れぬ底知れぬ力があった。
よしっ!毛利元就のオッサンから何も言われずに帰って来れたぜ。これでサラッと戦いの大義を変えてやった為、総大将のポジションを俺に摩り替える事に成功した。毛利元就は、まさかこんな子供に論破されるとは思わなかっただろう。彼の顔には、怒りよりも困惑の色が濃く出ていた。
後は、天皇陛下の伝統的権威がどこまで威力を示すかだな。このまま毛利や小早川に三好への牽制をして貰って、京都に行く事も可能じゃないかな?
転生前は京都人だったから、上洛については、滅茶苦茶願ったり叶ったりの夢物語だったんだが、いきなり見通しが立った。なんか京都の本家に対して圧力を掛けれるかもしれないから、房道さんが死ぬ前に一応会っておきたい。それに、まだ若い従兄弟の内基君とも遊びたい。親父にはまだ何も言っていないから、俺が上洛する事を親父に伝える様にと、影丸に頼んでおこう。
元々、あの毛利元就が考えた地形ハメできる決戦の場所だったのもあり、戦は凄まじいスピードで進んで行った。毛利水軍や村上水軍に毛呂智舟の脅威をタップリと見せつけて、陶晴賢勢をフルボッコにしてやったぜ。瀬戸内海の青い海は、敵の血で赤く染まり、その上には、炎上した敵船の残骸が漂っていた。
戦後、俺は毛利元就や小早川隆景を呼び出して、その武勇を皮肉ったらしく盛大に褒め称えた後、天皇の権威を傘に瀬戸内海の案内役を命じた。その際、滅茶苦茶な言い掛かりを付けて毛利元就本人も上洛について来させた。
毛利元就の顔は、苦虫を噛み潰したような表情だったが、圧倒的な官位の差を見せ付けられた上、朝廷の命とあれば逆らえない。小早川隆景には、引き続き陶晴賢を討伐するように命じ、影丸には宇喜多や尼子を煽るような文を出させた。
当たり前でしょ。毛利の中国統一はそう簡単にはさせないよ?だって、初めて会った時、俺の事、完全に舐め切った態度だったもん。超ムカついたし。
大阪湾に毛呂智舟を停めて、積荷を次々と降ろしていく。港の岸壁には、多くの荷が山と積まれ、行き交う人々でごった返していた。船員を二つに分けた。贈り物や大量の上納金を京に向けて運ぶ者と、毛呂智舟で土佐の中村屋敷まで安全に帰る者だ。俺は前者に付いて行った。護衛の為の影丸や、俺と同じく京に親戚の居る血筋の良い西園寺公広も同行者に選ぶ。
公広は、すらりとした体躯に、端正な顔立ち。彼もまた、一条家の若きホープとして期待されている人物だ。二人とも泣いて喜んでた。彼らの瞳には、京の都への期待と、俺への忠誠心が輝いていた。
京までの道中、毛利元就に悟られないよう、僅かな会話で影丸に指示を出し、俺は、何もなかったかのように京に行く事がどれだけ楽しみかと毛利元就に話し掛ける。毛利元就は、まだ幼い俺の言葉に、呆れたような表情を浮かべていた。若造だなと、侮って貰いたいものだ。
そして数日後、影丸から準備ができたと言われた。京に入る前に三好家に扮した一条家の軍勢に襲撃を受けるらしい。真夜中の宿で。完璧だな。俺はそう思いながら、また、毛利元就にたわいも無い話をした。彼の顔には、疲労の色が浮かび始めていた。
夜の闇が全てを包み込む、真夜中の宿。静寂を切り裂くように、突如として怒号が響き渡った。
「毛利元就、討ち取ったぞ!」
その声が上がった刹那、俺は吼えた。
「放てッッ!!!一人も逃がすな!」
そう言って、一条家の火縄銃の銃口は、毛利氏の軍勢に向けられる。宿の周囲は、一瞬にして戦場へと変貌した。火縄銃の火薬の匂いが、夜風に乗って鼻をくすぐる。
「撃てッッ!!!次!撃てッッ!!」
三段撃ちを改良して、各作業をひたすら行い続けるベルコトンベアー式で火縄銃のリロードを行っている。これがまた早いこと。次々と轟音を上げ、毛利軍を討ち取っていく。俺の鉄砲隊は、まさにトリガーハッピーなのだ。彼らの顔は、興奮と熱気に満ち、正確無比な射撃を繰り返す。
「火矢の準備、放て!」
この時代の建物は殆ど木製。燃やしてなんぼなのだ。文字通り、兵を炙り出す。炎のお陰で、新月の真夜中だというのに、敵のランドセルをはっきりと捉えられる。鉄砲の弾や、三好氏が良く使う矢が、毛利の兵の背中に吸い込まれてゆく。奇襲作戦は、早々と敵の大将を討ち取った為、一方的な勝利に終わった。
「勝鬨を上げろッッ!!」
「えいえいおおぉぉッッ!!」
夜空に響き渡る兵たちの勝鬨は、俺の野望の第一歩を告げるかのようだった。後日、影丸を呼び、大戦果だなと褒めた後に、毛利元就の首を尼子氏に送るようと伝えた。尼子氏との関係を強化し、毛利の中国統一を阻止する。これが、俺の新たな戦略だ。
京に入り、後奈良天皇に謁見した。御所の中は凄いね。これこそThe京都だわ。平安時代から時止まってる。優雅な庭園には、苔むした石灯籠が立ち並び、池には錦鯉が泳ぐ。建物は、檜皮葺きの屋根が美しく、柱や壁には、古の絵師たちの手による雅な絵が描かれている。
最高級石鹸や羽根布団、ビー玉やおはじきの説明をした後、官位貰えそうになったけど辞退しておいた。
源義経という破滅の道を進んだ素晴らしい例があるからな。史実の義経はKYで驕り高ぶる脳筋だったみたいで、美化されたのは、日本人の反官贔屓の気質のせいらしい。
だが、親父と従兄弟の内基君の官位については一言添えておいた。だって、親父の官位、従三位と阿波権守だぜ?阿波じゃなくて土佐が欲しいよな。
しかも、阿波って三好氏の所でしょ。一体、朝廷は一条家に何をさせたいんだ。え?俺?俺は土佐介とか、兵衛佐でいいよ。
毛利元就が持ってきた貢物は、毛利家の家紋が入っていた為、ちゃっかり一条家名義で渡す訳にもいかず、影丸に頼んで、折角だからと持ってきた、普通・良質・高級石鹸三種類と、幾つかのガラス細工、椎茸等の商品と共に、堺で売り捌くように指示を出した。京都観光する為の軍資金にはなるのではないだろうか。
一条本家の屋敷にも何とか入れたが、房道さんは御立腹の様子で、内基君と遊べる時間がほとんど無かった。屋敷の廊下は、どこまでも長く、すれ違う人々は皆、厳かな表情をしていた。その中で、房道さんの厳しい眼差しが、俺を射抜く。
それでも、転生前は、一人っ子だった俺は、弟のように可愛い内基の為に、積み木やけん玉、絵本やウクレレ等をプレゼントし、N〇Kのみんな〇歌やおか〇さんといっしょ等で流れる歌をギターで弾き語りしたり、ポンポン船を一緒に作ったりした。内基君の幼い笑顔は、俺の心を温かくする。彼の無邪気な笑い声が、屋敷の中に響き渡る。
ええ、そりゃあ勿論、阿喜多ちゃんや峰子ちゃんにも同じことしてあげてますよ。この前のおままごとでは、ワンしか言ってはいけないペット役でしたが何か?
戦国乱世、内紛とかしてらんねぇしね。しかも、めっちゃ可愛いから。安芸国虎や伊東義益には渡しませんよ。史実の二人は可哀想な運命だったからな。阿喜多ちゃんが側室殺し?いやいや、こんな可愛い子に浮気する伊東が悪い。伊東崩れ、ざまぁ。
で、内基くんに話戻ると、6歳という年頃と貴族だという事の影響か、ちょっと小生意気な所が超絶可愛い。全力で厨二病ごっこをした時は俺も一緒になってはしゃいでしまったぜ。大人気無いなぁ。反省だ。
内基の乳母や付き人、お母様には好印象を与えられたと思う。彼女たちは皆、俺の行動に目を丸くしながらも、どこか嬉しそうな表情をしていた。定期的に京都に行こう。彼女達からよりもっと多くの好意を得て、内基君と遊ぶのだ。その思いを胸に秘めながら、泣く泣く土佐に帰る俺だった。京の街並みが、徐々に遠ざかっていく。
因みに、幕府には一度と挨拶に行かなかった。何故なら、権威が無く、血筋も高貴さの欠片も無い足利如きに下げてやる頭なんて無いからだ。あんな奴らなんて、三好家と共に破滅の道を進むがいい。俺の心は、既に次なる戦を見据えていた。
御高覧頂き誠に有難う御座いました。
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