「羽虫」(kindle小説)
Kindle版 川井俊夫 (著)
インターネット黎明期とも呼べる90年代後半に、知る人ぞ知るテキストサイトがあった。その運営者は川井俊夫という。湘南藤沢育ちの中卒。太宰と芥川とサローヤンとブコウスキーを愛する男。全くもって、完全に、自己の美意識にのみ忠実な男。本書は彼の文章を再編したものです。
「彼は死ぬまで、 その人生の一瞬に僕のような誰かに迷惑をかけたことを省みないだろう。僕は彼らのそういう無神経を憎む」
「本物の紳士は、決して頽廃から目を背けたりしない。直視して、指さして、人の本性を嘆くのは、もっと子供のうちに済ませておけ、とそう言うだろう」
前半は好き。後半は、前半のそれがただのスタイルのようで、ちょっと冷める。
でも、この二つの文章に救われた。自分のなかにあった、善人ぶろうとする臆病さが、この文の上に鏡映しに晒されていた。
私は他者の無神経さを憎んでいる。他人に取りすがるみっともなさが、嫌い。自分の機嫌を他人にまかせ、人を操ろうとするあざとさが嫌い。
めんどくさい。ばかばかしい。その一言に尽きる。それなのに、自分は自分自身に言い訳を重ねて、自分の善意を示そうとした。それは卑しい行為だと思う。
この本も、最初に感じた潔さは、読み進めていくことによって消えていく。結局は、比較によって自分を防衛しているにすぎない。病的な渇望を怨嗟によって薄めて拡散しているようにみえる。
描写は美しくて好みだった。




