私、転生しました
ポコポコ…ポコポコポコ…
暗い水底から浮上していくような…
温かいお湯に包まれて、まだ眠いと思いながら、起こされた感じがした。
「ホギャー!」と私は泣き声を上げて、また眠りについた。
起きて乳を飲み、また眠りにつく。
それを繰り返して気がついたある日、私は目を開けた。
ぼやっとした視界に自分を抱いている女性の顔が目に入った。優しそうな女性だった。
そうか、私は転生したんだ。と思ったが、またすぐ眠くなり目を閉じた。
次に目を覚ました時には、たくさんの人の声が聞こえた。
「この子の名前はクロウズだ。
クロウズ・エルフレド・サムエル・リスカ・ズッシード。
この王子クロウズを王太子とする!」
私は男の人の言葉がわからなかったので自分を抱っこしている男性の顔を見た。
年令は30代らくらいの背の高いがっしりした黒髪の美丈夫だった。
優しそうでかっこいい人だな〜と思って、私はニコッと笑ってみせた。
「おお笑ったぞ、かわいいな〜。この髪の色は私だが、目の色は母親似かな?」
私は言葉がわからないのでニコニコ笑って男性を見つめた。
「どれベリアル、お前も抱っこしてみるか?この子の安全はお前の腕にかかっているからな!」
次に抱っこしたのは、私の婚約者ベリアルだった。
えっ、ベリアル!私よ、ルルレットよ!
ベリアルは片目を覆う眼帯をしていた。
斜めに入った刀傷が見えて、なぜこんな傷を受けたの?と疑問に思った。
私はベリアルにルルレットだとわかってもらいたくて大声で叫んだ。
「ほえほえ…うぎゃ… ホギャー!!」
しかし、ベリアルにわかってもらえない。結局大泣きしてしまってベリアルは私を隣の女性に渡した。
あっ、この人は見た事があるわ!
たしかリンディ伯爵令嬢!なぜあなたがここに?
私はわけがわからなくなって、また泣き出した。
「あらあら、あなた達、抱っこの仕方が下手ね〜。こうやって抱っこするのよ」と言って変わって抱いたのは…
ミレディーナ第一王女殿下!なぜあなたが私を抱っこしているのですか!!
私は軽くパニックになった。
「あらあら、これはオムツが濡れて気持ち悪いんですかねぇ?」
また違う女性が王女から私を抱きとって、オムツを取り替えてくれた。
でも、直前に私が大泣きしたものだから、オムツを外した途端、おしっこがピューと飛んだ。
えっ、おしっこがピュー?なぜ放水?
まさか、私は男の子に生まれ変わったの!!
私はビックリする事が続き過ぎて、気絶するように寝てしまった。
私はそれから起きる度に周りの人の言葉に耳を傾けた。
そうして、ミレディーナ王女殿下が私の母親で、ベリアルはその護衛らしいと気がついた。
あのミレディーナ王女が母親で、ベリアルが護衛?
そして私は男の子?
何で…何でそんな事になっちゃったのかしら?
私は、ため息をつきたい気分だった。(しないけど0才だから)
私は周りの人が話す事を注意深く聞き、だいたいの言葉がわかるようになってきた。
そしてここがズッシード王国の王城で、ミレディーナ様が王妃。
私がその息子で、クロウズ王太子だという事がわかった。
せっかくベリアルの近くに転生できたのに、男の子になってしまった。これではベリアルとは結婚できないわ。どうしましょう…
私は思い悩みながら成長していった。
言葉も覚え歩けるようになると、ベリアルは私をよく散歩に連れて行ってくれた。
男の子になった私は、これから王太子教育が始まるらしく、剣の使い手であるベリアルが私専属の剣の先生になったのだ。
最初は体力作りからと城の中庭を使って、歩いたり走ったり、ジャンプしたりと外遊びに興じた。
3才になったら、本格的に王太子教育が始まった。
ズッシードの歴史や文化、地理の簡単なお話を聞くのが主で、算数や文字を書く練習も始まった。
私は子爵令嬢として文字を書いたり計算などは習っていたが、詩を作ったり、歌を歌ったり、刺繍は王太子教育にはまったく役に立たなかった。
でも教わると、どの授業も面白くて、授業で習う事をできるだけ身につけようと頑張ったのだった。
ベリアルには剣と乗馬を習った。
山道で馬に乗れなくて取り残された経験から、馬には絶対に乗れるようになりたかった。
時に父王自ら剣を教えに来てくださった。
「上手だぞ、クロウズ!もっとそこは脇をしめてみろ!
そうだ、その調子だ!」
国王の忙しい政務の間に剣を教えてくれる父は本当に楽しそうで、私も期待に応えようと一生懸命に稽古に励んだのだった。
そして、私はベリアルに自分はルルレットだと打ち明けられずにいた。
転生して結婚を誓い合っていたのに、私は王太子で男の子。
彼に真実を話してガッカリされるのを見たくなかったのである。
私は悩みながらもクロウズ王太子としてベリアルに接していた。
毎日勉強に明け暮れながら、私は6才になった。
その頃には子供用の剣では物足りなくなり、女性が持つ軽い剣を持って馬に乗り、狩りに行けるようになった。
貴族達は、そんな私の姿を見て自分の娘をお妃にと画策するようになった。
だが、私は恋愛に対して否定的な考えをしていた。
クロウズ王太子の中身は女性のルルレットなのだ。
自分が女性を伴侶として愛していけるのか?
考える度にそれはできないと思った。
王太子なのに女性に興味が持てない事に申し訳無さを感じた。
なぜ男に生まれたのか?私は運命に文句を言いたくなった。
そうして、私は10才になった。
その頃になると、国王の執務室で国王の執務を見学する授業が始まった。
たまに「こんな時におまえならどうする?」と質問される事もあり、そんな時は自分の意見を述べた。
教師との机上の教育では無い実際にある案件に、私は真剣に取り組んだ。
父王は、それに対してなぜそう思ったのか?どうしたら対策できるかなど、いろいろな角度から教えを授けてくれた。
私は父とそうした緊張感のある時間を過ごすのが堪らなく楽しかった。
「クロウズ王太子殿下は優秀ですから、将来名君になるでしょうな。国王に即位されるのが楽しみです」
ある日その場にいた宰相が、そう言った。
「宰相もそう思うか?俺もそう思っていたんだ」と国王が応えた。
「陛下はクロウズ殿下と同じくらいの時には、授業をサボって遊びに行かれてばかりでしたからな。私は侍従に陛下を探すのを手伝って欲しいと何回泣きつかれた事か」
と宰相は言った。
「その話はクロウズの前ではやめてくれ!父の威厳が下がる!」
国王は慌てて遮った。
「そうだったのですか?父上が子供のころにそんな事があったなんて初めて知りました」私は笑いながら言った。
「陛下はとても情に厚い方なのですよ。亡くなられた前の王妃様、ベランナーシュ様が王妃教育で城に登城される日は、玄関までいつもお迎えにいらしてエスコートしておられました」
「ベランナーシュ様?シルビアーナ義姉上のお母様ですか?」
「そうです。ジルデア公爵家から嫁いでいらしたベランナーシュ様は、王妃になる事が決まってから毎日城にお妃教育を受けにいらっしゃっていました。
ベランナーシュ様がいらっしゃる日は、サイラス陛下が授業を抜け出して庭の花を持って会いに行かれるのは有名な話でした」
私は、若かりし時の父の微笑ましい話に笑った。
「しかし、ベランナーシュ様はシルビアーナ王女をお産みになってすぐお亡くなりになり、ミレディーナ様にもクロウズ殿下しかお生まれになっていません。このままでは、王族が担う仕事に差し障りが出てきてしまいます。
クロウズ殿下にはたくさんのお子を儲けていただきませんとな」
「宰相の話は気にするなクロウズ!お前に弟は生まれなかったが、国王はおまえ一人いれば良いのだ。
シルビアーナも来年、王位継承権を持つジルデア公爵家に降嫁するのが決まっている。お前は気を楽にして王妃となる伴侶を探せば良い」
私は幼い頃から王太子教育が忙しかったので、シルビアーナ義姉上とあまり話した事は無い。
16才の義姉上は来年、筆頭公爵家であるジルデア公爵家の長男に嫁ぐ事が決定していた。
義兄になる20才のクレナンドは、王位継承権3位を持った長身の水系魔法の使い手だ。魔法騎士団の副団長をしている。
「私はまだ10才ですよ。最近、貴族達から令嬢の姿絵がたくさん届いているそうですね。宰相も父上も貴族達からお妃選びで突っつかれているのでしょうが、私はまだ結婚なんて考えられませんませからお断りして下さいね」
「やはりわかっておったか」と父上は悪戯がバレたように頭をかきながら言った。
身体は男で心は女…
そんな私が将来結婚できるのだろうか?
私は考えても考えても答えが見つからず途方にくれた。