ルルレットを探す旅
その頃、左目を失明して近衛騎士団を辞めたベリアルは、ルルレットを探す旅に出ていた。
大陸の北側を1年以上巡る旅で、失った左目の死角からの攻撃も空気の流れを読んで難なく防げるようになっていた。
そして今、魔王が住むという魔界に繋がる地下大洞窟の前まで来ていた。
ルルレットが魔王に転生していないか確認する為である。
地下大洞窟の前には小さな町があり、その町は魔界と人間界の間で小規模な商取引をできる唯一の場所だった。
ベリアルは、魔界からやってきた魔人に話を聞く事ができた。
「最近、魔王が交代したような事はないか?」
「魔王様はまだお若く、1300才くらいだったと思うぞ。あと4000年は在位されるだろうよ」
魔人の話では魔人は1000年以上生き、子供が生まれるのは本当に稀な事だと教えてくれた。
ルルレット…どこに行ったんだ…
ベリアルは、次は大陸の南の方から回って、一度ラジアル王国に帰ってみた方が良いかもしれんなと地図を置き、次の国に向かって馬を走らせた。
そして、ちょうどイドマン国からズッシード王国に入って、景勝地であるスピカ高地に入った所だった。
鹿や狐などが動物が一斉に走って逃げていくのが見えた。
ベリアルは何か危険な事が近くで起きているのかもしれないと、風使いのスキルで遠くの声を呼び寄せた。
「・・・・・・・・・・・・ダイヤウルフ・・・・・・」
言葉はわからないが、ダイヤウルフという単語が聞こえた。
ダイヤウルフは、犬科の全長3メートルもある凶暴な魔物である。
そして皮が厚く剣で切ろうとしても刃が立たない。
ダイヤのように硬いダイヤウルフと呼ばれる所以だった。
一番良いのは魔法使いの炎攻撃である。囲んで一斉に焼けば簡単に対処できた。
しかし、集団で頭の良いリーダーが率いていた場合、危険度はグンと跳ね上がる。
その場合、彼らはまず攻撃する担当と狙った獲物を集団から引き離す担当に分かれる。
そして攻撃して、襲われている集団がそちらにかかりきりになった所で、別の群が獲物を離れた場所に連れ去るのだ。
その攻撃力は、突進してぶつけれたら馬でも吹っ飛ぶと言われていた。
馬車の扉を壊して中の人間を喰らった例もあったのである。
ベリアルは人間側が劣勢に置かれているのを感じ、助太刀に行く事にした。
馬をそちらに走らせてみると、ダイヤウルフの群れは大群だった。
狙われているのは貴族の馬車のようで、ダイヤウルフの数は50匹はいようかと思われた。
護衛も必死で戦っているが、スピードが速いダイヤウルフに翻弄されていた。
ベリアルは馬から弓を取り出すと、風を纏う魔力を込めて矢を次々に射た。風を切って飛んだ矢は狙い違わずダイヤウルフの急所に刺さっていく。
矢を1本も外す事無く射ると、残った数頭のダイヤウルフは降参とばかりに逃げ出して行った。
逃げて行くダイヤウルフを戦い疲れた護衛達が呆然と見送っていた。座り込んで立てない護衛もちらほら見えた。
その後、「うおおおおおっ!」という雄叫びの後、護衛達は次々にベリアルに抱きついて来た。まるで凱旋将軍のようである。
言葉がわからないのだが、皆興奮して感謝の言葉を述べているのはわかった。
「私はラジアル王国人だ!君達の喋っている言葉がわからない。誰かラジアル語のわかる人はいないか?」
私はラジアル語で叫んだ。すると護衛達が守っていた馬車の扉が開いて、中から女性が現れた。
それは絶対に忘れる事ができない女性…それはミレディーナ第一王女殿下だった。
ミレディーナ殿下は、私の顔を見て言った。
「ベリアル…あなたはベリアルなの?」
ベリアルの風体は、左目を覆った黒い眼帯に顔を斜めに切られた刀傷で怪しい事この上無い姿だった。しかしミレディーナ殿下はすぐに私の事がわかったようだった。
王女は驚きを隠せないようだったが、護衛の隊長らしき男性に何事か話すと、男性は死んだダイヤウルフを片付けるために指揮を取り出した。
「ベリアル様、ダイヤウルフを倒してくださってありがとうございました。お礼も申し上げたいし、お話ししたい事もあるのです。
今私はズッシード王国の王妃で、この先の離宮に行く途中だったのですが、どうか一緒に来ていただけませんか?」
あの我儘王女だったミレディーナ殿下が王妃になって別人のような殊勝な態度でいる事にベリアルは驚いた。
ベリアルは、別人のように変わった王女の態度に興味をひかれ、一緒に離宮へ行ってみる事にした。
着いた離宮は、木立に囲まれて静かだが王家所有の趣を感じさせる立派な建物だった。
応接の間に通されたベリアルは、女官に出されたお茶を飲みながらミレディーナ王妃の到着を待った。
しばらくして部屋に入って来たミレディーナ王妃は、一人の女性を伴って来た。
「ベリアル様、先ほどは皆を守ってくれてどうもありがとう。ズッシード国王の代理としてお礼を言います」と頭を下げた。
そして、横にいる女性を紹介した。
「ベリアル様、この者を覚えていますか?
あの時私と一緒にいたリンディ伯爵令嬢です。私がズッシード王国に嫁いで来る時に共に付いて来てくれました。
今は、ズッシード王国の伯爵と結婚してラグアード伯爵夫人になっています」
ラグアード伯爵夫人は、礼を執った。
その後、席に着いた私達は無言でお茶を飲んだ。
そして、しばらくしておもむろに王妃は口を開いた。
「ベリアル様、私達はあなたにどうやってお詫びをしたら良いのか…。
あの時あなたの言う事を聞いて4人であなたに守られていたら、ルルレットさんは盗賊団に殺される事は無かったでしょう。
そしてあの時、あなた達があの場に通り掛からなければ、殺されていたのは私達の方だったと聞かされました」
ミレディーナ王妃はそう泣きながら謝った。
ベリアルは「あなたをお恨みした事もありましたが、今はもうその気持ちは持っておりません。
ミレディーナ様は、ズッシード王国の王妃となられ、リンディ伯爵令嬢はラグアード伯爵夫人になられた。
貴女方を守る事ができたのなら、ルルレットの死も報われる事でしょう」と言った。
ルルレットを置いていけと言ったミレディーナに恨みを持った事はあったが、ベリアルは不思議と心が凪いでいた。
「私は二度もあなたに命を助けられました。
ベリアル様、陛下に申し上げれば、あなたにはそれ相応の地位や金銭を与える事ができるでしょう。まだ一部の者にしか伝えてないのですが、私はお腹に子を授かる事ができました。信頼できる護衛が欲しいと思っていたのです。
どうかこの国にいて、私と子を守ってもらえないでしょうか?」
王妃の言葉にベリアルは王妃のお腹を見た。
まだ目立ってはいないが、少し膨らんだお腹を見ていると、なぜだかこの人を守らなければならないという気がした。
ベリアルは、近衛騎士団の騎士になるのは固辞し、王妃専属の護衛としてしばらくズッシード王国に留まる事にした。
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