ズッシード王国にて
私達がラジアル王国からズッシード王都に移動するには、馬車でランドア聖国に行き、大河であるズルフ河を船で南下して行くのが一番の近道である。
騎士団に守られた嫁入り道具を載せた10台の馬車は、何事も無くズッシード王国との国境に着いた。
国境にはズッシード王国の騎士団が迎えに来てくれて、そこでラジアル王国の皆とはお別れである。
私は、ラジアル王国から離れる事に少しホッとしていた。
転生してくるルルレットの影から逃げる事ができたと安心したのである。
「ギアット隊長、騎士団の皆、ここまでの護衛大義でした。帰り道はくれぐれも気をつけて帰ってください」
「ミレディーナ王女殿下のこの先のご多幸をお祈り申しあげております!全員王女殿下に敬礼!」
一斉に敬礼した騎士団にミレディーナ王女は片手を挙げ感謝の意を伝え離れて行った。
「隊長、あの我儘王女があんなに大人しいなんて、随分変わりましたね!」
「そうだな、あの一件で王女殿下も少しは成長されたのだろう。他国に嫁いでも我儘が続けば困ると思っていたが、これなら何とかなるかもしれんな」
護衛の騎士達は、遠ざかって行く王女一行を心配そうに見つめていたのであった。
ズッシードの王都にある城は、岩山をそのまま生かした無骨に見える頑強な城だった。
正門に至る道には、ずらっと騎士達が剣を掲げて両側に整列して、私の到着を歓迎してくれた。
国王陛下も自ら玄関に足を運び迎えてくださった。
「ようこそ、ミレディーナ王女殿下、私がこの国の国王でサイラス・ベルナルド・ジクル・ムスカ・ズッシードだ」
「お初にお目にかかります。陛下自らのお迎えありがとうございます。ミレディーナ・ジータ・ハン・ラジアルでございます。
不束者ですが、何とぞこれからお導きいただきますよう、よろしくお願い致します」
私は、この1ヶ月特訓したズッシード語で何とか間違えずに挨拶する事ができた。
ほっと一安心した所で、陛下が後ろにいた少女を呼び寄せた。
「これが私の娘で、王女のシルビアーナ、5才だ」
「おはつにお目にかかります。おうじょのシルビアーナでございます。よろしくおねがいいたします」
優しい人に見えるよう笑みを浮かべながら小さな幼い王女を見て、私は目の前の少女の髪に釘付けになった。
赤みがかった茶色い髪…。
「ルルレット…」私はそのまま意識を失った。
「王女殿下は旅のお疲れが出たようだ。部屋に運んで差し上げろ」
国王は、倒れた王女を抱き止めて周りに指示した。
「エドウィン、ちょっと来い」
そう言って近侍を呼んだ国王は、「王女が倒れる前に言ったルルレットが何か調べろ」と耳元で言い、エドウィンは無言で立ち去って行った。
「おとうさま、おうじょさまはどうされたのですか?」
5才の王女シルビアーナは心配そうに父に尋ねた。
「ミレディーナ王女は旅の疲れが出ただけだ。
回復したらまた顔合わせをしような、シルビアーナ!」
「ここは…?」
目を覚ましたミレディーナは、ここがズッシード王国の城の中だという事を思い出した。
「私ったら陛下との初対面の場で倒れるなんて…」
来たばかりの挨拶の場での失態にミレディーナは青くなった。
幼い王女を見て、ルルレットが転生したのかと思ったが、冷静になって考えると、数ヶ月前に亡くなったルルレットが5才の王女に生まれ変わるわけがない。
ミレディーナは、シルビアーナ王女に謝らなければならないと枕元のベルを鳴らし、侍女を呼んだ。
「陛下から今日は身体を休める事を優先せよとの事でございます。明日の昼、改めて場を用意するとの事でございます」と侍女は言った。
謝罪の場は、ミレディーナの旅の疲れを取ってからと、次の日の昼餐の時に整えられた。
「昨日は申し訳ありませんでした。シルビアーナ王女殿下。
私はミレディーナ・ジータ・ハン・ラジアルでございます。
これからよろしくお願い致します」
謝罪して挨拶し直したミレディーナにシルビアーナは、ほっとした顔をして挨拶した。
「シルビアーナ、5才です。これからよろしくお願いします!」
かわいらしくドレスを持ちあげてカーテシーをする王女に昨日はなぜルルレットの面影を感じたのか、ミレディーナは自分でも怯え過ぎだと思って苦笑した。
「シルビアーナ様、ラジアル王国で人気の花人形をお土産にお持ちしたのですよ。
この人形のドレスに付いているお花が、その人形の名前になっていて、左からマーガレット、ダリア、ポピー、チューリップ、ローズと言います。
どれも可愛らしいでしょう?お人形遊びにお使いくださいませ!」
色とりどりのドレスにかわいらしい造花が付いている人形達を見て、シルビアーナ王女は「うわー」と喜びの声をあげた。
挨拶をしたら相手が倒れたのだ。嫌われてるのかもしれないという不安は吹っ飛び、かわいい花人形達に王女は魅了された。
義母と義娘になる二人の関係に不安を感じていたサイラスだったが、仲良く人形で遊びだした二人に胸をなでおろした。
この調子で仲良くなってくれれば良いが…。
サイラスは二人を見つめて考えを深めていったのだった。
それから1年後の結婚式に向けて、ミレディーナはズッシード語や歴史、地理の勉強に貴族の名前や派閥関係の把握に明け暮れた。
そんなある日、近侍のエドウィンがラジアル王国にいる諜報の者に調べさせていた調書を持ってきた。
「陛下、ルルレットなる言葉についての調査が終わりました」
「ご苦労。どうだった?」
「はい、ルルレットというのはルルレット・レーシング子爵令嬢の事で間違いないと思われます」
「子爵令嬢…人名だったのか」
「はい、その件ですが、ルルレット子爵令嬢とミレディーナ王女の事で3種類の噂がある事がわかりました」
「3種類?言ってみろ」
「一つは、ミレディーナ王女がナジル湖に遊びに行かれた帰りに、山道で壊れた馬車で困っているルルレット嬢を発見した。一緒に王都へ帰る道で盗賊団に襲われ、二人は暴行された。その後ミレディーナ様は助けられたが、ルルレット嬢は命を落とした」
「それは違うな。ミレディーナ王女が盗賊に暴行されたら、ラジアル国王が私との縁談を進めるわけがない。
他国から嫁入りして来る場合、花嫁が妊娠していないか確認する為に結婚式は必ず1年以上様子を見てから挙げる。
盗賊に身を汚されて、妊娠しているかもしれない王女を嫁ぎ先に送るわけが無い」
「次にミレディーナ王女がナジル湖に観光された帰りに馬車が壊れ、困っている所をルルレット嬢の馬車が助けた。
そこへ盗賊団が通りかかったが、ミレディーナ王女が自分の代わりになれとルルレット嬢を差し出して、ミレディーナ王女は難を逃れた」
「それも違うな。盗賊団は片一方だけ女を攫うなんて事はしない。攫うなら二人一緒に攫って行くだろう」
「3つ目が、ミレディーナ王女がナジル湖に観光に行って、帰り道で馬車が壊れて困っているルルレット嬢を助けた。
ルルレット嬢は盗賊団の仲間で、ミレディーナ王女を誘拐したが、護衛の者が救い出した」
「それも違うな。護衛がいるのに盗賊団に攫わせようとするなんて普通しないぞ。王族の護衛につくのは近衛騎士だ。
騎士一人の実力は、盗賊団など一蹴するだけの実力がある。
攫おうとしたら盗賊団は全滅するだろうな」
「そんなにわかるものですか?」さらっと聞いただけで真偽を言い当てる国王に脱帽するエドウィンだった。
「しかし、その3つの噂には共通点がある」とサイラスは言った。
「ナジル湖、馬車、山道、盗賊団だ。ミレディーナ王女とルルレット子爵令嬢の間にそれらに関係する何かがあった。それは確実だ」
サイラスは、そのヒントで彼女達に何があったのか考えたが想像がつかなかった。
「まあ、いい。何を隠しているのか知らんが、この話はここまででとする。今後この事は他言無用だ」とサイラスは命令した。
そして1年後、ズッシード国王サイラスとミレディーナ王女は盛大な結婚式を挙げた。
ルルレットどこ行った?