私がいなくなったその後
ルルレットを抱き、どのくらいそこにいたのか。
後から応援に来てくれた騎士団が、下で戦闘不能になっている盗賊達を捕縛していく大きな声や物音がしだした。
そして2階でルルレットを抱きしめていた僕を見つけたアルフレッドが、僕からルルレットの遺体を剥がし綺麗なシーツに包んでくれた。
アルフレッドは言った。
「ベリアル、王都に戻ろう。おまえも身体中傷だらけだぞ。傷の治療をしないと」
僕は頭目との戦いで顔を斜めに切りつけられていた。
目がよく見えない僕はアルフレッドに手をひかれ、ルルレットの遺体と共に馬に乗り、王都のゴルシラック家の屋敷に着いたのは夜中の事だった。
先ぶれの騎士が知らせていたので、家中の使用人達が起きて受け入れ準備をしており、ルルレットの遺体は綺麗に清められ、美しいドレスを着せられて化粧で傷を消し棺に納められた。
待機していた医師が僕の身体を診察してくれたが、僕の顔の傷は深く、医師は左目はもう見えないでしょうと診断した。
次の朝、僕は屋敷の者に見送られ、ルルレットの棺を乗せた馬車と共にレーシング子爵領に旅立った。
レーシング子爵邸に着いて、僕は床に頭を擦り付けて子爵に謝罪した。
ルルレットを守れなかった僕に子爵は「事の次第は聞いている。王族を守って命を落としたのだ。君のせいでは無いよ」と子爵は僕を許すと言葉をかけた。
「閣下、ルルレットは[転生]を使って生まれ変わると言っていました」と僕は子爵の目を見て伝えた。
子爵は、一瞬驚いた顔をしたが「そうか」と一言だけ言って子爵は葬儀の手配に向かった。
ルルレットの葬儀にはゴルシラック伯爵家から父や兄が。騎士団からもアルフレッドが参列してくれた。
僕が思ったより元気そうで安心したと言っていたが、僕が意識を保っていられたのは、彼女が転生して生まれ変わってまた会えるいう、ある種の希望があったからだと思う。
そうでなかったら、とても冷静ではいられなかった。
アルフレッドは、あの日王女殿下がナジル湖に行ったのは、自分が王女にベリアル達が遊びに行っていると話したせいだと言った。
「自分が言わなければ、こんな事にならなかった」と彼は滂沱の涙を流した。
僕はルルレットが死んだ実感が無かった。
「アルフレッド、そんなに泣かなくても良いんだ。また会えるから。彼女は生まれ変わってまた僕の所に戻って来るんだから」と僕は彼を慰めた。
アルフレッドに彼女の[転生]のスキルの事を教え、近衛騎士団をやめて彼女を探す旅に出ようと思っている事を伝えた。
アルフレッドは僕の片目が見えなくなっている状態で退団する事にひどく驚き引き止めたが、僕の決意があまりにも固かったので最後は悲しそうな顔をして諦めてくれた。
(その頃王城では)
「ミレディーナ!わしはおまえを甘やかし過ぎたようだ!」
国王であるお父様が私を呼びつけたのは、私が大聖堂で行われたお祖母様の追悼祈祷を嫌がってナジル湖へ行こうとした2日後の事だった。
「おまえが山に置き去りにしたレーシング子爵令嬢は、盗賊団に攫われ殺されたそうだ」
「えっ…」ミレディーナは言葉を失った。
あの気弱そうな、ベリアルの婚約者だといった女性が殺された?
何かの間違いだと思った。王都とナジル湖の間は、観光客も多く治安が良いと聞いている。
自分も一昨日通ったが、長閑な所でそんな危険な場所だと感じなかった。
盗賊団がいたなんて…しかも女性を攫って殺すなんて…
えっ、あの時ベリアル達が通りかからなければ殺されていたのは私?
急に怖くなって来て、ミレディーナは身を震わせた。
「貴族達からおまえの責任を問う声が上がってきている。
王族が集まる追悼祈祷をすっぽかし、護衛も付けずに出歩いたのだ。誰の目にもおまえに非があるとわかるだろう」
「私は…そんなつもりでは…」
「そんなつもりもこんなつもりもあるか!おまえには謹慎を命じる!しばらく部屋で大人しくしとけ!」
護衛に囲まれて部屋に戻されたミレディーナは、その日から自由を奪われ、王女宮で軟禁生活に入った。
そして軟禁生活に入った私に更なる衝撃が襲った。
レーシング子爵令嬢の葬儀に参列して帰って来たアルフレッドが近衛騎士団の団長に報告していたのを侍女が偶然聞いてしまったのだ。
侍女は私に慌てて報告してくれた。
ベリアルが片目を失明し、騎士団を退団。
そしてレーシング子爵令嬢は、スキル[転生]で生まれ変わるから彼女を探しに行きたいと言っていたと。
彼女が[転生]して生まれ変わって来る…
赤みがかかった茶色の髪が脳裏に浮かんだ。
盗賊に襲われて怖かっただろう。痛かっただろう。
私を恨んで死んでいったのかもしれない。
私は生まれ変わって来る彼女に酷く恨まれているだろうと、只々恐ろしかった。
それから1ヶ月後、再びお父様に呼び出された私が謁見室に入ると、そこには父である国王陛下と母である王妃陛下。
それに兄である王太子と主だった重臣達が待っていた。
「ミレディーナ、そなたはズッシード王国の国王との結婚が決まった。結婚式は1年後だが、あちらの言語や風習を学ぶ為、1ヶ月後に向かう事。よいな」
ズッシード王国は東のランドア聖国の更に南東にある国だ。
たしか、30代でお子様もいらっしゃったはず。そんな年の離れた方に、なぜ私が嫁がなければならないの!
私は目の前が真っ暗になり涙が溢れた。
「そう感情を表に現すではない!王族は感情を周りに悟られぬようにしろと、いつも言っておるでは無いか!」
私はビクッとして、表情を改めた。
「ズッシード国王の妃は昨年病でお亡くなりになられた。
4才の王女が一人おられるが、王位は男子継承の為に後添えを望まれておる。
ズッシード王国の鉱山で採れる鉄鉱石は良質で、我が国も輸入したいのだが今まで縁が無く諦めるしか無かった。
そなたが王妃になったら、我が国に優先して輸出してくれるそうだ。
ミレディーナ、王女の務めとして彼の国に嫁してくれるな?」
疑問系でありながら、決定事項のように皆の圧がすごい。
私は「承知致しました」と陛下に礼をとるしか無かった。
その後母の王妃の部屋に招かれ私は事情を聞いた。
「1ヶ月前の事件で、私が盗賊に攫われない為にレーシング子爵令嬢を身代わりに差し出した」
という噂がまことしやかに流れているらしい。
私達が去った後、王都に応援を呼びに行った民間人の御者は、自分が迎えに行った時には誰もいなかったと言っていたそうだ。
レーシング子爵令嬢が雨宿りでそこから離れていたのか、その時にはもう攫われていたのかわからない。
しかし迎えに行った先で乗せた私の姿は無く、レーシング子爵令嬢が攫われた事実は、その噂を認めたような物だった。
あの時、ベリアルの言葉に従って、あの場で助けを4人で待っていたら、馬車に4人乗って帰れたし、盗賊団は騎士の護衛がついた私達に近寄る事は無かっただろう。
私は何もかも間違えたのだと悟った。
悪い噂のある私に国内の高位貴族の家から婚姻の申し込みは来ない。
遠く離れた国の年の離れた後添えという話でも精一杯頑張って得た良縁だったのだと母王妃は語った。
私は1ヶ月後、ズッシード王国に旅立った。