糸口健太郎
ここは路地裏にあるこぢんまりとしたバー。
店内に流れるBGMはマスター自ら作曲したオリジナルのようで、この店の雰囲気とマッチしている。
辺りを見渡すとテーブル席に何人かの客がいる。
角席にいる冴えない男性二人と容姿の整った女性。AVの勧誘だ。
その後席には、青ざめた顔で書類にハンコを押すサラリーマンの男とガラの悪い男が二人。闇金業者だ。
そして一番奥の席で一人パソコンを打っているひ弱そうな青年。彼は麻薬のネット販売業者だ。
この店にはそういう汚い人間が集まる。
丁度一二時の針を指した頃、店内に二人の男性が入店した。
一人は五〇代ぐらいだろうか。ピシッとスーツを着こなし、綺麗に整った髭はワイルドな印象を受ける。
それとは対象的に隣を気だるそうに歩いているのは20代後半の男性。上下鼠色のスウェットに黒ずんだクロックス。如何にもだらしない風貌の彼はカウンター席に座るなり、肘をついて項垂れた。
「いらっしゃいませ」
「よぅ、マスター。俺はいつものでこいつはすまないが、水をやってくれ」
「承知致しました」
マスターは嫌な顔一つせず、ドリンクを作り始める。
「……はぁー、まじで飲み過ぎた」
「糸口くんがこんなにもお酒弱いとは思わなくてな、すまないことをした」
この二人は先ほどまでキャバクラで飲んでいた。
糸口、と呼ばれた青年は酒が苦手であったが、付き合いだと一杯飲んでしまい、そこからズルズルと流され、最終的には完全に酔っ払ってしまった。
「……源一郎さん、何であんなに飲んだのに平気なんすか」
「うちの家系は代々、のんべえでな」
「……そうすっか」
糸口は顔を上げ、伸びをする。
そのタイミングでマスターがワイングラスに入った水を糸口の前に、源一郎には真っ赤なカクテルを置いた。
糸口はそれを一気に飲み干し、ため息をつく。
「……それで、糸口くん。例の件は、どうかな?」
「まぁ、興味はあります、でも、正直、俺が向いているような仕事じゃないと思います。俺は今まで何人もの人生を終わらせてきた、そんな人間が教育なんてできっこないですよ」
「……そうか」
「はい」
源一郎はカクテルをそっと飲み、ニヤリと口元を歪ませ、糸口の背中を叩いた。
「……なんすか」
「私はこれでも人を見る目があるんだ。糸口くんなら、あの子たちを正しい方向に導いてくれると信じている」
「……」
糸口は迷っていた。
この先、どう生きていくべきかを。
裏社会から足を洗いたい糸口にとって、源一郎の提案は魅力的だ。
手に職がつくし、何より興味は尽きない。
だが、自信がないのだ。
教育者としての知識もなければ、免許もない。そんな何でもない自分が先生などできるだろうか?
「糸口くん、君ならできる。私が保証する」
[……それじゃ、条件付きでもいいっすか?]
「あぁ、なんでも言ってくれ」
「それじゃ――」
糸口健太郎。
前職、情報屋。
本日付で公立西小田小学校『五年三組』の担任になった。