53話 血位者
【過去に眠る地角】に移動した俺が、まず1番最初にしたのはフローティアさんに対する説明だ。
「話はだいたいわかった……感謝してもしきれないぞ、ユウマ」
これからロザリアやヒカリンが協力して、アキレリア人の難民を【剣の盤城アキレリス】に空輸する旨を伝えると彼女は心底喜んでいるようだった。
「話を聞くに、我々からも民を救える手段があるというわけだな?」
「……それは」
ロザリアの『アキレリア人を安全な領域から出したくない』といった思惑からは外れてしまう。しかし同胞を想う彼女の気持ちもわからなくはないので何とも言えなかった。
「まずはみんなを運んでくる方法をこの目で実際に見てから判断しましょう。俺も空を経由してくる、としか聞いてなくて」
「……そうだな」
逸る気持ちを押さえつけるよう彼女は拳を軽く握った。それからパッと身体の力を抜くように掌を開く。
「よし。深刻な話はひとまず終わりだ!」
「はい」
「では、ユウマ。妾の婿候補として祖父に会ってくれるか?」
笑顔で言い切る彼女には悪いけれど、俺にとってはどちらも深刻すぎる話の連続だった。
「は、はい……」
◇
「陛下……妾の婿候補をお連れいたしました」
俺がフローティアさんに案内されたのは、玉座の間とか王の間といった荘厳な雰囲気のある空間だった。ここは【剣の盤城アキレリス】の最上階に位置し、剣の柄頭に相当する場所だ。
名を【束の間】というらしい。
かつては英雄神アキレリアが座す神聖な玉座には、今はフローティアさんのおじいさんが暫定的に腰を下ろしているのだとか。
人が神座に座るのは短い、仮初のものとして【束の間】と称しているのだとか。
しかし、それも今や英雄神アキレリアが亡き柱と判明したので複雑だろう。
「其方が、我が娘と臣民に救いの筋肉をもたらした英雄殿か」
「雄々しき筋肉評価、光栄です」
フローティアさんのおじいさんは非常に厳めしいオーラをまとっている。
青みがかった白髪が歳を感じさせるとはいえ、俺を見下ろす双眸は一切の衰えを感じさせない。むしろアキレリア人を暫定的に束ねる者として漲る力を感じずにはいられない。
「我は英雄神アキレリアが神血を冠す血位者……【第五血位アルジェント・ローゼシュタイン】である」
「神無戯勇真です」
俺とおじいさんの視線が交錯する。
尋常じゃない程の圧力がビリビリと肌で感じる。だが、俺も筋肉だけは負けてないように思えるので堂々とする。フリをする。
「まずはアキレリアを代表して、此度の多大なる筋肉に感謝する」
「ティアさ……フローティア様の筋力補助があってこその筋肉でした」
「ふっ。謙遜はよすのじゃ。其方の筋肉は誇りに値ずではなかろう?」
「まだまだ研鑽の余地はありますので……目指すべき筋肉は遥か先です」
「ほう」
おじいさんの眼光がより一層鋭くなる。
俺は視線を一切逸らさずに見つめ続ける。正直に言えば身も凍るような雰囲気に、一目散に逃げ出したい。
だが……ここでおじいさんの信頼を勝ち取れなければ、ヒカリンやロザリアの働きが無に帰す。空賊を経由して自国の臣民を運ぶなんて眉唾ものだし、ぽっとでの外国人の言葉なんて信じられないだろう。
それほどまでに英雄神アキレリア帝国とは諸外国から虐げられてきたのだ。
「ユウマと言ったな」
「はい」
眼光だけで人を射殺せるのでは? と厳しすぎる視線と冷気を浴びせるおじいさん。
まるで不動の城を連想させるアキレリアの指導者は、その青銀の髪をそっとかきあげた。
いや、ちょっと待って!? なんか俺の手足に霜が張ってない!?
だが、こんなことで動揺するわけにはッいかない……!
それに再生能力でどうとでも耐えられる!
俺は全身の筋肉に力を込め、礼節を欠かない程度には悠然とあり続けた。
今も虐殺行為に苦しむアキレリア人を思えば、凍てつく激痛など大したことはない。
「……ふっ。よい筋肉だ」
「へ、陛下には及ばずながら……精進して参ります」
それからおじいさんは唐突に頭を下げてしまう。
「其方の想い、しかとその強靭なる筋肉から伝わった。どうか救国の英雄殿にこのような仕打ちをした不徳、許してほしい」
国の頂点であるおじいさんがこうも簡単に頭を下げていいのだろうか?
少なくとも日本のトップは偉そうにのんべんだらりと何かを告げるだけで、誠意を感じられない人物が多い。だけれどおじいさんは違った。
「やっ、いえ……俺はただ————」
「よい。みなまで言うな。英雄殿の働き、そして受けた恩を鑑みても十分じゃな」
それから初めておじいさんはフローティアさんの方へ一瞥を向ける。
すると先ほどまでずっと緊張な面持ちで、俺たちのやり取りを窺っていた彼女に笑顔が花開く。
「孫娘の婿として認める」
ん……?
婿候補ではなく、婿?
婿、確定!?
「し、失礼ながら! お、俺はまだ、ティアさんと結婚をするつもりはなくて!」
「何を申すか。まさか我が愛娘は英雄殿の嫁にふさわしくないとでも?」
「いえ! いえいえいえいえ! そうではなくて!」
再び凍りつきそうな空気の中、俺はフローティアさんへの思いの丈を口にした。
1. 「俺の筋肉と一生を添い遂げてほしい。共に鍛え合っていこう!」
2. 「今はまだ互いを高め合う筋肉でしかなくて……いつか俺が彼女に相応しい筋肉になった時は、自らの大胸筋で包みます!」
3. 「彼女の筋肉が好みではなくて……」
4. 「俺は多分、【剣の盤城アキレリス】にずっと留まることはできません。だから、彼女にふさわしくありません」
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