52話 妹の加護
ヒカリンとロザリア、美少女2人に迫られた俺は返答に困る。
今すぐには気持ちの整理もつかないので、じっくり考えさせてほしいと曖昧な返事をし、ひとまず家に帰った。
「わかっていたことなんだけどなあ……」
フローティアさんは気高い。
非常に魅力的な女性だ。
それはきっと現実でも変わらない。いや、むしろ画面越しでもその輝きは一層増していたように見える。
あの頃————というより昨夜と比べても匂い立つ色香が隠し切れず、服ごしでも抜群のプロポーションがわかった。
「あら、勇真。おかえりなさい」
「叔母さんただいまー」
「そういえば例のニュース見た? おっきい塔? の上に都市があったと思えばお姫様が出て来たり、大変なことになってるわよねえ……しかもお姫様の求婚相手がユウマ、だなんてあんたと同じ名前じゃない」
「あははははは、そ、そうですねー、ぐぐぐぐうぜんってあるものですねー」
「そんな偶然ってほどでもないでしょ? ユウマなんて名前、全国で何万人いると思ってるのよ」
あはははは、おっしゃるとおりです。でも万が一、億が一、そのお姫様の言ってるユウマが俺だったら叔母さんはどうする?
なんて口が裂けても言えない状況だ。
「あ、あの人、すごくき、き、綺麗だったねー」
「勇真……あんたも年頃だからわかるけど現実を見なさい。女子の一人や二人、家に連れてきてもいいものなのに……」
なぜかめちゃめちゃ残念なものを見る目を向けられる。
なので俺は話題を変更。
「そ、それより芽瑠の迎えはそろそろ?」
「芽瑠、今日、休む、運命」
叔母さんへの問いかけは御本人によって解消される。
振り向けば自室から出てきた芽瑠が、車いすを器用に操って俺のすぐ傍までくる。
「おおうっ学校休みだったのか!」
「うん。配信、する?」
「お、今日もやっちゃうかー!」
最近は視聴者も30万人に増えて、収益もなかなかのものになっている。
見込みだけで既に40万円を超えているので内心はホクホクだ。この調子ならバイトをやめて、配信者活動に専念した方がいいかもしれない。
そんな俺のワクワク心を一瞬に凍てつかせる出来事が起きる。
「お兄ちゃん、女子の匂い、する」
「えっ!?」
「どんな子? 全部、話す、運命」
そ、そういえば……芽瑠にヒカリンやロザリアと交流があることを伝えてなかった。
いい機会だから2人について話そう。
そう決心した俺だったが、芽瑠の鬼気迫る顔に躊躇してしまう。
なぜそんな顔を……?
脳内で首を傾げ、すぐに答えへと至る。
芽瑠との配信中に時々見かける『ロザリアちゃんはいないのかー』コメントだろう。あのコメントを目にすると芽瑠の表情はよく曇る。
そりゃそうか。
芽瑠にしてみれば、別ゲーのNPCが自分よりもリスナーの注目を集めるかもしれないとなれば面白くもない。
そして女子の香り? をつけた兄が帰ってきたなら、次はその女子に自分のポジションを奪われるのでは? と不安がるのも頷ける。
くっ!
妹にそんな心配をかけさせるなんて、俺はなんてダメな兄貴なんだろう!
こんなんじゃ芽瑠を守れないぞ!
そうだ。決めたじゃないか。
芽瑠を【過去に眠る地角】なんて危険な世界となるべく関わらないようにさせようって。守り抜くって。
俺が【未来ある地球】に帰る一番の理由————芽瑠を不安がらせてどうする!
それに! 問題は地角だけじゃない!
現実的にもあの2人は俺たちよりチャンネル規模が大きいYouTuberとVTuberだ。
俺たちが30万人を突破したのも、実は2人のアドバイスや影響があってのおかげだと芽瑠が思ってしまったら……ショックを受けないだろうか?
今まで2人で頑張ってきたのに、実は他人の功績でした~なんて勘違いされてしまうのは教育上、よろしくない!
ここまでの思考をわずか0.5秒で終えた俺は結論を導く。
長年培ってきた兄貴センサーが爆音で警報を鳴らしている。
ならば選ぶべき言葉は一つ。
「————クラスメイトだ」
「本当?」
「うん」
嘘は言ってない。
ヒカリンもロザリアも今ではクラスメイトだ。
今の芽瑠の気持ちを考えるならば、不安要素を増やすべきじゃない。2人のことはタイミングを見計らって紹介するのができる兄というものだ。
そんな言い訳めいた内心を抱く俺を芽瑠はじーっと見つめた。
それから人差し指をちょこんと伸ばし、なぜか俺の頬へと優しく突き刺した。
「今度、紹介する、運命」
「仰せのままに!」
妹の不安は、全て兄である俺が完璧にぬぐってみせる!
◇
「おいで————【猫の幽霊】」
俺はそっとベランダに出て、夜気をはらんだ虚空へと語りかける。
すると手すりに俺だけにか見えない猫の霊が……1匹、2匹、3匹、10匹と姿を現す。
「異常はなかった?」
『うにゃ~』
群れの長であるミケさんの話によれば……なるほど、怪しいやつは特にいないと。一応、近くの街灯に潜ませた【街灯を狩る白虎】にも警戒は解かないように伝えておく。
俺はマポトさんの権能【猫使い】を駆使し、常に家族の周辺に警戒網を張り巡らしている。
現代で他のYouTuberに襲われた経験から、油断するわけにはいかないのだ。
そんな俺の決意に応えるように右手がチクリとうずく。
「やれやれ、いつものやつか————」
相変わらず歯形のようなものがつくのはお決まりだ。どうやら、まじめしゃちょー派閥の誰かが【禁断の黄金果実】を使ったらしい。
俺にとっての【失楽園の鍵】、透き通ったロックグラスに急いで水を入れる。それからゆったりと口に含み、グラスをくゆらす。
「ふっ」
グラスの美しさを堪能した俺は、グラスに残った水を空中へとまく。
世界がひび割れ、目の前の中空にファンタジーな情景が広がり始める。
俺は自ら一歩踏み出し、覚悟を決める。
フローティアさんへの返事を胸に————
俺はまた【過去に眠る地角】へとダイブした。




