51話 女帝の宣言
「っそんなわけで、ハロー! あたしたち異世界配信部の部室!」
ヒカリンが俺とロザリアを案内した部室(仮)は、入学してから一度も入ったことのない場所だった。
日当たり良好。校舎の最上階。3人で使用するには十分すぎるほどの広さ。
そして極みつけは普段生徒が滅多に立ち入りしない、図書室と隣接した資料室だという事。
地球儀とかよくわからない鉱物だとか謎の資材も置いてある。
「たくさんの資料があるです。便利です」
「図書室の隣だからうるさい輩は近づかないでしょ。ただ吹奏楽部と同じ階だから、ちょっと演奏が聞こえてくるのよね」
ヒカリンが窓を開け放てば、階下で部活動に勤しむ運動部の声も入って来る。
「ぜーんぶぜんぶ! BGM代わりにすれば気分がいいわ。これぞ放課後ってやつよね!」
「いや、配信部としては周囲の雑音が入るってどうなの」
「別にあたしたちはここで配信するわけじゃないでしょ?」
「ま、まあ……それにしても音踏は手配が異常に早いな。転校初日で部活設立の申請が通って、部室まで用意できるなんて……」
「ぷんぷん。このあたしを誰だと思ってるわけ? 転入時にそれなりの寄付金を積めば、それなりに自由が認められるのよ」
なるほど。
根回しに抜かりはないってわけですか。
というかヒカリンのおこぼれでこの部室を使える俺としては、素直に感謝しておくべきかな。
「それはありがとう」
「べっ、べつに。あんたのためじゃないわ。あたしが部活動ってやつをやってみたかっただけなんだから」
「ヒカリン、ありがとです」
「ふふっ」
あれれ。
どうしてロザリアのお礼には微笑み、俺が言うと受け入れてくれないのだろうか。
これはアレか……俺のチャンネル登録者がロザリアより少ないから、未だに一人前には見てないといった部長的な……先輩風的なアレですか。
これぐらいあんたごときが気を遣う必要はないよって優しさですか。
くう。
俺もヒカリンに認められるよう精一杯、頑張っていこう。
「では! 第一回、『異世界配信部』の作戦会議を始めます!」
「わーい、ぱちぱち、です」
「お、おおー……?」
それからヒカリンはいつの間にか用意していたのか、スクリーンをスターン! っと降ろして、自らのスマホ画面を上映し始める。
「まずはこちらを見なさい! 【過去に眠る地角】において、アキレリア人に関連する各戦力図を簡単にまとめたわ!」
物差しを手にしたヒカリンは、講義中の先生みたいにピシッとスクリーンを叩く。
「現在、アキレリア帝国領は東西と北が陥落。抵抗中の南部都市も残りわずか2つまでに減っているわ」
「四面楚歌、です」
「あたしたちもできるだけ抵抗してるんだけどね……【錬金勇者まじめしゃちょー】が動いてるから、戦況は厳しいわ」
「まじめ派閥はいつも世界の声に忠実です」
ふむふむ。
アキレリア帝国領は主に4勢力の軍隊によって撃滅されているようだ。
さらにチャンネル登録者1200万人のまじめしゃちょーも含めたYouTuberたちが参戦してるとなれば……厳しすぎる。
フローティアさんあたりがこの惨状を目の当たりにしたら、ひどく憂慮するだろう。かくいう俺もアキレリア人が虐殺されている事実にいい思いはしない。
「俺が【剣の盤城アキレリス】で過ごしていた間、音踏はアキレリア帝国本土で抵抗していたのか……じゃあ、ロザリアは?」
「避難民の誘導と保護、そして移送方法の探求です」
「移送……それは、【時間獣の封域】にアキレリア人を逃す手段を?」
【剣の盤城アキレリス】は【時間獣の封域】にある。
しかしその周辺は神々も手出しできない【物語を綴る者】といった、バカでかい本型の星遺物が無数にいるので不可侵領域になっている。
「【物語を綴る者】を回避する星遺物を見つけたです。それを利用すれば……少しのアキレリア人を輸送できる、です」
「少し……前にやったみたいにカードで都市ごと召喚するってやつはできないのか?」
「カードは1枚限りの消耗権能です。カードとして発動する条件も様々で……もう、今は難しいです」
ロザリアの権能にも限界はあるようだ。
「話を戻すわね。まずは南部都市の生き残りをロザリアが見つけてくれた星遺物で空輸するわ」
「正確には、星遺物を所有する空賊船を使わせてもらうです」
「空賊……空飛ぶ船?」
「まさにその通りよ。で、ここからが重要なのよ。特にバカンナギ! 空輸中は絶対に配信しないでちょうだい!」
「…………潜在的な敵にアキレリア人を逃す手段を公開したくない、そうだな?」
「ぷんぷん、いい線いってるけどそれだけじゃないわ」
他に何だろう?
俺が疑問符を頭の上に出すと、彼女たちは2人そろって小さなため息をついた。
「まあその辺はすぐにわかるわよ。それより話は変わるけど、バカンナギにはやってほしいことがあるのよね」
「アキレリア人が虐殺されている、その事実を【未来ある地球】に届けるです」
「つまりは難民へのインタビュー配信ね」
「なるほど……リスナーたちの同情を買う?」
「もちろんそれもあるけど、リスナーはバカンナギの配信をゲーム実況の類だと勘違いしてるんでしょ? だったら世論を操作しようにも、信頼って土台がなければあんたの配信はあくまでゲーム配信の枠を出ないの」
「だから当座の目標は、異世界YouTuberたちに罪の意識を植え付けるです」
「これ以上、他のYouTuberたちがアキレリア人殲滅に加勢しないよう止めるって思惑か……」
大枠の理由がわかったので俺は2人の作戦に深く頷く。
「続いてこちらのニュース! バカンナギは特に目を通しなさい! これは今日の午後14時に正式発表された内容よ!」
スクリーンに目を向ければ偉そうな初老の政治家が、『えー』『あー』『おっほん』とか言いながら暫定的に『【英雄を生む国】を国家として認める』といった内容だった。
「あ……そうだ。2人の転校騒ぎでクラスじゃあまり話題にならなかったけど、『剣の盤城アキレリス』が出現したんだっけ」
「バカンナギって呑気よね……」
「言うまでもなくゆーまは呑気です」
2人の生暖かい視線を浴びつつも、俺はスクリーンへと目を向ける。
そこには驚愕の人物が登壇していた。その美女は毅然とした態度で、あらゆるメディアに囲まれながら大演説をかましている。
『我々【英雄を生む国】は貴国、日本に害をなさないと約束する! だからどうか、筋繊維と筋繊維が織りなす力強い上腕二頭筋のように、我々は国交を結びたいと願う! 確かな筋力を築いていけたらと、切に願っている!』
目の覚めるような空色の長髪、そして抜群のプロポーションと均整の取れた美貌の持ち主。
彼女は俺の知ってる彼女であって、違った。
そう、俺の知ってる彼女は16歳前後、つまりは高校生ぐらいだった。しかし今やスクリーンに映る彼女は二十歳前後の女子大学生といったお姉さんだ。
『貴国、日本との友好の証に……アキレリアの女帝であるこの妾、フローティア・ローゼシュタイン・アキレリアが日本男児との婚姻を結ぼう! 国の結びは血の結び、ひいては筋力の結び目よ!』
そうか。アキレリア人は寿命が長いって言ってたっけ。確か10年で1歳分ぐらいしか老けないとか。そうなると現代は……最後にフローティアさんと別れてから40年ぐらいが経ったのか?
つまり彼女は二十歳のお姉さんになってるってわけか。
『ユウマ! 見てるのであろう!? 日本国民の容姿を見るに、ユウマは日本人! 妾はユウマを感じたぞ。であるなら此度の騒動に乗じて、もう其方を待つ必要はない!』
んん?
ユウマ? って、もしかしなくとも俺のことか?
ビシっとスクリーン状で指をさすフローティアさん。
以前より、人を率いる者としての貫禄があった。
『宣言通り、妾から迎えにゆく!』
んんー……。
俺は別れ際に彼女が言っていたことを思い出す。
『もし、また、少しでもユウマを感じた時は、待つのをやめるがな』
ん、やっべ。
あれってシンプルに愛想尽かすとかじゃなくて、待つのをやめて猛烈にアプローチするってことか!
んんん……。
こんなのが全国放送された中、俺の配信で【過去に眠る地角】を映し、フローティアさんとの絡みがリスナーの目に止まれば炎上どころの話ではない。
今後の展開も踏まえて、どう転ぶかわからない状態で配信を所かまわずしてしまうのはよくない。下手な混乱を招くより一旦は様子見も兼ねての情報規制ってやつか。
ただしアキレリア人絶滅を防ぐための難民インタビューだけは欠かせない。
そんなヒカリンとロザリア2人の思惑が正確に理解できたところで、理解できないものもある。
「で、バカンナギ! あの女はどうするの?」
「ゆーま、フローティアなんかふろー、です」
どうして2人が不機嫌そうに詰め寄って来るのかは理解できなかった。




