48話 おはよう
やっと、やっと、ロザリアの隣で戦えると思っていたのに。
早朝、おぼつかない足取りで学校に向かう。
何をしていてもこの悲しみが消えることはなかった。ただただ、漠然とロザリアがいなくなった事実と向き合うだけ。
生きた屍っていうのはこんな感じなのだろうか、と茫然自失の俺を待ち構えていたのは……。
「勇真がどうしてもって言うなら、よりを戻してあげてもいいのよ?」
「え……?」
元カノの恋子だ。
ああ、そういえば家を出ようとしたときに、彼女から電話がかかってきてたっけ。話があるから人気のない校舎裏に来いと言われた気がしたけど、忘れてた。
『安飯製造機おじさん2号』にわざわざ電話してくれるのは光栄だけど、ご飯でも奢れって話ならきっぱりお断りしようと思っていた。
「ちょっと聞いてるの? また付き合ってあげるって言ってるの」
「……いや、それはちょっと……」
あまりにも予想外すぎる恋子の発言に思わず呆けてしまう。
あんなフリ方をしておいて、どうしてそんな発想に至るかまるで理解できなかったからだ。
「前と違って少しは身だしなみに気を遣うようになったし? 髪の毛だって生えて、見た目も良くなったから、今日からまた付き合ってあげる」
「いや、今も坊主だけど?」
【狂喜乱舞:禿げ散り桜】の後遺症だ。もちろん坊主であるということは、いずれ毛髪は伸びてくるわけだ。そう信じている。
そうでもなきゃロザリアを失った悲しみに加えて、毛根まで死滅したなら俺のキャパは超えてしまう。
というか恋子は何なんだ?
正直に言えば俺の精神状態は、恋子にかまっていられるほどの余裕はなかった。
どう考えても一方的な物言いにうんざりしそうになる。
「————そういうのは間に合ってますよ」
そんな俺の窮地を救ってくれたのは、凛と澄んだ声。
慌てて振り向けば、朝露がキラキラと反射する中に制服姿のぼっちちゃんがいた。
「————僕の一生をかけて、ゆーまの面倒を見ます。だから貴女はいらないです」
その台詞————
まさか、でも——
お隣さんは黒髪で、瞳の色も黒だし——
あれ、でもこの無表情がデフォの美少女っぷりは……ロザリアが成長したような顔————?
「は? あんた誰よ」
「今日から1年2組に転校する式守零です」
俺は不機嫌そうな恋子を押しのけて、お隣さんの方へと駆け寄る。
「え、今日から転校って……でも、ぼっちちゃんとは以前学校で会った、よな?」
「あれは転入手続きで職員室に寄っただけです」
「あ……じゃあ、俺が何組なのかってクラスを聞いたときも……」
「さあ? だってあの時はまだ何組かは決まってませんでしたから」
そうか。
だからあんな曖昧な返答だったのか。
でも、じゃあ。
さっきの台詞は————?
「ぼっちちゃんは……ロ、ロザリアなのか?」
「覚えてくれてた、です?」
氷のように微動だにしない彼女の顔が、ふと氷解してゆく。
そっとはにかむ笑顔は忘れようとしても絶対に忘れられない————彼女が死に際に見せた、陽だまりのような温かい笑み。
最後まで俺を笑わせようとしたロザリアそのものだった。
「ゆーまの目は節穴です。不死だけに」
そう言って彼女は黒のウィッグとカラコンをおもむろに取ってゆく。
するとロザリアの月より綺麗な銀髪と、紅宝石より煌めく緋色の瞳が現れる。
もうロザリアにしか見えない美貌の塊だった。
だけどなぜ、そんな変装を————?
いや、そうか。
ゲーム配信を勧めてきたぼっちちゃんが、現代のロザリアだったとしたら。
ロザリアからしたら、すでに約30年前……【過去に眠る地角】で俺に会っていた。でもその時の俺は『ロザリアと初対面』だと思い込んでて————ぼっちちゃんをロザリアと認識していなかった。
そんな俺の様子を見て、現代のロザリアは、俺の意識に齟齬が生じないように変装をしていた?
自分の正体を伝えてしまったら、自分の知る過去が変わってしまう危険性があるから————
教えてくれれば、きっと俺の行動は変わっていた。
ロザリアが知る俺ではなくなってしまう。
だから全てが、まさに彼女らしい『実施研修』だったのだろう。
そしてこんなチープな変装をされただけで、俺はぼっちちゃんがロザリアだと気付けなかった。ロザリアからしたら30年前に『覚えいてほしい』と約束したのに、だ。
だからゲーム実況を勧めてきたあの日……妙に不機嫌そうに脅してきた?
それなら現代のロザリアは……一体どんな気持ちで俺を見守り続けていたのだろうか?
きっと、きっと、色々と辛かったり、歯がゆかったりしたと思う。
それでも過去に干渉せずに見守るだけでいたのは、それだけロザリアがあの過去を、俺たちが過ごした時間を大切だと思っていてくれた証拠なんだ。
「少しだけ休んだ、です」
30年前、確かにロザリアの心は限界を迎えてシバイターに滅ぼされた。
でも彼女は不死。
時間が経って、言葉通り少し休んで、また再生した。
長い眠りから目覚め、そして俺の前にまた姿を現してくれた。
ゲーム実況を始めろと。
俺たちがまた『過去』で出会うために。
「おはよう、ゆーま」
あの時の『おやすみ』に応えるかのようにロザリアが微笑む。
「……あぁ…………ああっ、お、おはよう! ロザリア!」
気付けば俺は泣きながらロザリアを抱きしめていた。
あの時は触れさえせずに見送った彼女に、ようやく追いついた。
ああ、嬉しい時も涙ってこんなに流れるものなんだって、初めて知った。




