44話 史上最強のおっさんYouTuber
「んじゃ、ま、始めるか。第一ラウンド————【炎上奏者】」
「させない!」
シバイターが何をしようとしているのかは定かではないけれど、このまま彼に好き勝手されたら確実に俺とフローティアさんは殺される。
だからこそ、俺は一切の躊躇なく握りこぶしで奴の頭部を狙った。しかし寸でのところで左肩から生える歪な4本の腕に凌がれるも————
十分な勢いの乗ったパンチがシバイターの身体を吹き飛ばす。
そして奴と触れたと同時に【拷問王の悪夢】を発動しておく————
あれ、発動してない?
『VIP:ステータス色力がおっさんより低ければ発動するはずである』
『VIP:あの見た目で色力も高いのか?』
リスナーの指摘通り……シバイターが直接ぶつかってきた戦闘スタイルや、見た目から筋力重視だと判断していたけど、どういうことだ?
「痛ぁっ! おいおい、金獅子の四本腕が一発でひしゃげるとかチャンネル登録者5万人の筋力じゃないだろ~」
シバイターは愚直にビルに激突するかと思えば、上手く体勢を整えて受け身を取っている。それどころか、壁を蹴り上げて自ら進行方向をコントロールする。そして彼の着地先は、肉塊となったマポトさんの傍だった。
「なあ、マポト。俺はお前を救いたい————」
「ぐっ……かはっ」
シバイターがマポトさんに触れると、折れ曲がった背はみるみる間に元通りになり傷も修復していく。
初めから俺の攻撃を利用してマポトさんに近づく算段だったとしたら、シバイターはかなりの戦闘経験を積んでいる。
「また一人、星を喰らっちまったなあ」
シバイターは完全復活したマポトを眺めながらしみじみと呟いた。
「で、でめえ……シバイター、俺の権能を喰らいしやがったな……」
「仕方ないだろ。マポトを救うには【炎上奏者】を使うしかなかったし。どれどれ、お前の【猫使い】って便利そうだなあ」
「ちっ……」
見た限り、シバイターがマポトさんに回復魔法的な何かを使役したらしい。
フローティアさんの様子も気になるけど、あの2人を相手に目を逸らすなんて愚行は侵せない。
「マポト。お前は【第十七血位】にトドメを刺してこい。俺は新参者を殺すついでに1回救ってから殺すわ」
「っち!」
そうはさせない。
俺は相手が動くより早く『復讐の執黒官』を発動し、マポトさんを再度不能にしようと試みる。しかし、瞬時に背後を取られたマポトさんは反応できなくても、シバイターが俺の動きを察知していた。
「————【炎上勝法】。来い、【猛虎の鋼腕】、だっけか?」
俺の拳がマポトさんをぶち抜くより早く、シバイターの左腕が攻撃を受け止める。いや、これを左腕と言っていい代物なのか、俺は動揺を隠せない。何せ彼の腕は、今や黒光りする鋼鉄製の虎と化していたのだ。
まさに自身の肩から虎の上半身を生やすシバイターの姿は異形以外の何者でもなかった。
「うっわ、これも砕いちゃうとか新参者の筋力ステータスはどうなってんの」
「うおおおお!」
俺はさらにシバイターにダメ元で攻撃を繰り出すも、彼はヒョイっと後方にジャンプして逃げてしまう。
「おお、怖い怖い。それなら第二ラウンド————【炎上演者】」
「くっ!」
大怪我でダウンしているフローティアさんを狙ってマポトさんが俺を避けるように動き出した手前、シバイターの出方を窺ってる場合ではない。けれどチャンネル登録者400万人の圧力がどうしても俺の動きを鈍らせる。
「聞け、新参者————お前の相手はこのシバイタ~でーっす!」
俺の警戒とは裏腹に人を逆撫でするような作り笑いで挑発してくる彼の意図が読めない。ならばこそ、俺が狙うのは一点のみだ。
「マポトさん! 覚悟!」
「てめ! また転イッギュエエエッ!?」
『復讐の執黒官』でマポトさんの真横に瞬間転移し、左肩を殴りつけると彼は血を盛大に噴出させながら穴の開いた風船のごとく飛んで行った。
「あちゃー……判断力もあるし、俺を嫌いにならないとか新参者は優秀だわー。じゃあ仕方なし、ここは最終ラウンド————【炎上勝法】」
何かをぼやくシバイターの方へ目を向けると、彼は自身の砕けた鋼鉄の腕から更に新しい何かを生やし始めていた。それは赤い鱗に覆われた竜の頭部であり、かなり巨大な顎がシバイターの腕からモリモリと複製されていく。
それはもやはや彼の巨躯の数倍に達するサイズだ。
計3体分の竜頭が顕現すると、シバイターはニコォーっと気味の悪い笑みを浮かべて言い放つ。
「——————【赤竜の鳴き骸】」
突如、視界が火の海と化す。
シバイターから生える竜の頭が、大量の炎を吠え散らかしたのだ。俺は危険だと判断し、またもや『復讐の執黒官』に頼らざるを得なかった。
シバイターの背後ならこの炎の射程範囲外、そう予測して彼の真後ろに転移する。
「そう来ると思った~はい、ざんねんでした~!」
しかし、俺の動きは完璧に読まれており、竜の頭部の一つが容赦なくかぶりついてくる。これは絶対に避けられないタイミングであり、大ダメージを受ける未来が確定してしまった。
それならばと、俺は精一杯の悪あがきとして『時を巡る助言者』を発動。
世界は非常にゆっくりと流れ、対照的に俺の意識は高速化する。すると流れてきたコメントを読む余裕もできるというものだ。
続けて【童貞発言】でみんなに救援要請!
【みんな、何かこの状況を打破する方法はない?】
『VIP:これはおっさん確実に噛みつかれるな』
『すごい迫力すぎて草』
『牙とかバナナよりでかくね?』
『こえええ』
『VIP:まずはシバイターの能力整理が先である』
『VIP:◆絶対に攻略しましょう! おっさんには私たちがついてます!◆』
『VIP:ボス攻略なら任せろ。まずはシバイターが使ってた、第一ラウンド【炎上奏者】ってやつは、対象を回復するとその対象から権能をコピーするって技っぽいな』
『VIP:マポトを回復し、【猫使い】ってやつをコピーしていたのである』
『大物を食い物にするスタンスは、YouTuboの炎上スタイルと同じってわけだ』
『VIP:◆第二ラウンド【炎上演者】は何も起きませんでしたよね?◆』
『VIP:あれは多分、こっちが敵意を抱いたり嫌らったりしないと発動しない類だろう。おっさんがシバイターを嫌わなかったから不発だったってだけだ』
『VIP:シバイターの発言からしてその可能性が無限大である』
シバイターに対して敵意は確実に抱いている。ならば、嫌悪感などだろうか?
だとすれば終始シバイターが挑発的な喋り方をするのも頷ける。何せ俺の【アンチ殺し】と同じく、自分にヘイトを向けさせることで発動する権能であるならば、相手を不快にさせる言動など至極当然の行動だろう。
『VIP:最終ラウンド【炎上勝法】。あれはおそらく、今までコピーしてきた権能を自分の身体から生やす、もしくは具現化する技だろうな』
『救いなのは奴の身体から出てくるわけで、いわば限定的なコピーだろうな』
『VIP:つまり、やつの手の内は不明である』
『今まで何を喰ってきたかなんてわからんものな』
『おっさん……がんばれ!』
うおおおおおい!?
確かにシバイターの権能の全容を把握できたのは大助かりだ。しかし、攻略法の糸口が一切つかめていない。
しかもあと数秒で『時を巡る助言者』はタイムアップ。
『VIP:相手の権能と狙いを逆手に取って、油断してる隙に一撃離脱が上策である』
『VIP:シバイターの発言から推測するに、奴は【炎上奏者】でおっさんを救いたいらしい。つまりは権能をコピーしたいってわけだ』
『VIP:そのためにはおっさんを一度回復しなければならないのである。しかし、おっさんは自動修復の権能【朽ちぬ肉体】があるのである』
『VIP:だからシバイターに癒されてるフリをして自動修復がある程度終わった瞬間に反撃だ』
『おっさんには最終兵器│おっさん《・・・・》があるだろ?』
【なるほどおおおお! みんなありがとおおおお!】
とりあえずの急場は凌ぐ方針で、俺は『時を巡る助言者』を解除する。瞬間、俺は避ける間もなく巨大な顎の餌食となり、太い牙が全身を貫き激痛が走る。
「ぐっ、ぎゃああああ!?」
想像を絶する痛みで意識が飛びそうになるのを懸命に耐える。
本当に痛すぎてどうにかなりそうだし、視界の隅でHPがゴリゴリ削られてゆくのが見える。
【HP35 → 2】
うあ……一撃で33ダメージって強すぎるだろ。でも【朽ちぬ肉体Lv5】による自動修復の限界ダメージが60以下だから、不幸中の幸いとでも思うべきか?
グチャリと耳障りな音が自分の身体から聞こえ、竜の顎から解放された俺は身動きも取れずビルのコンクリに落とされる。
「おっとっと、殺す前に救ってやらないと————【炎上奏者】。なあ、新参者。俺はお前を救いたい」
再生による更なる激痛が身体の至るところで駆け抜けるが、目の前に敵がいる以上絶対に意識を手放すことはできない。
「ん……? やけに回復が遅いな……? ん?」
シバイターが自身の権能に違和感を覚え始めたが、未だ『朽ちぬ肉体』による完全回復は完了していない。けれどこれ以上は危険すぎる。
現にシバイターは手応えを感じられないから、疑惑の目を俺に向け始めた。決意を固めた俺は軋む身体を叱咤し、シバイターのみぞおちを狙って拳を飛ばす。
「うお!? まだ回復しきってないのに動けるのか!?」
しかしさすがは古参YouTuberなだけあって、シバイターはギリギリで俺の攻撃をかわしきった。だが都合よく距離を開けてくれたので、俺はここぞとばかりに『朽ちぬ肉体』による回復を進めるために時間稼ぎを試みる。
無論、その手段は対話だ。
「シバイターさん。あなたに救われるほど、俺は落ちぶれちゃいないよ」
「あー……自分のケツは自分で拭けるってか。新参者にしちゃあ、気に入ったぜ。だがなあ、やっぱ新参者はもっと謙虚じゃなきゃいけないぞ? 俺が先輩として教えてやろう」
ニコォーっとお決まりのわざとらしい笑顔を浮かべ、シバイターは肩から竜の頭を生やす。先程と違う個体が混じっているのか、色が赤と紫の2種になっていて総数も4頭に増えていた。
「なに、授業料はお前の命で勘弁してやる————【炎上勝法】、【赤嵐竜の共鳴】」
暴風と豪炎がほどよく交われば、先ほどのブレスとは比にならないほど火の手は膨張する。赤い波が瞬きする間に迫りくる景色は圧巻の一言。だが、俺だって絶望を素直に受けきる気は毛頭ない。
「最終兵器——『おっさん』!」
できれば使いたくなかった。
何せこの権能は……再び俺がハゲに返り咲く危険性をはらんだ権能なのだ。『おっさん』で習得した権能の中に、不吉な内容がチラホラと散見される時点で避けるべきだ。
それでも俺はフローティアさんを守りたいと願い、更なる力を求めてシバイターに対抗すべく発動するしかなかった。
なにせおっさん形態になった俺は、全ステータスも大幅にアップするからだ。
「そっちがブレスなら、こっちもブレスで対抗するまでだ。口臭、『腐食王の息吹き』!」
腐敗、それはなぜ起こるのか。
菌による繁殖か、否。
『おっさんLv4』で習得したこの権能が『腐食王の息吹き』と命名される所以は、全てを腐敗させる王の息吹だからである。すなわち時を奪い去り、またたく間に腐りを蔓延させる口臭だ。
シバイターが発生させた風雲も豪炎も時が経てば消えゆく運命。吹き荒れる嵐も、爛々と燃える炎も時が経てば、いずれは凪ぎのごとく静まり返る日がくる。
俺の口臭、もといブレスは範囲内にある全ての存在を瞬時に腐蝕へと導く。
「誰が何を教えるって?」
おっさんとなった俺は静かに告げる。
「若造ごときがよく吠えるな、シバイター」
全ての炎と風を朽ち消し、俺はシバイターと改めて対峙した。
「はー? 小僧に若造呼ばわりされる理由なんて…………って、あんた、誰だ?」
「俺か? そういえば名乗りがまだだったな若造」
315万人の大手YouTuberだからなんだ?
黙って殺される気など一切ない俺は堂々と胸を張り、腹の底から声を絞り出す。
「俺は『おっさんと妹』チャンネルの、おっさんだ!」
「……新参者が頭の薄い、おっさんに……なってる……?」
シバイターの動揺と同時に、俺の反撃の狼煙は上がった。
◇
【ユウマ(おっさんモード)】
【HP35 →70 MP20 →40 力37 →74 色力24 →48 防御20 →40 素早さ21→42】
【総合戦闘力:登録者数127万人 → 284万人と同等】
【権能『おっさん』……精神、容姿共におじさんに精通した者に変身】
【Lv1 円形脱毛症の中年男性に3分間だけ容姿を変更できる。(リキャストタイムは3時間)】
【Lv2 おじさん形態時、加齢臭『腐敗王のオーラ』を発動できる】
【Lv3 おじさん形態時、全ステータスが5上昇する】
【Lv4 おじさん形態時、口臭『腐食王の息吹き』を発動できる】
【Lv5 おじさん形態時、全ステータスが1.1倍に上昇する】
【Lv6 おじさん形態時、『不快王の一撫で』を発動できる】
【Lv7 おじさん形態時、全ステータスが1.5倍に上昇する】
【Lv8 おじさん形態時、『顔面凶器』を発動できる】
【Lv9 おじさん形態時、全ステータスが2倍に上昇する】
【Lv10おじさん形態時、毛根を全て犠牲にすることで『狂鬼乱舞:禿げ散り桜』を発動できる】




