43話 コメントが最強の武器
「俺は自分の猫を殺されたりしたら、絶対にそいつを許さないタイプなんだって」
鈍い金属製の光沢をもつ巨大な虎がえぐった箇所は、ただの人であれば即死級のダメージだったはず。俺だってフローティアさんに庇われていなかったら、無傷では済まなかったと容易に想像できる。
眼前に迫った死の匂いは嫌と言うほど現実味を帯び、俺は激しく動揺した。
どうしてマポトさんが……?
『VIP:対話ができる相手なら、誤解を解け!』
『VIP:おっさんは戦いたくないのであるな?』
『VIP:◆お話をしましょう!◆』
リスナーのコメントに促され、一縷の望みを託して言葉を紡ぐ。
「いや、マポトさん……? 俺はマポトさんの猫なんか殺したりしてないですよ?」
唐突に大きな虎をけしかけてきたマポトさんの怒りは本気に思えた。でも、まずは誤解を解かないと……!
「だからこんな事はやめてください。俺たちは同じYouTuberで、仲間じゃないですか……」
「仲間? 仲間ねえ……それは俺がここ一カ月でアキレリアの豚共を何人も殺害してきたって聞いても、仲間って言えるのかあ?」
「……マポトさんがアキレリアの人を殺した?」
「ほーら、血位者ばかりを狙った連続殺人が起きてるって耳にしなかったか?」
マポトさんの台詞の真意を俺が正確に把握する前に、隣から烈火の如く糾弾の声を上がる。
「マポト! き、貴様が! 我等が臣民を殺めていた殺人鬼だと!?」
フローティアさんだ。
「いや、しかし……どの殺人が起きた時も……行方不明者が出た時も、貴様は友といただろう? それこそ【第三十二血位】と酒を飲み交わしていたり……」
「はーこれだから女は無能だよなあ。いくら血位者が俺の身を保証したとしても疑うべきだろ? なに? 俺ごときじゃ血位者を殺せないとでも高を括ってたわけ? 協力者がいるとも気付かずに?」
「……単独犯じゃなかったわけか」
「ほら、これが証拠だ」
そう言ってマポトさんは気軽にバスケットボールをパスするように、何かを宙に放り投げた。金の長髪がなびき、それは放物線を描き俺たちの目の前にドチャリと落ちる。
女性の頭部だ。
「なっ!? 【第六十血位】サラ・キネツク!?」
「はーい、雑魚はこれで判断力が鈍る。食め、【山砕く大虎】」
殺された女性の無残な姿に視線を集中していた俺たちは、足場が不意に崩れた事に全くの対処ができなかった。
「ついでに注意力も散漫かあ」
マポトさんは今まで見たことないような邪悪な笑みを張り付け、俺とフローティアさんを見つめる。その顔は絶対に俺たちを殺すと物語るにふさわしい表情だった。
「マポトォォォオ! 貴様だけは許さない!」
「女なんて感情を制御できない劣等種でしかない」
フローティアさんが激高するも、マポトさんの余裕は微塵も崩れない。それもそのはずで、俺たちの足元を破壊したのは巨大な顎だ。竜と見間違えるほどの巨体を誇る虎が大口を開けて、俺たちを丸呑みせんと現れたのだ。
「神血魔法————【凍薔薇の剣戯曲】」
しかし、フローティアさんは宙空で落ちゆく身を回転させ、眼下に迫る驚異に躊躇なく剣を振るった。彼女の剣筋から幾重にも氷の棘が発生し、それらは太い柱のごときつららとなって巨大な虎を突き刺す。
「おお、傲慢な女には棘があるってか。実にヒステリックだなあ、それ【浮遊する猫チャシャー】、しゃぼんに包んでやれ」
マポトさんの嘲笑が俺たちの自由を奪う。
唐突にふわふわと浮かぶ猫が2匹も現れたかと思えば、口から人間一人をまるごと入ってしまうシャボン玉をふくらまし、俺とフローティアさんを包み込んでしまう。
俺たちは重力に引っ張られてそのまま下の階に落ちるはずが、その身を無防備にも空中に晒してしまう。シャボン玉の効力のせいで、いい的と化した俺たちには│嬲り殺しの未来しか残されていない。
『VIP:落ち着き、時を止めるのである』
俺よりも状況把握の早いリスナーのコメントに助けられる。
そうだ、こんな時にこそ使わなければ。
「——『時を巡る助言者』!」
ここまでの攻防だけでわずか数秒。だが、この一瞬で圧倒的な危機感を覚えた俺は、ようやく思考が命の奪い合いという現実に追い付いた。
同時に思考を高速化する権能を発動。
1秒を30秒に引き伸ばす、意識の覚醒とも言える『時を巡る助言者』で事態を俯瞰視すると……マポトさんはどうやら空中を漂い、身動きを取れずにいる俺たち2人に金属製の虎をけしかけようとしていた。
ゆっくりと、ゆっくりと、その鋭い爪がフローティアさんと俺に迫りつつある。
『マポトの奴やりやがったな』
『極悪非道じゃんw』
『スローモーションスキル強い』
『おっさん負けんな!』
次々と流れるコメントへの返答はひとまず置いて、【童貞発言】で視聴者に作戦会議を要請。
【DM:空中で身動きが取れない状況で、マポトさんを倒すにはどうしたらいい?】
今の俺が『時を巡る助言者』で引き伸ばせる限界時間は3秒を90秒までだ。つまり、視聴者と悠長な作戦会議を行えるのも残り70秒とちょっとだ。
『VIP:【復讐の執黒官】でマポトのそばに瞬間移動してかわすのはどうだ?』
『VIP:MPは温存するべきである。おっさんは筋力があるので、例え鋼鉄製の虎でも爪を避けて横合いから迫る腕を殴ればどうにかなるのである』
『VIP:◆筋肉男子しか勝ちません!(1000円)◆』
『スローモーションだし見切るのは余裕そうだなw』
『チートスキルすぎて草』
『マポト本人に触れられるなら【拷問王の悪夢】に引きずり込むのもあり?』
『マポトが使役する獣に発動しまくるのは論外だな。MPがすぐ枯渇しそうだし』
『おーフローティアちゃんも自力でどうにかできそうだぞ』
『すぐに俺たちを頼るおっさんと比べて、果敢に立ち向かう姫とか推せる』
視聴者の指摘通り、視界にいるフローティアさんは剣を握り虎の剛腕を受け流す準備をしていた。それなら俺もひとまずは、迫り来る虎の手を横から殴り飛ば————
『VIP:気になるのはおっさんの足にひっついてる黒猫である』
『VIP:◆チロッとおっさんを舐めてて可愛いです◆』
うわ!?
いつの間にか小さな黒猫が俺の足にくっついたので、多少ビックリする。
しかし、今は眼前まで迫った虎の鋭い爪だ。虎の接触でシャボン玉が割れ、その動きを冷静に見切りながら左拳を全力でお見舞いする。虎の手がベキボキと歪な音をゆっくりと立てながら凹んでゆき、確かな手応えを感じた俺は一旦『時を巡る助言者』を解除する。
まずは落下に備えるべく体勢を整えようとして違和感に気付く。
「落ちない?」
重力に引っ張られる予想に反し、俺の身体は明後日の方向に吹き飛んでいく。いや、正確には俺が腕を振りぬいた運動方向の真逆にだ。
「まだ、無重力?」
「ユウマは脳筋バカだから近接一辺倒だよなー。そのへんで浮かんでおけ」
俺を一瞥し、疾風となって駆けるマポトさんはフローティアさん一人に攻撃を絞った。
なるほど。確かにマポトさんの判断は理に叶っている。
なにせ、俺は相手に肉薄できなければこの筋力を活かせない。対してフローティアさんは氷属性の遠距離攻撃や広範囲攻撃を得意とし、例え無重力状態で動きを封じたとしても攻撃の手段は豊富に残される。ならば、俺を空中に泳がしている間にフローティアさんへ一点集中で仕留めればいい。
じゃあフローティアさんが落ちてゆくのに、俺だけはどうして浮いている?
何が彼女と違う? 何が原因だ?
『VIP:なあ、マポトって大の猫好きだったよな?』
『VIP:よく動画で愛猫を映してたのである』
『おっさんの足にひっついてる黒猫が無重力の原因なんじゃね?』
リスナーたちのコメントにハッとした俺は、黒猫がひっついている右足を全力で振るう。その威力だけでゴウンッと大気が吹き荒れ、大幅に揺れる。黒猫はひとたまりもなく、吹き飛んではビルに衝突。
「思ったより早く気付いたか。でもなザコ、【無重力を舐める黒虎】が一舐めすれば効果はしばらく続くぜ」
「くっ」
俺が空中でもがいてるうちに、マポトさんは余裕を以ってフローティアさんを追い詰めていた。まずは多くのシャボン玉が散布され、フローティアさんの機動力を奪っている。どうしてもあのシャボン玉を警戒してしまうのか、移動が制限されているのだ。肝心のシャボン玉を生成する猫は透明化する能力を持っているのか、居場所を突き止められない。しかもサイズが小さいので、フローティアさんが剣に乗せた氷雪でメタルタイガーの攻撃を防ぎつつ、広範囲の反撃に転じてもなかなか捉え切れないようだ。
「あー、女如きにここまで手間取るとかイライラするわあ。もっと来い、【鋼と牙の猛虎】!」
さらにマポトさんは2体のメタルタイガーを召喚し、フローティアさんに王手をかける。
「凍薔薇の大筋力————【氷剛石の自動人形】」
フローティアさんは試験の際に出した氷の巨大ゴーレムを盾にして、その連撃を防ぎ切ろうとする。試験の時にメタルタイガー3体を相手に、ひび割れ程度で済んだ絶対の盾だ。
いくばくかは持つだろう。
その間に俺は次の一手を考えなければ!
そう判断した矢先に、【氷剛石の自動人形】は1秒と持たずにメタルタイガーの一振りで大きく瓦解した。
「そんなバカな!?」
「バァーカはお前だ、女。試験の時は手を抜いてやってたと、どうして想像できない?」
メタルタイガー3体に絶対の防御を突破され、それでもフローティアさんは剣舞を踊るように肉を削ぐ猛攻の嵐を潜り抜けていく。
「答えは簡単、女はバァーカだからだ。そのままぐちゃぐちゃに死ね」
女性をなぶるのが心底うれしいといった愉悦の笑みをたたえるマポトさんを目にして、このままではダメだと直感する。
『VIP:ここがMPの使い時である』
俺はコメントに促され【復讐の執黒官】を発動する。
瞬間、視界は転じて俺に敵意を持つマポトさんの背中に肉薄する。
そこから全力で拳を握り、筋肉が吠え猛るままに撃ち抜く。
「なっ!? 瞬間転移だと!?」
「バァモオオオス! 歯、食いしばれくださいいい!」
「ザコのくせにッッ、ペギョッッッッッ!?」
ベコンッと背中が窪み、マポトさんは血反吐をまき散らしながら大空へと飛翔した。少しばかりの血の雨が俺とフローティアさんに降り注ぐも、かすかな安堵が俺たちを包む。
マポトさんの吹っ飛び具合と、背骨からくの字に曲がり人体の至る所を粉砕された様子を見る限り、継戦能力は既に失われただろう。
『歯を食いしばれくださいってw』
『いや、顔を殴るんじゃないんかいww』
『背中とかww 何気にフェイク入れてるおっさんが好きだわ』
『多分、不可抗力だろうなwwww』
『意外にほら、マポトはイケメンを売りにしてたから気を遣った可能性もあるぞw』
『これぞ先輩の顔を立てるってやつかww』
『いい後輩やなwwww』
リスナーたちも完全にマポトさんが沈黙したと判断したらしく、コメントは草の嵐だ。そんな空気に俺も驚異は去ったと、強張る筋肉をほぐしてフローティアさんへと向き合う。
「ユウマ。また、其方に助けられてしまったな……」
息を小さく吐くフローティアさんに、俺はそっと手を伸ばす。
だが、その動きを俺は止めた。
なぜなら見知らぬ中年男性が、フローティアさんの背後に忽然と姿を現したからだ。俺が警戒の声を上げるより早く、彼はそのガタイの良さからは想像できないほどの俊敏さでフローティアさんへ接近した。
「最終ラウンド————【炎上勝法】」
中年男性が何かをぼやき、次の瞬間にはフローティアさんの身体は消失した。否、消し飛ばされた。
純粋な筋力、剛腕による暴力で以て彼女は殴り飛ばされたのだ。
「————【金獅子の四本腕】」
その男は異形だった。
なにせ右肩から金色の体毛に包まれた4本の腕を生やし、その拳の全ては硬く握りしめられ、振りぬいた後ですら熱い硝煙がくすぶっている。
「ふぅー、やっと大きな隙ができたから失神KO狙えたわ~。聞け、新参者————キミは、俺に勝てない」
一本しかない左手でこちらを指さし、長髪を後ろ手に縛った彼はしかめっ面で宣言する。まるで歴戦のプロレスラーの如く泰然とした動きで俺を見下ろし、ゴリラのように太く強靭な巨躯は異様な威圧感をまとっている。
「あなたは……」
俺が何かを問いかける前に、厳めしい面構えは数瞬にして豹変する。
にこーっと、これでもかとわざとらしい笑みを浮かべる。それはまるで不気味な能面が無理に目を弧月に細め、口角を吊り上げたかのような————
見た者を逆なでする深い深い笑みだった。
「シバイターで~っす! って、今の若い子は俺なんか知らんか」
どこかで聞き覚えのある————いや、確実に目にしたことのある名前だ。
「あー、キミね。新人なんだから謙虚にいかなきゃダメだよ。敵を倒した時が、一番緩みやすいから気を引きしめないといけないのに、あれは可哀そうだなあほんと。ま、俺からするとやっと決定的な隙が生まれてやりやすかったよ。マポトもいい囮役してくれたしなあ」
「マポトさんを囮に……?」
「はっはー。今はそこを気にするところじゃないぞ、キミ。マポトもキミなんかの一撃じゃ、さすがにやられないだろうし、これで俺たちの勝利は確定だ。おーい、マポトー! おーい、しっかりしろ~って、あれもしかして、ダメなやつ……?」
急いで中年男性について脳内検索をする前に、リスナーたちのコメントが大荒れし始める。
『炎上商法で悪名高いシバイターじゃん!』
『くっそ笑うwwwww』
『一応プロレスラーなんだっけ?』
『VIP:◆有名YouTuberのやらかしをネタに、物申す動画を出してる人です◆』
『有名人の失敗は飯の種ってか』
そんな彼の戦闘力はいかほどなのか。
一撃でフローティアさんを無力化した攻撃力から、どんなに低く見積もってもチャンネル登録者数は100万人以上いるはずだ。そんな大物がマポトさんと手を組んで、アキレリア人を殺害していたのか……?
そこまでは俺でも何となく把握できた。だが、次のコメントによってもたらされた情報は、俺の斜め上をいく内容だった。
『VIP:シバイターって、YouTuboの古参なだけあってけっこう人気だよな』
『VIP:チャンネル登録者数は331万人である』
うそだろ……331万人って、俺の何倍だよ。
シバイターと俺の間には圧倒的なステータス差が立ちはだかっていたのだった。
ブクマや、いいね、評価★★★、コメントなどありがとうごいざます!
更新の励みになっております!




