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26話 現実エンカウント


「いやーなんか神無戯(かんなぎ)くんも大変だったんだって?」


「犯罪者一歩手前とかマジでうけるわ」


 バイト終わりのロッカールームで尾多(おた)さんと非戸(ひど)さんは、ケラケラと笑いながらさっきの騒動について話を振ってきた。


「そうですね。自分もちょっとやりすぎちゃったかもしれません」


「ウザ客ばっかだけど、適当に受け流しておけばいいんよ」

「キレて捕まるよりマシっしょ」

 

 彼らの意見は(もっと)もだけど、だからといって芽瑠(める)の尊厳を侵害されるのは放置できない。

 お客様と店員といった立場の前に、俺たちは同じ人間だ。

 いくらお金を払っている立場だからって侮辱をしていい理由にはならない。



「横柄なお客様っていなくならないのですかね?」


「そりゃ無理っしょ。余裕がない生活してる奴らは、金払う時ぐらい王様ごっこしたいんじゃね?」

「そういう奴らに反抗するだけ損だから、流すのが一番よー」


 2人の先輩はお客様に対して寛容だった。



「だから神無戯くん、あんまり問題起こすなよ?」

「俺らの仕事が増えるしな。お前が戻ってこない間、俺らだけで客のオーダー回さなくちゃいけなくて大変だったんだぞ?」


 あ、迷惑がかかるって話ですね。



「……すみませんでした」


「まーいいって。帰ってヒカリンの動画でも見て癒やされっから」

「おれはミルちゃんの配信を見るぜ~! あの極上の癒やしボイスは最高ミルゥ!」


 そうして先輩たちとロッカールームを後にし、お店の出口へと向かう。

 するとパーカーのフードを被りマスクをつけた黒髪少女と、同じくマスク姿の金髪ツインテール少女が立っているのに気付く。2人とも制服姿で、この時間帯からはカラオケもボウリングも利用できない年齢であるのは間違いない。


「なんだ? あのスタイルのいい2人は……」

「脚がめっちゃ長いな。目も大きいし美少女の予感」


「どうします? 今から当店は利用できないって一言だけでもご案内します?」


「あー……ナイスアイディア神無戯(かんなぎ)。いい口実だな」

「いっちょ声かけちゃうか」


 なぜか先輩たちは喜び勇んで2人の少女たちへと向かう。

 先輩たちなら面倒事には発展しないだろうし、この場は任せてさっさと帰ろう。家で待ってる芽瑠(める)に一秒でも早く『ただいま』と言ってやりたいしな。


「お二人とも、今から遊ぶの? 俺たち一応ここでバイトやっててさ」

「もう18歳以下のお客様は利用できない時間帯なんだよね」


「年齢確認されない場所知ってるから、俺らが案内しようか?」

「ついでに一緒に遊んでみない?」


 って、おーい。

 ナンパとか先輩方のメンタルの強さに感動だ。

 俺なんか断られた時のショックを考えたら絶対にできない挑戦である。


 そして俺の懸念は的中し、2人の女子は返事もせずに先輩方をフルシカトで素通りしてしまった。


 うわあ……あれはエグい……。

 せめて断りの台詞ぐらいは……って、あれ? どうして俺の方に女子たちは近づいてくるんだ?



「あんた、無事みたいね」


「何事もなくて安心しました」


 そしてなぜか俺に話しかけてくる2人。

 それを目にした先輩方は少しムッとした表情になった後、すぐに俺の方を見てにこーっと笑みを張り付けた。


「おっ、なになに、お二人とも神無戯くんのお友達なのー?」

「俺らこいつの先輩なんだよね」


「俺は尾多(おた)っていうんだ」

非戸(ひど)だよ。よろしくー」

 

 先輩方の自己紹介を聞いても2人の少女は俺から視線を外さないままである。


「……ねえ、あんたさ。もしかしてあたしが誰かわかってないの?」

「おじさんは鈍いですから」


 なぜか少女たちは不機嫌になり始める。

 わけがわからない。

 そして、さらなるフルシカトを前に先輩たちも苛立つかと思えば逆に興奮していた。


「え? 待って、その声、その金髪……もしかして、え!?」

「その癒しボイス、でもまさか……や、ま、間違いない。ミルちゃんの配信を毎日聞いている俺が、その声を聞き間違えるわけないぞ!?」



 何がどうなっているのかわからない俺に、少女たちがその答えを叩き出す。

 2人はマスクを取り、これでどう……? と言わんばかりに自分たちの正体を明かしてくれる。



「防犯カメラめぐりしてたら、あんたが()めてるのを見てね。ここだって突き止めたのよ」


「とある情報筋から、おじさんに危険が迫っていると聞いたので知らせにきました」


 ヒカリンとお隣さんだった。



「あ、ぼっちちゃんとヒカ、音踏(おとふみ)か」


「やっぱりヒカリンだあああああああああああ!? 三次元で見ると美形すぎるうう!?」

「夢ミルぼっちちゃんの中の人ぉぉぉおおおおお!? うわっエグい美少女じゃん!?」


「え!? 神無戯くん、え!?」

「おまえ、2人と知り合いなの!? え!? ちょ、まっ、え!?」


 大興奮の先輩方を虫けらでも見るかのような目つきでヒカリンが睥睨し、お隣さんは先輩方が存在しないかのように視線を一切合わせていない。


「ここじゃうるさいから場所を変えて————」

「もたもたしてる間に来ちゃったみたいです」


 全く話の流れが読めない俺に彼女らはいつものごとくマイペースで会話を進めている。

 それでも彼女たちの視線の先を見れば、何が起こっているかはだいたい理解できてしまう俺も大概なのかもしれない。



「グルルルルゥゥゥ……グオオオオォォオオオオオ!」


 そいつは、その場の全員を震撼させるほどの咆哮と共に現れた。


 サイと同等の巨大な体躯は全身が白い毛に覆われ、端々がバチバチと爆ぜている。猫を連想させるしなやかな動きは強靭な四肢の成せるものであり、こちらを見詰める双眸は捕食者のそれだ。


 狼狽(ろうばい)する尾多さんや非戸さんを背に、ヒカリンは敵の正体をつぶやく。




「……【街灯を狩る白虎(ヴォルト・ティガー)】ね」



 一言で表すなら、電気そのものをまとったトラ。

 いや、電流がトラの形をしているのか?


 ジャングルの王者ならぬコンクリートジャングルの王者は、天井の蛍光灯がバチリと爆ぜる度に、空気中に走った電流から一頭、また一頭と生まれてゆく。



 これはついに、現実でもモンスターが出始めたってやつですかね。




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